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名倉潤さん休養 うつ病につながった「侵襲」とは

海原純子博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授
ハートの雲(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

お笑いトリオ「ネプチューン」の名倉潤さんがうつ病のため休養することになりました。この発表の中で所属事務所が「手術の侵襲(しんしゅう)によるストレスが要因」と述べたことで「侵襲とは何?」という疑問を持った方が多いようです。

「侵襲」という言葉は一般的には耳慣れないかもしれませんが、医学では日常的に使われる言葉です。人体には内部環境を一定に保とうという働きがあります。こうした働きを恒常性(ホメオスターシス)というのですが、この恒常性を乱す可能性がある刺激を侵襲といいます。例えば手術、注射、投薬などの医療行為や外傷や感染症などを指します。

元気だった人の自己肯定感の揺らぎ

名倉さんは椎間板ヘルニアの手術の経過は良好だったといいます。名倉さんのうつ病発症の経緯の詳細はわかりません。ただ一般的に手術は体に大きな刺激を与えるだけでなく、そのストレスは心にも影響を及ぼします。

一つには、これまで元気で過ごしてきた方が「病人」になるという状況になり仕事を休むことで自分がこれまで築いてきた役割や立場が変化したり、変化するのではないかと不安を感じたりすることで、気持ちの落ち込みが起こりやすいといえます。家庭の中で良い夫や良い妻の役割を果たしてきた方、仕事面で頼りにされる存在で責任感が強い方ほど、自分の役割を果たせないということで自分を責める気持ちに陥りやすいものです。

またがんなどの病気の時にも起こりやすいのですが、これまで家庭内での“一家を支える大黒柱”という役割から、手助けを必要とする立場になることで、自己肯定感が失われることなどがあるのです。

完璧主義は注意

もう一つは、手術自体は成功しても、身体には違和感がしばらくの間続くことが影響します。この違和感は、軽い傷を負った場合もしばらくはその部分がいつもと違う感覚になることでおわかりになると思います。

違和感は徐々に薄れていくものですが、そうした微妙な違和感が気になって「前と同じ完璧な状態」で仕事に集中できないと感じ気持ちが落ち込むということも起こります。特に完璧主義の方に見られがちです。

「その状態で出来ることをすればいい」というくらいのスタンスで仕事やその他の日常を過ごせればいいのですが、そうしたゆとりがない場合は違和感がある状態に適応できず、うつ状態に陥ることがあります。侵襲があった後こうした状態を乗り切るには、ペースを緩やかにスタートすることが必要です。

「先読み思考」はうつのリスク大

このほか注意が必要なのは「先読み思考」という思考回路です。術後の違和感により「この状態がずっと続くのではないか」「このまま続いたら仕事が出来なくなるのではないか」「仕事が出来なくなったらどうしよう」というように先の先を考えて不安になり、うつに陥るという状態です。

これを防ぐには、術後の身体の違和感などがある場合は遠慮せず担当の医師に質問してみることです。医師は様々な方の事例を経験していますから、不安を改善してくれるはずです。

「ゆっくりで大丈夫」と周囲が配慮を

手術やけがなどのストレスでうつ状態に陥ることはしばしばですが、その場合に周囲は身体の状態のケアだけでなくその方が自己肯定感を保つことができるように配慮していただくことが大事です。

ゆっくりのペースで復帰することが全く問題ではないこと、調子が完璧でなくてもその状態で出来ることをすれば大丈夫ということを伝えていくことが大事といえるでしょう。

博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授

東京慈恵会医科大学卒業。同大講師を経て、1986年東京で日本初の女性クリニックを開設。2007年厚生労働省健康大使(~2017年)。2008-2010年、ハーバード大学大学院ヘルスコミュニケーション研究室客員研究員。日本医科大学医学教育センター特任教授(~2022年3月)。復興庁心の健康サポート事業統括責任者(~2014年)。被災地調査論文で2016年日本ストレス学会賞受賞。日本生活習慣病予防協会理事。日本ポジティブサイコロジー医学会理事。医学生時代父親の病気のため歌手活動で生活費を捻出しテレビドラマの主題歌など歌う。医師となり中止していたジャズライブを再開。

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