1年目に防御率1点台を記録した投手たちの「2年目」は…。今シーズンの森下暢仁は防御率1.91

権藤博 MARCH 3, 2017(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

 昨年のドラフトで、広島東洋カープは1巡目に、明治大の森下暢仁を指名した。今シーズン、森下は18試合に先発して計122.2イニングを投げ、リーグ2位の防御率1.91を記録した。

 2リーグ制となった1950年以降、一軍1年目に規定投球回をクリアし、2.00未満の防御率を記録したのは、森下が12人目だ。そのうち、2015年のクリス・ジョンソンマイルズ・マイコラス(現セントルイス・カーディナルス)は、どちらも前年までメジャーリーグで投げていた。1960年の堀本律雄は防御率2.00だが、厳密には1.99908628868122だ。また、森下は、2012年の野村祐輔(広島東洋)と共通点が多い。2人とも、明治大からドラフト1巡目で広島東洋に入団し、プロ1年目に防御率1点台。野村と同じく、森下も新人王を受賞するはずだ。

筆者作成
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 これまでの11人中、2年目も防御率1点台は、1956年にデビューした稲尾和久しかいない。稲尾は2年連続にとどまらず、3年目と4年目も、防御率1.42と1.65を記録した。もっとも、稲尾以外の投手たちも、2年目のジンクスに嵌まったというわけではない。100イニングに届かなかったマイコラスを除く9人は、2年目も145イニング以上を投げた。防御率は、最も高い野村でも3.74。他は3.30未満だ。

 ただ、すでにキャリアを終えている8人のうち、一軍登板が15シーズン以上は、1966~83年の堀内恒夫だけ。半数の4人は、10シーズンに満たなかった。宅和本司(1954~61年)が80イニング以上を投げたのは、最初の2シーズンのみ。権藤博(1961~68年)は登板過多によって肩を痛め、1965~67年は投手ではなく野手としてプレーし、三塁と遊撃を守った。ちなみに、「権藤、権藤、雨、権藤……」のフレーズの生みの親は、権藤の前年にデビューした堀本だ。2人の1年目を比べると、69登板は同じながら、権藤は堀本より60イニング以上も多く投げた。権藤の429.1イニングは、1950年以降のシーズン最多記録だ。