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大阪メトロの1日乗車券、「持参人一名有効」とは何を意味するのか

梅原淳鉄道ジャーナリスト
大阪市交通局から2018年4月1日に民営化されたOsaka Metro(写真:西村尚己/アフロ)

インターネット上で話題になった「ある行為」

 大阪市内で地下鉄などを展開するOsaka Metro(以下大阪メトロと表記。正式名称は大阪市高速電気軌道)は「エンジョイエコカード」と呼ばれる1日乗車券を発売している。同社の地下鉄や新交通システムの全線、そして大阪シティバスの全路線(一部を除く)が1日乗り放題となるきっぷで、発売金額は大人は平日800円、土曜日・休日は600円、子どもは通年300円だ。

大阪メトロが発売している1日乗車券の「エンジョイエコカード」。券面の左下に「持参人一名有効」という文言が見える。大阪メトロの公式サイトより
大阪メトロが発売している1日乗車券の「エンジョイエコカード」。券面の左下に「持参人一名有効」という文言が見える。大阪メトロの公式サイトより

 先日、SNS上で大阪メトロの1日乗車券が話題となった。すでに一度改札を通って利用日が印字された1日乗車券が自動改札機や自動券売機の前に何枚か置いてあるというのだ。しかも、これらの1日乗車券は有効期間内、つまり当日のもので、拾って使おうと思えば自動改札機を通過できる。本来このような使用方法は不正ではないかとためらわれるであろう。けれども、この1日乗車券には「持参人一名有効」と印字されており、その時点で1日乗車券を携えている人であればだれでも利用できるらしい――。不要となった1日乗車券を他の人が使えるように置いてくれる大阪の人たちの合理性に感心した、との内容だ。

 ほかにも、自動改札機の上に使用済みと見られる1日乗車券が置かれた画像に対し、「持参人一名有効」であるから、不要になったらほかの人が拾って使えるように置いているとの説明が付けられていた。さらには、実際に1日乗車券を人に譲ったり、譲られたことがあるという経験談も寄せられている。

1日乗車券を他人に譲渡できるのか、大阪メトロの回答は……

 実を言うと、たとえ有効期間内であっても、一度使い始めた乗車券を拾ったり譲り受けたりして利用することは通常は認められていない。JR旅客会社各社は旅客営業規則第167条第1項7号(※リンクはJR東日本のものだが、他のJR旅客会社5社も共通)で、「定期乗車券以外の乗車券が無効となる場合」として「旅行開始後の乗車券を他人から譲り受けて使用したとき」と定めており、該当の場合は「その全券片を無効として回収する」という。東京の都心部で地下鉄を展開する東京メトロも旅客営業規程第87条第1項7号で同様の規則を定めている。

 一般的な乗車券の利用方法を考えると、旅行開始後、つまり改札を通った後に乗車券を他人に譲渡するという行為はあまり考えられない。言うまでもなく、当の本人が改札を出られなくなるからだ。しかし、1日乗車券のように有効期間内に改札を自由に出入りできる乗車券であれば、冒頭に挙げたように見ず知らずの他人に容易に譲渡できてしまう。これでは鉄道会社も経営上よろしくない。そこで、いま挙げた規則を設定したのだ。

大阪メトロの旅客営業規則を筆者が見た限りでは、JR旅客会社や東京メトロのように旅行開始後の乗車券を他人から譲り受けて使用したケースについての規則は載っていなかった。しかし、「乗車券の効力」については次のように定められている。

第66条 乗車券は、乗車人員及び乗車回数を記載したものを除き、1券面をもって1人が1回に限り、その券面表示事項に従って使用することができる。ただし、定期券及び1日乗車券については、その使用回数を制限しない。

 1日乗車券は有効期間中に何回でも改札を通ってもよい一方で、「1人」とは最初に改札を通った人に限られると解釈するのが自然だ。となると、その1人が使い終えた1日乗車券を譲り受けて使用することは当然できない。

 大阪メトロに問い合わせたところ、果たして答えは筆者の予想どおりであった。1日乗車券はいったん改札を通ったら、以後使用できるのはその人だけだという。インターネット上などでは1日乗車券の使い回しが散見されるが、不特定多数が使用する乗車券として想定していないので、使い終えた1日乗車券は自動券売機の前などに設置した回収箱に入れてほしいと付け加えた。

 その後、公式サイトでは、1日乗車券「エンジョイエコカード」の「利用上のご注意」として次が明記された。

使用後の1日乗車券は、他人へ譲渡するなどして、複数人が1枚の乗車券で乗車することはできません。

謎の文言「持参人一名有効」について考える

 とはいえ、先述のようにSNS上でコメントした人たちなどは釈然としないであろう。「それならばなぜわざわざ『持参人一名有効』と書いてあるのか」と。

 再び大阪メトロによると、1日乗車券に記載された「持参人一名有効」とは、1日乗車券の旅行開始前であれば他人から譲り受けて利用できるという意味だという。1日乗車券を携えて改札を最初に通る人は購入者に限らずだれでもよいが、その後は同一人物でなければならないのだ。

 さて、ややこしいことに大阪メトロにはもう一つ「持参人一名有効」と記載された乗車券が存在する。共通全線定期券で、1日乗車券の有効期間を1カ月、3カ月、6カ月に延ばしたものだ。金額は大人も子どもも共通で、1カ月が1万6790円、3カ月が4万7900円、6カ月が9万0600円である。

共通全線定期券の様式。「持参人一名様有効」に加え、記名人(オオサカ メトロ様)も載る。大阪メトロの旅客営業規則より
共通全線定期券の様式。「持参人一名様有効」に加え、記名人(オオサカ メトロ様)も載る。大阪メトロの旅客営業規則より

 公式サイト上の共通全線定期券の案内には「持参人一名様有効なので、どなたにもご利用いただけます。会社やご家庭で1枚購入しておくと便利です」とあった。こちらは一度改札を通った後も他人から譲り受けて使用してよいと大阪メトロは認めていることとなり、1日乗車券との整合性が図られていない点が疑問に感じられてしまう。これでは「持参人」の解釈に誤解が生じるのは無理もないと言えそうだ。

 ともあれ、大阪メトロの地下鉄は乗車距離が3km以内の大人の初乗り運賃が180円で、19km以上の380円が最も高額となる。平日800円、土曜日・休日なら600円出せば乗り放題となる1日乗車券は、簡単に元を取れるお得なきっぷであることに異論は出ないであろう。

鉄道ジャーナリスト

1965(昭和40)年生まれ。大学卒業後、三井銀行(現在の三井住友銀行)に入行し、交友社月刊「鉄道ファン」編集部などを経て2000年に鉄道ジャーナリストとして活動を開始する。『新幹線を運行する技術』(SBクリエイティブ)、『JRは生き残れるのか』(洋泉社)、『電車たちの「第二の人生」』(交通新聞社)をはじめ著書多数。また、雑誌やWEB媒体への寄稿のほか、講義・講演やテレビ・ラジオ・新聞等での解説、コメントも行っており、NHKラジオ第1の「子ども科学電話相談」では鉄道部門の回答者も務める。2023(令和5)年より福岡市地下鉄経営戦略懇話会委員に就任。

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