12月2日に始まったメジャーリーグのロックアウトは、まだ終わっていない。これまでのロックアウトあるいはストライキのうち、年をまたいだのは――スタートした時期も理由の一つだが――1994年8月~1995年3月のストライキだけだ。

 1995年に日本プロ野球でプレーした選手のうち、その前年にメジャーリーグの試合に出場している選手は、調べたところ、11人が見つかった。ちなみに、1994年のシーズンは、ストライキに入る前に1チーム平均114.3試合を行った。

筆者作成
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 なかには、ストライキがなければ、1995年に日本プロ野球へやってくることはなかったと思われる選手もいる。少なくとも、ケビン・ミッチェルシェーン・マックはそうだったのではないだろうか。

 1994年にミッチェルが記録した30本塁打はナ・リーグで6番目に多く、当時はまだ一般的ではなかったものの、OPS1.110は2位に位置した。ジェフ・バグウェル(1.201)に次ぎ、バリー・ボンズ(1.073)とトニー・グウィン(1.022)を上回った。ミッチェルのシーズン30本塁打以上は、1989~90年に続く3度目。1989年は47本塁打と125打点で二冠王となり、MVPに選ばれた。

 マックの打率.333と出塁率.402、OPS.966は、その後も含めた自己ベストだ。その前年は打率.276と出塁率.335、OPS.746ながら、1990~92年は3シーズン続けて、打率.300以上と出塁率.360以上、OPS.850以上を記録した。

 また、フリオ・フランコは30代後半ながら、1994年の20本塁打とOPS.916は、こちらも自己ベスト。1991年は首位打者を獲得していて、オールスター・ゲーム選出3度(1989~91年)はミッチェルよりも多い。ミッチェルの選出は、1989~90年の2度だ。

 今オフ、日本プロ野球の球団と契約したメジャーリーガーに、彼らほどの実績を持つ選手はいない。2021年の成績も同様だ。フレディ・ガルビス(福岡ソフトバンク・ホークス)とグレゴリー・ポランコ(読売ジャイアンツ)は、どちらもメジャーリーグで通算100本前後のホームランを打っているが、シーズン最多はともに23本。ガルビスはOPS.750以上のシーズンがなく、ポランコもOPS.800以上は2018年(.839)だけだ。

 ロックアウトがさらに長引いた場合、1995年のような大物が日本プロ野球へやってくるかもしれない。ただ、ミッチェルのようなスラッガーのFAは、ロックアウトが終わるのを待つ可能性も高い。新たな労使協定により、ナ・リーグも含めた「ユニバーサルDH」が導入されれば、彼らの需要は高まる。

 なお、ストライキによって打ち切られた、1994年のシーズンについては、こちらに書いた。

「労使紛争が引き起こした悲劇!? 60本塁打と打率4割がどちらも幻に…」