コロナ入院拒否の罰則は、逆効果かもしれず、日本を中国みたいな「上有政策、下有対策」社会に変えかねない

イメージ写真:公開画像より引用(写真:アフロ)

 厚生労働省は、今月15日開いた専門家会議で、感染症法を改正し、コロナ患者が療養の要請に応じない場合は自己負担で入院するよう勧告し、拒否した場合は罰則を科すという案を示した。また保健所の調査を拒否したり、虚偽申告したときの罰則も設ける方針のようだ。

 これは行政が示すべき方針としては正しいだろう。だが大衆心理をわきまえた実効力あるコロナ対策になるか疑問だ。すでに隔離生活を送りたくないので検査を忌避する人たちがいる。ここで療養拒否に罰則を付与すると、療養隔離を恐れてPCR検査を受けなくなる人が増えるかもしれない。そして彼らが感染拡大の温床になりかねない。メディアでは人権侵害等の懸念も議論されている。それも問題だがそれ以前に実効性のある施策かどうか、行動経済学や心理学のプロも入れて考え直したほうが良いとおもう。

 中国には「上有政策、下有対策」という有名な言葉がある。もとは「国が政策を打ち出せば国民は政策に対応する具体策を考える」という意味だが、現在は「政府が何かを決定すれば人々は何らかの抜け道を考えだす」という意味だそうだ。コロナ禍の中、こうした罰則を設けると日本でも中国型の上下乖離が始まるのではないか。政府は、大本営発表ごとくに「あるべき論」「建前論」を発信する。それを横目に一部の国民は神妙な顔をしつつ、裏で自己利益を追求し脱法すれすれの行為に走る可能性がある。脱税、マスク買い占めがいい例ではないか。かくして社会は相互不信、学級崩壊状態に陥るーーコロナを巡って日本にも「上有政策、下有対策」の二重構造ができるのではないだろうか。

●陽性が判明すると生活できなくなる人たち

 非正規雇用の人たちの中には、コロナに感染したと雇用主に知られると仕事ができなくなる人たちがいる。接客、飲食、運輸、工場勤務など現場の多くの仕事はそうだ。自宅でパソコンや電話でできる仕事以外ほとんど無理になる。私は複数の企業経営者から「派遣労働者の一部は、怪しくてもPCR検査は絶対に受けない」「職場での一斉検査を忌避する動きがある」と聞いた。

 検査忌避は社会的には非難すべき行為だ。しかし「陽性と分かれば収入が半月も途絶える。自覚症状はない。背に腹は代えられない。検査は受けない」と考える人がいても不思議ではない。政府や雇用主は「すこしでも怪しいと思ったら検査を」と呼びかける。理屈上は正しいが、従わない人々がいるのを前提に考えるべきだ。検査に行かないというのはまさに「下有対策」の典型だろう。

 筆者は愛知県のコロナ対策委員会の専門委員をしているがその関連や医療関係者、経営者から実態をきく機会が多い。コロナ対策は「あるべき論」「理想論」ではなく、どういった「下有対策」が起こりうるかを先に考え、そこから逆算して実効の上がる政策を考えるべきだと思う。関係者は命を削って懸命に努力されている。ウィルス相手に誰も決定的な対策案は出せない。むやみに政府を批判しても仕方がない場合だ。だが「下有対策」に走る人々の心理を見据えた政策が必要だろう。例えば罰則よりも治療して快癒した際には休業報奨金を渡したらどうか、休業補償の保険制度などはどうか、といったアイディアである。

●気がかりな為政者のパフォーマンス志向

 ところが政策を出す側の為政者、国と自治体の一連のコロナ対策を見ているとこうした工夫よりもはパフォーマンス、”やってるフリ”の演出に追われているように見える。

 国難を前にマスコミや大衆は為政者にわかりやすい政策を求めるからだろう。そこで為政者側は中身より形式を整えようとする。その象徴が今では意味が薄かったと批判される前政権時代の全国一律の学校休校であり、今回の各自治体の”緊急事態宣言ねだり”ではないか。もちろん前者には社会全体を引き締める効果があった。後者も出すという結論は正しいだろう。しかし、そこに至る過程が国民、住民の安全確保よりも為政者の支持率維持のため、つまりパフォーマンス優先にみえてしまうのだ。

 現に少しでも動きが遅いとみられると今回の菅総理のようにマスコミ(特にワイドショー)が政府は無策と批判する。それを恐れ為政者はいっそうのパフォーマンスに走る。ある種の悪循環に陥っていないか。

●コロナ対策は戦争とおなじ

 コロナとの闘いは戦争と同じ、国を挙げての総力戦である。しかし戦争の歴史をたどればおよそわが国は戦争は得意ではない。海外を見ない国内世論の弱腰外交批判に敗けて国際連盟を脱退し敗戦に至った国である。今回のコロナとの戦いでは「欲しがりません勝つまでは」は、いい。「兵隊さん(医療従事者)みんなで支えよう」も当然である。だが今回の戦時体制では政府をむやみに批判し、公開粛清する”芸風”はやめたいものだ。

●苛烈な政府批判は儒教文化の弊害

 国難に際し、マスコミが先頭に立って大衆を扇動し為政者に冷静な判断をさせないという”芸風”はおそらく儒教文化に由来する。儒教文化の元、韓国の歴代大統領を次々に起訴し、また文化大革命では学者たちを糾弾したあのパワーの源泉である。儒教文化のもとで古代中国では雨が降らないのは天子のせいだと皇帝が批判され、易姓革命で王朝が変わった。儒教文化ではふだん民衆は政治に口を出さず、統治されるだけの存在だ。だがいったん食えなくなると為政者に牙をむく。これが悪しき儒教文化である。だから、今どきの総理は、天災のもと菅さんだろうが誰であろうがコロナのせいで針の筵に座らされるのだ。

 悪しき儒教文化に煽られた民衆、いやマスコミは数字やリアルをきちんと見ない。専門家の分析を尊重しない。一方、為政者は粛清を恐れ、実質的な対策(たとえばワクチンや看護人材の確保)よりも、「緊急事態宣言」を出すかどうかといった「儀式」のタイミングや「やってる感」の演出に心を砕く。

 手続きが本質よりも優先されるのは官僚主義の悪弊だが、天災時の悪しき儒教文化がそれをさらに増長させる。ひたすらの形式主義だからワクチン接種の具体策よりも、政府が「緊急事態宣言」をいつ出すかを全国民がかたずを飲んで見守る。緊急事態宣言は、国民の感染防止のためというよりも、為政者の対面維持のためにあるのかもしれない(言い過ぎだが)。

●合理的判断では踏みとどまれない為政者たち

 経済的理由の自殺が感染による死亡者を上回る懸念があるといわれる。ならば、マスコミが何を言おうが、知事や総理はデータを見つつ「むやみに緊急事態宣言を出すのは踏みとどまる」というのが本来の姿だろう。GOTOの中止も同じだ。菅さんはすぐにはGOTOをやめようとしなかった。あの時点では正しかった可能性がある。移動だけでは感染蔓延には直結しないという見方もある。GOTO中止に伴う地域の経済的マイナスとそれに起因する倒産や自殺の数はきちんと実証されていないが、経済的自殺とコロナ死亡者数のバランスをどう比較考量するか、という問題でもある(もっとも、それを計算したらわが国では「命の数値化をするな」「一人の命は地球よりも重い」といった批判炎上を招きかねないが)。

 だからこそ、菅さんはGOTO中止の判断は、いったん放置しスルーしようとしたのではないか?しかし、それを目ざとくマスコミが見つけた。かくして菅さんは「後手にまわった」とマスコミに攻め込まれ、公開粛清されそうになったのではないか。

●なぜワクチン戦略を主軸にしないのか?

 コロナは誰にとっても未知の恐怖であり、政府にとっても未知の経験だ。だからあまり批判はしたくない。日本の死亡患者数はそれほどひどくはない。結果オーライかもしれない。だが、あわてて感染症に指定した経緯、学校を休みにした経緯、マスクを配って不手際が目立ったこと(台湾等に比べ)、今回あわてて緊急事態宣言を出し、罰則を設ける議論まで始めたことなど、どたばたが目につく。夏にも蔓延していたのだから、夏の間にもっと考えておくべきだった。そして、そもそも政府は緊急事態宣言を出す出さないで悩むよりも、なぜワクチン接種の具体戦略をさっさと示さないのか?担当大臣を決めたのはいいが、戦略の中身が知りたいものだ。英国は厳しい状況が続くがワクチンだけを社会の希望の灯として踏みこたえているようだ。英国には対独戦争でのチャーチルの見事な指導力という戦勝の歴史がある。学ぶべきだろう。

●次は開業医、医師会攻撃か?

 衆愚政治は常に新たな敵を探し、粛清する。GOTP中止と緊急事態宣言の遅れを巡っては総理を攻撃した。次は「なぜもっと患者を受け入れないのか」と一部の病院や医師会を攻撃するかもしれない。その次は「なぜ日本はワクチン認可が遅い」と厚労省が攻撃されるのだろうか。

 わが国の場合、長年、官僚主導で「目立たなきゃ大衆は気が付かない」だろうという秘密主義、ある種の意愚民政策が行われてきた(特に日米関係、防衛関係)。それがこの20年で「官邸主導」の政治に変わった。ならば官邸は専門家や官僚にエビデンスをきちんと示させ、意味ある戦略を示すべきだ。学校休止にしてもマスク配布にしても、GOTOにしてもかつてなら文科省や厚労省、国交省がプロと相談し、一定の判断をしていたはずだ。それが最近は素人の官邸が、実質、マスコミにあやつられながら衆愚政治の増幅装置になっていく感がある。

●非常時の指導モデルが必要

 以上は私の愚痴である。愚痴の最後に、つくづく東アジアの儒教文化の中でのリーダーシップは厄介だとおもう。韓国の大統領ほどではないが、日本でもこのままでは政治家のなり手がますますいなくなる(なりたい人はますます不適格な鉄砲玉のようなマッチョばかりになる・・)。

 為政者の成功のパターンは今のところ、

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筆者は経営コンサルタント。35年間で100超の企業・政府機関の改革を手掛けた。マッキンゼー時代は大企業の再生・成長戦略・M&A、最近は橋下徹氏や小池百合子氏らのブレーン(大阪府市、東京都、愛知県、新潟市等の特別顧問等)を務めたほか、お寺やNPOの改革を支援(ボランティア)。記事では読者が直面しがちな組織や地域の身近な課題を例に、目の前の現実を変える秘訣や“改革のシェルパ”の日常の仕事と勉強のコツを紹介する。

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専門は企業戦略&組織改革。1957年大阪市生まれ。京大法卒業後、旧運輸省を経て米プリンストン大学院修士卒。1986年からマッキンゼー(パートナー)、米ジョージタウン大学研究教授を経て07年から現職。ほかに企業の取締役・監査役・顧問を兼務。またビジネスモデル学会・行政学会・公共政策学会の理事や大阪府市・愛知県・東京都の顧問等を歴任。著書に『改革力』『変革のマネジメント』等。世界117か国を旅した。DMMオンラインサロン「街の未来、日本の未来」主宰 https://lounge.dmm.com/detail/1745/

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