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丁寧に作られた「昭和ドラマ」として楽しめる、帯ドラマ劇場『トットちゃん!』

碓井広義メディア文化評論家

「やすらぎ」から「トット」へ

帯ドラマ劇場『トットちゃん!』(テレビ朝日系)が好調です。放送が始まる前、決して新鮮とはいえない“題材”に、「大丈夫なのかな」と勝手に心配していました。しかし、杞憂だったようです。

何しろ前作『やすらぎの郷』が、あまりに斬新でした。現在のテレビを支える“大票田”でありながら、ずっと軽視されてきた高齢者層。そこに高齢者による、高齢者のためのドラマが出現したのですから。脚本家・倉本聰さんが仕掛けた一種の反乱、いや真昼の革命でした。

それでいて、高齢者しか楽しめなかったかと言えば、そんなことはありません。秀逸なストーリーと魅力的な登場人物たちが、多くの人をひきつけたのです。 

帯ドラマ劇場の第2作となる『トットちゃん!』は、あの黒柳徹子さんの物語です。累計800万部の大ベストセラー『窓ぎわのトットちゃん』や、その続編である『トットチャンネル』などの著作によって、黒柳さんの半生は広く知れ渡っています。

映像化についても、昨年NHKが満島ひかりさん主演のドラマ『トットてれび』を放送したばかりです。テレビ業界的には、「すでに手あかのついたネタ」と言われても仕方がありませんでした。

丁寧に作られた「昭和ドラマ」

しかし始まってみると、予想以上に楽しめる「昭和ドラマ」になっています。黒柳さんの幼少期どころか、生まれる以前の昭和4年にまでさかのぼって、両親の出会いから丁寧に描いてきたことの成果だと言えるでしょう。

黒柳さんの父、黒柳守綱(山本耕史)はヴァイオリニストで、NHK交響楽団のコンサートマスターも務めた音楽家です。小澤征爾さんの師であり、「サイトウ・キネン・オーケストラ」で知られる齋藤秀雄とは“同僚”でした。また母の朝(松下奈緒)は、北海道の医師の家に生まれ、現在の東京音楽大学で学んだ声楽家です。

制作側は、そんな両親の若き日のエピソードを、まるで彼らが主人公であるかのように、じっくりと見せてきました。おかげで視聴者側は時代背景を理解すると共に、「トットちゃん」というヒロインに出会う準備が十二分にできたのです。

しかも黒柳夫妻が暮らす、「乃木坂上倶楽部」というアパートがなかなか秀逸で、朝ドラ『ひよっこ』の「乙女寮」や「あかね荘」を思い出します。

日本初の国際的建築家である夫を亡くした画家(高岡早紀)、社交ダンスのダンサー(新納慎也)とパートナーである伯爵令嬢(凰稀かなめ)、浅草の舞台女優(黒坂真美)と座付き作家の夫(隈部洋平)といった住人たちが面白い。

そうそう、インド人の父と日本人の母の間に生まれ、現在はアパートの1階にある喫茶店のマスターをしている、シイナさん(小澤征悦)も忘れてはいけません。彼らを通じて、戦前の社会における芸術や芸能の“位置”が伝わってきます。

「ユニークな少女」トットちゃんの魅力全開!

2週目に入って、ようやく黒柳夫妻に赤ちゃんが誕生しました。男の子を待望していた父が用意した名前が「徹」で、女の子だったため「徹子」とした話も微笑ましい。

そんな徹子も、ドラマの中では、すでに小学2年生となりました。後の黒柳さん本人を思わせる、「世間の常識」という枠におさまらないユニークな少女が、ハラハラするような”活躍”(笑)を見せています。同時に、「友だちの死」という辛い体験もしました。しかも日本は太平洋戦争へと突入していきます。

トットちゃんを受け入れた、「トモエ学園」(福山雅治さんが歌っている、主題歌のタイトルでもあります)がいいですね。子どもたちの関心や感動を大事にするといっても、そう簡単なことではなかった時代だからこそ、「教育」や「学校」について、いろんなことを考えさせてくれます。

ここしばらくは、幼少期のトットちゃん役、豊嶋花さんの達者な演技を楽しみながら、主演女優・清野菜名さんの登場を待ちたいと思います。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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