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大雨時の車移動中の犠牲者 どのような状況で

牛山素行静岡大学防災総合センター教授
洪水で橋の取り付け部分が崩落し,車が転落したと推定される現場(筆者撮影)

 大雨に伴う災害時に,車等で移動中に洪水や土砂災害に見舞われるなどして亡くなるケースが,毎年少なからず見られています.筆者は,日本の風水害で亡くなったり行方不明になった方が,どのような状況で遭難しているのかについて調査研究を続けています(7月7日 Yahoo!ニュース個人 洪水・土砂災害で犠牲者はどのように生じているのか).本日の記事では,この調査結果をもとに,大雨時の車等で移動中の遭難がどのような状況で生じているのか,考えてみます.

車等での移動中の犠牲者の割合

 筆者が調査している1999~2019年の風水害犠牲者1373人の発生場所を「屋内」「屋外」に大別すると比率は概ね半々で,「屋外」が665人(全犠牲者の48%)と分類されます(図1).「屋外」犠牲者の遭難時の移動状況を分類すると,「車内」201人(屋外犠牲者の30%),「歩行中」88人(同13%),「その他屋外」376人(同57%)となります.ここで「車内」とは自動車の他,バイク,自転車も含みます.具体数は分類していませんが,多くは自動車と考えてよいでしょう.

 本稿で注目する「車等での移動中の犠牲者」は,1999~2019年の風水害犠牲者1373人中では201人確認される事になり,これは全犠牲者の15%ほどに当たります.なお「風水害時に車等で移動中に遭難」と聞くと,なんとなく「避難中に遭難」したようなイメージが湧くかもしれませんが,そうしたケースは201人中29人で,多くありません.ほとんどは,避難とは無関係の,日常の移動中の遭難と言えます.

 なお「その他屋外」とは,屋外のほぼ同一箇所付近にいた人で,たとえば屋外で作業中だったり,田畑や水路,家の周囲などの様子を見に行った,といったケースです.つまり「その他屋外」も全く同一の地点で静止していたところへ水の方が襲ってきたのではなく,大なり小なり徒歩で動いている中で水に巻き込まれたと考えていただいた方がよいと思います.したがって,まず注意しておきたいのは屋外犠牲者のほぼ7割は徒歩で行動中だったと思われるということです.「車での移動が危険」だから「徒歩での移動なら安全」というわけではないと思います.

図1 車で移動中の犠牲者の内訳(筆者調査結果により筆者作図)
図1 車で移動中の犠牲者の内訳(筆者調査結果により筆者作図)

車等での移動中の犠牲者は主に水関連の現象で

 この201人について,原因となった現象別に分類すると,「洪水」102人,「河川」56人,「土砂」29人などとなります.なおここで「洪水」とは川からあふれた水で流されたと思われるケース,「河川」は川はあふれてはいないが増水した河川付近を通行していて転落するなどしたケースです.「洪水」「河川」はいずれも水関係の現象ですから,車等で移動中の犠牲者は,主に(79%)水関連の現象で生じているとみてよさそうです.

車等での移動中の犠牲者の発生場所

 車等で移動中の犠牲者は,その発生場所が推定しにくいケースが多く,「どのような場所で」という分類は十分できていません.ここでは典型的な例をいくつか挙げます.

図2 道路の路肩が崩落し車が河川に転落したと推定される現場(筆者撮影)
図2 道路の路肩が崩落し車が河川に転落したと推定される現場(筆者撮影)

 図2は,河川沿いの道路の路肩が崩落し,その崩落に気がつかず通行した車が崩落箇所から河川に転落して犠牲者が生じたと推定される現場です.具体的な数字は挙げられませんが,このタイプは比較的よく見られると言っていいでしょう.この車は河川側の車線を通行していたと推定され,左下写真は,その車線に沿って崩壊箇所の50mほど手前側から撮影したものです.撮影時は天気もよく,応急工事のブルーシートがありますが,それでも少し離れると崩落箇所はなかなか視認しにくいようにも思えます.また,現場手前で少しカーブしており,これも崩落に気がつきにくい要素となったかもしれません.

図3 下り坂の先が浸水しており車が遭難したと推定される現場(筆者撮影)
図3 下り坂の先が浸水しており車が遭難したと推定される現場(筆者撮影)

 図3は,地形的には台地と呼ばれる一段高い平坦な場所から,低地と呼ばれる一段低い場所に向かって車が通行し,低地部分で洪水が生じていたことにより車が動けなくなり,犠牲者が生じたと推定される現場付近です.台地と低地の標高差は10mほどで,台地と低地の境界部がやや急な坂で,下り坂であることは比較的明確かもしれません.とはいえ,現場の台地側はややカーブしており,先の様子が明瞭に分かったとは言えないかもしれません.遭難した時間帯は夜のはじめ頃でしたので更に条件は悪かったと思われます.具体的な数は挙げられませんが,こうした地形の変換点付近のやや急な坂での被災は時折見られます.

図4 緩い下り坂で洪水に巻き込まれ遭難したと推定される現場(写真は筆者撮影)
図4 緩い下り坂で洪水に巻き込まれ遭難したと推定される現場(写真は筆者撮影)

 図4は,緩い下り坂で洪水に車が巻き込まれ,犠牲者が生じたと推定される現場付近です.発生現場は図中●付近で,図中下の写真はここから北側を撮影したものです.付近は扇状地で,全体としては図中北側から南側に下る緩斜面で,この緩斜面を洪水流が流れていたようです.また,図中東側は●地点よりやや高く,東から西方向も緩斜面となっています.遭難した車は図中▲付近(図中上の写真付近)から●付近に向かって走行し,洪水に巻き込まれたと推定されます.犠牲者は近隣にお住まいの方でしたが,それでも,この道が下り坂で,先の方で洪水が生じているとはイメージしにくかったのではないでしょうか.この事例も時間帯は夜のはじめ頃で,それも要因だったかもしれません.具体的な数は挙げられませんが,こうした「緩い下り坂」で洪水に車が巻き込まれて犠牲者が発生するタイプの被害も,比較的よく見られると言ってよいと思います.

図5 橋梁取付部が流失,車が転落し遭難したと推定される現場(筆者撮影)
図5 橋梁取付部が流失,車が転落し遭難したと推定される現場(筆者撮影)

 図5は,橋の取り付け部分が流失し,そこに車が転落して遭難したとみられる現場付近です.図中左上写真のバリケード付近から撮影したのが右の写真で,バリケードの80mほど先が崩落しています.流失部を側面から見たのが左下写真.仮にこの撮影時点に車でここを通行したとしても,このようなことになっているとはなかなか気がつかないように思います.このタイプの犠牲者発生は,それほど多くはありませんが,時折見られます.ただ,橋は流失していないが橋の取り付け部が流されてしまう形態自体は,洪水の被災地ではよく見かけます.

図6 アンダーパスの浸水に進入し遭難したと推定される現場(筆者撮影)
図6 アンダーパスの浸水に進入し遭難したと推定される現場(筆者撮影)

 図6は,鉄道や幹線道路と立体交差するために半地下部分に道路を通す,いわゆるアンダーパスです.図中下の写真の方向から,浸水したアンダーパス内に進入した車が水没し犠牲者が生じたと推定されます.図中上の写真は,下の写真とは反対側からアンダーパスを見たものです.やや急な下り坂はアンダーパス共通の形態ですが,この現場は入口がカーブであったことも要因だったかもしれません.アンダーパスが洪水時に危険であることはよく指摘されているところで,確かに被害も出ています.ただ,先に挙げた車等での移動中の犠牲者201人中では,あわせて3箇所で5人です.危険性を軽視していいわけではありませんが,アンダーパスだけに注意すればよいというものでもなさそうです.

 車で移動中の犠牲者が生じた現場へ行きますと,事後的に見れば,なるほどここで被害が生じたのだなと理解できる要因がいくつか見られます.また,いずれのケースも,崩落や浸水が始まったタイミングと犠牲者を生じた車が通過したタイミングの時間的な関係などは明確には分からず,遭難に至った要因はここで挙げた道路の形態的なことばかりでなく,様々なものが組み合わさっていると考えられます.

 しかし,いずれにしても風雨が激しいときの屋外行動には危険があるものとは考えてよいように思います.こうしたときには,車,徒歩を問わず,屋外での行動をなるべく抑制することが重要ではないでしょうか.

静岡大学防災総合センター教授

長野県生まれ.信州大学農学部卒業.東京都立大学地理学教室客員研究員,京都大学防災研究所助手,東北大学災害制御研究センター講師,岩手県立大学総合政策学部准教授,静岡大学防災総合センター准教授などを経て,2013年より現職.博士(農学),博士(工学).専門は災害情報学.風水害、特に豪雨災害を中心に,人的被害の発生状況,災害情報の利活用,避難行動などの調査研究に取り組む.内閣府「避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン検討会」委員など,内閣府,国土交通省,気象庁,総務省消防庁,地方自治体の各種委員を歴任.著作に「豪雨の災害情報学」など.

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