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通勤電車の「3つの密」について考える――換気は? 人との距離は?(図追加あり)

梅原淳鉄道ジャーナリスト
京浜東北線用のE233系電車。屋根上には強制換気装置を内蔵した空調装置が見える(写真:アフロ)

通勤電車は運行を自粛すべきとの意見が根強い

 新型コロナウイルスによる感染症は、公共交通機関である鉄道に対してさまざまな影響を及ぼしている。と同時に鉄道自体がこの感染症の蔓延を後押ししているのではないかという疑惑は強い。

 よく言われているとおり、新型コロナウイルス感染症への対策としてクラスターと呼ばれる集団の発生を抑えることが有効だ。そのためには換気の悪い密閉空間、多数が集まる密集場所、間近で会話や発声を行う密接場面、略して「3つの密」を避けなければならないとされている。感染拡大を防ぐため2020年(令和2)年4月7日には緊急事態宣言が7都府県に出され、東京都などは学校をはじめ各種施設の休止を要請した。

 本稿を執筆している2020年4月15日の時点で、緊急事態宣言が発令された7都府県の鉄道はほぼ平常どおりの運転を続けている。一部の列車を運休とした鉄道会社も現れたが、外出自粛に伴って旅客が減少したと鉄道会社が独自に判断したからであって、行政側が休止を要請・指示したのではない。

 しかしながら、鉄道、特に大都市圏の通勤電車は「3つの密」のうち、換気の悪い密閉空間と多数が集まる密集場所との2つの条件を満たしていると考えられている。このため、学校などが休止となったときには鉄道こそが運行を取りやめるべきだという意見も多かった。鉄道が運休すれば人々は移動手段が失われるので、外出の自粛をさらに推し進められるのではと、強硬な意見すら筆者は耳にしたほどだ。

通勤電車の車内の換気状況は

 果たして通勤電車の車内が換気の悪い密閉空間であるのかどうかを検証してみよう。新型コロナウイルス感染症を防ぐために十分に換気されている状態がどのようなものかは、厚生労働省や各自治体の資料を見ても必要な換気量が数値で示されていなかった。やむを得ず通勤電車側の基準を示そう。

 通勤電車に限らず、鉄道車両を製造するときは国土交通省の「鉄道に関する技術上の基準を定める省令」に従わなくてはならない。同省令の第七十三条二項には「客室内は、必要な換気をすることができること」とあり、「必要な換気」がどの程度かはこの省令の解釈基準で示された。JR東日本の中央線や京浜東北線、埼京線などで用いられているE233系電車、山手線で用いられているE235系電車の運転室のない車両を例にとって、車内の換気状況を具体的に算出してみたい。仕様は次のとおりだ。

・旅客定員は160人(座席定員は51人、立席定員は109人)

・床面積は49.82平方メートル(長さ19.31メートル×幅2.58メートル)

・下降して開く窓は両側面に計6カ所。開口面積は1カ所当たり0.57平方メートル(幅1.26メートル×高さ0.45メートル)、6カ所の合計は3.42平方メートル

・扉は片側4カ所。開口面積は1カ所当たり2.41平方メートル(幅1.30メートル×高さ1.85メートル)、4カ所の合計は9.64平方メートル

 開閉可能な窓を開けたり、通風口を設けて行う自然換気の場合、客室の窓などの開口部の面積の合計は車両の床面積の20分の1以上としなくてはならない。E233系・E235系電車の場合、床面積の20分の1は2.49平方メートルであり、いっぽうで窓をすべて開けたときの開口部の面積は3.42平方メートルとなって基準を満たす。

画像制作:Yahoo! JAPAN
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 強制換気装置を設ける場合、1人1時間当たりの換気量を13立方メートルとし、換気量は旅客定員の2倍以上であることが求められている。E233系・E235系電車の場合、旅客定員分の換気量である2080立方メートルの2倍以上が必要であるのに対し、車両の屋根上にある強制換気装置が新鮮な外気を車内に取り込む換気量は1時間当たり約1560立方メートルにとどまる。となると、同省令を満たしていないのではと心配になってしまう。

 国土交通省の省令の解釈基準には「自然換気のみまたは、強制換気装置のみで条件を満足できない場合にあっては、それぞれの能力を組み合わせた能力で条件を満足すればよい」とのただし書きがある。新型コロナウイルス感染症の感染が拡大してから、鉄道会社各社は通勤電車の窓を開けるようになった。E233系・E235系電車を例に取ると、強制換気装置だけでは旅客定員の2倍どころか、旅客定員よりも40人少ない120人の乗車まででないと規定の量を換気できないからだ。

 近年の通勤電車では空調装置が完備されたこともあり、窓を開ける人は大変珍しい。にもかかわらず、混雑した電車で息苦しさを訴えたり倒れたりする人をあまり見かけない理由は2つ挙げられる。

 一つは強制換気装置が車内に循環させている空気の量自体は最大で1時間当たり約7200立方メートルと多いからだ。新型コロナウイルス感染症の対策には不十分かもしれないものの、汚れた空気が移動するだけでも息苦しさは緩和されるのであろう。

 もう一つは、通勤電車は駅に頻繁に停車して扉を開けていて、このときに空気も入れ換えられているからである。通勤電車は都心部ではおおむね1~2分ごと、郊外の区間でも5分もあれば駅に停車するうえ、一度に開く扉の開口部の面積は先に挙げたように結構広い。E233系・E235系電車が駅に停車して扉を開けると、窓を全開させたときと比べて約3倍の開口部が新たに生まれる。停車時間は短くて30秒、長ければ1分30秒くらいで、その間だけでも案外換気量は多い。

密集空間の解消には通勤電車がどの程度空いていればよいのか

 大都市圏の通勤電車は朝夕の通勤ラッシュ時ともなると、明らかに多数が集まる密集空間と化す。厚生労働省によると、2メートル以内の距離に人がいると感染しやすくなるとされていて、自治体などはこの距離をソーシャルディスタンスと呼んでいる。

 という次第で検証してみたい。仮に2メートルのソーシャルディスタンスが必要だとして、1両に何人まで乗車できるかを着席の旅客と立っている旅客とで分けて考えてみよう。

 着席の旅客の場合、E233系・E235系電車の座席1人当たりの幅は0.46メートルであるから、旅客どうしを4座席分は離したい。つまり、6カ所ある7人がけの腰掛には2人ずつ、3カ所(E233系の一部は4カ所)ある3人がけの腰掛には1人ずつ座ってもらえばよいはずだ。この状態で着席している旅客の数は15人となる。幅1.3メートルの扉をはさんだ左右の腰掛どうしの間隔は厳密には2m未満であるが、腰掛の端には仕切りが付いているので、気にしないこととした。

 続いては立っている旅客の場合、一人ひとりが半径1メートルの真円分の面積を確保すればよいと考えると、一人当たりの面積は3.14平方メートルだ。E233系・E235系の場合、床面積は49.82平方メートルではあるものの、この数値には腰掛や着席している旅客の足元スペースも含む。JISでは立席の定員は1人当たりの床面積を0.3平方メートルとして求めることとなっている。E233・E235系電車の立席定員は109人であるから、立っている旅客に与えられる床面積の合計は32.7平方メートルだ。したがって、この数値を3.14で割ると立っている旅客の数は10人と求められた。着席している旅客の数と合わせて25人以内であれば2メートルのソーシャルディスタンスを確保できる。なお、着席の旅客と立っている旅客との間の距離は2メートル未満となるケースも生じるが、高さの差も生じているので今回は考慮しないこととした。

 25人が乗車したときの混雑率は16パーセントだ。大変空いた状態であることは言うまでもない。外出自粛の要請で通勤電車の利用が減っているとはいえ、このような状況はよほど閑散とした時間帯でもない限り、実現しないであろう。

 さて、福岡県北九州市の北橋健治市長のメッセージを見ると、ソーシャルディスタンスは少なくとも1メートルは確保してほしいそうだ。こちらも検証したい。

 着席の旅客の場合、例によって座席1人当たりの幅は0.46メートルであるから、旅客どうしを2座席分は離したい。つまり、6カ所ある7人がけの腰掛には3人ずつ、3カ所ある3人がけの腰掛には1人ずつ座ってもらえばよいはずだ。この状態で着席している旅客の数は21人となる。

 立っている旅客の場合、一人ひとりが半径0.5メートルの真円分の面積を確保すればよいと考えると、一人当たりの面積は0.79平方メートルだ。この数値を先ほどの32.7で割ると41人となる。着席している旅客と立っている旅客との合計は62人だ。

 このときの混雑率は39パーセントで、1メートルのソーシャルディスタンスと同じく実現は難しそうだ。しかし、1日を通した終日の混雑率で見ると、たとえば東京都内のJR東日本各線では2013(平成25)年度の調査で、山手線外回りの電車(上野駅→御徒町駅)は59パーセント、中央線各駅停車の電車(代々木駅→千駄ケ谷駅)は46パーセントであったから、このような区間では時差通勤を心がければ何とか実現できると思われる。いっぽう、中央線の快速電車(中野駅→新宿駅)は87パーセント、次いで総武線の緩行電車(錦糸町駅→両国駅)は85パーセントと軒並み終日の混雑率は高いが、相当な数の人々が外出を自粛している現状を踏まえると無茶な目標とは言えない。

 以上は通勤電車が換気の悪い密閉空間、多数が集まる密集場所であるのかどうかの検証だ。言うまでもなく、筆者(梅原淳)は医師でもなければ感染症の専門家でもない。各自、今回紹介した通勤電車に関する客観的な数値を参照のうえ、通勤電車を安全に利用してほしいと考える。なお、厚生労働省によると、「3つの密」が避けられない場合にはマスクを着用し、大声であるとか相手と手が触れ合う距離での会話は控えるようにとのことだ。併せて心がけてもらえば幸いである。

参考文献

加藤洋子、「山手線新型電車における電気機器について」、「電気設備学会誌」2015年8月号、電気設備学会

古河知樹、「東日本旅客鉄道(株)向けE235系車両用空調装置の特長とメンテナンス性向上」、「三菱電機技報」2018年7月号、三菱電機

総合車両製作所生産本部技術部、「JR東日本E235系量産車一般形直流電車」、「総合車両製作所技報」第6号、総合車両製作所、2017年12月

鉄道ジャーナリスト

1965(昭和40)年生まれ。大学卒業後、三井銀行(現在の三井住友銀行)に入行し、交友社月刊「鉄道ファン」編集部などを経て2000年に鉄道ジャーナリストとして活動を開始する。『新幹線を運行する技術』(SBクリエイティブ)、『JRは生き残れるのか』(洋泉社)、『電車たちの「第二の人生」』(交通新聞社)をはじめ著書多数。また、雑誌やWEB媒体への寄稿のほか、講義・講演やテレビ・ラジオ・新聞等での解説、コメントも行っており、NHKラジオ第1の「子ども科学電話相談」では鉄道部門の回答者も務める。2023(令和5)年より福岡市地下鉄経営戦略懇話会委員に就任。

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