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「池井戸ドラマ」であると共に「福澤ドラマ」でもある、陸の王者『陸王』の快走!?

碓井広義メディア文化評論家

3ヶ月ごとにラインナップが変わる連続ドラマ。その横並びの中に、少なくとも1本は「王道」と呼べるような骨太のドラマがあって欲しいなあ、と思っています。その意味で、今期の日曜劇場『陸王』(TBS系)はうれしい1本です。

今期の骨太なドラマ『陸王』

物語の舞台は、埼玉県行田市にある、老舗の足袋メーカー「こはぜ屋」。昔ながらの足袋作りだけでは、会社の未来はないと考えた4代目社長の宮沢(役所広司)が、新たな製品の開発に乗り出します。それが、足袋作りの技術を生かしたランニングシューズでした。

実績のないジャンルということで、銀行は融資を渋ります。それどころか、20人しかいない社員の首を切るリストラを強要してきましたが、宮沢はそれをはねつけ、ランニングシューズへの取り組みを本格化させます。

第1話の終盤で、自分の成績と出世、そして銀行の利益ばかりを考える銀行マンに向かって、宮沢がタンカを切る場面が秀逸でした。

「これ(ランニングシューズ「陸王」)は、こはぜ屋100年の歴史を支えてきた社員から託された、“たすき”なんです。だから、そう簡単にリタイアするわけにはいかないんです。社員たち一人一人が、このたすきを繋ぐランナーなんです! 誰か一人欠けてもゴールすることはできないんです!」

資金のこと以外でも、問題山積なんですね。学校の体育シューズとして採用してもらおうとしましたが、コンペで大手メーカーのアトランティス社に敗れてしまいます。

また試作品が出来ても、一流のランナーは大手に囲い込まれており、そう簡単に履いてはもらえません。ここでもアトランティスが立ちはだかってきます。ようやく茂木選手(竹内涼真)が試してくれたのは、第2話の終わりでした。

素材のことも大変です。シューズの底に使いたい「シルクレイ」という新素材。特許を持つ飯山(寺尾 聰)の協力を得るのに苦労しました。飯山の5000万円という言い値を受け入れる余裕はなく、一旦は頓挫しかけます。

しかし、外資系の大企業からソデにされた飯山が、「陸王」のプロジェクトに参加させて欲しいと申し出てくれました。さあ、いよいよランニングシューズ業界に参戦です。

「池井戸ドラマ」であり、「福澤ドラマ」であること

原作は、ドラマチックな展開に定評がある、池井戸潤さんの小説。これまで何本も作られてきた、いわゆる「池井戸ドラマ」の新作ということになります。

しかし、『陸王』は単なる池井戸ドラマではありません。それぞれに面白かったとはいえ、『空飛ぶタイヤ』(WOWOW)とも、『花咲舞が黙ってない』シリーズ(日本テレビ)とも、さらに『民王』(テレビ朝日)とも違います。

『陸王』の制作陣は、『半沢直樹』や『下町ロケット』などのヒット作を生んできた面々です。原作の池井戸さん、脚本の八津弘幸さん、プロデューサーの伊與田英徳さん、そして演出の福澤克雄さんという、いわば「チーム半沢」ともいうべきメンバーです。

中でも、福澤ディレクターの存在が大きい。池井戸ドラマ以外にも、日曜劇場の『南極大陸』や『華麗なる一族』などを手がけてきましたが、「男のドラマ」の見せ方が実にうまいのです。

物語の流れにおける緩急のつけ方。登場人物のキャラクターの際立たせ方。映像におけるアップと引きの画(え)の効果的な使い方などに、“福澤調”とか“福澤タッチ”とか呼びたくなる個性が光ります。

かつてTBSのドラマセクションには、『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』などの久世光彦(くぜ てるひこ)さん、『ふぞろいの林檎たち』の大山勝美さんや鴨下信一さんといった具合に、その名が視聴者にも知られた、「客を呼べる」看板ディレクターが何人もいたものです。

いつの頃からか、「映画は監督のもの」だけれど、「ドラマはプロデューサーのもの」みたいな雰囲気が出来てしまっていますが、ドラマもまた演出家の個性と力量で、作品の出来が左右されるはずなのです。

画面を見ただけで、福澤ディレクターの演出だとわかる。これはもう「久世ドラマ」などと同様の、「福澤ドラマ」だと言っていいでしょう。そういう「署名性のあるドラマ」を見られることは、視聴者にとってもシアワセなことだと思います。

陸王とは「陸の王者」!?

このドラマのタイトルにもなっている、こはぜ屋のランニングシューズ「陸王」。陸王とは「陸の王様」「陸の王者」であり、「陸の王者」といえば、やはり慶應義塾の応援歌『若き血』を連想します。

慶應では、学生のことを「塾生」、卒業生(OB・OG)のことを「塾員(じゅくいん)」と呼びます。文学部と法学部の両方を卒業した池井戸さんも、法学部卒の福澤さんも、この塾員なんですね。

また小説&ドラマ『半沢直樹』の主人公・半沢は、架空の人物ではありますが(笑)経済学部卒。さらに『下町ロケット』の佃航平(つくだ こうへい)も、理工学部卒の塾員という設定でした。

しかも福澤ディレクターは、幼稚舎から大学まで慶應という生粋の慶應育ちであるだけでなく、慶應義塾の創設者である、福澤(諭吉)先生の玄孫(やしゃご=ひまごの子)にあたります。全身、これ「慶應DNA」と言っていい(笑)。

キャストにも、役所さん演じる宮沢の妻に壇ふみさん(経済学部卒)。そして縫製セクションのリーダー役に阿川佐和子さん(文学部卒)という、最強の「塾員コンビ」が並んでいます。

小さな者が、大きな者に挑む。弱い者が、強い者に挑む。『陸王』は、どこまでもあきらめずに挑戦していく者たちのドラマです。

熱い企業ドラマとして、またスポーツドラマとして快走する『陸王』。その背後に、「♪陸の王者、ケイオー!」という『若き血』の精神が流れているとすれば、「慶應社中(卒業生、在学生、教職員の総体)」はもちろん、泉下の福澤先生も、笑いながら応援して下さるかもしれません。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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