裁量労働制のねつ造された比較データ、バレないための隠蔽プロセスを検証(第1回)(全5回)

(ペイレスイメージズ/アフロ)

<概要>

裁量労働制のほうが一般の労働者より労働時間が短いという安倍首相の答弁で用いられた不適切な比較データ。「ねつ造」ではないとされているが、政府と厚労省の説明には不自然な点が多数。5回連載で改めて検証する。

<全5回の連載目次> 第2回 ※第3回 ※第4回

筆者作成
筆者作成

はじめに

 働き方改革関連法案は大型連休直前の4月27日(金)に審議入りし、連休中の5月2日(水)に衆議院厚生労働委員会で7時間の質疑が行われた。いずれも、日本維新の会を除く野党6党が欠席する異常事態の中で、強行されたものである。この次は9日(水)の衆議院厚生労働委員会で審議が行われるかが、当面の焦点である。

 労働基準法の労働時間規制のほとんどを適用除外する(労働者を労働法の保護の外に追いやる)高度プロフェッショナル制度の創設を含んだまま、短時間の審議で法案の強行採決がねらわれているという噂もあり、今後の情勢は予断を許さない。

 この情勢の中で本稿では改めて、5回の連載で、裁量労働制の比較データ問題を取り上げたい。なぜなら、比較データの「ねつ造」問題は、答弁の撤回や法案からの裁量労働制の拡大の削除でなんとなく収束したような体裁が取られているが、実のところは何も究明されておらず、誰も責任を取っていないからだ。安倍首相や加藤大臣が問題を直視せずに問題に無理やり蓋をしている、そのような状態のままで、働き方改革関連法案の審議を行うことは、まともな国会審議にはならず、危険すぎるからだ。

 本稿は上記の目次のうち、連載1回目にあたる。答弁された比較データの内容を確認し、比較データ問題は収束していないことを示し、安倍首相も加藤大臣も逃げの姿勢であることを示したい。その上で、筆者がこれを「ねつ造」と考える理由を述べ、連載2回目以降の構成と概略を示したい。

 2回目以降は、「ねつ造」を検証するパートとなるため、論述が長く緻密なものとなる。そのため、この第1回では、一般の読者にも比較データを検証することの重要性をわかっていただけるように、心がけて述べていきたい。

 皆さんにはこの連載を通して、この比較データは「ねつ造」と言えるのか、どうやったらそう言えるのか、謎解きのつもりで一緒に考えていただきたい。筆者には、この問題は、モリ・カケ疑惑などと同じように、「いかにそれまでの国会答弁と矛盾なく、問題をごまかすか」と政府と厚生労働省が苦心している問題に思えてならないのだ。

 なお、筆者はこの裁量労働制の比較データ問題について、これまでこの「Yahoo! ニュース 個人」の場で、次の7本の記事を公開してきた。今回の全5回連載は、これらを踏まえた比較データ問題に対する集大成の論考となる。以下で「1本目の記事」等と言及する場合は、これらの記事を指す。

(1)なぜ首相は裁量労働制の労働者の方が一般の労働者より労働時間が短い「かのような」データに言及したのか(上西充子)- Y!ニュース(2018年2月3日)

(2)裁量労働制の労働者の方が一般の労働者より労働時間が短い「かのような」答弁のデータをめぐって(続編)(上西充子)- Y!ニュース(2018年2月6日)

(3)裁量労働制の労働者の方が一般の労働者より労働時間が短い「かのような」答弁のデータの問題性(その3)(上西充子)- Y!ニュース(2018年2月10日)

(4)裁量労働制の方が労働時間は短いかのような安倍首相の答弁。撤回は不可避だが、事務方への責任転嫁は間違い(上西充子)- Y!ニュース(2018年2月10日)

(5)裁量労働制の方が労働時間は短いかのような安倍首相の答弁は何が問題なのか(予算委員会に向けた論点整理)(上西充子)- Y!ニュース(2018年2月12日)

(6)データ比較問題からみた政策決定プロセスのゆがみ:裁量労働制の拡大は撤回を(公述人意見陳述)(上西充子)- Y!ニュース(2018年2月21日)

(7)裁量労働制の比較データ問題。調査した職員とは別の担当者が問題を認識せずに比べたとの説明は、ありえない(上西充子)- Y!ニュース(2018年3月29日)

1. 裁量労働制の比較データ「ねつ造疑惑」検証の必要性

1-1. 答弁された比較データとは

 ここで比較データと呼んでいるのは、安倍首相が1月29日の衆議院予算委員会で、次のように答弁したものである。立憲民主党の長妻昭議員の質疑に対するものだ。長妻議員はこの答弁の前に、裁量労働制で過労死に追い込まれた事例を複数挙げ、裁量労働制の対象範囲を拡大すれば、過労死がさらに増えるという「全国過労死を考える家族の会」の代表の声を紹介していた。

安倍首相(衆議院予算委員会、2018年1月29日)(長妻議員の質疑に対する答弁)

厚生労働省の調査によれば、裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均な、平均的な方で比べれば、一般労働者よりも短いというデータもあるということは、御紹介させていただきたいと思います。

 1月31日には加藤厚生労働大臣が参議院予算委員会で、同じデータにこう言及していた。民進党の森本真治議員の質疑に対するものだ。森本議員もまた、裁量労働制の拡大により、長時間労働が助長されるのではないかという問題を取り上げ、日本労働弁護団や全国過労死を考える家族の会の皆さんにそのような懸念があることを紹介し、これらの皆さんの認識は「誤り」なのか、と問うた。それに対する加藤大臣の答弁が、こういうものだったのだ。

加藤大臣(参議院予算委員会、2018年1月31日、森本真治議員に対する答弁)

ま、どういう認識のもとでですね(笑)、お話しになっているのかということがあるんだと思いますけれども、確かにいろんな資料を見ていると、裁量労働制の方が実際の、一般の働き方に比べて、長いという資料もございますし、他方で平均的な、平均で比べれば、短いという統計もございますので、それは、それぞれのファクトによって、見方は異なってくるんだろうと思います

加藤大臣(参議院予算委員会、2018年1月31日、森本真治議員に対する答弁)

今、議員ご指摘の資料があることも、その通りであります。また、私どもの平成25年度労働時間等総合実態調査、これ、厚生労働省が調べたものでありますけれども、平均的な一般労働者の時間が9時間・・・、これは1日の実労働時間ですが、9時間37分に対して、企画業務型裁量労働制は9時間16分と、こういう数字もあるということを、先ほど申し上げたところでございます

 これらの答弁は、下記の「答弁の参考資料」に基づき行われたと、厚生労働省から説明されている。

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(出所)厚生労働省から長妻議員に、経緯説明のために示されたもの

1-2. 比較データは、野党の主張への反証として示されていた

 安倍首相の答弁と加藤大臣の答弁は、どちらも文脈を見れば、裁量労働制では長時間労働が助長されて過労死が増える、という野党議員の指摘に対して、反証のように比較データが示されたものであった。

 その比較データが、故意によるものであるかそうでないかは別として、不適切なものだったと認められるに至ったのだ(2月19日衆議院予算委員会における高井崇志議員に対する加藤大臣答弁)。

 これは、政府が国会で間違った認識を示していた、という問題であり、現状認識という点でも、また、国会の質疑を間違った方向に誘導することになったという点でも、大きな問題だ。したがって、不適切だったと認めるだけでなく、なぜそのような不適切な内容が答弁されたのか、その検証は不可欠だ。

しかし、2月20日の衆議院予算委員会では、安倍首相は、長妻議員の質疑に対し、

私の答弁においては、一般労働者よりも短いというデータ「も」あるというふうにお答えをさせていただいているわけでありまして、そういうお答えをさせていただいて、それ以外のデータを否定する答弁にはなっていないわけでありまして、事実、私の答弁の元々の資料もそういう答弁になっていたところでございまして、この答弁を私は行った、こういうことでございます。

と、「も」を強調して答弁し、必ずしもそれだけが政府の認識ではなかったかのように装っている。

 しかし上にみた加藤大臣の答弁では、裁量労働制が拡大すると長時間労働が助長され過労死が増えるという懸念を示した森本議員に対し、

ま、どういう認識のもとでですね(笑)、お話しになっているのかということがあるんだと思いますけれども

と、笑いを含んで応じ、さらに、

それは、それぞれのファクトによって、見方は異なってくるんだろうと思います。

と、あたかも、野党側の認識は偏っているかのように答弁している。その上で、

私どもの平成25年度労働時間等総合実態調査、これ、厚生労働省が調べたものでありますけれども

と、こちらには厚生労働省のちゃんとした調査結果があり、それは野党の認識とは違う結果を示しているのだ、と言わんばかりに、比較データが紹介されていたのであり、こういう調査「も」あるという位置づけで政府側が言及していたわけではない。

 また、裁量労働制の方が労働時間が長くなっているという、労働政策研究・研修機構の調査結果を野党はそれまでにも示してきたが(下記)、政府はその結果にみずから言及することはなく、またこの結果を紹介する野党の指摘を受け止めることなく、自分たちが提示した比較データを、むしろこの調査結果を打ち消すための反証のように用いてきたのだった。この調査は、厚生労働省が要請した調査であったにもかかわらず、である。

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(出所)労働政策研究・研修機構「裁量労働制等の労働時間制度に関する調査結果 労働者調査結果」(JILPT 調査シリーズ No.125)2014年5月、p.22

 したがって、この比較データが作成され、答弁に使われた意図の検証は、重要なのだ。

1-3. 比較データは、2015年から答弁に用いられてきた

 また、実はこの比較データは、今国会で初めて示されたものではなく、2015年と2017年の国会答弁でも用いられていた。2015年は民主党(当時)の山井和則議員に対して、2017年は民主党(当時)の長妻昭議員に対して、塩崎厚生労働大臣(当時)が言及したものだ。安倍首相がこの比較データに言及したのは、国会答弁の中では、3回目の言及にあたるのだ。

 2015年と2017年の国会答弁での言及は次の通りだ。どちらも、今国会での安倍首相と加藤大臣の答弁と同じように、裁量労働制の拡大によって長時間労働が助長され過労死が増えるという指摘に対して言及されたものである。

塩崎大臣(衆議院厚生労働委員会、2015年7月31日、山井和則議員に対して)

 平均時間でいきますと、専門業務型の裁量労働制だと9時間20分、企画業務型の裁量労働制だと9時間16分、むしろちょっと専門業務型よりも少ない。一般労働者でいきますと9時間37分ということで、若干、むしろ一般労働者のほうが平均でいくと長い。

塩崎大臣(衆議院予算委員会、2017年2月17日、長妻昭議員に対して)

 厚生労働省自身の調査によりますと、裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均的な方で比べますと一般労働者よりも短いというデータもございまして、例えば一般の平均的な方が9時間37分働いていらっしゃいますが、企画業務型の裁量労働制の方は9時間16分ということで、約20分短いというデータもございます。ただ、最長の方というのを見ると、裁量労働制の方が少し長いというものもございます。

 ここでも、「むしろ」「厚生労働省自身の調査によりますと」と、野党の指摘に対して反証のように、比較データが言及されていることが確認できる。

1-4. 比較データは、初めに厚生労働省から民主党に示されていた

 さらにさかのぼり、この比較データが最初に厚生労働省から外部に出たのは、2015年3月26日に民主党の厚生労働部門会議に対して厚生労働省が示したのが最初だと説明されている。その時の資料は下記の通りだ。以下ではこれを、「民主党への提供データ」と呼ぶ。

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(出所)民進党ホームページ 「働き方改革虚偽データ疑惑」野党合同ヒアリング(2018年2月15日)配布資料

 この中の、赤枠や青枠で強調されているところではない、「平均」の欄の9時間16分と9時間37分が、安倍首相と加藤大臣の答弁で用いられた比較データだ。この資料をもとに上述の「答弁の参考資料」が作成されたという。

 「民主党への提供データ」と「答弁の参考資料」、これらの資料の提示の仕方がいかに不誠実なものであったかは、第2回と第3回の連載記事で詳細に検証していきたい。ここでは資料の提示にとどめる。

 ただし、民主党にこの比較データを示したタイミングは、裁量労働制の拡大と高度プロフェッショナル制度の創設を含む労働基準法改正案、いわゆる「残業代ゼロ法案」の閣議決定(2015年4月3日)の直前(3月26日)であったことは指摘しておきたい(後掲の年表参照)。筆者はこれを、国会質疑に向けた、野党議員への一定の認識の「刷り込み」と考えている。

1-5. 比較データ問題は収束していない

 この比較データに関しては、下記の年表にも示したように、答弁が撤回され(2月14日)、比較が不適切であったことが認められ(2月19日)、裁量労働制の拡大が法案から削除され(2月28日)、さらには裁量労働制に関するデータそのものも撤回された(3月23日)ため、きれいに問題は解消した、と思われているかもしれない。

 しかし、この比較データは「ねつ造」ではないのか、という点については、実は、何も真相究明が行われていないのだ。

筆者作成
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1-6. 安倍首相は、逃げの姿勢

 比較データが不適切だったと2月19日に加藤大臣が認めた、その翌日の2月20日に、安倍首相は長妻議員の質疑に対し、逃げの姿勢に終始した。本来であれば、間違ったデータによって間違った答弁をしてしまったのなら、みずから真相究明を加藤大臣に指示してもおかしくないのだが、全くそのような姿勢は見せなかった。

 1月29日の比較データの答弁は虚偽だった、事実と異なる、ということでよいですね、と長妻議員に改めて念を押されたのに対し、安倍首相は、

いわば撤回をいたしましたのは、データを撤回するというふうに申し上げたのではなくて、引き続き精査が必要と厚労省から報告があったため、精査が必要なデータに基づいて行った答弁について撤回し、おわびをしたところでございます。

と、なおも非を認めない姿勢を示し、

この問題について詳細に事実をすべて把握しているのは、これは厚労大臣であります。私の場合は、この予算について、森羅万象すべてのことについて、私はお答えをしなければならない立場ではありますが、すべてのことについては、しかし、それはすべて私が詳細を把握をしているわけではありません。

と逃げの姿勢を示している。そして、

私がお答えをさせていただいたのは、まさに厚生労働省の調査によれば、裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均的な方で比べれば一般労働者よりも短いというデータもあるという旨の答弁が、これは厚労省から上がってくるわけでありまして、そして、それを私が参考にして答弁をさせていただいた、こういうことでありまして、これ以上のものではない、こういうことでございます。

と、「答弁書を読んだだけだ」、との認識を示している。

 その上で、わざわざ、2015年3月の民主党への提供データについても、今年1月29日の答弁についても、みずからの指示はなかったと、次のように答弁しているのだ。

安倍首相(衆議院予算委員会、2018年2月20日、長妻議員の質疑に対して)

 当時の民主党の部門会議に提出する資料の作成についてでございますが、そのときについてどうだったかという経緯を、いわば官邸内でもう一度よく調べたわけでございます。その結果、私や私のスタッフから指示を行ったことはありません

 さらに、1月29日の答弁にあたっても、私が先ほど答弁したことですからね、私や私のスタッフから指示を行ったこともないわけであります。厚労省の所管に関する事項については、本来、厚労省において責任をもって資料を作成すべきものでありまして、これは当然のことであろうと思うわけであります。

 このときの安倍首相の様子は、衆議院インターネット審議中継で見ていただくとわかるが、落ち着いた様子ではなく、あたふたとした様子に見える。みずからの関与を必死に否定しているように見える。

 みずからの関与はなく、間違った答弁書を読まされたのであれば、落ち着いて、真相究明の必要性を示せばよいものを、なぜあたふたとみずからの関与を否定するのか。「疑わしい」と、読者も思うだろう。筆者もそう思う。

1-7. 加藤大臣も、真相究明を拒否

 続く2月26日の衆議院予算委員会において、長妻議員はこの比較データについて、加藤大臣に真相究明を求めている。しかし、長妻議員が

私はねつ造の疑いがあると思うんです。

と語り、

どういう意図でそれがつくられたのか、誰の指示なのか、部下が勝手にやるわけはありません。それは調べていただけますか、第三者の客観的な目で。

と求めたのに対し、加藤大臣は、

その第三者の客観的な目というのは、ちょっとご趣旨がよくわからないんですけれども

と、全く問題に向き合わない態度を示した。さらに、

私どもの方において承知しているのは、今申し上げた、課内において、そうしたことで、どういう態様のものをつくればいいのかということについて方針を確認し、そしてそれに必要なものをそれぞれの課内の人間が出してきたということでございますので、それ以上でもありませんから、それ以上何を調査すればいいのかということでもございます。

と開き直った。

 長妻議員が

調査しないんですか。なぜこれが作られたのか、どういう意図なのか。調査する必要がないといって、今の答弁、これは大臣、まずいと思いますよ。

と食い下がっても、加藤大臣は

ですから、今、申し上げたような形で、ものが作成されたというふうに、私が当時の担当者に確認をさせていただいているということでございますので、私もそれを聞いて、特段不自然なところもないなと思いますので、今、ご指摘のような、その第三者の目というご指摘の部分がよくわかりませんけれどもそうした調査は必ずしも必要ではない、こう認識をしております

と、問題に向き合わない姿勢を、改めて示している。

 しかし、次回以降に詳細に検証するが、この比較データはうっかり作成できるようなものではないし、野党はこの比較データの問題をそれまでも詳しく追及していた。

 にもかかわらず、「特段不自然なところもないなと思います」という認識を示す。それは、問題に蓋をしようとしているとしか思えない。

1-8. 比較データをねつ造と考える理由

 筆者はこの比較データを「ねつ造」と考えている。理由は大きく2つある。

 第1に、この比較データは、うっかり作成できるようなものではないからだ。公表冊子(平成25年度労働時間等総合実態調査結果)から作れるものではないし、公表冊子をみただけでも、比較してはいけないものを比較したものであることは誰の目にもわかる。

 筆者はそのことを下記の記事に記した。

裁量労働制の比較データ問題。調査した職員とは別の担当者が問題を認識せずに比べたとの説明は、ありえない(上西充子)- Y!ニュース(2018年3月29日)

 また、4月26日の毎日新聞夕刊「特集ワイド」でもインタビュー記事でその点につき、取り上げていただいた。

特集ワイド:厚労省「不適切データ」問題が示すもの 「ご都合主義」の政府対応- 毎日新聞(2018年4月26日夕刊)

 本稿では、第2回と第3回の記事で、このことを詳しく検証する。

 第2に、2015年の比較データは「意図的に数字を作ったものではない」ものであり、その後、原典を確認しないまま答弁の参考資料として引き継いでいた、というのが厚生労働省の公式の説明だが、もしうっかり作成していたのなら、気づいた段階で迅速に対応がとられたはずだが、実際はそうではなかったからだ。その後の説明にも不自然な点が多い。先の答弁に見たように、安倍首相も加藤大臣も、逃げの姿勢しか示していない。厚生労働省の対応も防戦の姿勢が強い。

 したがって筆者は、この比較データは2015年当時に野党対策・国会対策として、意図をもって「ねつ造」されたものであり、今国会でも政府と厚生労働省は、野党に指摘されるまでもなく、もともと、この比較データがねつ造されたものであることを知っていたと考えている。

1-9. 連載の構成と概要

 比較データはねつ造であった、そのことを本稿では次回以降、順を追って、裏付けを持って示していきたい。とても長い記事になるが、国会の正常化のためには大事なことなので、お付き合いいただければ幸いである。

 次回の第2回は、比較データがどのように作成されたものか、これまでに明らかになったことを整理する。特に、一般労働者の「平均的な者」の1日の労働時間として示された9時間37分というデータは、公表冊子には載っておらず、1日の法定時間外労働の平均と法定労働時間の8時間を足し合わせたものであり、その計算式は不適切であることを示す。また、当初は集計表と計算式しか示されておらず、調査票が伏せられていたが、2月19日に調査票が一部開示されたことによって、その1日とはただの1日ではなく「最長」の1日のデータであったことを示す。

 一般労働者については「最長」の1日の時間を選び、企画業務型裁量労働制の労働者についてはふつうの1日の時間を選び、その両者を比べたのであれば、比べられないものを比べたことは誰の目にも明らかだ。しかし、「最長」の1日のデータであったことを2月19日に認めて以降も、政府は、比較の不適切さの問題はそこにはないかのように、必死で論点をそらそうとした。そのことは、連載の第4回で見る。

 連載の第3回では、比較データの作成経緯を第2回でおさえたうえで、ではそのように作成された比較データを、ここにも示した「民主党への提供データ」のような形で示すことが、適切であったかを検討する。比較データの作成経緯を知れば、この「民主党への提供データ」に、いかに隠蔽とごまかしが潜んでいたかは、明らかなのだ。

 連載の第4回では、前述したように「最長」の1日を選んでいたという問題に向き合わないことを含め、今国会における野党の追及に対し、加藤大臣と厚生労働省がいかに不誠実な対応を続けてきたかを検証する。

 今国会で比較データに関する野党の追及が始まったのは2月5日、希望の党の玉木雄一郎代表の質疑が最初だったが、実は前掲の年表に示したように、安倍首相の答弁の翌日の1月30日には既に、希望の党の山井和則議員が厚生労働省の担当者からレクを受けており、疑問を抱き始めていた。

 その後の経緯は、厚生労働省が野党の疑問に対する説明を拒み続け、いかに問題をごまかすか、いかに問題を引き延ばすかに苦心し、そしてそれが不可能となると、いかに問題を矮小化し、いかに安倍首相や加藤大臣の責任を問われないようにするかいかに過去の作成経緯に疑問を抱かせないようにするか、に苦心したものとみることができる。

 もし、うっかり過去の答弁資料を引き継いでいたという説明が事実なら、そのような経緯はたどらないはずだ。そのことを検証していきたい。

 最後に連載の第5回では、それまでの内容のまとめを行い、この比較データの問題のほかにも、働き方改革をめぐっては、野村不動産への特別指導と、その背後にあった過労死をめぐる問題や、高度プロフェッショナル制度の「ニーズ」をひねり出すためにアンケートで意図的に不適切な項目で尋ねた問題など、経緯や意図が明らかになっていない重要な問題があることを指摘したい。

野村不動産における裁量労働制の違法適用に対する特別指導―隠されていた労災認定と、特別指導の不透明さ(上西充子)- Y!ニュース(2018年3月22日)

「導入ありき」で意図的にゆがめられた設問により、高プロへのニーズが主張されていたことが判明(上西充子)- Y!ニュース(2018年4月22日)

 それらの、法案審議に入る前に明らかにされるべき問題が、何も明らかにされず、加藤大臣の論点そらしや不誠実さに満ちた答弁によって、質疑が膠着しつづけている。

 さらには、高度プロフェッショナル制度には「異次元の危険性」があることを日本共産党の小池晃議員が指摘するも、その問題にも担当大臣として適切な答弁を行わずに、逃げの答弁を行っている。

「異次元の危険性」がある高度プロフェッショナル制度を法案から削除し、働き方改革の真摯な議論を(上西充子)- Y!ニュース(2018年4月25日)

 そのような状況では、法改正の質疑を開始することはできないことを述べる。

連載第2回(当初予定の第2回の前半部分)

連載第3回(当初予定の第2回の後半部分)

連載第4回(当初予定の第3回の前半部分)