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隠れアルコール依存予備軍に注意!仕事ができる男性に潜むリスク

海原純子博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授
仕事の後のキンキンに冷えたビールはたまらない?(写真:アフロ)

人はなぜ依存症になるのか?

隠れ依存予備軍に注意

 人気タレントの強制わいせつ事件をきっかけにアルコール依存について関心が高まっていますがその焦点が心理的側面より、どちらかというと、アルコールという物質に対する身体的依存というとらえ方をしている傾向があり心療内科の私としては気になっています。皆さんはアルコール依存というと、ニコラス・ケイジが映画「リービングラスベガス」で演じたような他人が見てすぐわかる危ない感じをイメージなさるかもしれません。しかし、現実には最近、仕事中はハイスペック、仕事が終わるとアルコールの「依存予備軍」ともいえるような方の相談を受けることが増えつつあります。単に大量飲酒するというだけでなく飲みだしたらとまらない、というコントロール障害が依存の特徴です。こんなケースがあります。

 

40代前半独身男性。IT関連企業のハイスペックという評価を得ている管理職男性。仕事場で部下にはとにかく穏やかに接しているが内心は怒りがたまっている。新規開発の部署の責任があり仕事の進み具合が常に気になりイライラすることが多い。仕事が終わり、会食がないときは、帰宅する途中でまず缶ビールを買い、駅までの間に1本飲まなければいられない。以前は車通勤をしていたが、2年前から酒が飲めないということで電車通勤。車内では飲まないものの、20分で帰宅できるので帰り道のコンビニでまた1本買い、飲みながら家についてワインを1本、つまみをとりながら空けるという生活。飲みだしたらやめられない、でも翌日の仕事に支障がきたすことはない、のでまあいいか、と過ごしてきたが、、飲酒した後風呂に入り、眠り込んで溺れそうになり、これはだめだ、と思い受診。

40代後半。男性。妻と高校生の息子1人。大手電機メーカー勤務。一流大学を出て、順調に出世街道を進んできたが上司との折り合いが悪くなり不本意な部署に異動になる。それでもモティベーションを落とさないように頑張ってきたが、評価が想定外に悪くやる気消失。仕事をやめたいが家族のことを考えるとやめられない。これまでエリートコースを歩んできて仲間はコースにのっているのでおいていかれた思いがして悔しくアルコールを飲まないと家に帰れない。家族にも悩みを言えない、一方息子の進学のことばかり気にしている妻にイライラする。健診で肝障害、脂肪肝を指摘され受診。

隠れ依存になりやすい人とは?

 さてアルコール依存は先に述べたように単に身体的依存としてだけでなく精神的依存としてとらえることが不可欠です。というのは精神的な痛みが依存症や嗜癖行動の中心的な問題であり、アルコールにより心理的な苦痛を軽くしたり忘れ去ることができるために依存に向かうからです。アルコールは不安軽減やリラックスした気分をもたらす中枢神経抑制薬でもあります。アメリカのアディクション精神医学会の重鎮であるE.J.カンツィアン博士は、’依存症自己治癒説’を提唱していますが、それによると、人が物質に耽溺するのは、それが心理的苦痛を軽減して逃避する為であり、その苦痛を緩和するために何を選ぶかは個人差があり、自分の内的必要性に応じた物質を選ぶということです。

 ではアルコールを選ぶ人にはどんな特徴があるか、性格的に嫌なことがあっても表現しないタイプ。ぐっとこらえる抑制が強い性格で人前で弱みを見せてはいけない、という成育環境で育った人。つまり感情を表現しないで何があっても抱え込む性格傾向がある過剰な抑圧傾向がある人は、その抑圧から解放されたくてアルコールに依存しやすくなります。アルコール依存者の場合は他の依存症と異なり、怒りを抑え込みコントロールする傾向が強いことが報告されています。(Understanding Addiction as Self Medication by Edward .J .Khantzian et al)(C.E.Isenhart et al,Psychology of Addictive Behaviors 10:15-123.1996)

 こうあるべきだという思いが強く、本当に自分がそうしたい生き方とは異なる状況で感情を抑圧して仕事をしたり生活したりしている場合もリスクが高くなります。心の奥底を話す相手がいない、他人を信用できない、場合も抑圧傾向が強いといえます。抑えた感情のふたをアルコールに頼り開けてもらわないといけないわけです。よくお酒を飲むと人が変わるといいますが、そうではなく過剰に抑え込んでいてふだん表に出せない抑圧した部分がふたを開けて噴出したという見方をした方がよいのです。といっても生活するうえでは我慢しないと生きていけないわけですからどのようにうまく怒りや感情や欲望を抑え込むのではなくアルコールに頼らず昇華したり変容させていくかというかなり哲学的な視点も必要です。

もはやアルコールで乗り切れる時代ではない

 日本社会はお酒に対しては寛容な社会です。またつい最近まではお酒に強いことは男らしさのイメージがあり、「男は黙って酒を飲む」ことを良しとしてきた社会的な背景も怒りや我慢を解決するのにアルコールに頼りやすい状況といえるでしょう。しかし、単純な「こうすればストレスから抜け出せる」的な解決法で乗り切れた時代とは今は社会経済状況も雇用形態もすべてが変貌しています。黙って酒を飲むことで解決できたのは高度成長期までといってもいいと思います。

 さてそこでどうすれば依存予備軍から抜け出すかというと、自分の心が抱える問題点を逃げずにごまかさずに直視することからスタートすることが必要です。自分の抱えるストレスの根源を直視するには勇気が必要です。虎の穴を覗くような気分で避けたくなりますが、その場合はお酒ではなく、医師やカウンセラーがお手伝いしてくれるはずです。心療内科や精神科で臨床心理士が一緒に勤務しているクリニックや病院を選びカウンセリングを併用しながらの対策をとるのがよいと思います。嫌なことをなかったことにしてアルコールで抑え込み紛らわすのではなくそれを見つめてアルコールに頼らず心地よく自分が納得できる生き方に方向転換できる人がふえてほしいと思います。

博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授

東京慈恵会医科大学卒業。同大講師を経て、1986年東京で日本初の女性クリニックを開設。2007年厚生労働省健康大使(~2017年)。2008-2010年、ハーバード大学大学院ヘルスコミュニケーション研究室客員研究員。日本医科大学医学教育センター特任教授(~2022年3月)。復興庁心の健康サポート事業統括責任者(~2014年)。被災地調査論文で2016年日本ストレス学会賞受賞。日本生活習慣病予防協会理事。日本ポジティブサイコロジー医学会理事。医学生時代父親の病気のため歌手活動で生活費を捻出しテレビドラマの主題歌など歌う。医師となり中止していたジャズライブを再開。

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