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「地震が不安で眠れない」「3.11が近付くと憂鬱」 被災していないのに、私って変? #知り続ける

海原純子博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授
写真はイメージです。(写真:イメージマート)

「小さな地震でもドキドキして寝付けない」「3.11が近くなると気持ちがザワザワする」という声を聞くことがあります。被災したわけではないし、病院に行くというレベルではないと思うけど、気持ちが落ち着かなくなるのが嫌。そんな場合の対策を考えます。

「地震速報で心臓がバクバク」「手足が震える」

「揺れを感じると手足が震えて、脈が早くなります。1月に震度5の地震が来たあとは、夜ベッドに入って電気を消したあと、また地震が来たらどうしようと考えてしまって何日も眠れなくなりました」

神奈川県に住むAさん(26)は、学生時代から地震が怖かったといいます。きっかけは、地震を特集したテレビ番組でした。小学生のときに津波のシミュレーション映像を見て、怖くて泣いてしまったのを今でも覚えています。

「震度2でも3でも怖いです。揺れを感じたら調べて、地震だってわかったらその日は眠れなくなります。地震速報は音が怖すぎて切っています」

東日本大震災をきっかけに地震や災害報道が怖くなった方もいます。

当時、中学生だったBさんは、自宅で震度5強の地震を体験しました。両親とは連絡がつかず、その日は二人とも帰って来ませんでした。家にいるのが怖くなり、マンションの入り口で会った知人の家で一夜を過ごしたそうです。余震が続くなか、テレビから繰り返し流れる津波の映像が信じられず、怖くて泣き明かしたのを覚えています。以来、地震速報を聞くと心臓がバクバクして手足にべったり汗をかき、じっとしていられなくなるそうです。

30代のCさんは、同僚との打ち合わせ中に地震に遭いました。書類棚が倒れ、床に備品が散乱する様子を今でもはっきりと覚えています。外に出たときに、東京タワーのてっぺんが曲がっているのを見たことも記憶に残っています。ふだんは忘れていますが、3.11が近くなると当時の記憶を思い出して何とも言えない憂鬱な気分に陥ってしまうそうです。

本当に「被災していない」? 映像だけでトラウマになることも

地震速報や災害報道が怖い、被災していないのに 3.11が近づくと不安になると感じる人がいるのはなぜなのでしょうか。

当時、首都圏に住んでいた方の多くは「私は被災していない」と言いますが、東日本大震災の揺れは広い地域に影響を与えました。都内でも震度5の揺れがあり、電話が通じなくなり交通が遮断されました。頻繁に起きる余震やテレビで繰り返し報道される津波の映像で不安を感じる日が続きました。被害が大きかった東北以外でも、その影響は大きかったといえます。多くの方がその日の記憶を鮮明に覚えているということがそれを裏付けています。

「フラッシュバルブメモリ」

普段の日常生活で、ある一日の出来事を克明に覚えていることはまずないでしょう。しかし特別に心に衝撃を受けた日の行動は、見たものや音、臭いなどとともに記憶にはっきりと刻まれます。この現象は「フラッシュバルブメモリ」と呼ばれています。こうした記憶は非常に長く続くという研究報告があります。本人が覚えている記憶については必ずしもすべてが正確な記憶でない場合もあるといいますが、少なくとも本人にとって衝撃的なストレス体験があったといえます。

2001年の9.11アメリカ同時多発テロの際には、テレビで映像を見ただけで、その後PTSD(心的外傷後ストレス障害)に陥った方も多かったことがわかっています。テロと自然災害では心に与える影響は異なりますが、それでも映像を見て衝撃を受ける方は多いのです。

「被災していないのになんでこんなにつらいの?」「私って変?」と疑問に思う方もいるかもしれません。しかし、一度の体験でも恐怖に対する条件付けが成立してしまうと、その後、さほど大きくない地震や災害の映像に対しても反応してしまうということもあるのです。

日常生活に支障が出る場合は受診を

1995年の阪神・淡路大震災をきっかけに、被災者への心のケアの重要性が広く認識されるようになりました。3.11から10年以上経った今でも、近親者を亡くした人や帰る家を失った人たちへの支援は続いています。なかにはPTSDと診断され、治療を続けている人もいます。

PTSDは、ある出来事が繰り返し目に浮かび、トラウマと関連するような刺激を避けようとする、眠れない、集中ができない、すぐイライラする、警戒心が強くなるなどの症状を起こします。それが1カ月以上継続して仕事や人間関係など日常生活に支障が出ている場合はPTSDである可能性が高いので、受診して治療することが必要になります。

また、地震によるストレスが原因で不安障害を発症したり、もともと不安感が強い方がさらに不安を強く感じたりすることもあります。不安障害とは、不安や心配で体調の異常を起こしたり、日常生活に支障をきたしたりする病気です。不安で日常生活が制限される状態が続く場合は、精神科や心療内科を受診してください。

フラッシュバルブメモリがある人が、必ずしもPTSDということではありません。地震に対して過敏になったり、その日が近くなると不安になったりする場合でも、日常生活に支障をきたしていなければ、身体に起こる症状を少しでも和らげ、不安を軽減する対策が大事といえるでしょう。

「闘うか、逃げるか」反応対策:つらい気持ちを話すことも

対処法①交感神経を緩める対策をとる

地震を感じたときや地震速報を聞いたとき、動悸がしたり、手に汗をかくのは地震によるストレス反応、いわゆる「戦うか逃げるか」反応が起きたからです。アドレナリンなどのホルモンが放出され、心臓から多量の血液を筋肉に送り出して、戦ったり逃げたりするための準備をしているわけです。この反応は災害などの緊急時に避難するための準備ですから、起きて当然です。このとき、交感神経は緊張状態になっています。

ただ、いつまでもこの状態が継続するのは身体に負担がかかります。ですから、まず地震情報を確認してください。避難の心配がないとわかったら、「大丈夫、落ち着こう」と自分に言い聞かせ、交感神経を緩める対策をとるようにします。

一番簡単に交感神経を緩める方法は、呼吸を整えることです。吸う息より吐く息の長さを倍にする呼吸が交感神経を緩めるのに役立ちます。数を数えながら吐く息を長くしていくことで自律神経のバランスを整えます。鼻呼吸で行うとより効果的です。ストレッチをすること、温かい飲み物をゆっくり飲むことも、緊張を緩める効果があります。こうして自律神経を整えることでストレス反応からの回復力を高めます。

対処法②つらい気持ちを表現して共有する

地震に過敏になっている方に話を聞くと、多くの人がそのつらさを人に話していないことに気がつきます。3.11のときに都内にいた30代の女性は、「もっとつらい体験をした人もいるから、つらいとは誰にも言えなかった」と話していました。気持ちをおさえてため込んでしまうと心が落ち込みます。つらい気持ちを話すことをためらわず言葉にして表現することは心の回復に役立ちます。

備えが“自信”になる「災害自己効力感」に注目

次に注目したいのは、「災害自己効力感」です。最近、「災害時に自分が冷静に落ち着いて行動でき、周りの人と力を合わせて災害を生き抜くことができるという自信」が災害自己効力感とされ研究が行われています。この力が強いほど災害時の不安が少なく、実際に被災した場合にも、ストレスからの回復力が強いという報告があります。反対に、災害自己効力感がまだ十分ではないとき、例えば、防災についての知識が十分ではない子どものころなどに災害に遭うと、その後の不安が強くなるといえるかもしれません。

ただし、この自信は単に地震に対して無関心なための楽観バイアスによる仮想的な自己効力感ではありません。地震に対する防災行動をとり、シミュレーションや避難訓練などをしたうえで培われる意識と、災害時に助け合える人がいるという人間関係の基盤を持ったうえで生まれる意識です。

ですから、防災について家族や職場で準備する、緊急時の連絡先を確認するなど日常生活の中で地震対策をしたり、いざというとき協力ができるように連絡体制を作るなどで災害自己効力感を高めておくことが不安への対策になるといえます。

最後に

私も地震は苦手です。緊急地震速報でドキドキします。東日本大震災のあとは余震が来るたびに緊張しました。3月11日に何をしていたかも覚えています。ただそのあと気がついたのは、災害の際、自分の役割に意識を向けていると不安が軽くなるということでした。私は震災のあと、福島からさいたまスーパーアリーナに避難した双葉町の住民の方々の支援に行きました。原発事故の影響が懸念され、余震で交通網が遮断されるリスクがあり、本来は不安な状態のはずですが、不思議と恐怖感は薄く、自分がそこで何をするかということに意識が集中していました。その後、津波の被害を受けた地域で、復興庁の心の健康サポート事業の活動を行っていたときも恐怖感は少なかったといえます。

地震や災害報道に対して「怖い」「つらい」と思うのはおかしいことでも恥ずかしいことでもありません。被災しているか否か、どのくらいつらい思いをしたのか、人と比べる必要もありません。報道がつらい人は、距離を置いてみてください。地震の揺れや速報が怖い人は、その思いを身近な人に話してみてください。そして、防災について話し合ってみるのはいかがでしょうか。人に話して一緒に備えることで、不安が和らぐはずです。それでも日常生活に影響が出る場合は、迷わず受診してください。地震を正しく恐れ、いざというときに備えましょう。

【この記事はYahoo!ニュースとの共同連携企画です】

博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授

東京慈恵会医科大学卒業。同大講師を経て、1986年東京で日本初の女性クリニックを開設。2007年厚生労働省健康大使(~2017年)。2008-2010年、ハーバード大学大学院ヘルスコミュニケーション研究室客員研究員。日本医科大学医学教育センター特任教授(~2022年3月)。復興庁心の健康サポート事業統括責任者(~2014年)。被災地調査論文で2016年日本ストレス学会賞受賞。日本生活習慣病予防協会理事。日本ポジティブサイコロジー医学会理事。医学生時代父親の病気のため歌手活動で生活費を捻出しテレビドラマの主題歌など歌う。医師となり中止していたジャズライブを再開。

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