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台風の「中心位置」ばかりに目を向けない

牛山素行静岡大学防災総合センター教授
2009年8月兵庫県佐用町での洪水災害で損壊した家屋.筆者撮影.

 本格的な台風シーズンとなり,台風にかかわる情報を目にする事が多くなっています.台風に関する情報というと,「中心位置」がどこか,というのが最も関心が持たれているのではないでしょうか.台風の「上陸」というのもよく注目されますが,これも「中心位置」についての情報のひとつと言えるでしょう.台風の「中心位置」は重要な情報のひとつではありますが,そればかりに目を向けすぎる事は,いろいろな弊害もあると思います.

台風の中心で雨が最も強いわけではない

 台風では一般的に「中心位置」に近いほど,風は強くなると言ってもいいでしょう.しかし,雨については,中心付近で強いというわけでは必ずしもなく,中心から数百km以上離れた所で強く降ることがごく普通にあります.これは,中心付近は台風の目で雲がないから,という話ではありません.そもそも台風の雨雲は「中心は目で雲がなく回りに厚い雲が同心円状に広がっている」のではなく,渦巻き状に厚い雲,薄い雲が中心を取り巻いています.

図1 台風の中心位置と雨雲の分布の例.図は気象庁ホームページより引用し,筆者が加筆.
図1 台風の中心位置と雨雲の分布の例.図は気象庁ホームページより引用し,筆者が加筆.

 図1はある台風の中心位置と,雨雲の分布です.たまたま手元にあった図を用いたもので,特別な事例ではありません.また,中心位置は9時で雨雲は10時と時間が少しずれていますが,このスケールの図で見れば1時間での中心位置の違いは問題になりません.図1を見ると,台風の中心位置は新島と三宅島の間あたりですが,強い雨雲は中心位置から100km前後も離れた神奈川県付近から静岡県伊豆地方などに見られ,むしろ中心に近いところでは雨雲がほとんど見られないところもある事がわかります.こうした状況はごく一般的に見られる事で,異常な事でも何でもありません.

 さらに,台風の影響で,中心から数百kmも離れた場所で雨雲が発達して大雨となり,被害が生じるといった事も格別珍しい事ではありません.たとえば2009年台風9号の接近時には,台風の中心から800kmほど離れた兵庫県佐用町付近で局地的な大雨が発生し,主に洪水によって同町内だけで20人が死亡,行方不明となったという事例もあります(冒頭写真).これは,台風が巨大だったわけではなく,台風本体の雨雲とは離れた場所で雨雲が発達したものでした.

 強い雨雲がどこにあるかは,気象庁のレーダー・ナウキャストのページなど,様々なところで参照する事ができます.また,気象庁の「洪水警報の危険度分布」のページでは,雨量の観測値などをもとに,どの川が溢れそうになっているか,といった情報も見る事ができます.「中心位置」ばかりではなく,面的に見てどこで危険性が高まっているのかを知る事が重要だと思います.

暴風も中心位置ばかり気にしていると手遅れになる

 風についてはちょっと専門からはずれますのであまり自信がないのですが,筆者が分かる範囲で書いておきます.風は中心に近いほど強くなる,と書きましたが,だからといって,中心位置付近でなければ風に対しては安全だ,などという事はありません.台風の勢力にもよりますが,台風の中心から離れていても屋外での行動が困難となるような暴風となる事は,全く珍しい事ではありません.

図2 台風の中心位置と暴風の例.気象庁の資料をもとに,筆者作図.
図2 台風の中心位置と暴風の例.気象庁の資料をもとに,筆者作図.

 たとえば図2は,2019年台風19号の際の横浜での風速(平均風速)と気圧です.横浜では,10月12日の昼前頃から風速が強くなり,21時頃がピークとなっています.気圧を見ると21時が最も低くなっていますので,この頃が台風最接近とみていいでしょう.最接近時(中心位置付近)が風速もピークなんだから,中心位置が通過するときに注意していればいいのでは,と思うかもしれませんが,ピーク時だけが危険なわけではありません.

 気象庁が「風の強さと吹き方」という表を公開しています.これを見ると,平均風速10~15(m/s)ですでに「風に向かって歩きにくくなる.傘がさせない」,15~20(m/s)では「風に向かって歩けなくなり,転倒する人もでる」や「看板やトタン板が外れはじめる」とあります.つまり,普段通りになんとか屋外で行動できるのは,平均風速10(m/s)未満と考えた方が良さそうです.

 図2の横浜では,16時から21時まで,平均風速10(m/s)以上の状況が続いています.風は瞬間的に強くなる事もあります.「風の強さと吹き方」には瞬間風速も示されており,瞬間風速20~30(m/s)だと平均風速15~20(m/s)と同様な状況になるようです.図2では示しませんでしたが,横浜の瞬間風速は16時台から20(m/s)を超える値が記録されていました.

 こうしてみますと,この台風が横浜に接近しつつあったとき,遅くとも16時頃には既に,屋外での行動は危険な状況になっていたと考えた方が良さそうです.台風最接近は21時頃ですから,その5時間以上前となります.その時点での台風の「中心位置」は図中の台風経路図の12日09時と同21時の真ん中あたり,神奈川県付近からの直線距離だと250kmほどのところと思われます.この日,横浜市内には午前6時23分に暴風警報が発表されています.結果的にみれば,仮に避難や,何か用事を済ませるなどの屋外での行動は,暴風警報発表から数時間以内に実施しておくべきだったと言えそうです.いわば,暴風警報の発表が「普段通りの行動を見合わせるタイミング」だったのかもしれません.

 台風に関する情報では,強風域(風速15m/s以上の範囲),暴風域(風速25m/s以上の範囲)が示される事が一般的で,強風域は台風の中心から数百kmに広がっている事が一般的です.この強風域に入る前までに屋外の行動は見合わせる,といった判断も必要かもしれません.

 かつて,天気図くらいしかなかった時代には,台風の「中心位置」はほぼ唯一と言ってもいい重要な情報だったかもしれません.しかし,現代は様々な情報を活用する事ができます.台風の中心位置という,限定的な「点」情報にばかり目を向けるのではなく,どこで強く雨が降っているのか,どこで浸水がおきそうになっているのか,風はいつ頃強くなりそうなのかといった,現代だからこそ得られる「面」の情報を活用すべきではないでしょうか.

静岡大学防災総合センター教授

長野県生まれ.信州大学農学部卒業.東京都立大学地理学教室客員研究員,京都大学防災研究所助手,東北大学災害制御研究センター講師,岩手県立大学総合政策学部准教授,静岡大学防災総合センター准教授などを経て,2013年より現職.博士(農学),博士(工学).専門は災害情報学.風水害、特に豪雨災害を中心に,人的被害の発生状況,災害情報の利活用,避難行動などの調査研究に取り組む.内閣府「避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン検討会」委員など,内閣府,国土交通省,気象庁,総務省消防庁,地方自治体の各種委員を歴任.著作に「豪雨の災害情報学」など.

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