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凄惨なウクライナ情報とどう向き合うか 心のケアを考える

海原純子博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授
写真はイメージです。(写真:イメージマート)

ロシアのウクライナ侵攻による凄惨(せいさん)な状況が連日報道されています。当初の建物やインフラの被害にとどまらず、最近は市民への直接的な暴力や虐殺なども伝えられています。そうした情報に接し、気持ちが落ち着かなくなったという声を聞きます。あなたはいかがでしょうか。人によって強い衝撃やストレスになり得る情報との関わり方を考えます。

受け止め方の違いで葛藤も

30代女性でITコンサルタントのAさんは、ウクライナ報道を見ているとイライラして気持ちが落ち着かなくなると言います。同世代の同僚男性が「報道を見て気の毒だとは思うが、別に何の影響も受けない」と言うので驚いたそうです。

また、小学生の子どもがいるBさんは、夕食時にウクライナのニュースを見る夫に困っていると言います。食欲はなくなるし、子どもがショックを受けていないかハラハラするそうです。夫は何も感じていないようで、テレビを消すよう頼むと「現実は知ったほうがいい」と一蹴されたと言います。

報道に対する反応や受け止め方には人によってかなり大きな差があることに気がつきます。産業医を担当している会社の社員に聞いてみたところ、気持ちが落ち着かないという人と特に何も感じないという人に分かれているようです。業務多忙で他のことに関心がないという人は影響を受けにくい一方、時事問題に関心があり報道をよく見ているという人は憂うつになる傾向が強いようです。

中にはAさんのように気持ちが落ち込んだり怒りっぽくなったりイライラしたりといった心の症状の他に、頭が痛くなった、吐き気がした、食欲がなくなった、肩こりがひどくなった、睡眠の質が低下した、など身体の症状を感じるという人もいます。反応は人によって違うことをまず理解したいものです。理解なしでは同僚や家族、友人間の人間関係に微妙に影響を与えかねません。

メディア映像によるストレス体験

実際に体験していなくても報道の映像を見ることでPTSDを引き起こしたという報告が2001年、アメリカで起きた同時多発テロの際になされています。自爆テロの映像を見た人に対しての調査では、メディアによる間接的な体験でもPTSDやストレス症状の発症につながる可能性が示唆されています。映像による間接体験とストレスについての調査論文は少ないのですが、2011年の東日本大震災の津波の映像を毎日視聴していた人や視聴頻度が高い人は精神的健康度が低下し、積極的に情報収集をしていた人は震災を自分の体験としてとらえる傾向がある、という報告が行われています。

今回のウクライナ侵攻は、インターネットやSNSが活発に機能するようになって初めての戦争ということで、生々しい映像や画像がリアルタイムで送られてきます。報道機関だけでなく個人のツイッターなどからも流れ、衝撃的な情報に対する制限がない状態です。こうした情報にさらされることが間接的な戦争体験となり、人によってはストレス症状を起こす可能性が否定できません。過去に虐待や暴力などを体験した人にとってはフラッシュバックなどが起きることも懸念されます。たとえばロシア兵によるレイプなどの報道が、かつて性暴力を受けた人にとっては暴力の再体験となる可能性があります。

どのようにウクライナ報道と関わるか

今起きている事実を知ることが大切なことは言うまでもありません。事実を知り自分ができる行動や支援については考える必要があるでしょう。ただ見るのがつらいのを我慢してまで情報を得ようとはしないようにしてください。また眠れなくなった、食欲がない、気持ちがぼんやりして集中できない、などの症状がある方は報道を見るのをやめて医師に相談してください。

気持ちが落ち込むのを防ぎながら事実を知るために、次のような方法を考えました。

1.報道を見る番組を決めておく。信頼できると決めた番組から情報を得るようにし、何となくテレビをつけるのはやめる

2.SNSは見る時間を決めておく。目的を持って見るようにし、際限なく見続けることは避ける

3.何度も繰り返し同じ内容の映像を見ない。高頻度に衝撃的な内容を見ることで精神的健康度が低下するリスクが高まるため

4.夜寝る前には映像を見ない

5.夜寝る前に深呼吸やストレッチなどのボディーワークをして体と心の緊張を緩める時間を作る

以上のように情報に触れる時間を決めておくことと緊張を緩める時間を作ることが大事だと思います。

私もウクライナの報道を見ると吐き気がしてきます。でも事実としては知る必要があるので時間を決めて見るようにしています。情報に触れて起きるさまざまな感情の中で怒りや混乱、不安などは心の活気を低下させます。ですからこうした感情が起きたら、その都度、呼吸を整えたり身体を伸ばすストレッチをしたりして、ため込まないよう心掛けています。こうした心のケアをこまめにしておくことが必要だと思います。

博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授

東京慈恵会医科大学卒業。同大講師を経て、1986年東京で日本初の女性クリニックを開設。2007年厚生労働省健康大使(~2017年)。2008-2010年、ハーバード大学大学院ヘルスコミュニケーション研究室客員研究員。日本医科大学医学教育センター特任教授(~2022年3月)。復興庁心の健康サポート事業統括責任者(~2014年)。被災地調査論文で2016年日本ストレス学会賞受賞。日本生活習慣病予防協会理事。日本ポジティブサイコロジー医学会理事。医学生時代父親の病気のため歌手活動で生活費を捻出しテレビドラマの主題歌など歌う。医師となり中止していたジャズライブを再開。

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