カフェの未来と、この社会に足りないもの~カフエ マメヒコ宇田川町店7月閉店、オーナー井川さんに聞く

7月2日に閉店することが決まった「カフエ マメヒコ宇田川町店」撮影:猪瀬まな美

ファンの間では、渋谷のオアシスとして名高かったカフエ マメヒコ宇田川店は7月2日に閉店する。2007年にオープンし、11年営業してきた店舗の閉店を惜しむ声があふれている。

いいカフェとは何か。飲食物が美味しくて店内がいい雰囲気ならいいカフェか?

突然ですが、カフェは好きですか?

縁がない人は「カフェなんてご飯もコーヒーも高いし、美味しい物を食べるならきちんとしたレストランの方がいいに決まっている」と言う。またある人は「コーヒーを飲むならコンビニエンスストアで十分」。それも一理ある。最近のコンビニエンスストアのコーヒーは安くて美味い。そもそも、カフェはまちなかにたくさんある。だから、あまりありがたくない。「カフェが好きだ!」とは、ちょっと胸を張って言えない空気がある。

でも、僕はカフェが好きだ。そして僕の好きなカフェは、マメヒコだ。そのマメヒコの宇田川町店が閉店してしまう。

カフェ文化の歴史がサードウェーブとスターバックスだけ皆さんに記憶されてしまうとすれば、僕の好きなものが埋もれてしまう前に、どうも理解されないカフェという文化の可能性についてこの記事で証明したいと思う。マメヒコのオーナー、井川さんに話を聞きに行った。

カフエ マメヒコ オーナーの井川啓央(いかわ・よしひろ)さん。画像提供:カフェ マメヒコ
カフエ マメヒコ オーナーの井川啓央(いかわ・よしひろ)さん。画像提供:カフェ マメヒコ

あ、少しおセンチになりましたが、マメヒコは7月以降も公園通り店と三軒茶屋店が営業を続けます。

マメヒコの椅子が僕は好きだ。撮影:ノラネコデザイン
マメヒコの椅子が僕は好きだ。撮影:ノラネコデザイン

――僕はマメヒコの椅子が好きです。この椅子に座っていると、長時間読書をしてもへっちゃらで。カフェにメジャーを持って座高とか計って、メモしてからアンティークショップに行って似たような椅子を買ったんですよ。でもなんか違う。不思議です。

井川さん 店内の椅子は、一脚ずつ自分で座ってみて、「これはいい」って決めたものしか並べてないんですよ。下手したらもう一回自分でやすりで削りなおして、塗り直したものをお店に置いてます。業者を介すとお金がかかるし、第一、クオリティに満足いかないことも多いから、ぜんぶ自分で作ってます。基本的には中古を買うからそこまでは高くない。既製品だと味が出ないですよね。だからアンティークで気に入ったものを買ってきて、やすりで削って、高さをそろえたりして、少しずつ直してよくするってこと。人間関係と同じで、個別の椅子を理解して少しずつよくするんです。同じように、テーブルの幅と高さっていうかね、縦×横は、2回くらい作り直すんですよ。

――こだわりがすごいですね。

井川さん というか、どうしてみんな買ってきたまま使うんだろうって。たとえば木べらなんかを買うとね……

――木べら?

井川さん そう、へら。やっぱり自分のサイズに切りたいんです。マメヒコは木製が多くて、それは見た目の問題もあるけど、プラスチックの製品が好きじゃないのは、カスタマイズできないから。

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僕がはじめてお店に行った日は覚えていないが、東日本大震災の前だから少なくても7年は経っていることになる。子供の頃から同じ場所に5年と住まないし、会社員が2年しか続かなかった飽き性の僕が、7年も通い続けられているのだからかなりの年数である。

木のやさしい焦げ茶色を基調とした店内は、どこか懐かしい喫茶店のようだ。素敵な内装のカフェは多数あるが、素敵でかつ飽きのこない内装というのは、日本人の記憶にある懐かしい喫茶店のイメージを具現化したような造りになっているからであろう。何年もの経験が重なってできた理想のような、座り心地のいいテーブルと椅子は、そんな井川さんのDIY精神から生まれたものだった。

琥珀色の「浅煎り珈琲」、「深煎り珈琲」。写真提供:カフエ マメヒコ
琥珀色の「浅煎り珈琲」、「深煎り珈琲」。写真提供:カフエ マメヒコ

そして、カフェと言えばコーヒーである。現在コーヒー業界は空前のシングルオリジンブーム(複数の豆を配合する「ブレンド」に対し、単一の農園の豆を使用するコーヒー)で、マメヒコにもイルガチェフェモカなど、シングルオリジンの豆を使ったコーヒーもある。他店ではシングルを好むが、マメヒコでは「浅煎り珈琲」というブレンドを飲んでいる。「深煎り珈琲」とならび、こちらもお店の看板メニュー。

浅煎り珈琲の魅力は、まるでフルーツのような酸味、そして、そのあとに追いかけてくる苦味。理想のお母さんのような、はつらつとした酸味と、決めるところは決めるぜと言いたげな理想のお父さん的な苦味。そんな感じだ。

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――僕はカフェが好きなので、マメヒコの他にもいくつか気に入っているお店があります。でも不思議なのは、マメヒコのコーヒーはいつ飲んでも、味が一定なところ。多くの店は、今日はわりといい、今日はあんまり、とかあったりするもので。

井川さん マメヒコはコーヒーもハンドドリップ(手で淹れること)だし、さらにパンもケーキも手作りだから、お客さんにワーッとこられると、スタッフの力量が追いつかなくなってしまいます。だから、スタッフにはこう言ってます。

■感じのよい接客

■きれいな店内

■美味しいコーヒーと定番のデザート

がそろっていればマメヒコはいいんだと。人が足らない時は、だいじなこと以外はやらなくていいんだよって言ってます。

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マメヒコの看板メニュー・クロカン。写真提供:カフエ マメヒコ
マメヒコの看板メニュー・クロカン。写真提供:カフエ マメヒコ

マメヒコは食事も大きな魅力である。写真は看板メニューのクロカン。惜しげもなく盛りつけられた黒大豆に寒天ときび砂糖シロップをかけたシンプルなメニューである。実はこの豆は、マメヒコ自身が運営する畑で採れる。お店の内装同様シンプルゆえに飽きのこない味だ。ケーキのたぐいは大人が定期的に食べるには少し重い。しかし和風の、畑直送の栄養価の高い豆であれば、定期的に食べても“罪悪感”がない。

カフェが畑を運営することについて、井川さんはお店の小冊子「M-Hico(エムヒコ)」でこう語っている。

成果だけを尺度にするなら、ハタケマメヒコ(マメヒコの運営する畑の名称)なんてやめた方がいいに決まってます。結局、農業というのは天候相手ですから、一生懸命やっても天気次第。頑張ったから報われるというものではありません。ただ、それはカフェだって同じですよ。結局お客さん次第ですから、似たようなところがある。成果だけを考えるなら、そもそもカフェなんてやめたほうがいいということになってしまいます。(中略)ハタケの豆を見てると、本当に合理的だと思います。どんなトラブルがあっても、有機的に臨機応変に対処していく。結局「豆」というものは生命力の塊なわけでしょ。どんなものでも魅力あるものは生命力なんじゃないかと思う。だからマメヒコもね、「豆」にあやかって生命力のあるカフェでありたいなと、ハタケに立つとそんなことを思ったりします

出典:M-Hico

カフェをやることはコーヒーや食事について考えることで、コーヒーや食事を考えると、最後は農業にたどり着く。だから農業をやろうと思った。そう井川さんは話す。

さて、<感じのよい接客>、<きれいな店内>、<美味しいコーヒーとクロカン>。井川さんが語るようにこれだけでもう十分なのであるが、ここから先がマメヒコの真骨頂である。マメヒコはカフェなのに、映画も作る。芝居もやる。ミュージカルもやる。冊子も出すしラジオもやる。もう、お客さまとつながるという名目であれば、なんだってやる。しかも、そのクオリティが高い。映画の予告編を見て欲しい。

「さよならとマシュマロを」予告編

ゲーテ診療所 とうさんのティラミス【予告編】

種明かしをすると、井川さんは元々テレビ制作会社を経営していて、自主制作で映画を撮影していた人だ。だからというのもあるけど、これは完全に劇場公開のクオリティだ。マメヒコでは過去3作の映画を作っている。この映画の製作を行うために、お店では「定期券」(食事や飲み物を一定のルールで何度でも飲食できる券)を発行した。定期券制度があれば、先に現金を用意することができるからだ。今流行りのクラウドファウンディングも行った。なんて言うか、そこまでしなくても普通にいいカフェなのに、畑も持つし、めちゃくちゃクオリティの高い映像も取るし、もはや個性が過剰で渋滞を起こしている。それまで僕は、ラジオを収録したり冊子を出したりしているカフェに、少し面白いカフェだな、ぐらいの印象を覚えていたが、映画を見た時点で、「完全にカフェの範疇を通り越し、常軌を逸脱したカフェ」と認識を改めた。

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――映画のクオリティを見て、あー、この人は「映画を撮らないんですか?」と誰かに言われるのを待っていた人だなと思いました。

映画は……映画に関しては思い入れが強いから。学生の頃から自主映画をずっと撮ってたんですけど、一度あきらめたんです。いい映画がどういうものなのかは分かってるんです。でもね、悲しいかなお金がかかってない映像に、いい作品はないんです。役者のスケジュールを押さえられる、ロケ地巡りを丹念に行える。それらはすべて、お金なんですよね、映像の場合。アメリカ映画がいいのは、一番金がかけられてるからなんだよ。つまり、ビジネスと映像は表裏一体なんだっていうことを、目の当たりにしてしまった。

――あきらめた、というのは、お金集めも含め、自分に才能がないと思ったんですか?

自分に才能がないとは思ってなかったけど、例えば宮崎駿が書いたラピュタのデッサンを見ると、何か重たいものが空に浮かんでいるような絵で。こんだけ重たいものが浮いてるように見えるっていうのはすごい才能だなと思ったわけ。つまりそういうわかりやすい才能が自分にはないと。だから自分の才能が活かせるフィールドを作らないことには、自分の才能は発揮できないだろうっていう気持ちは強くあるね。

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井川さんは、ほんとは国民みんなが感動するような映画・テレビを作りたかった人なんだ。その人が作るカフェだから、どうも他のカフェにはない、不思議な魅力が宿るんだ。僕は東京でひっそりカフェをやる井川さんが好きだが、ハリウッドで超大作のメガホンを持っている史上初のカフェオーナーというのも見てみたい。

居場所、ありますか?

井川さん 高校生の頃から、マメヒコを始めるまで、なんか世の中全体にイライラしてたんだよ。ずっと違和感は持ったままマメヒコを始めた。

――それはマメヒコで浄化されるんですか?

井川さん 浄化はされてないけど、自分のお店は自己責任だから、社会がどうこうっていってもしょうがないって。

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カフエ マメヒコは三店舗とも、中心に大きなテーブル席がある。写真は宇田川店。他人の顔を見ながら過ごすのは、そう悪くないと気づいた。撮影:ノラネコデザイン
カフエ マメヒコは三店舗とも、中心に大きなテーブル席がある。写真は宇田川店。他人の顔を見ながら過ごすのは、そう悪くないと気づいた。撮影:ノラネコデザイン

サードプレイスという言葉をご存じだろうか。直訳すると「3番目の場所」で、「自宅」(1番目の場所)と「職場」(2番目の場所)の他に3番目の場所を持つことで生活に潤いを持たそうという意味である。サラリーマンであれば、「自宅/職場」だろうが、自宅で働くフリーランスであれば、「家族/取引先」かもしれないし、専業主婦であれば、「家庭/ご近所や子供の同校の親のコミュニティ」かもしれない。サードプレイスはアメリカで生まれた概念で、本国では、社交クラブ、ボランティア組織、はたまたカフェや公園なども含まれている。そこにはコミュニティがあり、通常、社会的な地位や個人の能力に関係なく、居場所を与えられる場所であったりする。

僕が思うに、今世界で最も居場所を必要としているのは日本人だと思っている。自殺率の高い、労働時間と通勤時間の長いこの国の人にこそ、職場でも家庭でもない場所が必要なのだ。カフェは、ただコーヒーを飲んで、せいぜいスマホでオシャレな写真を撮って、友達と話すだけの場ではない。もちろん、それもとても大切だけど、それだけでもない。東京に少ない、偶然に出会うものだったりする。

閉店まで、マメヒコでは、500円一口を目処に店内をアジサイで飾るための募金を行っている。撮影:ノラネコデザイン
閉店まで、マメヒコでは、500円一口を目処に店内をアジサイで飾るための募金を行っている。撮影:ノラネコデザイン

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最後に僕は、このカフェオーナーに、ある個人的な話を打ち明ける。

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梅田 僕はライターを16年やってきまして、ずっと言葉を書いてきたんですが、壁にぶつかってるというか、なんか不遜だったなと思うことがあって。言葉はコミュニケーションの王様だと思ってるんですけど、やっぱりそれでも伝えきれないものがあるわけじゃないですか。この仕事をやってると、言葉で伝えられることがすべてだって思っちゃうところがあって。で、言葉で説明できることばかり考えていくと、不健康だなと。精神に悪いなと。自分もそうなるときがあるので。説明しきれない何かがないとダメなんだなっていうことが分かって。

井川さん よくわかる。

梅田 言葉はドットが粗いというか、どこか表現しきれないところが残るんですけど、プロとしてそれをやってると、全部表現しきれちゃう気になってくるというか。そういう怖いところがあります。

井川さん 人間の本当の思いは言外にあるもので、それをちゃんと映像で表現できる作品を見たときに、すごいと思って。やっぱり情緒だね。日本人が持ってる、実際はこうなんだけど本当はこうみたいな情緒が、映像で伝えられると思って。だから映像に行きたかった。

梅田 今のインターネットは、情緒がないわけじゃないですけど、伝えられないですからね。

井川さん テレビもそうだよ。なるべく情緒を伝えたいと思ってやってきたけど、やっぱり商売となると情緒いらないよってなるから。情緒なくすんだったら俺やってる意味ないんですけど、って思うけど、無名だから言えないよね。でも実際名作と言われてるものはきちっと情緒が描けてるから、業界の中にはきっと、同じ思いで尊敬しうる人が居るんだと。ただ、この人たちが情緒を描くために使うお金っていうのは俺には回ってこないんだっていうことの絶望から、もう、どうしようかなって(笑)。で、ニューヨークに行ったの。行って一番驚いたのは、空間と建築にすごい情緒があること。日本は情緒情緒っていうけど、人間関係とか、小さなことに情緒はあるけど、風景に情緒がない。日本の高度経済成長は風景から情緒を奪ってしまっていて、アメリカは確かに生活の機微みたいなところには情緒は少ないけど、その代わり建物とか風景にはものすごい情緒が含まれている。なので、帰ってきてカフェをやろうと思ったんです。空間の中で情緒を表現できるっていうのはアメリカ人に教わった。

ニューヨークみたいな汚い街でも、カフェに入るとコーヒーの匂いとノイズと、店員の感じがぐっと胸を打つってことがある。ちゃんとやれば、そこにちゃんと情緒が宿るんだっていう。だから映像の方で情緒を表現しようと思ったものは諦めて、空間の中に情緒を作ろうと思った。それがマメヒコ作った理由だね。で、なるべく接客を良くしようと思ったのも、接客の中に情緒を組み込ませたい。だからなるべくマニュアル的なものじゃなく、一人ずつの個性を活かすキャスティングだと思っている。なので、映画を作る論法でカフェを作る。

梅田 僕は最初に三軒茶屋のマメヒコに行ったんですけど、情緒が確かにそこにあって、胸を打ちました。そして、情緒がある場所が、僕に足りないサードプレイスなんだなと思ったんです。

井川さん 細かいディティールを詰めれば人は胸を打つんだよ。

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この記事がほんのちょっとでも、言葉にできない何かを言葉で伝えられていることを、そしてそれがブラウザの前のあなたに伝わることを祈って。また、居場所がないと感じる人に少しでもヒントを与えられることを祈って。カフエ マメヒコ宇田川町店は7月2日閉店です。