9月13日、ブラデミィール・ゲレーロJr.(トロント・ブルージェイズ)は、低い軌道のホームランを打ち、シーズン45本として、ア・リーグ本塁打ランキングの単独トップに立った。前日までゲレーロJr.と並んでいた大谷翔平(ロサンゼルス・エンジェルス)と、彼らに次ぐ42本のサルバドール・ペレス(カンザスシティ・ロイヤルズ)は、どちらもこの日の試合がなかった。ちなみに、ナ・リーグのトップ、38本のフェルナンド・タティースJr.(サンディエゴ・パドレス)は、ホームランを打たなかった。こちらは、2位のアダム・デュボール(アトランタ・ブレーブス)と4本の差がある。

 ナ・リーグとア・リーグの球史において、45本以上の本塁打王は、延べ86人を数える。1人目は1920年に54本のベーブ・ルース、85人目と86人目は2019年に53本のピート・アロンゾ(ニューヨーク・メッツ)と48本のホルヘ・ソレーア(当時カンザスシティ・ロイヤルズ/現アトランタ・ブレーブス)だ。

 ベースボール・リファレンスを利用して数えたところ、そのうちの75人は、今シーズンのゲレーロJr.のように、リーグ一番乗りで45本に到達していた。一方、シーズンが終わった時点で、最初に45本目を打った選手の本数を上回り、あるいはその選手と並び、本塁打王を獲得したのは11人だ。それぞれの割合は、87.2%と12.8%となる。

 もっとも、リーグで最初に45本目のホームランを打った本塁打王は、その時点で2位以下に大きな差をつけていた選手も少なくない。現時点のゲレーロJr.と大谷、ペレスたちとは状況が異なる。

 先に45本に到達した選手を追い越した本塁打王のなかには、数本の差をつけられていた選手もいる。例えば、1969年のハーモン・キルブルーは、レジー・ジャクソンが45本目のホームランを打った8月24日の時点では36本に過ぎず、レジーより9本少なかった。39本のフランク・ハワードもいたので、2位ではなく3位だった。だが、キルブルーはそこからの37試合で13本を積み上げ、シーズン49本として、47本のレジーと48本のハワードを上回った。1947年のラルフ・カイナーは、45本のジョニー・マイズと4本差の41本から10本増やし、カイナーと本塁打王を分け合った。2001年のアレックス・ロドリゲスも、ジム・トーメイが45本に達した時点では41本だったが、シーズン52本を記録し、トーメイに3本差をつけた。

 この3人、キルブルー、カイナー、ロドリゲスと比べると、現時点の大谷は残り試合が少ないものの、トップとの差は小さい。また、ブルージェイズが144試合を終えているのに対し、エンジェルスは143試合なので、次の試合(9月14日)に大谷がホームランを1本打つと、チームの144試合で45本は、ゲレーロJr.と同じになる。ロイヤルズも、まだ143試合だ。

 なお、複数の選手が同じ本数でトップに並び、本塁打王を分け合った事例については、こちらで書いた。

「大谷が42本、ゲレーロJr.とペレスは39本と38本。本塁打王を分け合う可能性も。過去には…」