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豊作か!?「オトナの男」にオススメの秋ドラマ(その3)

碓井広義メディア文化評論家

2014年秋クールのドラマが中盤へと差し掛かっている。全体としては「食欲の秋」に負けない、「ドラマの秋」になってきた。各放送局も力を入れるこの季節、「オトナの男」にオススメの秋ドラマをチェックする。その第3弾。

●クドカンドラマらしさ炸裂 TBS「ごめんね青春!」

脚本家・工藤官九郎の名を、文字通り全国区にした感のあるNHK朝ドラ「あまちゃん」。その終了から1年、ようやくクドカンの新作が登場した。TBS日曜劇場の「ごめんね青春!」である。

舞台は静岡県三島市にあるという仏教系男子高とミッション系女子高だ。片や偏差値ガタガタの汗臭い男子生徒たち。片や彩色兼備だけど一筋縄じゃない女子生徒たち。この2校が隣同士で、しかも女子高の経営難から合併話が浮上する。

男子高にはOBで教員の錦戸亮、女子高にはOGで教員の満島ひかり。あらゆる面で対照的な両校の合併へ向けて、何かとぶつかり合う2人もてんてこ舞いだ。

さて、クドカンの脚本だが、見事なまでにノーテンキな笑いを散りばめている。東日本大震災という現実をドラマに取り込むという大課題を背負っていた「あまちゃん」と違い、こちらはひたすら楽しみながら書いているかのようだ。

またNHKでも朝ドラでもなく、国民的ドラマを求められているわけでもないので、クドカン本来のテイストに溢れている。もちろん得意の小ネタも満載で、特に錦戸の父親である風間杜夫や校長の生瀬勝久などが嬉々として演じている。

確かに視聴率は高くない。というか、元々クドカンドラマは万人向けとは言えないのだ。むしろ視聴者の間口を狭くすることで、あのディープで際どい笑いが生まれる。それは「池袋ウエストゲートパーク」も「木更津キャッツアイ」も同様で、世代を超えた幅広い支持を受けることを狙っていない。「わかるヤツ、ついてこい!」という暴走こそが真骨頂であり、だからこその魅力なのだ。オトナの男も見ないでいるのはもったいない。

このドラマでつい最近起きたのが、第3話における「実在の学校名」騒動である。

落ちこぼれの男子生徒たちが、錦戸の実家である寺で試験勉強の合宿を行っていた。錦戸の兄(えなりかずき)は僧侶だが、その妻(中村静香)が元グラビアアイドルという設定。一人の生徒が色っぽい中村静香に勉強を教えてもらおうとした。すると彼女は笑顔で「それは無理。私、堀越だから」と答えたのだ。

この「堀越だから」に対して、実在する堀越高校からクレームが入る。TBSは番組サイトにお詫びを掲示したが、学校名を記さなかったことで、逆にマスコミやネットで騒がれることとなった。

この件に関しては、TBSの判断ミスと言わざるを得ない。クドカンは物語の中に現実や実名を巧みに織り込んでいく脚本家であり、そのことを生かすためにも制作側は細心の注意を払う必要がある。ましてや日曜劇場というゴールデン帯での放送だから、なおさらなのだ。

いずれにせよ、これは抗議を誘発する、つまり話題になることを前提としての確信犯などではない。

本来、視聴者のクスッという笑いを誘うのが目的だったであろうこの表現。ズバリ学校名ではなく、たとえば『それは無理。私、芸能コースだから』という台詞にすることでも、効果は十分あったのではないだろうか。

●今期、掘り出し物の1本 フジテレビ「素敵な選TAXI」

いい意味で予想を裏切られた。フジテレビ系のドラマ「素敵な選TAXI(センタクシー)」である。タイムスリップするタクシー? 脚本がバカリズム? 大丈夫なのかと思っていた。ところが蓋を開けてみれば、肩の力が抜けた、癒し系SFドラマになっている。

何かトラブルを抱えている人物が偶然乗ったタクシー。それは過去へと戻れるタイムマシンだった。恋人へのプロポーズに失敗した売れない役者(安田顕)、駆け落ちする勇気がなかった過去を悔いる民宿の主人(仲村トオル)、そして不倫相手である社長と嫌な別れ方をした秘書(木村文乃)などが乗車する。

映画「バック・バック・トゥ・ザ・フューチャー」ではガルウイングドアのデロリアンだったが、こちらは40年前のトヨタ・クラウンのタクシーというのが嬉しい。

運転手は“お久しぶり感”のある竹野内豊だ。制服にヒゲという出で立ちで乗客の話をじっくりと聞き、彼らを「人生の分岐点」まで戻してくれる不思議なオジサンを飄々と演じている。ちょっとした新境地だ。

乗客は過去に戻って新たな選択をするが、必ずしも事がうまく運ぶわけではなく、もうひと波乱ある。バカリズムの脚本はその辺りのヒネリが効いており、“読後感”も悪くない。出来のいい連作短編集のような味わい。今期掘り出し物の1本であることは確かだ。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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