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ドラマ『中学聖日記』が描く、「不自然死」ならぬ「不自然恋愛」!?

碓井広義メディア文化評論家
(写真:アフロ)

先週から始まった火曜ドラマ『中学聖日記』(TBS系)について、週刊誌から取材を受けました。

思うところをお話しさせていただきましたが、例によって限られた誌面でもあり、その全体が掲載されるはずもありません。忘れないうちに話した概要を記しておこうと思います。

このドラマ、ひとことで言えば、「中学校の女性教師と男子中学生の恋愛物語」ってことになりますね。

番組サイトの「はじめに」にも、こう書かれています。

「婚約者がいながらも

 10歳年下の中学生の教え子に

 惹かれていく女教師

 胸のヒリヒリが止まらない・・・

 禁断×純愛ヒューマンラブストーリー」

禁断とは、「絶対やってはいけない」と、かたく禁じることです。一方、純愛はいろんな意味を持っています。何ら見返り(代償)を求めない愛だったり、肉体関係のない愛(いわゆるプラトニック・ラブ)だったり、相手のためなら命も捨てる覚悟の愛だったり。

つまり、「中学教師と中学生の恋愛」は絶対やってはいけないものだけど、それを「純愛」として描こうじゃないの、というドラマなんですね。

これって、かなり難しいテーマです。なにしろ一方が「中学生」ですから。

「不自然」な設定とキャスト

「高校生」は本人が自らの意思でなるものです。なぜなら義務教育ではないし、中学を卒業して「社会人」になることも可能な立場です。しかし「中学生」は、親と国の保護を受けている状態にあり、社会的にはまだ広い意味での「子ども」の領域に属するわけです。

有村架純さん演じる中学教師・末永聖が、そんな「子ども」を相手に、「禁断」の恋愛をして、これをドラマ上では、なんとか「純愛」だと言い張ろうとしている。やはり至難の業でしょう。

そのために、どこからどう見ても中学生には見えない、19歳の岡田健史さんが、中学3年生の黒岩晶役に抜擢されています。

フツーにハンサムな好青年ですから、たとえば大学生の役柄で、中学教師の有村さんの「年下の恋人」とか言うのなら、まあ自然です。でも、このたたずまいで「中学生」というのは、うーん、いかがなものか(笑)。

晶は、何だか、いつもイライラしていて、急に怒ったり、ふさぎ込んだり、突発的に手が出たり、女性教師に向かって「好きです!」と叫んだりする。やってることは、まんま思春期の中学生で、でも姿かたちは明らかに青年。不自然だし、その無理矢理感が半端じゃありません。

そして無理矢理感といえば、25歳の女性教師・末永聖も相当なものです。

教師の立場で中学生との恋愛、つまり禁断の行為に走るわけですから、そうせざるを得ないだけの潜在的な「必然性」を抱えた女性のはずで、たとえば心の中の「闇」といったものが必要なのではないでしょうか。

ヒロインの聖は、「私、ずっと教師になりたかったんです!」的な、基本的に明るく元気で真面目な女性です。それに、見た目も、あの有村さんですから、なおのこと「禁断」が似合わない。こちらも不自然なんですね。

「アンモラル」を描く覚悟

そういえば、このドラマのプロデューサーは新井順子さんで、演出のチーフは塚原あゆ子さん。あの石原さとみ主演『アンナチュラル』(TBS系)を制作した、ドリマックス・テレビジョンの黄金コンビです。

ということは、もしかしたら、設定やキャストの「不自然さ」は狙ったものなのかもしれません。その狙いがどこにあるのかは不明ですが(笑)。裏テーマは、「不自然な死(アンナチュラル・デス)」ならぬ、「不自然な恋愛(アンナチュラル・ラブ)」!? 

そうそう、週刊誌の記者さんに、こんな話もしました。

現在のように、教師の生徒に対する「禁断の行為」が多発し、それが社会問題化している中で、「中学教師と生徒の恋愛」をドラマとして提示するには、それなりの「覚悟」がいるのではないか、と。

一般的には社会的に断罪されている行為を「純愛」として描くわけですから、それ自体、十分「アンモラル」です。

視聴者の中には、「10歳年下の中学生の教え子に惹かれていく女教師」(番組サイト「はじめに」より)に、違和感や不快感、さらに生理的な嫌悪感や拒否反応を示す人もいるでしょう。

ですから、社会的常識やモラルや倫理に対する挑戦、もしくは異議申し立てと見られ、世間から非難の矢が飛んできても、「純愛」を盾(たて)に、ひるまず戦う「覚悟」がいるはず。

しかし、そういう覚悟が、このドラマから、あまり感じられないことが気になります。社会の常識やモラルや倫理に挑むというより、反発もまた織り込み済みで、奇をてらった内容で話題を集めるという、ひとつの「手法」に見えるということです。

高校教師と高校生の恋愛ドラマはこれまでもあったし、驚かれない。でも、中学教師と中学生の恋愛はあまり見たことがない。ましてや女性教師だ。驚くだろうし、興味も引くだろう、話題にもなるだろう、といったことを制作陣は考えたのではないか、と想像してしまいます。

最も興味深い登場人物

実は、このドラマで今、最も興味深い登場人物は、吉田羊さん演じる原口律です。

聖の婚約者で、大阪に赴任している川合勝太郎(町田啓太)の先輩ですね。仕事もプライベートも、見事に自分の価値観によって駆動させている、なかなか素敵な女性です。女性も男性も、ともに愛することができるところも、いっそ清々しい。

この律と勝太郎の「大阪ブロック」が映しだされると、画面の湿度(湿り気のほうがふさわしいかも)が高まり、俄然ドラマらしくなります(笑)。

とはいえ、放送されたのは、まだ2話のみ。前述の新井Pと塚原Dが、今後どう巻き返していくのか、楽しみです。

その「反攻」に必須なのは、原作である、かわかみじゅんこさんの同名漫画に縛られない展開、つまり金子ありささんの脚本の力ではないでしょうか。

2話までは、ちょうど原作漫画の1巻目の内容が描かれていました。かなり忠実です。しかし、このまま原作ベースで進行していいかどうか。場合によっては、原作を無視するくらいの跳躍的アレンジが必要かもしれません。

本当はタイトルも、原作漫画と同じ『中学聖日記』じゃなくても、よかったんじゃないでしょうか。聖(ひじり)先生と中学生の話ではありますが、「聖」を「せい」と読ませることで、「性」をも想起させる、なんとも鬱陶しい印象になりました。往年の『中学生日記』(NHK)にも、申し訳ない(笑)。

いずれにせよ、この「禁断×純愛ヒューマンラブストーリー」なるものの行方を、もう少し見ていこうと思っています。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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