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スポンサーへの「そんたく」!? マスオさんに「宝くじ」を買わせたフジテレビ

碓井広義メディア文化評論家
フジテレビの長寿&看板アニメ『サザエさん』(ペイレスイメージズ/アフロ)

スポンサーの「商品」を買ったマスオさん

4月2日(日)放送のアニメ『サザエさん』(フジテレビ系)を見ていて、驚きました。マスオさんが宝くじ売り場で、宝くじを買っていたのです。

いや、「売り場で買うのって普通でしょ」という話ではありません。「宝くじ」は、この番組のれっきとしたスポンサーの一つなのです。スポンサーが実際に売っている具体的な“商品”を、アニメの登場人物に買わせたことにかなり驚き、そして強い違和感を持ったのでした。

この回のタイトルは「マスオさんの秘密」。何か秘密を持つと、すぐ顔に出てしまうマスオさんをめぐるエピソードが展開されますが、話の中心は「宝くじ」の購入でした。

冒頭、マスオさんが会社の同僚であるアナゴさんと一緒にレストランから出てきます。街角で宝くじ売り場を見つけたアナゴさんが、財布を取り出して買おうとしました。

まず、この宝くじ売り場の描写がいつもと違います。やけにリアルなのです。『サザエさん』に登場するお店は、たとえば薬屋さんの場合でも、特定のドラッグストアに見えるような描き方はしません。

しかし今回は、ボックスに掲げられた看板には大きな「宝くじ」の文字と、実際に使われているものに酷似した「的に当たった矢」がデザインされたマークが入っています。またガラス窓には、「当売場から1等賞が当たりました」という手書き風の張り紙が。そしてボックスの脇には、赤い布に「宝くじ発売中」の白文字が入った幟(のぼり)旗もあります。さらにカウンターには招き猫の焼き物が置かれているという凝りようでした。まさに、街でよく見かける、あの「宝くじ売り場」なのです。

この売り場の前で交わされる2人の会話がまたすごい。アナゴさんは、「もしも自分に1億円が当たったら・・」という想像を語ります。自宅のお座敷で、テーブルをはさんで奥さんと向き合っているアナゴさん。何とテーブルの上に、1億円の札束がドーンと並んでいるのです。それは札束で出来た大きな長方体でした。そしてアナゴさんが奥さんに対してタンカを切ります。「一生小遣いなんか、いらんぞお。半分はそっちにくれてやる!」。聞いていたマスオさんは、「買わないことには当たらないからね。よし、僕も買おう!」。

馬券でも車券でも舟券でも、もちろん宝くじでも「買わないことには当たらない」のは確かです。買うことをためらっている人に対する殺し文句。しかし、それを『サザエさん』の登場人物に言わせるのか、ってことです。

マスオさんが帰宅しても、宝くじのエピソードは続きます。サザエが、三河屋のサブちゃんが宝くじを買っていたという話をします。「夢を買ってるんです、この1枚に」と言うサブちゃん、「大金が当たったら、自分のお店を持とうと思って」と健気でした。

この「夢を買う」というのも、宝くじを購入する際の“魅惑の動機”でしょう。「買わないことには当たらない」と並んで、宝くじ購入のハードルを下げる見事な宣伝コピーと言っていい。

そして茶の間での宝くじ談義には、カツオも加わりました。父の波平に「お父さん、宝くじ買わない?」と聞くのです。理由は、「(宝くじが)当たったら、新しいグローブとサッカーボールを買ってもらおうと思って」。

小学生らしい無邪気な願望などと笑うわけにもいきません。ここは波平が何と答えるのか注目しましたが、「そう簡単に当たるもんじゃない」・・でした。宝くじはスポンサーですから、さすがの波平もカツオに対して、「楽して儲けようなどと思うな!」とは言えなかったわけです。うーん、これってどうなんだろう。

忖度(そんたく)か、サービスか

アニメ『サザエさん』が始まったのは1969年の秋。すでに50年近く続いていますが、第1回の放送から、ほぼ欠かさず見てきました。しかし、これまでこんな回はなかった。東芝が一社提供していた時代でさえ、東芝のテレビや冷蔵庫の新製品を思わせる描写はあっても、その商品を直接ストーリーのネタにしたり、ましてや、「よし、僕も(東芝のテレビである)レグザを買おう!」などというセリフを、登場人物が言うことはありませんでした。

なぜ、こんなものが放送されたのか。スポンサーである「宝くじ」側、つまり「みずほ銀行」が指示や要求をしたのでしょうか。多分、それはないと思います。ストーリー自体がインフォマーシャルというか、本編の中にCMを入れ込んだようなものであり、あまりに露骨で、企業としての品位を問われてしまいます。

ならば、流行りの”忖度(そんたく)”でしょうか。いや、みずほ銀行が望んでもいないのに、フジテレビ側が勝手に行った”サービス”だったのかもしれません。

大きなスポンサーである東芝が経営的に大変で、今後『サザエさん』へのCM出稿も心配されるような状況だといわれています。万一のことを考えて、フジテレビが「宝くじ」をはじめとする東芝以外のスポンサーに気をつかったということはあり得ます。

しかし、です。そもそも、子供たちも見るアニメ番組のスポンサーに、合法的とはいえ、れっきとしたギャンブルの一つである「宝くじ」を持ってきたこと自体に違和感がありました。

その上、スポンサーが売っている宝くじという”リアルな商品”を、登場人物たちに買わせたり、語らせたりしてしまうというのは、いわば“禁じ手”を使ったことになると思うのです。実写のドラマ、人間の役者ではできないことでも、アニメならできてしまう。アニメのキャラクターたちは作り手に従うしかないのです。

しかもそれが、幅広い世代が見ている国民的アニメ『サザエさん』で行われたことは、オーバーな表現かもしれませんが、とても罪深い。前述のように、半世紀近くも見続けてきたファンの一人として、とても残念な放送でした。

今後は、スポンサーである日産のクルマや、日清食品のカップ麺や、花王の制汗剤とかをネタにして1話分を作ろうなんて、絶対に考えないでいただきたい。ファンタジーであるはずの物語の中に、リアルなビジネスを持ち込む。それは視聴者への裏切りになりかねないからです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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