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列車の逆走による鉄道人身傷害事故はなぜ発生したのか、そして今後の対策を探る

梅原淳鉄道ジャーナリスト
横浜シーサイドライン同様の新交通システムで、自動列車運転を行う神戸新交通(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロ)

車両の逆転器が作動せず、列車は逆走か

 横浜市の新交通システムである横浜シーサイドラインで2019(令和元)年6月1日、鉄道人身傷害事故が発生した。金沢シーサイドラインという線名の新杉田駅を出発しようとした5両編成の列車が本来の方向とは逆向きに動き出してしまったため、車止めと呼ばれる線路終端の構造物に衝突し、乗客15人が負傷したというものである。

 新杉田駅は金沢シーサイドラインの起点となる駅だ。終点側となる金沢八景駅方面から列車がこの駅に到着すると、所定の折り返し作業を実施した後、いま来た方向に向けて出発していく。所定の作業とは、旅客の乗降を扱って適切な案内を行うほか、車両の走行方向を変えたり、ヘッドライトと呼ばれる前部標識灯とテールランプと呼ばれる後部標識灯とを編成の前後で切り換えるなどといった内容である。列車の終着・始発となる駅では必ず実施される作業であり、別に珍しいものではない。

 事故の直接の原因は比較的単純だ。所定の折り返し作業の際に車両の走行方向を変えなかったからと考えられる。

 横浜シーサイドラインで用いられている車両は電車である。電車とは、動力を発生させる装置にモーターと呼ばれる電動機を使用し、車体に旅客や貨物を載せるための輸送設備を備えた車両を指す。電車の走行方向を変更するには逆転器を操作して電動機の回転方向を反対にすればよい。逆転器は電動機に電力を供給するために張りめぐらされた主回路を切り換える役割を果たす。横浜シーサイドラインの5両編成のすべての車両の場合、車体の床下に三相交流で作動する誘導電動機が1両につき1基搭載され、ゴムタイヤを装着した車輪を駆動している。三相というくらいだからこの電動機には3本の電線を通じて電力が供給されており、逆方向に回転させるにはこれらのうち2本の電線を入れ替えて接続すればよい。

 車体の床下には逆転器も装着され、その逆転器を操作するための逆転器ハンドルは運転台に設けられている。逆転器ハンドルの多くは縦または左右に動かす。横浜シーサイドラインの車両は資料を見る限りでは左右に動かして切り換える方式で、一般的に言って左から「前」「切」「後」という順に3つの切り換え位置が並ぶ方式となる。「前」は前進、「切」は中立となって前進も後退もせず、「後」は後退という意味だ。

 列車が終着となる駅に到着してもと来た方向に折り返すときの操作方法も記しておこう。運転士はまずはいま乗務している運転台の逆転器ハンドルを「前」から「切」の位置に入れて編成の反対側の運転台へと移動する。そして、反対側の運転台では「切」の位置にある逆転器ハンドルを操作して「前」の位置へと動かす。「後」は何のために付いているかというと、たとえば駅で所定の位置を通り過ぎたときや車庫での入換のときなどに後ろに下がりたいときに用いる。

自動列車運転の採用によって事故が複雑かつ大きくなってしまう

 横浜シーサイドラインの事故の原因として推測されるのは、折り返し作業時に逆転器を操作しなかったか、操作したものの誘導電動機に接続された2本の電線が入れ替わらなかったからだ。事故としては大変深刻でありながら、原因は案外単純であったと言える。しかしながら、今回の事故が複雑な様相を帯び、なおかつ大きく注目されている理由は、横浜シーサイドラインが自動列車運転と呼ばれるシステムを採用しており、該当の列車も自動的に運転されている最中であったからだ。

 国際電気標準会議(IEC)、そして日本工業規格(JIS)によると、自動列車運転とは「運輸係員が乗務しない列車運転(全ての機能について技術システムが責任を担う)」(IEC 62267・JIS E3802の3.1.20)と定義されている。事故を起こした列車には運転士や車掌といった乗務員は乗っていなかったし、新杉田駅のプラットホームで列車を監視していた駅員もいなかった。

 逆転器の操作を含めて自動列車運転を行っている装置は自動列車運転装置(ATO)である。ATOの本体となる自動運転中央装置は地上にある運輸司令所に設けられており、ここから発信された列車折り返しに関する制御信号は新杉田駅に設置された駅ATO制御装置を経て、線路に敷設された車両への伝送用の定点域停止用地上子に有線で伝えられていく。

 定点域停止用地上子というと大がかりな装置に感じられるが、見た目は金属製の四角い枠で、寸法はプラットホームからの実測で列車の進行方向側となる奥行は50cmほど、幅は15cmといったところだ。制御信号はこの地上子で無線の信号に変えられ、金沢八景駅側から2両目の2号車に装着された駅ATO制御アンテナに向けて送信される。アンテナで受信後、制御信号は再び有線となって車両に搭載された駅ATO制御車上装置へと到達し、この装置で制御信号を精査のうえ、実際に逆転器を操作する前後進切換装置へと送られていく。

 横浜シーサイドラインの資料からは、前後進切換装置がどのように逆転器を動かしているのかはわからない。どうやらあまりに単純なつくりなので鉄道業界の関係者には説明の必要はないと考えているようだ。リレーなどを用いて電磁的にスイッチを切り換えているのであろう。

 事故発生直後は情報が少なかったため、ATOそのものに原因があるとも考えられた。自動運転中央装置が車両に正しい制御信号を送らなかったとか、制御信号が車両へと伝えられる途中でノイズなどが乗って誤った信号になったとか、車両側で制御信号を受け取り損ねたなどというものだ。

過去の自動列車運転での事故例では結局原因が究明できず、果たして今回は……

 ところが、事故の翌日になって横浜シーサイドラインはATOに異常は生じていなかったと発表する。正確に言うと、自動運転中央装置を確認したところ、制御信号は駅ATO制御装置を通じて車両の駅ATO制御車上装置へと正しく伝達され、車両からも前後進切換装置を用いて逆転器を正常に動作させたとの応答を得たそうなのだ。事故現場で撮影された映像や画像を見ると、ATOによる折り返し作業は車両の走行方向を変更すること以外は正常に行われていた。車止めに衝突した車両は後部標識灯を点灯させていたし、事故に遭った旅客の証言では、列車の行先は金沢八景駅方面となる途中駅の並木中央駅であったと自動音声で案内されていたという。

 この時点で正常であったと確定できるのは自動運転中央装置をはじめとした地上側の装置だけにすぎない。というのも、車両側の駅ATO制御車上装置が正常に作動したかどうかは車両を調べてみなければわからず、該当の車両は事故現場に置かれたままで調査できる状態になかったからだ。

 現実に車両に搭載されたATO装置の不具合とみられる鉄道人身事故は過去に発生している。その事故は1993(平成5)年10月5日に大阪市交通局の新交通システムである南港ポートタウン線の終着駅となる住之江公園駅で起きた。自動運転中の列車は本来であればブレーキを作動させてこの駅の所定の位置に停止させなければならないところ、そのまま行き過ぎ、車止めに衝突したというもので、乗客215人が負傷している。

 南港ポートタウン線での事故の原因はいまに至るも解明されていない。事故を起こした車両や同形式の部品を使用して調査しながらも、事故に結び付く現象が認められなかったからだ。結局、車両に搭載されたATO装置からブレーキを作動させるための制御信号をブレーキ装置へと送る車両中継継電器盤内の継電器そのものまたは部品に一時的な導通不良が発生したのではないかと推定されている。

 筆者は横浜シーサイドラインでの事故も同様に原因の究明は難しいと考えていた。現象としては、車両側のATO装置を構成する電線や端子に一時的な導通不良であるとか接触不良が発生して制御信号を受け取り損ねたにもかかわらず、自動運転中央装置には正常に受信したと伝えたとか、または制御信号を受け取りながらも、この段階でやはり一時的な導通不良や接触不良が発生して実際には逆転器を作動させず、しかも自動運転中央装置には逆転器を作動させたと虚偽の応答を行ったと推測される。だが、南港ポートタウン線での事故のようにこのような現象が再現される可能性は低いからだ。電子部品を多用した家電製品が不調になって修理を依頼したものの、何の異常もないと返された経験をお持ちの方も多いであろう。

列車の逆走は自動列車運転が原因ではなく、電線の断線を防げなかったから

 逆走事故の原因究明は発生から5日後の6月6日になって新たな展開を見せた。横浜シーサイドラインは事故を起こした車両のうち、金沢八景駅寄りの先頭車である1号車に通された制御信号用の回路を構成する電線に断線が起きていたと発表したのである。

 この電線はまさしく車両の進行方向を変えるための制御信号を伝えるものだ。加えて、1号車への制御信号は5両編成のすべての車両に搭載された電動機の回転方向を切り換える役割を果たしていた。このため、断線によってすべての車両の電動機の回転方向を変えることが不可能となったのだ。なお悪いことに、断線の発生を警告するシステムは採用されていなかったし、断線を含む車両の異常を検知して列車を停止させる装置は断線が原因で作動していない。

 横浜シーサイドラインで起きた事故によって自動列車運転への信頼が損なわれた。実を言うと、横浜シーサイドラインにおいて乗客が負傷する事故は1989(平成元)年7月5日の開業以来初めてである。人間が手動で運転する方式の鉄道と比べれば統計上ははるかに安全ではあるものの、やはり機械には厳しい人間の常というか、機械による制御には信頼が置けないというか、ともあれ社会の目は誠に厳しい。

 鉄道を管轄する国土交通省は、事故の再発防止に向け、関係者間で情報の共有や対策の検討を行うことを目的として「無人で自動運転を行う鉄軌道の事故防止に関する検討会」(座長は東京大学大学院の古関隆章教授)を設置した。もちろん、こうした取り組みは必要とは考えるが、どうも問題が矮小化されているきらいが筆者には感じられてならない。

 今回の事故が仮に制御信号を伝送する電線の断線であったと断定された場合、自動列車運転を実施している鉄道だけではなく、全国のほぼすべての鉄道に影響を及ぼすと考えてよい。なぜなら、逆転器にしろ、その他の制御である力行(「りきこう」または「りっこう」。駆動力を発生させて車両を走行させること)のための主幹制御器、ブレーキを作動させるためのブレーキ制御器など、現代の鉄道車両の制御はほぼすべてが制御信号、つまりは電線を通じて行われている。電線以外の手段を用いて各種の制御を実施する車両はごく旧式の車両だけで、しかも、その制御は圧縮空気を弁で調節してブレーキを作動させる用途にほぼ限られてしまう。

 言うまでもなく、大多数の車両では断線を警告するシステムが採用されており、また断線が発生したら即座に列車を停止させる仕組みを採り入れたケースも多い。しかし、横浜シーサイドラインでの事故のように、断線を警告するシステムが搭載されていないとか、断線と同時に列車を停止させる機能も失われたとしたらいかがであろうか。こうした可能性のある車両が全国にどれだけ存在するのかをまずは把握し、そのうえで改修を求める告示を出すべきであると国土交通省に対して筆者は求めたい。

逆走を防げなくとも、列車を止める手立ては存在する

 今回の事故では、逆走を始めた車両を停止させられなかった点も被害を大きくした点の一つだ。そもそも、列車本来の停止位置から25m離れた場所に車止めが設置されていた結果、速度がある程度上昇した状態で衝突したのは理解できないと考えた方も多いのではないだろうか。

 横浜シーサイドラインの車両が停止状態から発進する際の加速度は3.5km/h/s(0.7m/s^2)であるから、仮に車両が等加速度運動を行ったとすると、25m先の車止めに衝突するまでの時間は7秒17ほど、このときの速度は25.1km/hとなる。ただし、この数値は理論値で、この25mの区間には車両に走行用の電力を供給するための導電レールが敷設されていないので、列車がこの区間に進入すればするほど電力が供給されない車両の数が増え、加速度は落ち、最終的には停止してしまう。したがって等加速度運動にはならないのだが、平均して0.5km/h/s(0.14m/s^2)程度の加速度であったと考えると、25m先の車止めに衝突するまでの時間は19秒で、このときの速度は9.5km/hとなる。いずれにせよ、車止めが列車のすぐ前方に設置されていれば、動き出した途端に車両を受け止めてくれるので、被害は少なくなったかもしれない。

 一見すると25m余計に敷かれたように思われる線路は、金沢八景駅方面から到着した列車が仮に所定の停止位置を行き過ぎてしまったとしても安全に停止させるための区間だ。正式には過走余裕距離という。

 列車が新杉田駅に進入する際、速度はATO、正確にはATOが従えている自動列車制御装置(ATC)によって60km/h、40km/h、20km/hと段階的に下がり、最終的には停止する。列車が20km/hで走行したまま列車の停止位置を過ぎ、非常ブレーキが作動した場合、車両の減速度は4.5km/h/s(1.2m/s^2)とのことなので、理論上は12.3m先で止まることが可能だ。何かの理由で非常ブレーキではなく、普段用いているブレーキが作動したとすると減速度は最大で3.5km/h/s(0.97m/s^2)、余裕を見て3.0km/h/s(0.83m/s^2)であったとすると停止までの距離は18.5mに延びてしまう。ブレーキが作動するまでのタイムラグが最大で2秒程度存在することを考慮すると、25mという過走余裕距離は決して長すぎるものではない。

 問題はATO(正確にはATC)が導入されているにもかかわらず、なぜ逆走する列車を止められなかったかだ。この点については横浜シーサイドラインの資料からすぐに判明した。

 横浜シーサイドラインではコンクリートの線路の中央にATCの信号を送るため、伝送ループ線と呼ばれる長大なコイルが設置されている。しかし、新杉田駅で過走余裕距離として設けられた25mの区間には伝送ループ線は敷設されていない。とはいうものの、横浜シーサイドラインのATCには列車に対する停止信号として通常用いる01信号のほかに02信号が採用された。02信号はATCが導入されていない区間に進入したとか、停電によってATCの電源が落ちてしまったときに即座に列車を停止させる役割を果たす。

 今回の事故でなぜ02信号が働かなかったかというと、ATC上では列車の進行方向は正しい向き、つまり金沢八景駅方面に設定されていると認識されていたからだ。それでも、ATCが導入されていない過走余裕距離の区間自体に進入すれば02信号に切り替わるはずだし、そうなるべきであろう。恐らくは、列車が駅でオーバーランして所定の停止位置まで後退させて戻す際にATCが作動しないように設定されていたと考えられる。そうでないと、タイヤのスリップが多発する雨の日など、各駅で列車が立ち往生してそれこそ横浜シーサイドライン中が大騒ぎになるからだ。軽微なトラブルを防ごうとした結果が事故を誘発してしまった。

 もちろん対策はある。過走余裕距離として設けられた25mの区間にも伝送ループ線を敷設し、この区間にどのような経緯で列車が進入したとしてもATCによって必ず非常ブレーキを作動させるよう、絶対停止用と呼ばれる03信号を常に送るように設定するのだ。実際に新幹線などで採用されていて、車止めが設けられた東海道新幹線や東北新幹線の東京駅では、03信号を送信する目的で2本のレールに添うようにATC信号用のケーブルが張りめぐらされており、もちろん進入すれば即座に非常ブレーキが作動する。

東海道新幹線の東京駅に設定された03信号区間。写真中央に見える赤地に黒十字の停止限界標識から写真奥の車止めまでの間は絶対停止用のATC信号が常に送信されている。筆者撮影
東海道新幹線の東京駅に設定された03信号区間。写真中央に見える赤地に黒十字の停止限界標識から写真奥の車止めまでの間は絶対停止用のATC信号が常に送信されている。筆者撮影

 横浜シーサイドラインが03信号の区間を設定しなかった理由は、恐らくはコスト面によるものであろう。とはいえ、今後同社の全車両を対象に、それこそすべての電線に対して断線の発生を検知する装置を導入するための膨大な手間と時間とに比べれば、短期間で設置でき、効果も高い。運転士を乗務させることで2019年6月4日から運転を再開させた横浜シーサイドラインも、いつの日にか再び自動列車運転を復活させるのであろうから、結果的には安上がりとなる03信号の導入を検討してほしいものだ。

参考文献

『ATS・ATC 改訂版』、日本電気技術協会、2001年7月

『新幹線信号設備 改訂版』、日本電気技術協会、2002年4月

『重大運転事故記録・資料(復刻版) 追補(第二版)』、日本鉄道運転協会、2013年12月

永塚浩二、「自動運転だからこそ」、「運転協会誌」2017年11月号、日本鉄道運転協会

上門成憲、「金沢シーサイドラインの頭脳」、「運転協会誌」1998年11月号、日本鉄道運転協会

小林源兵衛、「金沢シーサイドライン 有人から無人運転への移行に伴う考察」、「電気評論」1996年10月号、電気評論社

中川博之、「横浜市新交通金沢シーサイドライン計画」、「交通技術」1985年05月号、交通協力会

鉄道ジャーナリスト

1965(昭和40)年生まれ。大学卒業後、三井銀行(現在の三井住友銀行)に入行し、交友社月刊「鉄道ファン」編集部などを経て2000年に鉄道ジャーナリストとして活動を開始する。『新幹線を運行する技術』(SBクリエイティブ)、『JRは生き残れるのか』(洋泉社)、『電車たちの「第二の人生」』(交通新聞社)をはじめ著書多数。また、雑誌やWEB媒体への寄稿のほか、講義・講演やテレビ・ラジオ・新聞等での解説、コメントも行っており、NHKラジオ第1の「子ども科学電話相談」では鉄道部門の回答者も務める。2023(令和5)年より福岡市地下鉄経営戦略懇話会委員に就任。

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