ブレーブスのアップトンが「B.J.」から「メルビンJr.」へ。選手の名前変更あれこれ

B.J.アップトン改め、メルビン・アップトンJr.(ジュニア)へ。アトランタ・ブレーブスのアップトンが、今シーズンより新たな登録名でプレーする。

もともと「B.J.」はニックネームだった。父のメルビン・エマニュエル・アップトンSr.(シニア)のニックネームが「ボスマン」で、その長男のメルビン・エマニュエル・アップトンJr.は「ボスマン・ジュニア」、略して「B.J.」というわけだ。ちなみに、次男のジャスティン・アービン・アップトン(サンディエゴ・パドレス)は最初から本名を名乗っている。

ボクサーのモハメド・アリ(元カシアス・クレイ)やNBAのカリーム・アブドゥル・ジャバー(元ルー・アルシンダー)のように、改宗とともに名前を変えたベースボール選手は、寡聞にして知らない(ご存じの方がいらっしゃれば教えてほしい)。けれども、アップトン兄の前にも名前を変更したベースボール選手はいて、そのパターンもいくつかある。

ジャンカルロ・スタントン(マイアミ・マーリンズ)が2011年までマイク・スタントンだったことは、記憶に新しい。これはどちらも本名。フルネームはジャンカルロ・クルーズ・マイケル・スタントンという。20世紀末に381本塁打を放ったアルバート・ベルも、メジャーデビュー当時はジョーイ・ベルとして知られていた。ベルの本名はアルバート・ジョジュアン・ベルで、ジョーイはミドルネームから派生した呼称だ。ジョン・ライアン・マーフィー(ニューヨーク・ヤンキース)は2013年まで、J.R.マーフィーだった。

カンザスシティ・ロイヤルズのエディンソン・ボルケスケンドリス・モラレスは、マイナーチェンジを施した。ボルケスは2007年よりエディソンの真ん中に「n」を付け足し、モラレスは2011年からファーストネームの最後に「s」を加え、スペルミスを修正した。

ボルケスはマイナーリーグ時代に、フリオ・レイエスと名乗っていたこともある。プロ入り時に良い契約を得ようとして、自分よりも年下の別人に化けていた。こういった例は少なくなく、スタントンと同じ2011年まで、ロベルト・ヘルナンデス(ヒューストン・アストロズ)はファウスト・カーモナ、ホアン・カルロス・オビエド(テキサス・レンジャーズ)はレオ・ヌニェスの名前で投げていた。

また、今シーズンよりミネソタ・ツインズで投げるアービン・サンタナの本名はヨハン・サンタナだったが、メジャーデビュー前の2003年にファーストネームを変えた。すでにメジャーリーグにはヨハン・サンタナ(当時ツインズ/現トロント・ブルージェイズ)がいたためだ。ラストネームを変えた例もある。1961年に61本塁打を放ったロジャー・マリスは、マイナーリーグ時代の途中まではロジャー・マラスだった。本名のマラスに引っかけた呼び方で観客にからかわれるのを嫌い、2つめの「a」を「i」にしたという。

話をアップトン兄に戻すと、彼の「チェンジ」はこれが初めてではない。2014年の序盤戦に眼鏡をかけ始め、終盤戦にはコンタクトレンズを装着した。しかし、ブレーブス初年度の2013年に始まった不振は止まらずに、OPS(出塁率+長打率)は2年続けて.630を割り込んだ。2年間合計の21本塁打も32盗塁も物足りない。アップトンはブレーブス入団前の2011~12年に、タンパベイ・レイズで2年連続してOPS.750&20本塁打&30盗塁をクリアしている。

ブレーブスがアップトンと交わした5年7525万ドルの契約は、まだ半分以上が残っている。小林旭が歌う名曲「昔の名前で出ています」には「あなたがさがしてくれるの待つわ」というフレーズがあるが、ブレーブスとしては「新たな名前で出てくる」アップトンが「調子を取り戻してくれるの待つわ」といった気持ちだろう。もっとも、「あなたを信じてここまできたわ」のフレーズのように、ブレーブス(とそのファン)がアップトンの復調を信じているかどうかは定かではない。