裁量労働制のねつ造された比較データ、バレないための隠蔽プロセスを検証(第2回)(全6回予定)

(ペイレスイメージズ/アフロ)

<概要>

裁量労働制のほうが一般の労働者より労働時間が短いという安倍首相の答弁で用いられた比較データ。連載第2回の今回は、この比較データの作成方法を示し、これがうっかり作れるようなものではないことを論証する。

<全6回の連載目次(改訂版)>  ※第1回 ※第3回 ※第4回

筆者作成
筆者作成

はじめに

 本連載は全5回を予定していたが、連載の第2回用に用意した記事が長すぎてシステム上掲載できないらしいので、連載第2回の記事として用意した分を第2回と第3回の2回に分けて、連載は全6回で掲載することにする(予定)。

 前回の連載第1回では、撤回された安倍首相と加藤大臣の答弁(それぞれ1月29日、1月31日)を紹介し、その答弁が、裁量労働制の拡大に伴う長時間労働の助長と過労死の増大への懸念を示す野党の質疑に対し、反証のように用いられていたことを見た。

 また、その答弁のもとになった参考資料と、さらにそのもとになった「民主党への提供データ」を示した。そして、答弁の撤回や比較の不適切さの表明、データの撤回、法案からの裁量労働制の削除が行われながらも、比較データの作成意図の検証を求める野党に対し、安倍首相はみずからの関与を否定し、加藤大臣は経緯に「特段不自然なところもない」と答弁して、問題に蓋をする姿勢であることを示した。

 そして、筆者がこの比較データをねつ造と考える理由として、次の2点を挙げた。

(1)この比較データは、うっかり作成できるようなものではない。

(2)もし、うっかり作成されたものが今国会に引き継がれていたのなら、気づいた段階で迅速に対応がとられたはずだが、実際はそうではない。

 連載の第2回となる本稿(と連載第3回)では、このうちの(1)を理解していだけるように、説明していく。比較データは、実際どのようなものであったかを、あらかじめ端的に示せば、以下の通りである。

【1月31日に加藤大臣が答弁で説明した比較データ】

● 平均的な一般労働者の1日の実労働時間:9時間37分

に対して、

● 企画業務型裁量労働制:9時間16分

→「裁量労働制の方が、(中略)平均的な、平均で比べれば、短い」

【(これまでに判明している限りにおいての)実際の比較データ】

● 一般労働者の「平均的な者」の「最長」の1日の実労働時間(過大推計):法定労働時間(8時間)+「最長」の1日の法定時間外労働の実績の平均(1時間37分)=9時間37分

● 企画業務型裁量労働制の「平均的な者」の「労働時間の状況」:9時間16分

 とうてい比較できないものを比較していることは、これだけでも理解していただけるだろう。にもかかわらず加藤大臣は、この比較データの作成経緯を厚生労働省の担当者から聞いたとしたうえで、

特段不自然なところもないなと思いますので、今、ご指摘のような、その第三者の目というご指摘の部分がよくわかりませんけれども、そうした調査は必ずしも必要ではない、こう認識をしております

と答弁しているのだ(2月26日衆議院厚生労働委員会。長妻議員の質疑に対する答弁)。

 また、厚生労働省幹部も2月19日の記者会見で、

調査した職員とは別の担当者が、質問が異なるデータとは知らずに比べた意図的に作ったものではない

と説明しているのだ(朝日新聞2018年2月20日「ずさんデータ、政府使い回し 「働き方改革」の対立激化」)。

 明らかに大臣の姿勢も厚生労働省幹部の姿勢もおかしい。しかし、「特段不自然なところもない」、「意図的に作ったものではない」、と向こうが言い張っている以上、こちらは緻密に問題点を検証して指摘していくしかない。

 連載第1回の記事は、幸いなことに、既に多くの方に読んでいただいている。「はてなブックマーク」には、次のコメントがあった。

記事は長い。読むのが難しい(時間的に)。それは「デマ記事を流すのは簡単だが、訂正記事を流すのは難しい」というコトだ。

 そうなのだ。デマを流すのは簡単だが、検証するのには手間がかかる。比較データが「問題だらけだ」と主張するには、上の囲みの指摘をすれば足りるのだが、それが「うっかり」ではなく「ねつ造だ」と主張するためには、いろいろと手間がかかる。

 連載の第2回と第3回では、この比較データが「ねつ造」だと理解していただけるように、根拠を示しつつ説明する。また、連載の第4回と第5回では、ねつ造の痕跡を消そうとする厚生労働省と加藤大臣の策略や説明の嘘を検証する予定だが、そのための素材も提供していく。そのため、今回の記事の説明は長くならざるを得ないことを、ご理解いただきたい。

 もっとも、ただ長い説明に付き合っていただくのも退屈だろう。そこで読者の皆さんに、1つ、謎解きを提供しておきたい。

 今回の記事で「比較データ」の実際とその作られ方を理解していただければ、2015年3月26日に厚生労働省が民主党に示した資料(下記の2-1に掲載)に、少なくとも9点の「ねつ造と隠蔽の痕跡」を見つけることができる。その解説は第4回にとっておく。ぜひそれまでに、見つけていただきたい。

 なお、「ネタバレ注意」ではないので、「はてなブックマーク」へのコメントやツイッターなどで、皆さんが見つけた「ねつ造と隠蔽の痕跡」を示していただいて、問題ない。

2. 比較データはどう作られたか

2-1. 民主党への提供データ(2015年)と「答弁の参考資料」

 まず2つの「比較データ」を確認しておこう。「民主党への提供データ」と「答弁の参考資料」だ。

 下記の「民主党への提供データ」は、2015年3月26日に厚生労働省が当時の民主党の厚生労働部門会議に提出したとされているもので、この比較データが厚生労働省から外部に示されたのは、これが最初だと説明されている。

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(出所)民進党ニュース:「働き方改革虚偽データ疑惑」野党合同ヒアリング(2018年2月15日)配布資料

 このうち、「平均(時間:分)」の欄にある9時間16分と9時間37分が、今国会で言及された「比較データ」だ(下記の拡大図の丸で囲んだ部分)。

(上記資料の拡大版:枠は筆者による)
(上記資料の拡大版:枠は筆者による)

 一方、今国会で安倍首相と加藤大臣が比較データに言及した際には、下記の「答弁の参考資料」を参考にしたと、厚生労働省から説明されている。

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(出所)厚生労働省から長妻議員に、経緯説明のために示されたもの

 この「答弁の参考資料」と「民主党への提供データ」の関係については、2月20日の記者会見で、厚生労働省がこう説明している。

 ■厚労省が説明した問題の経緯

 ・誰が比較データを作ったのか?

 →「労働条件政策課の担当者が作り、当時の課長と局長が決裁した」

 ・なぜ不適切なデータを比べたのか?

 →「調査した職員とは別の担当者が、質問が異なるデータとは知らずに比べた。意図的に作ったものではない」

 ・政権側からの指示は?

 →「なかった」

 ・なぜ約3年間もデータが不適切と気づかなかったのか?

 →「データを初めて出して以降、原典を確認せずに使ってきた。安倍首相にも答弁の参考資料として出していた

(出所)朝日新聞2018年2月20日「不適切資料、故意は否定

 この説明には嘘が含まれていると筆者は考えるが、その検証は後ほど行う。今は、4つ目の質問への回答から、「答弁の参考資料」は、「民主党への提供データ」をもとに作成したという趣旨の説明だと理解したうえで、話を進める(なお、連載第1回に記したように、この比較データは2015年と2017年の答弁でも用いられている)。

2-2. 「9時間37分」の作成手順

 さて、ではこの「民主党への提供データ」は、どうやって作成されたか。

 「民主党への提供データ」には、【※平成25年度労働時間等総合実態調査(厚生労働省)】とあるが、公表冊子である「平成25年度労働時間等総合実態調査結果」には、実は一般労働者の「最長の者」の11時間11分と、「平均的な者」の9時間37分は、「ない」。

 では答弁に用いられた9時間37分というデータは、いったい何なのか。

 2月7日に立憲民主党の長妻昭議員や希望の党の山井和則議員らが厚労省にレク(説明)を求めた際にも、それは大きな論点だった。筆者もその場に同席した。

 公表冊子に9時間37分のデータがないことは、確認済みであり、9時間37分の根拠の説明を求めることは、長妻議員から厚生労働省に、事前に連絡済みであった。議員会館の長妻事務所でのことだ。この時の様子は、下記の長妻議員のインタビュー記事で語られている。

倉重篤郎のサンデー時評:長妻昭・立憲民主代表代行が激白 安倍首相は「働き方改革」を語る資格はない!- 毎日新聞(2018年3月12日)

 そのレクの場での厚労省側の説明によれば、一般労働者の「平均的な者」の9時間37分とは、法定労働時間の8時間に、1日の法定時間外労働の平均である1時間37分を足し合わせて求めたものだということだった。

● 9時間37分=法定労働時間(8時間)+1日の法定時間外労働の平均(1時間37分)

 実はこの「1日の法定時間外労働」とは、「最長」の1日の法定時間外労働のデータであったことが、2月19日に野党議員側に初めて明らかにされるのだが、この2月7日の時点では、それは伏せられていた(あとで判明したところによれば、厚生労働省の労働条件政策課長は、遅くとも2月1日には、この「最長」を認識している)。

 では、この1時間37分というデータはどこにあるのか。これも公表冊子には、「ない」のだ。公表冊子には、一般労働者の「平均的な者」について、「1週間の法定時間外労働の実績」(表24)、「1箇月の法定時間外労働の実績」(表26)、「1年の法定時間外労働の実績」(表28)は、ある。しかし、それに対応するような、「1日の法定時間外労働の実績」の表は、「ない」のだ。

 ならば、その「1日の法定時間外労働の実績」の表の提出を、と長妻議員が求めたところ、厚労省担当者は、持ち帰って検討する姿勢を見せた。しかし、あらかじめ質問として文書で示していたものであることから長妻議員が譲らず、「この場で厚生労働省に電話して、この事務所にFAXするように」と求めた。

 そしてFAXされたのが、下記の表だ。

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(出所)民進党ニュース:「働き方改革虚偽データ疑惑」野党合同ヒアリング(2018年2月15日)配布資料

 この表の右端にある1時間37分というデータがそれだ、ということだった。拡大すると、こうだ。

(上記資料の拡大版:枠は筆者による)
(上記資料の拡大版:枠は筆者による)

 このとき野党議員側は、公表冊子を持っていた。公表冊子にある一般労働者の「平均的な者」の「1週間の法定時間外労働の実績」(表24)は、下記の通りだ。上のFAXの集計表と比べてみて、奇妙だと思わないだろうか。

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(出所)厚生労働省「平成25年度労働時間等総合実態調査結果」表24

● なぜ、1日のデータは、クロス集計表つきの全体の表を示さないのか?

● なぜ、公表冊子は%で表示されているのに、1日のデータは実数なのか?

● なぜ、1週の法定時間外労働の実績が2時間47分(表24)なのに、同じ一般労働者の「平均的な者」の1日の法定時間外労働が1時間36分(FAXの集計表)なのか? 長すぎるのではないか?

● なぜ、「平均的な者」の1日の法定時間外労働を調査したものなのに、「15時間超」(つまり8時間を足して1日23時間超)というデータが9件もあるのか?

 野党議員側から様々に疑問が示されたが、厚労省担当者は沈黙しがちで、納得のいく説明はなかった。

 ところで、FAXで送られた上記の1日の法定時間外労働の表には、小さな文字で「平成25年労働時間等総合実態調査 原票より抜粋」とある(下記参照)(なお、調査名は正しくは、「平成25年」ではなく「平成25年度」だ)。

(上記資料の拡大版:枠は筆者による)
(上記資料の拡大版:枠は筆者による)

 この、「原票より抜粋」という記載は、重要だ。公表冊子には載せていないが集計表としては作成していた、ということであれば、「原票より抜粋」という表記はしないだろう。

 つまり、このFAXされた集計表は、下記の計算式で9時間37分を算出するために、特別に集計されたもの、と考えるのが自然だろう。この点は、厚生労働省や加藤大臣の釈明の妥当性を判断する際に、重要になってくる。連載の第4回で、改めてこの点に触れる。

● 9時間37分=法定労働時間(8時間)+1日の法定時間外労働の平均(1時間37分)

2-3. 「9時間37分」の計算式は不適切

 野党議員側からさらにもう1つ、その場で疑問が提示された。下記の計算式の妥当性だ。

● 9時間37分=法定労働時間(8時間)+1日の法定時間外労働の平均(1時間37分)

 この計算式で一般労働者の「平均的な者」の労働時間を算出することには、問題がある。説明しよう。

 「法定時間外労働」とは、1日に8時間を超える時間外労働を指す。これに対しては労働基準法に定める割増賃金が必要だ。

 一方、1日につき、休憩時間を除いて「8時間を超えて、労働させてはならない」というのが労働基準法の定めなので、8時間までめいっぱい働かせなければいけないというものではない。多くの会社は7時間30分や7時間45分など、8時間の法定労働時間を下回る所定内労働時間を定めている。所定内労働時間を超えるが法定労働時間の8時間を超えない残業(法内残業)に対しては、残業代の支払いは必要だが、割増賃金である必要はない。

 ここで、この調査で調べた3つの事業場の所定内労働時間がいずれも7時間30分であり、一般労働者の「平均的な者」であるAさん、Bさん、Cさんのそれぞれの実労働時間が、下記の通り8時間30分、8時間、7時間30分であったとしよう(後で改めて説明するが、一般労働者の「平均的な者」の調査対象は、各事業場につき、1名である)。

筆者作成
筆者作成

 この場合、AさんとBさんの労働時間は、上記の計算式で算出しても問題ないが、Cさんについては法内残業が0分であるということが計算式に反映されないため、実際の労働時間は7時間30分であるにもかかわらず、計算式上は8時間となってしまう。労働時間が実際よりも30分も過大に算出されてしまうのだ。

 これは、この計算式の致命的な問題点だ。実際のところ、この調査によれば、下記の表6のとおり、1日の所定労働時間の平均は、7時間35分である。ほとんどの人は残業をせずに帰る、あるいは、残業があっても数十分だけ、という企業も少なくないだろう。とすると、実労働時間の下限値を8時間としてしまう上記の計算式は、明らかに不適切だ。

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(出所)厚生労働省「平成25年度労働時間等総合実態調査結果」表6

 このことも2月7日の厚労省レクにおいて、野党議員側から指摘を行った。それに対する厚労省担当者側の説明は、手元にあるデータの中で可能な限り比較をしようとした、というものだった。

 同じ説明は、この比較が不適切だったと認めた2月19日の厚生労働省の記者会見でも、次の通り、繰り返されている。

 厚労省は当時、一般労働者については残業時間のデータしか持ち合わせていなかった。手元にあるデータの中で可能な限り比較をしようと、当時の担当者が法定労働時間(8時間)と残業時間(ママ)足し合わせる加工を施して「労働時間」を算出した。この数字は上司の課長と局長が決済したうえで部会に示されたという。土屋氏、当時の担当者は比較可能なデータと思っていたと釈明した。

(出所:朝日新聞2018年2月20日「ずさんデータ、政府使い回し 「働き方改革」の対立激化」)

 さて、皆さんは、この説明をどう受け止めるだろう。納得できる説明だろうか。筆者は到底、納得できない。計算式による労働時間を推計値だと考えた場合、実労働時間と大きく乖離する可能性があるのだ。

2-4. 裁量労働制のデータは「労働時間の状況」

 この一般労働者の9時間37分については、また「2-5」で戻ってくるが、ここではもう1つの、企画業務型裁量労働制の9時間16分について、確認しておきたい。

 これは公表冊子にある。下記の表52だ。確かに合計欄の右端の「平均」の欄に9時間16分の記載がある。しかし、これは比べてよいものだろうか?

画像

(出所)厚生労働省「平成25年度労働時間等総合実態調査結果」表52

 上に見たように、一般労働者の「平均的な者」の労働時間は、

● 9時間37分=法定労働時間(8時間)+1日の法定時間外労働の平均(1時間37分)

として計算されていた。それに対し、企画業務型裁量労働制の労働時間は、

●9時間16分(労働時間の状況)

なのだ。

 そもそも、全然違う。誰でもわかることだ。全く違うものを比べてよいのか? よいはずがない。

 ところで、この表のタイトルにある「労働時間の状況」とは何だろう。

 この公表冊子は、最初の方に用語の説明がある。そこには、こう記載がある(p.11)。

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(出所)厚生労働省「平成25年度労働時間等総合実態調査結果」p.11

 労働基準法第38条の3とは、専門業務型裁量労働制について規定したものであり、同法第38条の4とは、企画業務型裁量労働制について規定したものだ。企画業務型裁量労働制の第38条の4第1項第4号には、こう記されている。

対象業務に従事する第二号に掲げる労働者の範囲に属する労働者の労働時間の状況に応じた当該労働者の健康及び福祉を確保するための措置を当該決議で定めるところにより使用者が講ずること。

 裁量労働制の労働者については、実際の残業時間に応じた割増賃金を支払う必要がなく、「みなし労働時間」に対して賃金が支払われるため、客観的な労働時間を把握することが求められていない。しかし健康確保のためには、労働時間の状況を把握しておくことが必要だ。そのために把握された時間が、この「労働時間の状況」だ。つまりこれは、実労働時間とは異なるものだ。

 この調査結果を第104回労働政策審議会労働条件分科会(2013年10月30日)に紹介した際に、村山労働条件政策課長(当時)は、この「労働時間の状況」について、こう説明している。

●村山労働条件政策課長

特に健康・福祉確保措置の一環として、使用者が対象労働者の労働時間の状況等、勤務状況を把握する手法として、まず労使委員会でもよく話し合っていただきながら、いかなる時間帯、どの程度の時間在社し、労務を提供し得る状態にあったかを、例えば出退勤時刻であるとか、入退室時刻のさまざまな記録であるとか、労使のチェックであるとか、そういったことで努めていただきたいということは申し上げているところであり、そうしたことを使用者の方に行っていただいている中で把握しているところを今回も見ているということで、御理解いただければと考えております。

 出退勤時刻などで把握しているのなら、昼食休憩などは含むのか含まないのか、これではよくわからない。裁量労働制の労働者については、労働時間の配分の決定等に対し、使用者が具体的な指示をしないこととされているので、そもそも実労働時間は把握しようがないのだ。

 先ほどは一般労働者の「平均的な者」の9時間37分が、不適切な計算式によるものであることを述べた。こちらの企画業務型裁量労働制の「平均的な者」の9時間16分も、実労働時間とみなすには問題がある。

 9時間37分も9時間16分も、実労働時間の平均とみなすには問題が大きい。しかも、両者は尋ね方が異なり、そもそも比べられるものではない。

 にもかかわらず、一般労働者の「平均的な者」の9時間37分と企画業務型裁量労働制の「平均的な者」の9時間16分を比べて、後者が前者よりも21分短いことをもって、安倍首相は次のような答弁を行っていたのだ。これがどれだけ問題だらけの答弁か、わかっていただけるだろう。

●安倍首相(衆議院予算委員会、2018年1月29日)(長妻議員の質疑に対する答弁)

厚生労働省の調査によれば、裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均な、平均的な方で比べれば、一般労働者よりも短いというデータもあるということは、御紹介させていただきたいと思います。

2-5. 「平均的な者」とは

 ところでこれまで、「平均的な者」という言葉については説明してこなかった。ここで説明しておきたい。

 一般労働者の「平均的な者」については、公表冊子に定義がある。「調査対象月において最も多くの労働者が属すると思われる時間外労働の層に属する労働者のことをいう」というものだ。分布のグラフの山の部分に相当するものだ。

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(出所)厚生労働省「平成25年度労働時間等総合実態調査結果」p.7

 この「平成25年度労働時間等総合実態調査」は、調査的監督の一環として実施されており、労働基準監督官が、予告なく調査対象事業所を訪問して、みずから聞き取り調査によってデータを収集する方法で行われていた(下記参照)。

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(出所)民進党ニュース:「働き方改革虚偽データ疑惑」野党6党合同ヒアリング第3回を開催(2018年2月16日)厚労省配布資料

 その際に一般労働者、専門業務型裁量労働者、企画業務型裁量労働者については、「平均的な者」と「最長の者」をそれぞれ1名ずつ選んでその者のデータを収集することになっていた。

 そのうちの一般労働者の「平均的な者」の選び方が、上記に示したように、「調査対象月において最も多くの労働者が属すると思われる時間外労働の層に属する労働者のことをいう」というものだったのだ。

 さて、このような定義の「平均的な者」のデータを集めてその平均を取ると、それが一般労働者の平均値だとみることはできるだろうか?

 できない。なぜなら、分布の山の部分(最頻値)と平均値は、ずれるからだ。下記のグラフで考えてみてほしい。

(なお、上記の定義の「時間外労働の層」の「層」とは、どのように区切るか、何も説明はないため、ここでは便宜的に、1時間単位で区切ってみた。また、現実とは異なるが、誰もが8時間以上勤務しているものと想定し、「時間外労働」とは法定時間外労働を指すと想定してみた。)

筆者作成
筆者作成

 A、B、C、それぞれの事業場に勤務する100人ずつの一般労働者の時間外労働が、上のように分布しているとき、「平均的な者」を上記の定義のように取り出せば、いずれも「1時間以下」の層の中から1人ずつを選び出すことになるだろう。そこに分布の山があるからだ。そして、その3名の平均値は、1時間以下の値となる。

 しかし実際にはA事業場やB事業場では、時間外労働が1時間より長い者もかなりの割合で存在するため、もし全員の時間外労働の平均値をとるならば、1時間を超える。上の表の右側の平均値は、各層の中央値より算出したものだが、それによれば全体の時間外労働の平均値は1.6時間だ。

 全員のデータから平均値を算出することができなくても、A事業場、B事業場、C事業場から、それぞれ、例えば5人ずつをランダムに選んでもらい、計15名の時間外労働の平均値を算出するならば、先の定義の「平均的な者」を1人ずつ選んだ場合よりも、より実態に近いデータが得られるだろう。

 つまり、「平均的な者」についてのデータの「平均値」は、普通にイメージする平均値とは異なる。そして、「民主党への提供データ」と「答弁の参考資料」には、「平均的な者」と書かれてある。

 にもかかわらず、「平均的な者」と記された「答弁の参考資料」をもとにしているはずが、安倍首相と加藤大臣は「平均的な者」とは答弁しなかった。実際の答弁はこうだ。あたかも「平均」であるかのように答弁している。

●安倍首相(衆議院予算委員会、2018年1月29日)(長妻議員の質疑に対する答弁)

厚生労働省の調査によれば、裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均な、平均的な方で比べれば、一般労働者よりも短いというデータもあるということは、御紹介させていただきたいと思います。

●加藤大臣(参議院予算委員会、2018年1月31日)(森本真治議員に対する答弁)

ま、どういう認識のもとでですね(笑)、お話しになっているのかということがあるんだと思いますけれども、確かにいろんな資料を見ていると、裁量労働制の方が実際の、一般の働き方に比べて、長いという資料もございますし、他方で平均的な、平均で比べれば、短いという統計もございますので、それは、それぞれのファクトによって、見方は異なってくるんだろうと思います。

●加藤大臣(参議院予算委員会、2018年1月31日)(森本真治議員に対する答弁)

今、議員ご指摘の資料があることも、その通りであります。また、私どもの平成25年度労働時間等総合実態調査、これ、厚生労働省が調べたものでありますけれども、平均的な一般労働者の時間が9時間・・・、これは1日の実労働時間ですが、9時間37分に対して、企画業務型裁量労働制は9時間16分と、こういう数字もあるということを、先ほど申し上げたところでございます

 そして、1月29日の安倍首相のこの答弁の内容を読売新聞の社説と日本経済新聞の記事は、次のように伝えていた。

●読売新聞 2018年1月30日 衆院予算委 政府・自民党は「緩み」を排せ

 立憲民主党の長妻昭代表代行は政府が提出する働き方改革関連法案について、裁量労働制の拡大を批判した。「残業の上限を青天井にする。過労死が増えるのは目に見えている」などと訴えた。

 安倍首相は「裁量労働制で働く人は、一般労働者より労働時間が短いとの調査もある。多様な働き方が求められる」と反論した。

 あらかじめ決められた時間を働いたとみなす裁量労働制は、専門職や企画職らに適用される。全労働者を対象にはできないが、漫然と残業するより、短時間で結果を出せる職種は少なくない。

 バランスの取れた働き方改革へ国会で議論を深めたい。

●日本経済新聞2018年1月30日 働き方法案巡り応酬 国会、本格論戦スタート

立憲民主党の長妻昭代表代行は裁量労働制を取り上げて「労働者の過労死がさらに増える」と訴えた。安倍晋三首相は「裁量労働制で働く人の労働時間は平均で一般の労働者より短いというデータもある」と説明するとともに「多様な働き方を認めていく必要がある。70年ぶりの大改革だ」と改革の意義を強調した。

 安倍首相と加藤大臣は、「うっかり」して、「平均的な者」を「平均」だと勘違いしたのだろうか? また、読売新聞と日本経済新聞は、何も確認せずに安倍首相の答弁を、「平均」の比較だと思って紹介したのだろうか?

 筆者にはそうは思えない。安倍首相も加藤大臣も、平均値で比べた場合に裁量労働制で働く人の方が一般労働者より労働時間が短い、と誤認させる答弁をあえて行ったように見える。そして、読売新聞と日本経済新聞(どちらも裁量労働制の拡大には賛成の立場だ)も、その答弁をあえて記事で紹介したように見える。「答弁でこのデータを紹介するから、翌日の新聞に書くように」と、官邸側と新聞社の間で、あらかじめ作戦があったのでは、とも思える。

 関連してもう1つの事実を紹介しておこう。2月5日の衆議院予算委員会で希望の党の玉木雄一郎議員は、この調査における「平均的な者」の定義を問うた。この比較データ問題についての国会での追及は、ここから始まる。すると、加藤大臣は、その質疑の直前と直後で、言及の仕方をこう変えたのだ(やりとりは、一部を省略してある)。

●加藤大臣(衆議院予算委員会、2018年2月5日)(玉木議員の質疑に対する答弁)

 実態については、今ご指摘がある数字があったり、あるいは、平均的な働く人の時間でみると、一般労働者が9時間37分、企画業務型裁量労働制が9時間16分、こういった調査結果もあるということは、申し上げて、しかし、今おっしゃるような数字もあるということも、もちろん、その通りではあります。

●玉木議員(衆議院予算委員会、2018年2月5日)

 で、ちょっと今、聞き取りづらかったんですが、私は、裁量労働制の方が(労働)時間が増えるというですね、これは労働政策研究・研修機構の数字を上げましたが、今、加藤大臣がおっしゃった、「平均的な人? 者(もの)?」を比べたらですね、裁量労働制の方が少ないということなんですが、それは何のデータですか?

●加藤大臣(衆議院予算委員会、2018年2月5日)(玉木議員の質疑に対する答弁)

 厚生労働省が実施いたしました平成25年度の労働時間等総合実態調査の結果であります。

●玉木議員(衆議院予算委員会、2018年2月5日)

 私もこれ、確認してみました。平成25年度労働時間等総合実態調査の中にですね、実は今、加藤大臣が言及された「平均的な者(もの)」って、これ、普通、平均だからすべての労働者の、例えば裁量労働制のもとで働いている労働者の平均値かなと思ったんです。調べたらですね、「平均的な者(もの)」と、わざわざ定義してあるんです。定義してあって、なんて書いてあるかというと、「調査対象月において最も多くの労働者が属すると思われる時間外労働時間数の層に属する労働者のこと」。なんだかよくわかんないんです。で、これ、伺いますが、「平均的な者(もの)」の労働時間というのは、裁量労働制で働いている人の平均労働時間と同じなんですか、違うんですか?

●加藤大臣(衆議院予算委員会、2018年2月5日)(玉木議員の質疑に対する答弁)

 すいません、今、ちょっと手元に、そこまで細かい、おっしゃった調査の結果がないので、正確にはちょっと申し上げられませんが、手元の資料を見ると、「平均的な者(しゃ)」、先ほども「平均的な者(しゃ)」と申し上げましたけれど、その数値ということであります。

 「先ほども『平均的な者(しゃ)』と申し上げましたけれど」と加藤大臣は答弁しているが、実際には「先ほど」は、「平均的な働く人」だ。

にもかかわらず、玉木議員に「平均的な者」の定義を紹介されると、

「平均的な者(しゃ)」、先ほども「平均的な者(しゃ)」と申し上げましたけれど

と答弁する。

 とても怪しいと思わないだろうか。筆者は、とても怪しいと思う。

 連載第1回では安倍首相が、あたふたとした様子を見せながら、比較データについて

私や私のスタッフから指示を行ったことはありません

と答弁した様子を紹介した(衆議院予算委員会、2月20日)(長妻議員に対する答弁)。

 加藤大臣はそのようにあたふたとした様子は見せない。平然と「先ほども「平均的な者(しゃ)」と申し上げましたけれど」と、「過去の事実の書き換え」を試みる。うっかりしていると、「過去の事実の書き換え」を加藤大臣がしたことに、聞いている者は気づかない。とても悪質なやり方だと、筆者は考える。

 この「平均的な者」の定義については、「不適切な比較」を行っていたことを2月19日に厚生労働省と加藤大臣が認めたところで、改めて問題になる。その点は連載の第5回でふれる。

連載第1回

連載第3回

連載第4回