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4月~6月期の連ドラで目をひいた、とても「熱かった男」たち

碓井広義メディア文化評論家
(写真:アフロ)

気がつけば、4月~6月期の連ドラもすべて終わり、今は新たなクールの開始を待っている状態でしょうか。このインターバルの間に、ドラマの中で目をひいた、とても「熱かった男」たちを振り返ってみたいと思います。

● テレ東「宮本から君へ」の池松壮亮さん

懐かしいタイトル。テレビ東京系のドラマ25「宮本から君へ」です。新井英樹さんの原作漫画が「モーニング」に連載されていたのは1990年代前半。まだバブルの余韻も残る時期に、汗くさくて泥くさくて暑苦しい新人営業マンの物語がヘンに新鮮でした。

主人公は文具メーカー「マルキタ」営業部の宮本浩(池松壮亮)。仕事も恋愛も不器用で、力が入りっぱなしの空回りが続きます。仕事では結果が出ないし、受付嬢の美沙子(華村あすか)との恋愛も一筋縄ではいきません。

しかしドラマの後半戦に入って、宮本は俄然仕事に燃え始めました。ライバル会社の益戸(浅香航大)や仲卸会社の島貫部長(酒井敏也)といった立ちはだかる壁の存在が効いて、一気に「仕事ドラマ」としてヒートアップしていったのです。

中でも、かつて原作でも話題となった名場面「怒涛の土下座」は迫力満点でした。必要な見積りを書いてくれない島貫に対し、街中で土下座する宮本。歩み去ろうとする島貫の前に回り込み、土下座を繰り返す姿は、はなはだみっともなくて、とてつもなくカッコよかったです。

アスファルトの路面にこすりつける宮本の頭は、仕事上の失敗を反省した丸坊主。原作通りとはいえ、またそれが俳優としての“仕事”とはいえ、電気バリカンで自分の髪の毛を刈り込んだ池松さんの役者根性に拍手です。その熱は最終回まで途切れませんでした。

● 日テレ「正義のセ」の安田顕さん

「正義のセ」(日本テレビ系)の主演は吉高由里子さん。近年は翻訳家(朝ドラ「花子とアン」)や脚本家(日テレ系「東京タラレバ娘」)などを演じてきたわけですが、今回は検事でした。ヒロインの竹村凜々子は下町の豆腐屋で育った庶民派で、融通がきかない上に感情移入も激しい女性です。

原作は阿川佐和子さんの同名小説ですね。阿川さん初の小説「ウメ子」は坪田譲治文学賞受賞作品ですが、主人公のウメ子はいつも勇敢な行動で周囲を驚かしてばかり。そんな少女が、正義感いっぱいの大人になったのが凜々子だと思えばいいのです。当初「検事に見えるかな?」と心配した吉高さんも、回を重ねるうちに凜々子をすっかり自分のものにしていました。

毎回、様々な案件を扱ってきました。たとえば女子高生に対する痴漢事件では、凜々子は被害者に取り押さえられた男(東幹久)を起訴しますが、別に真犯人がいたことが判明。つまり冤罪です。しかし粘りの捜査の結果、男は他の女子高生(AKB48の向井地美音)を狙ったことがわかります。

自分を責めて、一度は検事を辞めようかと悩んだ凜々子を、「あなたはいつも被害者のために闘っています」と言って励ましたのは事務官の相原(安田顕)でした。このドラマでは、安田さんの功績がとても大きかったと思います。時々パターンに見えてしまうこともある、吉高さんの表情や台詞回しを補う、よく効く解毒剤みたいな役割を果たしていたからです。

ふだんは、この変わり種の検事にやや手を焼きながらも、正義を全うしようとする凜々子を大事なところでしっかり支えてくれた相原。安田さんは、表向きこそクールに、冷静に行動しようとする相原を、その表情の変化で感情を熱く表現していました。いい脇役は、主役を盛り立てながら、きちんとその存在感を示すもの。今回の安田さんが、まさにそれでした。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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