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夏休み明け、子どものSOSを受け止める「SNSカウンセリング」という命綱

海原純子博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授
写真はイメージです。本文とは関係ありません。(写真:アフロ)

夏休み明けは子どもたちにとっていくつかのストレス要因があります。まず学校生活のリズムに戻るという環境要因のストレス、またいじめなどで学校に行くのが嫌だった子どもにとっては再びその環境に戻らなければならないという心理的ストレス、そして家族の経済的事情などがあり夏休みに楽しい思い出が作れなかった子どもにとっては、夏の思い出話で盛り上がるクラスメートとの間で感じる格差によるストレスなどがあるのです。相談してほしい、といくら大人が声高に叫んでも思春期の子どもたちには届かないことが多いものです。

知っている相手には弱みを見せられないプライド

家庭が経済的に苦しく夏休みにどこにも行けず学校でも友達がいなくて孤立がちの少年時代を過ごした30代のAさんは、その当時の気持ちを次のように話ししてくれました。

「相談なんかするくらいなら死んだ方がいいと思っていましたね。プライドが許せなかった。家のことで馬鹿にされたくもないし見下されたり、憐れまれたりするのも嫌だった。かわいそうなんて絶対に言われたくなかった」

知っている相手には弱みを見せたくない、という思いで強がっていることも多いこの年代をどのように支えるかは難しい問題です。知っている相手には話せないが、知らない相手には話せる、という心理は最近SNSが盛んに利用される要因といえるのではないでしょうか。

SNSでカウンセリングができるのか

若者が悩みを打ち明けるのは、手紙でも電話でもなくSNSを通してが圧倒的に多いといわれています。しかしこうしたSNS上の叫びは、悪意のある人により最悪の場合は犯罪に巻き込まれることもあることが問題になってきました。そこで国や民間団体が協力してできた「全国SNSカウンセリング協議会」では、SNSカウンセリング相談員の養成が行われているそうです。

私は心療内科医としてこれまで対面のカウンセリングのみで仕事をしてきたのでSNSカウンセリングに対しては懐疑的でした。情報は限られる、表情がわからない、言葉以外でメッセージを伝えることができない、虚偽の相談かもしれない、などの疑問があり、どこまで対応できるのかと考えていたからです。

そこでこうしたSNSカウンセリングを手掛け相談員養成に取り組んでいらっしゃる京都大学学生総合支援センター教授の杉原保史先生にお話を伺うことにしました。

若者のメンタルヘルス上、大事な窓口

杉原教授によると今の中高生は電話をほとんど使わず、その代わりにLINEやInstagram、TwitterなどのSNSを用いて活発にコミュニケーションをしているので、中高生が手軽に利用できる悩みの相談窓口を設けることは、若者のメンタルヘルス上、非常に大事だといいます。

そしてSNSカウンセリングは、さまざまな形で行われていますが、大部分は行政機関が民間のカウンセリング事業所に委託する形で行われていて、昨年は1万件余りの相談が寄せられたそうです。

電話や対面では相談しづらいことも

SNSカウンセリングの相談内容の特徴としては、電話や対面では相談しづらいことが語られやすいそうです。中高生向けのSNS相談では、いじめの相談がおおむね7〜10%にも上るそうです。全国の学校に配置されているスクールカウンセラーに寄せられた相談のうち、いじめに関する相談は1.2%だそうですからかなり高い比率です。いじめられていることを知っている人に直接は言いにくい、でもSNSならハードルが下がるといえるのでしょう。

SNSカウンセリングは、1回だけ相談して終わる利用者が半分以上で、多くの利用者は1〜2回の相談で終わるそうです。一方、週に1回以上の頻度でしばらく継続的に相談してくるのは、おおよそ利用者の1〜2割。少数ながら、毎日のように相談に訪れる頻回相談者も存在するといいます。一度相談して心の方向性がわかると気持ちが回復するのかもしれません。

必要があればサポートに動く

SNSのやり取りだけで終われる相談はいいのですが、そこでは終わらないような相談の場合、さまざまな支援リソースにつなぎます。

たとえば、いじめの被害についての相談の場合、学校での早急の対応が必要だと判断されれば、相談者と話し合い、了解を得た上で、教育委員会を通して学校での見守りを強めてもらったり、信頼できる先生に介入してもらったりすることがあるそうです。

児童虐待の被害の訴えであれば、やはり相談者の了解を得た上で、児童相談所に連絡するなど次の支援につながる対策をとることもあり、また今にも自殺を決行しようとしていることが確かであると推察される相談であれば、警察に保護をお願いすることがあるといいます。この場合も、本人の許可を得て警察に連絡することが原則ですが、急を要する深刻な事態であれば、本人の許可が得られなくてもそうすることがあるということでした。

SNSでは心を開いてくれる中高生

SNSでは対面よりも中高生が素直に心を開き本音を話しおしゃべりであることに驚くことがあるそうで、やはりSNSカウンセリングをして良かったなと思うと杉原教授はお話してくれました。対面では決して出てこない内容もSNSでは出てくることがあるということです。

前述した家庭の経済力による格差の悩みや無力感、無念な思いなどは家では話せず、また学校でも相談する相手がいないことが多いものです。そうした行き場のない心を支える場としてこうした相談が役立つといえるでしょう。

ほんの数年前まで、SNSカウンセリングは日本の社会にほぼ存在していなかったので、多くの専門家からは冷ややかに見られていました。今やっとSNSカウンセリングには大きな必要性があることが認知され、対面のカウンセリングとはまた違う形の支援として歩み始めているのです。

味方がいて安心して話せる場があることを子どもたちに知ってほしいと思います。夏休みの終わり、悩みのある子どもたちが相談の一歩を踏み出してくれたらと思います。

SNS相談(厚生労働省)

※SNS相談等を行っている団体一覧が掲載されています

博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授

東京慈恵会医科大学卒業。同大講師を経て、1986年東京で日本初の女性クリニックを開設。2007年厚生労働省健康大使(~2017年)。2008-2010年、ハーバード大学大学院ヘルスコミュニケーション研究室客員研究員。日本医科大学医学教育センター特任教授(~2022年3月)。復興庁心の健康サポート事業統括責任者(~2014年)。被災地調査論文で2016年日本ストレス学会賞受賞。日本生活習慣病予防協会理事。日本ポジティブサイコロジー医学会理事。医学生時代父親の病気のため歌手活動で生活費を捻出しテレビドラマの主題歌など歌う。医師となり中止していたジャズライブを再開。

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