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大坂選手不調から考える 「期待される役割」の重圧をいかに乗り切るか

海原純子博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授
写真はイメージです。(写真:アフロ)

テニスの大坂なおみ選手が、”depression”を公表ししばらく試合から遠ざかると発表しました。depressionはうつ病ということになりますが、大坂選手がこの言葉をうつ病という病名として使ったのか、うつ状態ということを表現してツイートしたのかは明確にはわかりません。ただ人前で話すことに緊張を感じていて、取材のインタビューなどがストレスであったといいます。取材による緊張がそれほど強かったことは、見る人には想像できなかったのですが、周囲の印象とは逆に重圧が続いていたことがうかがえます。トップアスリートとして期待されることはストレスであったことは確かです。ここではだれにも共通する「期待される役割」のストレスをいかに乗り切るかについて考えたいと思います。

周囲から期待される人のストレス

トップアスリートとして期待される役割を果たすことは単に試合の成績を上げ勝利し、結果を出すことが必須条件です。そしていい成績を上げるということだけではなく、トップアスリートはその行動や発言で批判を受けたり称賛されたりします。試合だけでなく交友関係やファッションなど私生活まで取材され評価の対象になります。これはかなり大きなストレスでしょう。周囲の期待しているイメージを壊してはいけないし、期待し応援してくれる人たちの夢を壊したくない、という思いが浮かぶはずです。

期待される、応援されることはうれしいのですが、逆に重荷であることも確かです。皆さんもそれは経験したことがあるのではないでしょうか?

社内で「期待してるから頑張って」と言われるとうれしいけれど失敗したらどうしよう、と怖くなったりしませんか。「いつまでも若く素敵でいてください」と声をかけられるのもうれしいけど怖いですね。いつも「理想の母親」と思われるのは誇らしいものの窮屈さがあります。そして期待され、求められる人間像に向かって努力したりします。これは素晴らしいことですが、2つ問題があります。

第1は、求められる人間像がありのままの自分と違い、自分の本当の気持ちを抑圧しなければならないことが多い場合。第2は、求められる人間像になろうと完璧を求めて過剰適応する場合です。

無理して元気なふりは危険

期待されると人は努力して頑張ります。しかしそのために本当はしたくないことを引き受けて無理することがあります。頻度が多くなければ、引き受けた後、自分の気持ちを大事にしてリラックスする時間を作りストレスから回復することができるでしょう。しかし継続的に自分の感情を抑圧して“期待される人間像”を完璧に演じることにより疲労がたまり燃え尽き状態に陥ります。周りから強い人と思われているから疲れていても疲れていないふりをする、つらくても弱音を吐けない、つらくても元気なふりをする、落ち込んでいても無理に笑顔をつくる、というように自分の感情を抑圧して相手が求める理想像を演じてしまうこともあるのです。緊張しているのに平然とふるまうことも同様です。こうして自分の感情を抑圧することが続くと気持ちが落ち込みうつ状態に陥ることがあります。

期待される理想像とありのままの自分のバランスを

それを防ぐには、自分のありのままの感情を表現できる場、弱みを見せられる場、安心して気持ちを語れる場を作っておくことが大事です。期待に応えることは大事なことですが、自分の心や身体が過剰適応していないかをチェックしておくことがうつ状態を予防するために大事です。

睡眠の質が低下し眠りが浅い、食事が美味しく感じられない、食欲がない、楽しいことがない、いつもなら何でもないことでイライラする、おっくうで行動がのろくなる、ミスが増える、朝起きられない、などの症状はうつ状態のサインと言えます。気になったら信頼できる人に状況を伝え、2週間以上こうした症状が継続する時は受診するなどが必要です。

周囲の期待をすべて完璧にこなそうというのではなく、無理な時にはノーを伝えることも必要です。求められる理想像を認識しながらそれでも自分の感情や体調を大事にしてバランスをとることがこうしたストレスを乗り切る方法でしょう。

博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授

東京慈恵会医科大学卒業。同大講師を経て、1986年東京で日本初の女性クリニックを開設。2007年厚生労働省健康大使(~2017年)。2008-2010年、ハーバード大学大学院ヘルスコミュニケーション研究室客員研究員。日本医科大学医学教育センター特任教授(~2022年3月)。復興庁心の健康サポート事業統括責任者(~2014年)。被災地調査論文で2016年日本ストレス学会賞受賞。日本生活習慣病予防協会理事。日本ポジティブサイコロジー医学会理事。医学生時代父親の病気のため歌手活動で生活費を捻出しテレビドラマの主題歌など歌う。医師となり中止していたジャズライブを再開。

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