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「寝たまま読書」も正月ならでは。今年出版された、エンタメ系ノンフィクションの「おススメ本」は!?

碓井広義メディア文化評論家
(写真:アフロ)

今年出版された本の中から、エンタメ系ノンフィクションの「おススメ本」を何冊か紹介してみます。お正月の、にぎやかなテレビに疲れた時など、「寝たまま読書」もいいかもしれません。

大下英治 『高倉健の背中~監督・降旗康男に遺した男の立ち姿』

朝日新聞出版 1944円

高倉健さんが主演したテレビドラマは、わずか4本しかありません。『あにき』(77年、TBS系)はその中の1本で、健さんのドラマ初主演作でもあります。何代も続くとび職「神山組」の頭、神山栄次を演じました。この時、脚本を書いた倉本聰さんは、高倉健という俳優がセリフで感情を表現するタイプではなく、セリフをしゃべらなくてもいろいろなものを表現できる人だとわかったそうです。

主演・高倉健、監督・降旗康男という組み合わせでの第一作が、映画『冬の華』(78年)です。その脚本を、倉本さんは健さんへの私的ラブレターのつもりで書きました。その後、健さんと降旗監督は何本もの作品を生み出していきます。

同じ倉本脚本の『駅 STATION』(81年)。山口瞳原作の『居酒屋兆治』(83年)。「俳優・ビートたけし」が光った『夜叉』(85年)。元野球選手の板東英二さんを起用した『あ・うん』(89年)。

さらに「日本アカデミー賞」最優秀主演男優賞、「ブルーリボン賞」主演男優賞を受賞した『鉄道員(ぽっぽや)』(99年)。田中裕子さんと共演した『ホタル』(01年)。そして、最後の主演作品となった『あなたへ』(12年)等々。

著者はこれらの作品の制作過程を追いながら、関係者への取材をもとに“全身俳優”の実像を探っていきます。たとえば健さんは、本番で何をやるのか、わからない。テストもやらない。段取りの確認はしても、本気の芝居は本番まで見せない。撮影の木村大作さんが、自分の一発勝負を撮り逃さないことを知っていたからです。

また役柄であっても、自分自身が許せないキャラクターを演じることを拒否しました。脚本、もしくは原作にあるキャラクターが「自分のなかにストンと入ってこないと駄目」なのです。映画の残像や映像、演じた人間性などが年輪のように積み重なり、「高倉健」が出来上がったのかもしれないと著者は言います。

タイトルの「立ち姿」は、いわば健さんの象徴でしょう。立っている後ろ姿だけで観る者を引きつける役者など、そうはいません。

スージー鈴木 『1984年の歌謡曲』

イースト新書 980円

NHK朝ドラ『あまちゃん』の主人公・アキ(能年玲奈)の母親、天野春子。彼女が家出同然に上京したのは1984年のことです。

東京で暮しながらアイドルを目指していた春子は、この年ヒットした松田聖子『ピンクのモーツァルト』、中森明菜『飾りじゃないのよ涙は』、そして小泉今日子『スターダスト・メモリー』などをどんな思いで聴いていたのでしょう。

スージー鈴木『1984年の歌謡曲』は、84年のヒット曲を発売順に聴き直した批評集です。歌謡曲の歴史的流れというタテ軸と、リアルタイムの音楽状況というヨコ軸を踏まえ、一曲ずつと徹底的に向き合っていくのが特色です。

薬師丸ひろ子『Woman“Wの悲劇"より』のサビのメロディを「名曲性の根源」と呼び、この年の「音楽シーンにおける金字塔」だとしている。また『涙のリクエスト』から『ジュリアに傷心(ハートブレイク)』まで、4曲を連打したチェッカーズの革新性を高く評価し、「1984年はチェッカーズの年だった」と言い切る。

この独断の妙こそが、本書の真価だと思います。融合していく歌謡曲とニューミュージック。少女性から大人性へと、軸をずらしていくアイドルたち。それらの転回点が84年だったんですね。

では、現在の音楽業界はどうなっているのか。柴那典は『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)で、かつての「ヒットの方程式」が成立しない背景を精緻に分析した上で、過去にはなかった音楽の可能性にまで言及しています。キーワードは「歌の持つ力」です。

今野 勉 『宮沢賢治の真実~修羅を生きた詩人』

新潮社 2160円

放送界における「今野勉(こんのつとむ)」は、巨匠と呼ばれる演出家の一人です。1959年、TBSに入社。64年のドラマ『土曜と月曜の間』でイタリア賞大賞を受賞。

そして70年、仲間と共に日本初の番組制作会社「テレビマンユニオン」を創立します。以後、“ドキュメンタリードラマ”という手法を駆使して、多くの実在の人物を描いてきました。

戦争中に和平工作を担った軍人、藤村義朗(『欧州から愛をこめて』)。二・二六事件で暗殺された大蔵大臣、高橋是清(『燃えよ!ダルマ大臣 高橋是清伝』)。日本海軍の父、山本権兵衛(日本の放送史上初の3時間ドラマ『海は甦える』)。

さらに『こころの王国~童謡詩人・金子みすゞの世界』、『鴎外の恋人~百二十年後の真実』などもあります。共通するのは、その人物に関する事実の発見と新たな解釈の提示でした。

この『宮沢賢治の真実~修羅を生きた詩人』もまた驚きに満ちています。一編の文語詩に見つけた言葉への疑問をきっかけに始まる探査行です。賢治がいつ、どこで、何をしていたのか。その時、何を思い、何を書いたのか。

著者はドキュメンタリー制作の場合と同様、資料を読み込み、ひたすら考え、仮説を立て、その上で現地に足を運んで調査を行い、また資料に戻って考察を続けます。

浮かび上がってくるのは妹・とし子の恋であり、賢治自身の恋です。しかも、それぞれの恋に隠された苦悩がありました。

著者が明らかにしていく“事実”によって、誰もが知る「春と修羅」や「永訣の朝」などの詩、また「銀河鉄道の夜」の解釈がまったく変わってくるのです。

いや、作品だけではありません。賢治像の定説をくつがえすだけのインパクトがあります。この取り組みを可能にしたのは、著者がもつドキュメンタリー的緻密さとドラマ的想像力であり、その幸運な融合と言えるでしょう。ちなみに本書は、第15回「蓮如賞」を受賞しました。

川本三郎 『「男はつらいよ」を旅する』

新潮選書 1512円

映画監督に関する書籍で点数の多いのは、黒澤明やヒッチコックです。一方、個別の作品では、『男はつらいよ』が圧倒的に多い。ガイドブック的なものから名言集、社会学的な研究書まで実に多彩です。

川本三郎『「男はつらいよ」を旅する』は、過去に出版されたどの関連本とも似ていません。映画評論家の目と、旅のエッセイストの感性が見事に融合しているからです。読者は映画における寅の旅と、その軌跡をたどる著者の旅の両方を楽しむことができます。

山田洋次監督『男はつらいよ』第1作の公開は1969年8月。約半世紀前のことです。“旅の映画”として確立されていくのは、寅が北海道の小樽とその周辺を歩いた第5作『望郷篇』(70年、ヒロインは長山藍子)あたりから。

以降、『純情篇』(71年、若尾文子)で五島列島、『寅次郎恋歌』(71年、池内淳子)では岡山県備中高梁(びっちゅうたかはし)といった具合に全国各地が舞台となっていきます。

中でも北海道は頻繁に登場する場所です。たとえば、『寅次郎かもめ歌』(80年、伊藤蘭)のロケが行われた奥尻島。著者は映画の中で見たイカの加工場や事務棟が、大きな地震があったにもかかわらず健在であることに感動します。

また『寅次郎相合い傘』(75年、浅丘ルリ子)で、寅とリリー(浅丘)と家出したサラリーマン(船越英二)がたどった、函館から小樽への鉄道旅を追体験。途中、3人が野宿した小さな駅舎(蘭島駅)に立ち寄ることも忘れません。

本書はもちろん旅行記ですが、随所に挿入される作品分析も興味深い。寅のようなテキヤ、渡世人が、地方の人たちにとって福をもたらす「まれびと」でもあったこと。惚れやすい寅だが、女性に対して実にストイックであったこと。そして人物だけでなく、風景でもつながっているシリーズだったことなどがわかります。

この本をテキストにDVDなどで寅の旅を再見するもよし、鞄に入れて実際の旅に出るのも悪くないと思います。

渡辺 保『感性文化論~〈終わり〉と〈はじまり〉の戦後昭和史』

春秋社 2808円

今年4~9月に放送されたNHK朝ドラ『ひよっこ』の物語は、1964(昭和39)年の秋から始まりました。ヒロインの高校生・谷田部みね子(有村架純)たちは、東京オリンピックの聖火リレーが自分たちの村を通らないことを知り、自前の聖火リレーを実行しようと奔走します。

この「手作り聖火リレー」、なんと実話なんですね。茨城県北部の村での出来事をドラマが取り込んだ形です。

当時、オリンピックの開催は国民的慶事でした。国際社会復帰の証しというだけでなく、新幹線や高速道路などのインフラ整備は成長する日本の象徴でもありました。しかもそれは東京だけでなく、地方に暮らす人たちにも様々な影響を与えていったのです。

そんな東京オリンピックのあった64年という時期を、68年から70年代にかけて起こる「文化の大きな変化」の“前夜”として位置付けようというのが本書です。聴覚文化論と音楽社会史を専門とする著者は、東京オリンピックの「実況中継」と市川崑監督の公式記録映画『東京オリンピック』に着目します。

その分析によれば、「実況中継」の文言は、まるで一編の物語やドラマのストーリーのごとく構成されていました。映像が主軸であるテレビ中継のアナウンスとは異なっており、むしろラジオ中継に近い。この時期は「テレビ時代の始まり」というより、戦前から続いた「ラジオ時代の終わり」でした。

また映画『東京オリンピック』について、著者は映像における「記録」と「フィクション」の関係を探り、テレビという新興勢力との差異化を指摘していきます。「記録」という概念の捉え方が変わり始める、やはり“前夜”の作品だったのです。

本書では69年に登場した、新宿西口地下広場「フォークゲリラ」の軌跡も検証しています。政治の「感性化」「イメージ化」という現在につながる現象として興味深い。時代は一挙に変わるのではなく、地下水脈のような歴史の流れと共に動く。そのことを再認識させる力作評論です。

・・・・では皆さま、よいお年を。来年も、どうぞよろしくお願いいたします!

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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