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ギャラクシー賞「大賞」受賞記念 ドラマ「あまちゃん」研究 序説 短期集中連載 最終回

碓井広義メディア文化評論家

第51回ギャラクシー賞「大賞」受賞を記念して、「あまちゃん」に関する考察を短期集中連載しています。

ドラマ「あまちゃん」研究 序説

~なぜ視聴者に支持されたのか~

短期集中連載 最終回

4 「あまちゃん」の完結

「あまちゃん」の最終回である第156回が放送されたのは、2013年9月28日(土)のことだ。

冒頭では、2012年夏に行われた北三陸鉄道(北鉄)の復旧式が描かれた。このシーンによって、見る側にはドラマ初回のオープニングが甦ってくる。若き日の春子(有村架純)がアイドルを目指して上京しようと電車に乗り込んだのが、1984年夏の北鉄開通の日だったからだ。

ここでは、「開通の日」と「復旧の日」が、ひたすら東京に行こうとした母・春子と、震災後の地元で生きようとする娘・アキを対比させるだけでなく、それぞれの“決意と選択”を肯定する描き方となっている。

この最終回では、北鉄がまだ途中までしか復旧していないため、アキとユイはトンネルの手前の小さな駅で下車する。列車が行けるのはここまでであり、目の前のトンネルは、かつてユイが閉じ込められた場所だ。

2人は列車が折り返していった後のホームに残り、「潮騒のメモリーズ」としてついさっきまで車内で行っていたパフォーマンスの出来具合を反省する。

しかし、2人は明るい。上手く歌えなかったけれど、それはあくまでも今日のこと。これから良くしていけばいい、と前向きだ。宮藤官九郎は、この後のシーンを以下のように書いた。(宮藤『「あまちゃん」完全シナリオ集 第2部』)

アキ 「まだまだ完成しなくてもいいべ」

ユイ 「あしたも、あさっても、あるもんね」

アキ 「あしたも、あさっても、来年もある。・・・今はここまでだげど、

来年になったら、こっから先にも行げるんだ」

二人、トンネルの奥を見つめる。

このアキの言葉は、北鉄の線路の復旧だけを指しているわけではない。「こっから先」とは、自分たちが向かうべき未来であり、また地元・北三陸に暮らす人たちにとっての未来でもある。

番組終了間際、2人はユイの提案でトンネルへと足を踏み入れる。遠くに見えるトンネルの出口からから差し込んでいる光が鉄路を照らす。2人は楽しそうに声を挙げながらその光の方へと駆けていく。

このトンネルの向こうの光は象徴的だ。彼女たちの背中を追うカメラ、つまり視聴者の目が、明るい希望に向かって進んでいく2人を見届けた形でのエンディングとなった。

そして、2013年12月31日のNHK「紅白歌合戦」。その目玉は予想通り「あまちゃん」コーナーだった。アキ(能年玲奈)はもちろん、北三陸のスナック梨明日(リアス)に集う面々、アイドルグループのGMT47やアメ横女学園のメンバーたちも登場した。

ユイ(橋本愛)は北三陸から列車を乗り継ぎ、最後はアキの父・正宗(尾美としのり)が運転するタクシーでNHKホールに駆けつけ、アキと2人で「潮騒のメモリー」を熱唱する。続けて春子(小泉今日子)と鈴鹿ひろ美(薬師丸ひろ子)がリレーで歌い継ぐという、何とも心憎い演出だった。

この夜の「紅白歌合戦」では、登場人物たちにとって、いわばそれぞれの“決着”を思わせるようなシーンが続いた。アキはようやく夢が叶って、ユイと一緒にステージで歌うことができた。GMT47は、これで念願の全国デビューを果たした。春子もまた憧れの舞台に立つことができたことになる。

この「あまちゃん」コーナーの総時間は約15分であり、まさに朝ドラの1回分と同じ長さになっていた。

また、ステージ上の大画面には、実際には存在しなかった「第157回」の文字が出ていた。いわば幻の最終回であり、「あまちゃん」完結編としての「紅白歌合戦」だったのだ。これもまた、過去の朝ドラでは行われることのなかった規模とレベルで展開された、視聴者側と制作側との一大コラボレーションだった。

5 おわりに

日本でテレビ放送が開始されてから60周年を迎えた2013年。将来編まれる放送史には、「あまちゃん」と「半沢直樹」(TBS)の年だったと記されるかもしれない。

近年その凋落ぶりばかりが話題となっていたテレビだが、中身によっては見る人たちの気持ちを動かせることを再認識させた意義は大きい。

特にドラマの場合、作品の骨格であり設計図である脚本、登場人物たちを演じるキャスト、そして映像表現としての演出の3つが成否の鍵となる。

「あまちゃん」においては、脚本家の宮藤官九郎、能年玲奈をはじめとする出演者、秀作ドラマ「ハゲタカ」を生んだ訓覇圭プロデューサーと井上剛ディレクターという絶妙の組み合わせと、それぞれが能力を最大限に発揮した結果、多くの人の支持を集める内容となった。

NHK朝ドラはもちろん、ドラマ全体の歴史の中でも異彩を放つ1本となった「あまちゃん」。その基本構造を分析し、このドラマが社会現象となるほど視聴者に支持された理由を探ろうと試みたのが本稿である。

本来、ドラマ論や映像制作論の観点だけでなく、家族論、地域論、さらに震災論などにも目配りしながら論じていくべき作品であり、本稿の内容だけでは決して十分ではない。この論考をドラマ研究における試論の一つとして、今後も更なる考察を積み上げていきたい。

<参考文献>

宇野常寛『日本文化の論点』筑摩書房、2013

宇野常寛:編著『あまちゃんメモリーズ 文藝春秋×PLANETS』文藝春秋、2013

宇野常寛・濱野智史「僕たちは〈夜の世界〉を生きている」、

『PLANETS vol.8』第二次惑星開発委員会、2013

河竹登志夫『演劇概論』東京大学出版会 、1978

宮藤官九郎『「あまちゃん」完全シナリオ集』第1部・第2部 KADOKAWA、2013

小林よしのり・中森明夫・宇野常寛・濱野智史『AKB48白熱論争』幻冬舎、2012

田中秀臣『AKB48の経済学』朝日新聞出版 、2010

中森明夫『午前32時の能年玲奈』河出書房新社、2013

野田高梧『シナリオ構造論』宝文館 、1952

松平定知・碓井広義・中森明夫

「緊急座談会 連ドラ『あまちゃん』にハマっちゃったべ」『週刊現代』2013.06.01号

村山涼一『AKB48がヒットした5つの秘密』角川書店、2011

山口昌男『文化と両義性』岩波書店、1975

山口昌男「文化記号論研究における「異化」の概念」『文化の詩学1』岩波書店、1983

<参考映像・音楽>

『あまちゃん 完全版DVDBOX1~3』NHKエンタープライズ・東映ビデオ、2013

宮藤官九郎:監修・選曲『春子の部屋~あまちゃん 80's HITS~ビクター編』

ビクターエンタテインメント、2013

サウンドトラック『あまちゃん 歌のアルバム』ビクターエンタテイメント、2013

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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