通算100勝以上を挙げた140人中、70.0%の98人は、100敗以上を喫している。白星と黒星のどちらも三桁だ。

 勝敗が同数は、106勝106敗の郭源治だけ。それについては、「通算の「白星と黒星が同数」の投手たち。東京ヤクルトの石川雅規は177勝176敗」で書いた。

 勝ち越しは72人だ。現役投手の3人は、こちらに含まれる。石川雅規(東京ヤクルト・スワローズ)が177勝176敗、涌井秀章(東北楽天ゴールデンイーグルス)が150勝140敗、内海哲也(埼玉西武ライオンズ)は135勝103敗だ。

 あとの25人は、白星よりも黒星が多い。7人の負け越しは一桁ながら、18人は二桁だ。そのなかには、現監督の2人もいる。広島東洋カープの佐々岡真司は、138勝153敗なので15の負け越し。横浜DeNAベイスターズの三浦大輔は、172勝184敗、12の負け越しだ。117勝141敗で負け越しが24の小宮山悟も、日本プロ野球ではないが、早稲田大学の野球部で監督を務めている。それに対し、東北楽天の石井一久は、40の勝ち越し。143勝103敗だ。メジャーリーグでも、39勝34敗と勝ち越した。

筆者作成
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 佐々岡が一軍の試合に登板した1990~2007年の18シーズンに、広島東洋は1157勝1262敗32分を記録した。三浦が投げた1992~2016年の25シーズンに、横浜大洋ホエールズ/横浜ベイスターズ/横浜DeNAは1513勝1906敗62分だ。2人とも、移籍はしていない。一方、石井が投げた球団、1992~2001年のヤクルト・スワローズと2006~07年の東京ヤクルト、2008~13年の埼玉西武の試合を合計すると、1279勝1165敗46分となる。3人の通算防御率は、佐々岡が3.58、三浦が3.60、石井は3.63だ。ほとんど変わらない。

 もちろん、これはざっくりとした比較に過ぎないし、佐々岡は、キャリアの途中にリリーフを務めた時期もある。ただ、100勝以上&100敗以上で負け越しが二桁の18人は、いずれも、プレーした球団のトータル勝率が.500を超えていない。1981~92年に南海/福岡ダイエー・ホークスで投げた山内孝徳に至っては、球団が勝ち越したシーズンすらない。

 なお、100勝未満も含めると、最も負け越したのは、1948~58年に松竹ロビンスや大洋ホエールズなどで投げた小林恒夫(常夫→恒夫→経旺)だ。46勝110敗。64も負け越した。最も勝ち越したのは、1956~69年に西鉄ライオンズで投げた稲尾和久だ。276勝を挙げ、その半分以下の137敗しか喫していない。

 小林と稲尾は、1958年5月10日に先発投手として投げ合っている。この試合で、稲尾は白星を手にし、近鉄パールスの小林には黒星がついた。