Yahoo!ニュース

『コウノドリ』は、リアルな「医療ドラマ」であると同時に「社会派ドラマ」でもある!?

碓井広義メディア文化評論家
『コウノドリ』番組サイトより

今期ドラマには、『ドクターX〜外科医・大門未知子〜』(木曜21時、テレビ朝日系)と『コウノドリ』(金曜22時、TBS系)という、2本の「医療ドラマ」があります。

同じ医療ドラマでも、米倉涼子さんの『ドクターX』は、病院内外での権謀術数も含め、切った張ったのアクション物に近く(笑)、男性視聴者が多い。対して『コウノドリ』は赤ちゃんと妊婦さんが中心で、女性視聴者に主眼を置いていて、うまく差別化が図られています。

「医療ドラマ」への支持

今回、『ドクターX』はシーズン5、『コウノドリ』はシーズン2。なぜ、医療ドラマは視聴者の支持を集めるのでしょうか。

第一に、しっかり作られた「医療ドラマ」は、同時に「社会派ドラマ」でもあるということ。なぜなら、医療システムとは、社会システムそのものでもあるからです。

現在、医療は経済などと並んで市民の大きな関心事の一つです。いや、市民の間に医療に対する危機感・不安感が、今ほど広がっている時代はないかもしれません。

それでいて、医療の世界は、なかなか外部からうかがい知ることができません。市民(視聴者)がもつ医療そのものへの関心が、医療ドラマを支持する要因の一つだと言えます。

また、医療ドラマの主人公である医師は、「強き(病気)を挫き、弱き(患者)を助ける」わけですから、本来「ヒーロー」の要素をもった職業です。ならば医療ドラマは、生と死という究極のテーマを扱う「ヒーロードラマ」だということになります。『ドクターX』など、その典型でしょう。

「鴻鳥(こうのとり)サクラ」というキャラクター

さて、『コウノドリ』です。何と言っても、主人公である鴻鳥サクラ(綾野剛)のキャラクターが興味深いですよね。患者の気持ちに寄り添い、出産という大事業をサポートしていく優秀な産科医。

しかも天才ピアニストという別の顔も持っています(病院にはナイショですが)。実の親を知らずに育つ中で、自分の思いをピアノで表現することを知ったそうです。この謎の部分が主人公に陰影と奥行きを与えているのは確かです。

原作は、鈴ノ木ユウさんの漫画。綾野剛さんの、抑制の効いた演技によって、サクラ先生が”そこにいる”という感じです。

基本的に一話完結形式で、一組の夫婦の症例を軸にしながら、他の患者たちの妊娠や出産をめぐるエピソードも同時進行で織り込んでいきます。

日常的に共存する「生と死のドラマ」

そして、このドラマの核にあるのは、「妊娠は病気じゃない。でもお産に絶対はない」という認識です。これは鴻鳥本人の言葉ですが、確かに妊娠・出産は病気ではありません。だから健康保険などは適用されない。これも鴻鳥の弁なのですが、「産科医だけが、患者さんに『おめでとう』って言える」。

しかし、さまざまなリスクを伴うことも事実で、産科には日常的に生と死のドラマが共存しています。たとえば第5話では、IUFD(子宮内胎児死亡)という辛いエピソードが描かれました。

初めての赤ちゃんを失った夫婦に対し、鴻鳥は、どうしても原因がわからなかったこと、また事態を予測できなかったことを謝罪します。ちなみに、四宮春樹医師(星野源)によれば、「死産の4分の1は原因不明」なのだそうです。

また第6話では、切迫早産で入院していた若い妊婦さん(福田麻由子)が、甲状腺クリーゼのために命を落としてしまいました。直前に、ヘルプで行った産科医院で彼女に接していた下屋加江医師(松岡茉優)は、「もっと自分に力があったら」と後悔し、強く責任を感じます。

実際、産科の専門医にもわからないことはあるし、出来ないことも多い。それは当然のことかもしれません。しかし鴻鳥は、その「当然」にひるんだりせず、むしろ真摯に受けとめ、自分たちに何が出来るかを徹底的に考えていくのです。

誠実に描かれる「チーム医療」

そう、「自分」ではなく、「自分たち」に何が出来るかが大事で、このドラマでは鴻鳥一人ではなく、仲間たちとの、つまり「チーム」としての取り組みが描かれていきます。それは、大門未知子という一人のスーパードクターが大活躍する、『ドクターX』との違いでもあります。

特に、助産師さんの小松留美子(吉田羊)の存在は大きい。異なる職種のメディカルスタッフが、お互いに対等の立場で連携して、治療やケアと向き合う。このドラマを通じて、視聴者は「チーム医療」の現場を垣間見ることができます。

さらに、生まれたばかりの新生児も含め、毎回「本物の赤ちゃん」が多数登場するのも、このドラマの特徴です。リアリティーを追求する、制作陣の細部へのこだわりが、十分な効果を生んでいます。

リアリティーといえば、『コウノドリ』には、3名の「取材協力者」と、同じく3名の「医療監修者」、さらに5名の「医療指導者」がいます。間違った医療情報、誤解を受けるような物語展開を避けるために、それだけの人員を擁しているのです。

プロデューサーは、那須田淳さんと峠田浩さん。『逃げるは恥だが役に立つ』を手がけていたお二人です。『逃げ恥』もまた、エンターテインメントでありながら、しっかり社会派ドラマとしての側面を持っていました。

後半戦では、どんな展開を見せてくれるのかと思っていたら、先週、下屋医師(松岡茉優)が「救命」へと転科を果たしました。「母子の両方を救える産科医になりたい」というのが動機です。その覚悟のほどは、下屋が髪を切ったことにも表れていました。(松岡さんの女優魂に拍手!)

加えて、小松さん(吉田羊)の体調も風雲急を告げているようで、「チーム」の行方に注目です。

<関連コラム>

『ドクターX~外科医・大門未知子~』は、なぜ快進撃を続けているのか!?

今期もまた、女優「松岡茉優」の進化は止まらない!?

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

碓井広義の最近の記事