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「バンビーノの呪い」を解き、日本でプレーするのはマニーが6人目。ユーキリスは自家醸造ビールのパブ経営

宇根夏樹ベースボール・ライター
左からP.マルティネス、K.ユーキリス、M.ラミレス June 25, 2004(写真:ロイター/アフロ)

デビッド・オティーズが選手生活にピリオドを打ったのと入れ替わるように、マニー・ラミレスがフィールドに戻ってくる。メジャーリーグではないが、高知ファイティングドッグスに入団することが決まった。

今から13年前、オティーズとマニーは、ボストン・レッドソックスが86年ぶりのワールドシリーズ優勝を果たし、「バンビーノの呪い」を打ち破った時(とその3年後に優勝した時も)、主砲としてチームにいた。この2004年にレッドソックスでプレーした選手は50人を数え、そのなかで日本のプロ球団と契約するのは、マニーが6人目だ。ここには、中日ドラゴンズと契約しながら、それを破談にしたケビン・ミラーは含んでいない。ミラーの一件は、レッドソックスが「バンビーノの呪い」を解く前年のことだ。

ゲーブ・キャプラージェイミー・ブラウンは、2005年にそれぞれ読売ジャイアンツと阪神タイガースでプレーした。アダム・ハイズデュは2007年に福岡ソフトバンクホークスの一員として過ごした。東北楽天ゴールデンイーグルスには、ビョンヒョン・キム(金炳賢)が2011年、ケビン・ユーキリスは2014年に在籍した。彼らのうち、野手3人の出場は50試合に届かず、ブラウンも11試合に投げただけ。キムは一軍では登板しなかった。キャプラーとユーキリスは、シーズン途中に退団した。

マニーもまた、こういった前例に続くのだろうか。昨年12月には、妻のジュリアナがインスタグラムに打撃練習の映像をアップし、TMZスポーツに「彼は猛練習をしている」と語ったが、過去2年はプレーしていない(しかも、TMZはゴシップサイトだ)。「マニー・ビーイング・マニー(マニーはマニー)」と呼ばれる振る舞いはさておき、これまでに来日した選手と違って独立リーグであることも、不安要素として挙げられる。4年前に台湾の義大ライノズ(現・富邦ガーディアンズ)でプレーした時は、6月に退団した。

なお、調べた限りでは、「バンビーノの呪い」を解いたメンバーで、2016年にプレーしたのは、オティーズ、ブロンソン・アローヨ、キムの3人だった(キムは2004年のポストシーズンには出場していない)。アローヨはワシントン・ナショナルズ傘下のルーキーリーグで2試合に投げ、キムはKIAタイガースの二軍で15登板した。どちらも、2017年の所属球団は決まっていない。もしかすると、選手としてプレーするのは、マニーが最後になるかもしれない。

すでに選手生活を終えたメンバーのなかには、デーブ・ロバーツ(ロサンゼルス・ドジャース監督)やビル・ミラー(セントルイス・カーディナルスのアシスタント打撃コーチ)、ダグ・ミントケイビッチ(ミネソタ・ツインズ傘下のA+監督)のように、球界に残っている者もいる。キャプラーはドジャースの育成部長、ケビン・ミラーはMLBネットワークの番組「インテンショナル・トーク」のホストだ。

一方、ユーキリスは球界を離れ、昨年8月、これまでもレストランを経営してきた兄のスコットとともに、自家醸造のビールを飲ませるパブをオープンした。場所はカリフォルニア州ロス・ガトス。店名の「Loma Brewing Company」で検索すれば、ホームページを見つけることができる。

ベースボール・ライター

うねなつき/Natsuki Une。1968年生まれ。三重県出身。MLB(メジャーリーグ・ベースボール)専門誌『スラッガー』元編集長。現在はフリーランスのライター。著書『MLB人類学――名言・迷言・妄言集』(彩流社)。

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