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202X年リニアの旅はどうなる? 時速500kmの世界は「ふわふわリズミカル」(追記・訂正あり)

梅原淳鉄道ジャーナリスト
初めて報道公開された超電導リニアL0系車両改良型試験車(10月19日、筆者撮影)

 「202X年X月X日、リニア中央新幹線が開業」、そのとき旅はどのように変わるのか――。JR東海は10月19日、同社の山梨リニア実験センターにて超電導リニアL0系車両の改良型試験車(以下リニア車両)の報道公開を行った。リニア車両には、同社が目指す2027年のリニア中央新幹線品川―名古屋間の開業に向けて、さまざまな改良を施した成果が多数織り込まれている。引き続き細かな改良は続けられるとみられるが、ほぼ完成の域に達したと言ってよいでき映えであったというのが取材した印象だ。そこで、リニア車両がこのまま営業に投入されたとして、未来の「リニア中央新幹線」の旅はどうなるかを当日の取材や調査の結果、公表資料をもとにシミュレーションしてみたい。実際には品川、名古屋ともリニア駅はまだない。列車名が決まるのはしばらく先だが、ここでは列車名を「富士」と名付け、10時00分発と仮定した「富士」の号数は現状の「のぞみ」の本数と同じく始発から48本目と考えて「95号」とした。

 それでは東京の「リニア品川駅」と愛知の「リニア名古屋駅」との間を走る世界一速い鉄道の旅に、出発進行――。

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【追記】

拙稿公開後、車内描写の一部に誤りがあるとJR東海から指摘がありました。これを受け、誤りについて訂正(取り消し線部分)したほか、誤解を招く表現については記述の根拠を「リニアワンポイント」に追記しました。誤りおよび誤解を招く表現がありましたことをおわびいたします。

<出発30分前:リニア品川駅のホームへ>

磁気シールドが完備された伸縮式乗降装置(オレンジ色の線から奥)。ホームから車内へ3mの通路が延びる
磁気シールドが完備された伸縮式乗降装置(オレンジ色の線から奥)。ホームから車内へ3mの通路が延びる

「間もなく10時00分発リニア名古屋行き『富士95号』が入線します。ご利用の方は地下ホームにお急ぎください」

 JR品川駅の東海道新幹線ホーム真下、地下1階にあるリニア品川駅の改札口内で案内放送が流れた。エスカレーターかエレベーターで一般的なビル10階分に相当する高さを降りてホームに着くと、空港のボーディングブリッジを思わせる伸縮式乗降装置が車両扉まで延びている。ここを通り抜けて乗車した。

■リニアワンポイント~列車への乗り降り

リニア車両への乗り降りは新幹線と同様に駅のホームで行う。ただし、車両が搭載する超電導磁石の磁気から利用者を守るため、乗車時は伸縮式乗降装置を通り抜ける必要がある。このため、車両のそばで記念撮影する光景は見られなくなるかもしれない

<出発5分前:乗車、客室は案外狭い?>

客室スペースは腰掛14列分で、N700Sに比べこぢんまりとしている
客室スペースは腰掛14列分で、N700Sに比べこぢんまりとしている

 出発10分前に乗車が始まり、車内に乗り込むと、普通車の客室が案外狭いことに気づく。普通車1両当たりの定員は1列4人、最大14列なので56人だ(※1)。14両編成を組む列車1本当たりの定員は676人程度とみられ、東海道・山陽新幹線を走るN700S「のぞみ」の1323人の半分に過ぎない(※2)。

 全席指定の車内はたちまち満席になった。定員の少なさと相まって、アフターコロナの世の中で、公共交通機関の移動時間は短ければ短いほどよいとされる風潮に合致した乗り物と評価された点も無視できない。

■リニアワンポイント~客室の広さ(N700Sと比較)

・車両の幅:2.90mと在来線の車両並み。N700Sの幅3.36mより46cm狭い。この結果、1列の座席数は4席と、N700Sより1席分少ない

・車両の長さ:25m(運転室なしの車両)はN700Sと同じ。ただし車両の両端が超電導磁石を搭載するスペースのため、客室の長さは短い。座席は最大14列で、N700Sの最大20列より3割少ない

(追記)

※1 報道公開された試験車両は2両とも最大14列であった。写真が13列に見えるのは、報道公開用にデッキ寄りの1列が撤去されていたため。しかしJR東海によると、営業車両は最大15列の予定だという

※2 JR東海は16両編成での営業を予定していると公表している。筆者が14両編成と想定したのは、JR東海が2014年8月26日に国土交通大臣に認可申請した「中央新幹線品川・名古屋間の工事実施計画」の添附図書「停車場平面図」(28.2MBの大容量につき注意)に記載された名古屋駅のホーム長370.5m、それからリニア車両の全長25mから370.5÷25=14.82という計算結果による

<出発3分前:着席、ゆったり座れるが慣れない形>

 座席に腰を下ろすと、新幹線「のぞみ」とはずいぶん様子が異なり、一つ上のクラスに乗車したように感じられる。背もたれ、座布団ともクッションは軟らかすぎず硬すぎずと言ったところで、座り心地がよい。ひじ掛け内蔵型となったテーブルも、その役割は食事のためではなく、ノートパソコンを広げるためとなったから手元に近くなって便利に感じられる。前席の背もたれから倒す背面テーブルとは異なり、通路側の人がテーブルを片付けなくても窓際の人が通路に出ていけるのもよい。

 グループ旅行の人たちは早速、座席を回転させて向かい合わせにしておしゃべりを始めた。

固定されているかに見える座席はこのとおり回転し、いわゆる「ボックス席」にもなる
固定されているかに見える座席はこのとおり回転し、いわゆる「ボックス席」にもなる
座席間のひじ掛けははね上げることができない。足元のレバーは姿を消し、荷物スペースが広げられたが……
座席間のひじ掛けははね上げることができない。足元のレバーは姿を消し、荷物スペースが広げられたが……

 一方、荷物棚はずいぶんと小ぶりで、ハンドバッグやお土産を載せるのが精一杯だ。キャリーバッグはまず載せられない。座席の下に置こうにも、金網のような仕切りでスペースが分断されており、奥行きが足りない(※3)。周囲を見回すと、キャリーバッグは前の腰掛の背もたれと膝との間に立てたまま置くという、新幹線ではおなじみの光景が見られる。

■リニアワンポイント~座席の仕様(N700Sと比較)

・座席の幅:47.7cm。N700Sより3.7cm、3人がけの真ん中より1.7cm広く、グリーン車の48cm並み

・背もたれの厚さ:44.5cm。N700Sより4cm程度厚い

・シートピッチ:98cm。N700Sは104cm(3人がけの座席を回転させるために広げられている)

・座席間のひじ掛け:はね上げ不可。N700Sははね上げ可能

・座席の回転方法:ひじ掛け後方のレバーを引く。N700Sはペダルを踏む。JR東海によると、座席の下により大きな荷物を置けるようにするためペダルをなくした

(追記)※3 座席下の荷物スペース:報道公開時に筆者が携えていたA3サイズのビジネスバッグ(幅50cm×奥行19cm×高さ33cm)は残念ながら横倒しに収納しても足元まではみ出していた。しかしJR東海によると、航空機の機内に持ち込み可能なキャリーバッグを収容可能だという

<10時00分出発:最高時速500kmに向けて加速>

 定刻に列車はリニア品川駅を出発し、動き出す。と同時に車端部から「ファーン」という機器の作動音が高く響く。どうやら超電導磁石に負荷が生じて熱を帯びた結果、この磁石を零下253度  零下269度  と低温に保つ冷凍装置が最大限に働き始めたらしい(※4)。

 壁に取り付けられた大型ディスプレーには、先頭車両に設置したカメラによる映像と走行速度とが表示されている。「100km/h」「200km/h」……みるみる列車は速度を上げていく。車両が浮き上がる瞬間を待ったが、違和感はなかった。「300km/h」「400km/h」……映像では、トンネル内の照明と壁とが光と影との筋となり勢いよく流れていく。そしてついに時速500kmに達した。

時速500km到達を伝えるディスプレー。先頭車両から撮影した映像で超高速走行を実感する
時速500km到達を伝えるディスプレー。先頭車両から撮影した映像で超高速走行を実感する

「車体が浮上しているのでほとんど揺れない」といううわさに反して結構揺れは大きい。しかし、車輪で走るために小刻みかつ不規則な振動の新幹線と比べると、ふわふわかつリズミカルという印象だ。

■リニアワンポイント~車両の走り方

リニア車両は停車中や低速での走行中にはゴムタイヤが車体を支え、車体は浮上しない。駅を出発する際、まずはゴムタイヤで走り始め、時速150km以上になると超電導磁石の働きで車体が浮き上がる

停止状態から時速500kmに達するまでにかかる時間は2分半程度だ。リニア品川駅を出た後は急カーブがあるためしばらく加速できないが、それでも10分以内には到達するとみられる

(追記)※4 出発時に鳴り響いたのは冷凍装置の作動音だとしたのは筆者の推測だ。JR東海によると、超電導磁石は停車中も作動しているため、出発時にことさら作動音が鳴り響くことはないという

<時速500km走行、車内設備のアナウンス>

客室の騒音低減を目的として天井は吸音効果の高い膜構造を備える
客室の騒音低減を目的として天井は吸音効果の高い膜構造を備える

 車掌による肉声の案内放送が流れ、リニア名古屋駅への到着時刻と、同駅で接続する東海道新幹線「のぞみ」の発車時刻が告知された。続いて車内の設備について、リニア名古屋駅寄りの先頭車が1号車で一番後ろが14号車であること、全車両が指定席であることが案内された。

 時速500kmで走る車内は東海道新幹線よりも騒々しい。隣の席の人と会話する声も心もち大きくなる。客室の天井は吸音機能付きだというが、静粛な車内とまではいかない。

■リニアワンポイント~車内の設備

リニア車両では車内の騒音対策として、膜構造に吸音パネルと2種類の天井構造が採用された。また、リニア車両にグリーン車はない。JR東海は「これからの列車の在り方の一つとして普通車だけの列車を提案したい」と発表している(※5)

(追記)※5 本稿では報道公開時の発表どおり「普通車だけの列車」を想定したが、JR東海によると営業用の車両の仕様は未定であるという

<外の景色が時折車窓に広がる>

防音壁は窓の下の3分の1程度を占めていて、区間によって防音壁はさらに高くなる
防音壁は窓の下の3分の1程度を占めていて、区間によって防音壁はさらに高くなる

 残念ながらリニア中央新幹線では車窓の風景を楽しむことはまずできない。トンネル区間が多いうえに、トンネル以外の「明かり区間」を走っていても、窓の下3分の1程度は大きな壁が視界を遮っているからである。この壁は超電導磁石向けのコイルを収めたガイドウェイの一部と思われがちだが、防音壁だ。壁状のガイドウェイはもっと車両に接近した位置にあり、なおかつ窓の下までなので逆にほとんど視界に入らない。

 客室を照らすのは高輝度LEDの直接照明だ。柔らかな間接照明とすることも考えられたのであろうが、トンネルばかりのリニア中央新幹線では始終夜中に走っているようなもの。客室を意識的に明るくしたのは評価できる。

<車内を歩く、デッキ付近には超電導磁石>

各車両の前方と後方とには、リニア車両の原動力となる超電導磁石が収められている
各車両の前方と後方とには、リニア車両の原動力となる超電導磁石が収められている
超電導磁石が収納された床下部分の真上の壁に方位磁針を向けると、針は割合勢いよく振れた
超電導磁石が収納された床下部分の真上の壁に方位磁針を向けると、針は割合勢いよく振れた

 ほかの車両の様子を見に移動してみよう。デッキに出ると、隣の車両客室まで10mほどの長い通路が延びている。両脇の壁の中  壁の真下となる床下部分  に鎮座するのは超電導磁石だ。もちろん、磁気シールドのおかげで人体に影響はないそうで、車内の磁界は1ミリテスラ以下と、生物に影響を与えないとされる値の5テスラの5000分の1以下に過ぎない。とはいえ、強力な磁気が作用していることは確かで、携えた方位磁針はデッキでは方角を示しているものの、壁に近づけると磁石が左右に振れ出した。

<出発から40分:リニア名古屋駅に到着>

 時速500kmで走り続けた列車が長いトンネルに入る。長さ34.2kmの第一中京圏トンネルだ。しばらくは時速500kmで走行していたものの、やがて速度を落とす。

 スピードを下げ始めてまもなくガタンと上下に大きな振動が車内に伝わる。速度が時速150km以下となり、ゴムタイヤで走るために車両がガイドウェイに着地したからだ。「富士95号」は減速しながら地下駅のリニア名古屋駅に進入していく。徐々に騒音も小さくなっていき、気がつけば停止していた。列車は定刻どおり10時40分に到着。エスカレーターで地上の東海道新幹線ホームに向かい、10分後に出発する新大阪方面の「のぞみ」に乗れば、品川駅から1時間39分で新大阪駅に到着する。

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 リニア中央新幹線は現在、大井川の水資源問題をめぐって静岡県とJR東海との間で意見の相違が見られ、静岡県から同県内の区間での建設許可がなかなか下りない状態だ。また他の区間でも長大なトンネルが多いことから建設工事は難航しており、開業の遅れが見込まれている。名古屋駅から大阪市内までの開業は最も早くて2037年で、実現すれば品川-大阪間を最短1時間07分で結ぶ。

時速500kmで走行中のリニア車両。まさに目にも止まらぬ速さだ
時速500kmで走行中のリニア車両。まさに目にも止まらぬ速さだ

 報道公開が実施された当日はコロナ禍によって東海道新幹線の輸送需要が大きく落ち込んでいる時期であり、リニア中央新幹線など不要という意見も聞く。一方で過去に誕生した新幹線は「早く、快適に、安全に目的地に行ける」という特徴を生かして多くの人々の心を引きつけ、幸福をもたらしてきた。今後も安全・安定、沿線への配慮、省エネとさらに改良を施したうえで、リニア中央新幹線も先に開業した新幹線同様、魅力あふれる乗り物へと成長するように期待したい。筆者もそのための提言を続けていく所存だ。

(写真はすべて2020年10月19日、山梨リニア実験センターで筆者撮影)

【この記事は、Yahoo!ニュース 個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

鉄道ジャーナリスト

1965(昭和40)年生まれ。大学卒業後、三井銀行(現在の三井住友銀行)に入行し、交友社月刊「鉄道ファン」編集部などを経て2000年に鉄道ジャーナリストとして活動を開始する。『新幹線を運行する技術』(SBクリエイティブ)、『JRは生き残れるのか』(洋泉社)、『電車たちの「第二の人生」』(交通新聞社)をはじめ著書多数。また、雑誌やWEB媒体への寄稿のほか、講義・講演やテレビ・ラジオ・新聞等での解説、コメントも行っており、NHKラジオ第1の「子ども科学電話相談」では鉄道部門の回答者も務める。2023(令和5)年より福岡市地下鉄経営戦略懇話会委員に就任。

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