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今期、最もクセになるドラマ『カルテット』の魅力とは?

碓井広義メディア文化評論家

ドラマ『カルテット』(TBS系)の脚本は、『Mother』(日本テレビ系、10年)『最高の離婚』(フジテレビ系、13年)などを手がけてきた坂元裕二だ。メインの役者が松たか子、松田龍平、高橋一生、満島ひかり。チーフプロデュース・演出は、『重版出来!』『逃げるは恥だが役に立つ』の土井裕泰である。これだけの豪華メンバーがそろって、一体どんな物語を見せてくれるのか。

先が読めないストーリー

4人のアマチュア演奏家が、カラオケボックスで出会う。バイオリンの真紀(松)と別府(松田)、ヴィオラの家森(高橋)、そしてチェロのすずめ(満島)である。偶然かと思ったが、どうやらそうではなかったようだ。

彼らは、世界的指揮者である別府の祖父が持つ軽井沢の別荘を拠点に、弦楽四重奏のカルテットを組むことになる。簡易合宿のような、ゆるやかな共同生活も始まった。冬の軽井沢という”舞台”。音楽を梃子(てこ)にした”ドラマ空間”。まずは、一見強引とも思える、この設定がうまい。

4人に共通しているのは音楽との関係だ。プロへの夢を追い続けるのか、趣味として音楽を続けるのか、そんな二者択一から逃避した保留状態にある。一方、彼らが抱える過去や背景は、当然のことながら、それぞれに異なる。

夫が謎の失踪を遂げたという真紀。それは果たして本当に失踪なのか、それとも事件なのか。夫の母親(もたいまさこ、怪演)から、真紀に近づいて動向を探ることを依頼されたのが、すずめだ。彼女は子供時代、父親(作家・高橋源一郎、びっくりの快演)に従って、詐欺まがいを行っていた経験をもつ。家森は、何やら怪しげな男たちに追われているが、単なる借金取りとかではなさそうだ。さらに別府の事情や本心も不明のままだ。

台詞の“行間を読む”面白さ

そんな4人が、鬱屈や葛藤を押し隠し、また時には露呈させながら、互いに交わす会話が何ともスリリングなのだ。それは1対1であれ、複数であれ、変わらない。見る側にとっては、まさに“行間を読む”面白さがある。ふとした瞬間、舞台劇を見ているような、緊張感あふれる言葉の応酬は、脚本家・坂元裕二の本領発揮だろう。そして、台詞の一つ一つがもつ”ニュアンス”を、絶妙な間(ま)と表情で見せてくれる、4人の役者たちにも拍手だ。

このドラマは、サスペンス、恋愛、ヒューマンといった枠を超えた、いわば「ジャンル崩しの異色作」と言える。ここには、『重版』の黒沢心や、『逃げ恥』の森山みくりのような、つい応援したくなる“愛すべきキャラクター”はいない。だが、4人ともどこか憎めない、気になる連中なのだ。

いい意味で独特の暗さもあり、幅広く万人ウケはしないかもしれない。しかし続きが見たくなるドラマ、クセになるドラマとしては、今期ピカイチの出来だ。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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