「導入ありき」で意図的にゆがめられた設問により、高プロへのニーズが主張されていたことが判明

裁量労働制の適用労働者に対するJILPTの調査(調査シリーズNo.125)より

<要旨>

●4月17日の東京新聞「こちら特報部」が、働き方改革関連法案に含まれる大胆な規制緩和策である高度プロフェッショナル制度(高プロ)の審議過程に、大きな問題があったことを指摘した。

●2014年の労働政策審議会に提示されたアンケート調査結果は、「新たな労働時間制度」(高プロ)へのニーズがあることを示すものとして事務局から提示されたが、「今のままでよい」「変えたほうがよい」の二択という不自然なものだった。

●「変えたほうがよい」の割合が規制緩和を支持しているものと見ることはできない。二択という尋ね方そのものが、高プロの「導入ありき」の審議に沿ったアンケート調査結果を出せるように、意図的にゆがめられたものだったと考えられる。

●裁量労働制は労働政策審議会に提示したデータに問題があったことによって法案からの撤回に至ったが、高プロも審議過程に問題があったことが明らかになった。

●「ニーズに応える」としたその「ニーズ」が根拠のないものであり、審議過程がゆがんだものであったことが明らかになった以上、高プロも法案から削除すべきだ。

東京新聞の重要な指摘

 4月17日の東京新聞「こちら特報部」が、重要な問題を指摘した。いま国会に提出されている働き方改革関連法案に含まれる高度プロフェッショナル制度(以下、「高プロ」)の創設に関し、労働政策審議会に提出された調査結果が、そもそも設問の尋ね方の段階から問題があったことを指摘したものだ。

「残業代ゼロ」も導入ありき? 厚労省調査で裁量労働維持7割(東京新聞「こちら特報部」2018年4月17日) (橋本誠、石井紀代美)

 この記事で問題があったと指摘された設問は、裁量労働制のもとで働く労働者に尋ねたアンケート調査の設問で、次の通りだ。

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出所:労働政策研究・研修機構「裁量労働制等の労働時間制度に関する調査結果 労働者調査結果」(調査シリーズNo.125)<付属資料>p.279

試しに、次の質問に回答を

 上の設問の問題点はあとで詳しく解説するが、何が問題であるかを直観的に理解するために、あなたが高校1年生に戻ったつもりで、次の質問に答えてみてほしい。

筆者作成
筆者作成

 「いやいや、そうじゃなくて・・・」と思うだろう。これだと、お小遣いを増額してほしいとあなたが思っていても、答えようがない。「変えたほうがよい」に〇をすると、どこまでお小遣いを削ってもよいかという問いに誘導されてしまうのだから。

 本来であれば、この設問は、次のような三択にすべきだろう(「その他」を加えて四択でもよい)。これなら、「2 増やしてほしい」に〇をつけられる。

筆者作成
筆者作成

 なのに、「今のままでよい」と「変えたほうがよい」の二択しかないなら、どうすればよいだろう。いろいろなやり方はある。けれど、どのやり方をとっても、お小遣いを増やしてほしいというあなたの意見は、正しく反映されない可能性が高い。

●Q1に、そもそも回答しない

●Q1では「変えたほうがよい」に〇をして、Q1付問には回答しない

●Q1では「変えたほうがよい」に〇をして、Q1付問では「7 その他」を選び、「お小遣いは増額!」と書き込む

●Q1で「変えたほうがよい」に〇をすると、「減らしてもいいのね」と解釈されてしまいそうなので、やむなく「今のままでよい」に〇をする

 つまり、「今のままでよい」と「変えたほうがよい」の二択で、「変えたほうがよい」には減額の提案だけが並んでいる、というこの設問そのものが、お小遣いを減額するための誘導的なアンケートなのだ。仮にここで「変えたほうがよい」が20%という結果が出て、その結果をもとに次のように主張されたら、「いい加減にしろよ!」と思うだろう。

高校1年生2,000人にアンケートをしたところ、お小遣いを「変えたほうがよい」という回答が20%でした。それほどお小遣いを必要としていない高校生が、一定の割合でいるようです。

 このような、「結論ありき」の問題だらけの尋ね方が、高プロを導入したいために、労働者向けのアンケートに仕込まれており、その結果が、高プロ導入を求める「一定のニーズ」を示すものであるかのように労働政策審議会で紹介されていた、というのが、この東京新聞の記事が明らかにした問題だ。

何の調査か

 この高プロの「導入ありき」の設問が仕込まれていたのは、厚生労働省のもとにある独立行政法人である労働政策研究・研修機構(JILPT)が、厚生労働省の要請に基づいて2013年に行った裁量労働制に関するアンケート調査で、「裁量労働制等の労働時間制度に関する調査結果 労働者調査結果」(調査シリーズNo.125)としてその結果が公表されている(以下、「JILPT調査」と略記)。<付属資料>として調査票も公開されており、その中の自由記述の前の最後の設問が、問題のQ31だ。

 このJILPT調査についてはいろいろ語りたいことがあるが、話が脱線すると長くなるので、要約して次の点だけをあらかじめ指摘しておく(カッコ内は、読み飛ばしていただいても構わない)。要は、今でも非常に重要な意味を持つ調査だ。

(1)このJILPT調査では、裁量労働制のもとで働く労働者の1か月の実労働時間をとらえており、通常の労働時間のもとで働く労働者よりも長時間労働の傾向が表れている。野党は国会でこの調査結果を、裁量労働制が長時間労働を助長するとの根拠に用いてきた。それに対して安倍首相と加藤厚労大臣は「厚生労働省の調査によれば」と別のデータで反論したが、それがねつ造された比較データであり、その問題が国会で紛糾したため、安倍首相は、働き方改革関連法案から、裁量労働制の拡大を削除するに至った(※1)。

(2)このJILPT調査は、厚生労働省の要請のもとに裁量労働制のもとで働く労働者に詳細なアンケート調査を行ったものであり、企画業務型裁量労働制の見直し(要は、拡大)に向けた2013年9年から2015年3月にかけての労働政策審議会労働条件分科会の審議に、重要な実態調査結果として紹介されるべきものだった。しかし、企画業務型裁量労働制の拡大という「結論ありき」の方針に抵触しない結果だけが労働政策審議会には提供され、上記(1)の実労働時間のデータを含め、調査結果全体は労働政策審議会に提供されなかった。冊子が提供できる状態になっても、配布されなかった。かわりに、上記(1)のねつ造比較データのもととなった「平成25年度労働時間等総合実態調査」が、議論の出発点としての実態調査として、労働政策審議会で位置付けられて提供されていた(※2)。

(3)このJILPT調査の自由記述結果は公表冊子に収録されていなかったが、立憲民主党の長妻昭議員の求めにより、2018年4月16日に労働政策研究・研修機構のホームページに公開された。このJILPT調査では、企画業務型裁量労働制で働く労働者の8割が「満足」「やや満足」という結果が示されており(Q29)、それを安倍首相は裁量労働制の拡大を正当化する論拠として積極的に国会答弁で言及した。しかし「満足」や「やや満足」と回答した者であっても、自由記述には懸念の声が見られ、また「やや不満」「不満」と回答した者の自由記述には、「単に会社が残業代を支払わなくても良い言い訳の為と感じている」など、強い不満が多数、記されていた(※3)。

 以下ではこのJILPT調査のQ31の「二択」を迫る設問の問題点をみていくが、調査票を見ていただくと、他の設問のほとんどはまともであることがわかる。例えばQ30では現在の裁量労働制の対象業務の範囲についての意見を尋ねているが、「狭い」「現行制度でよい」「広い」「範囲が不明確」の四択になっている。「現行制度でよい」「変えたほうがよい」の二択で尋ねるようなおかしなことはしていない。

 Q31が「今のままでよい」「変えたほうがよい」の二択というおかしな尋ね方をしているのは、おそらくは、JILPTの研究員がみずから作成した設問ではなく、厚生労働省が「これも聞いてくれ」と持ち込んだ設問だったためだろう。

二択の結果は

 現在の裁量労働制について、「今のままでよい」と「変えたほうがよい」という二択のおかしな形式で尋ねた結果は、企画業務型裁量労働制の労働者については、下記の通りだった(※4)。

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出所:第115回労働政策審議会労働条件分科会(2014年9月10日)

資料No.2「参考資料(新たな労働時間制度関係)」p.7

 「変えたほうがよい」と回答した21.1%の人たちは、おそらくは様々な意見があっただろう。この調査では裁量労働制についての意見・要望を自由記述の形で聞いており、その結果が最近になって公開されたが、その自由記述に示されているように、「規制は緩和すべき(企画)」「適用対象者の拡大を希望(企画)」といった規制緩和の方向の意見もあれば、「裁量労働制でも業務内容に応じて残業代等の時間外手当は出すべき(企画)」「仕事量と賃金、対価を見合う様にして欲しい(企画)」「対象が広すぎる(専門)」「強制ではなく希望者のみ適用してください(専門)」「廃止希望(専門)」といった規制強化の方向の意見もある(「企画」は企画業務型、「専門」は専門業務型の裁量労働制の適用労働者からの自由記述)。

 にもかかわらず、規制緩和すべきという意見と規制強化すべきという意見の、全く逆の方向の意見に対して、「変えたほうがよい」という1つの選択肢しか用意されていないのだ。これでは「変えたほうがよい」の21.1%の人たちが本当はどういう思いで「変えたほうがよい」に回答したのか、全くわからない。尋ね方が根本的に間違っている。

「変えたほうがよい」のならばと、規制緩和に誘導

 そして、「変えたほうがよい」と回答した者は、付問に回答するように求められているが、そこには規制緩和の方向の選択肢だけが並んでいる。これでは、規制強化すべきという意見の者は、答えようがない。「その他」が11.6%と高い割合を示し、「不明」(無回答)も5.8%に及んでいるという結果には、「この付問の選択肢では自分が選べるものはない」という回答者の戸惑いが表れているように思われる。

 さらに、この付問の選択肢は、どれも、とてもわかりにくいものだ。「みなし労働時間で深夜に関する規制を適用除外してもよい」という選択肢が何を意味するか、ふつうの労働者にわかるだろうか? これはおそらく、「裁量労働制でも支払うことが求められている深夜割増について、支払われなくてもよい」という意味だと思われるのだが、そんなことはわからないだろう。

 さらに、高い割合を示したものとして注目されている次の2つの選択肢を見てみよう。この資料では選択肢の詳細な記述が一部省略されているが、実際の選択肢ではこうだ。

現在のみなし労働時間制に代えて、完全週休2日制や年次有給休暇の完全取得などにより一定日数の休日・休暇が確保されるならば、みなし労働時間ではなく労働時間に関する規制を適用除外してもよい(回答は30.5%)

現在のみなし労働時間制に代えて、一定以上の高い水準の年収が確保されるならば、労働時間に関する規制を適用除外してもよい(回答は36.7%)

 この選択肢に〇をつけた人は、何を尋ねられていたのか、わかっていただろうか? 「一定日数の休日・休暇が確保される」や「一定以上の高い水準の年収が確保される」という言葉に惹かれて〇をつけてしまった可能性はないだろうか?

 実際には、重要なのは、休日・休暇の確保や高い水準の年収の確保ではなく、「労働時間に関する規制を適用除外してもよい」という部分だ。しかし、東京新聞の記事で日本労働弁護団の棗一郎幹事長がコメントしているように、この言葉の意味を理解して回答していた人がどれだけいたかは、疑問だ。

 いまの私たちは「労働時間に関する規制を適用除外してもよい」という言葉の意味するところを分かっている。「労働時間に関する規制を適用除外してもよい」とは、つまり、今、国会に提出されている働き方改革関連法案に含まれている、高度プロフェッショナル制度(高プロ)のことだ。労働基準法の労働時間や休憩、休日に関する規定を一切、高プロの労働者を働かせるうえでは守らなくてもよい、というものだ。残業代を払わずに長時間働かせることができ、休憩を取らせず24時間連続勤務させることも可能とする働かせ方を、導入しようとするものだ。東京新聞の記事の説明では、

働く人を守るために法が定める深夜勤務の制限や休日を、適用しないこと

だ。

 この調査結果が示された労働政策審議会労働条件分科会では、その高プロとして法案に盛り込まれていく制度が、「新たな労働時間制度」として議題にあげられていた。高プロの「導入ありき」の結論に導くために調査結果として提示されたのが、この問題だらけの設問の結果だったのだ。

調査結果は高プロへのニーズを示すものとして使われた

 この調査結果が示された労働政策審議会労働条件分科会の審議の結果、労働者代表委員の反対を押し切って、今の高プロに当たる制度の導入が報告書としてとりまとめられ、法案になり、2015年に労働基準法改正案として国会に提出された。いわゆる「残業代ゼロ法案」だ。

 しかし、野党と労働団体の反対が強く、世論も「残業代ゼロ」に強く反対したため、法案の審議に至らなかった。その内容が時間外労働の上限規制などと抱き合わせで働き方改革関連法案に紛れ込まされて国会に提出されているのが、現在の状況だ。

 つまり、高プロの労働政策審議会での審議過程も、大いに問題があったのだ。

 この問題だらけの設問の結果が労働政策審議会でどのように紹介され、審議されたか、それも冒頭にあげた東京新聞の記事は伝えている。

 2014年9月10日の第115回労働政策審議会労働条件分科会で、この調査結果は「新たな労働時間制度」を検討するための「背景のデータ」として紹介された。議事録によれば、次の通りだ(一部、省略しつつ紹介)。

●岩村分科会長

 次に取り上げる議題でございますが、事務局から、改訂成長戦略において検討を求められております「新たな労働時間制度」についての説明をいただきたいと思います。

●古瀬調査官

 それでは、お手元の資料No.2に基づき御説明いたします。

 まず、1ページ目、「新たな労働時間制度」については、去る6月に閣議決定された改訂成長戦略において、2のとおり盛り込まれました。

 具体的には、「時間ではなく成果で評価される制度への改革」として「時間ではなく成果で評価される働き方を希望する働き手のニーズに応えるため、一定の年収要件(例えば少なくとも年収1,000万円以上)を満たし、職務の範囲が明確で高度な職業能力を有する労働者を対象として、健康確保や仕事と生活の調和を図りつつ、労働時間の長さと賃金のリンクを切り離した「新たな労働時間制度」を創設することとし、労働政策審議会で検討し、結論を得た上で、次期通常国会を目途に所要の法的措置を講ずる」とされております。

(中略)

 次に、3ページ目から、このような働き方が求められている背景のデータ等を御紹介いたします。

(中略)

 6ページ目は、現行の制度上最も弾力的な労働時間制度である企画業務型裁量労働制を導入している事業場へのアンケート調査の結果です。左側にあるとおり、制度は「今のままでよい」とする割合が高くなっております。その上で「変更すべき」との回答をした事業場の意見としては、右側のグラフのとおり、「一定以上の高い水準の年収が確保されるなら、労働時間規制を適用除外すべき」等が挙げられております。

 7ページ目は、企画業務型裁量労働制が適用されている労働者に対するアンケート調査の結果です。制度は「今のままでよい」とする割合が高くなっておりますが、その上で、「変更すべき」との回答をした者の意見としては、「一定日数の休日・休暇が確保されるならば、みなし労働時間ではなく労働時間に関する規制を適用除外してもよい」、あるいは「一定以上の高い水準の年収が確保されるならば、労働時間に関する規制を適用除外してもよい」等が挙げられております

 ここで古瀬調査官が「『新たな労働時間制度』については、去る6月に閣議決定された改訂成長戦略において、2のとおり盛り込まれました」と語っているのは、会議資料にある下記の通りだ。2014年6月24日に閣議決定された「『日本再興戦略』改訂2014」に盛り込まれているもので、これらは(法案から削除された(3)の裁量労働制の拡大を除き、)現在の働き方改革関連法案にも盛り込まれている。

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出所:第115回労働政策審議会労働条件分科会(2014年9月10日)

資料No.2「参考資料(新たな労働時間制度関係)」p.1

 この表の(2)の「時間ではなく成果で評価される制度」や「新たな労働時間制度」と呼ばれているものが、いまの高プロであり、「このような働き方が求められている背景のデータ等を御紹介いたします」として紹介されたのが、先の問題だらけの調査結果だったのだ。「6ページ目」と言及されているのは、同様の質問を人事担当者に尋ねた結果であり、「7ページ目」と言及されているのが、ここで見てきた調査結果だ。

 「今のままでよい」とする割合が高くなっているとしつつも、

「変更すべき」との回答をした者の意見としては、「一定日数の休日・休暇が確保されるならば、みなし労働時間ではなく労働時間に関する規制を適用除外してもよい」、あるいは「一定以上の高い水準の年収が確保されるならば、労働時間に関する規制を適用除外してもよい」等が挙げられております。

と、あたかも「変えたほうがよい」の21.1%の回答が、労働時間に関する規制の適用除外(=高プロ)を支持しているかのように説明がされている。

 これは、この記事の最初の方に見たように、お小遣いを「変えたほうがよい」と回答すると、お小遣いの減額を容認していると解釈されてしまうのと同じだ。罠のような尋ね方と言ってよい。

疑問が呈されるも…

 この日の議論では、労働側委員の冨田委員が、この結果に意見をつけた。

●冨田委員

 恐らく「労使がどういった点での改定を望んでいるのか」という点を明らかにするために再掲されたものと理解はいたします。しかし、改めてこの資料を見ますと、先ほどもありましたとおり、労使双方ともに7割前後の方が「今のままでよい」という回答をされております。「今のままでよい」という回答が圧倒的多数を占めているわけです。こうしたデータをお示しいただきながら、どうして何らか新たな枠組を検討していく必要があるのかという点に大いに疑問を感じるというか、なかなか納得がいかないというところが率直な思いでございます。

 しかし、それに対する村山労働条件政策課長の説明は、「変えたほうがよいとの意見も一定数あり、そうしたニーズに応える選択肢の必要性の一つを裏打ちするものにはなっているのではないか」というものだった。

●村山労働条件政策課長

 冨田委員から事務局に御質問いただいた点についてお答えいたします。

 先ほどの御指摘で、労使双方、現行で最も弾力的な労働時間制度である企画業務型裁量労働制を導入している事業所の方々、あるいは適用されている労働者の方々を見ても、現在の裁量労働制について、「今のままでよい」との比率がそれぞれ68.6%、75.1%であり、具体的に制度を変更すべきという意見もあり、その内容も掲げられているものの、全体の数字からみて、なぜそれが「新たな労働時間制度」の必要性につながってくるのかとの御質問です。

 このデータについて、確かに、現行の満足度が高い制度であることを示しておりますが、変えたほうがよいとの意見も一定数あり、そうしたニーズに応える選択肢の必要性の一つを裏打ちするものにはなっているのではないかと考えております。

 その際に、「新たな労働時間制度」については、現行の弾力的な労働時間制度等と比べて対象者を絞り込むことは産業競争力会議等の議論でも、ある程度の方向感で皆さんのコンセンサスを得ているものと考えております。逆に言えば、そうしたニーズがあるところについて、御懸念の健康確保措置等も十分に講じながら新しい道が開けないのかということについて御議論いただきたいという趣旨でこの資料を提示していると御理解いただければと考えております。

 村山課長は、この「変えたほうがよい」には、実際は規制緩和を支持する意見も規制強化を支持する意見も混在しており、それらを切り分けることができないことは、わかっていただろう。わかっていながら、

変えたほうがよいとの意見も一定数あり、そうしたニーズに応える選択肢の必要性の一つを裏打ちするものにはなっているのではないか

と答えたものと思われる。高プロの導入が、「『日本再興戦略』改訂2014」の求める方向性であり、つまりは安倍政権の求める方向性であり、その方向に労働政策審議会の議論を誘導しなければいけないと事務局(厚生労働省)としては考えていたのだろう。

 しかし、この審議におけるそのような事務局の役割は、あまりに強引で、悪質だ。

高プロの審議過程は正当化できない

 このような高プロの「導入ありき」のゆがんだ審議過程は、正当化できない。問題は次のように整理できる。

1. 現在の裁量労働制について、「今のままでよい」と「変えたほうがよい」の二択で裁量労働制の適用労働者に回答を迫った。「変えたほうがよい」という意見は、規制緩和の意見も規制強化の意見も含んでおり、切り分けることができない。

2. 「変えたほうがよい」と回答した者には、わかりにくい表現で規制緩和の選択肢だけを並べて、回答させた。

3. その結果を労働政策審議会に示し、「変えたほうがよい」が21.1%を占めたことをもって、あたかも規制緩和の方向に労働者の一定のニーズがあるかのように説明した。

 これは明らかに、高プロの「導入ありき」の意図をもった上での、議論の誘導だ。

 先の東京新聞の記事は「規制緩和」「現状維持」「規制強化」の三択にすべきだったという筆者の指摘を厚労省に問うてくれているが、担当者は、

分科会で議論して答申もいただいており、議事録で答えていることに尽きる

「変えたほうがよい」という意見に対して、どう変えたらいいか聞くことは自然。「今のままでよい」は堀りようがない

と答えたという。

 はっきり言って、「開き直り」と言えよう。どう変えたらいいかを聞くなら、「もっと対象拡大を」とか、「もっと対象の限定を」とか、「みなし労働時間と実労働時間の乖離への対処を」とか、様々な「変えたほうがよい」という意見の可能性を列挙すべきだ。それをせずに、高プロ導入のために、労働時間に関する規制の適用を除外する方向での選択肢だけを並べた。そのことに対し、言い訳ができないからこそ、こういう「開き直り」の回答になったのだろう。

 実はこのような意図的な誘導については、アンケートに回答した労働者にも気づかれていた可能性がある。自由記述には、このような的確な批判があった。

これ以上、時間規制がなくなることは歯止めがきかなくなると思うのでホワイトカラー・エグゼンプションのような制度には反対です。

 これは専門業務型裁量労働制の適用対象者の自由記述回答だが、この方は、ホワイトカラー・エグゼンプション(現在の高プロがこれにあたる)の導入をめぐる議論を知っており、Q31で奇妙な設問への回答を強いられたことから、Q32の自由記述でこのように記したのではないかと推測される。

裁量労働制の拡大と同様に、高プロの導入も、労働政策審議会に差し戻しを

 裁量労働制の拡大については、平成25年度労働時間等総合実態調査の調査結果をもとに労働政策審議会で検討が行われ、その調査結果に問題があった(回答された個票データに異常値が多く含まれていた)ことが、法案からの裁量労働制の拡大の削除の大きな論拠となった。

 ならば、高プロも、労働政策審議会における審議過程に大きな瑕疵があったことから、手続きに問題があったとして、法案から削除し、労働政策審議会に差し戻すべきだ。裁量労働制の個票データの問題よりも、こちらの方が意図をもった議論の誘導であり、悪質性が高い(※5)。

 裁量労働制の拡大については、ねつ造された比較データにより国会答弁で野党に反論しようとしたことが明らかになっているが、高プロについては、問題だらけの尋ね方で尋ねたアンケート調査結果が、規制緩和の方向に「変えたほうがよいとの意見」とゆがんで解釈されていた。そして、「そうしたニーズに応える選択肢の必要性」として、高プロの導入を労働政策審議会が提言する方向へと、事務局が議論を誘導したことが、わかった。

 働き方改革は、どうしようもなく、悪質な策略に満ちている。

***

(※1)

 詳しくは、下記を参照。

データ比較問題からみた政策決定プロセスのゆがみ:裁量労働制の拡大は撤回を(公述人意見陳述)(上西充子)- Y!ニュース(2018年2月21日)

(※2)

 詳しくは、上記(※1)の公述原稿および、公述の際の配布資料を参照。

(※3)

 詳しくは、下記の記事を参照。

●「厚労省 裁量制アンケートで新たに公開 自由記述に悲鳴続々 首相「満足」データ強調するが…」(東京新聞「こちら特報部」2018年4月22日)(橋本誠)

 また、雑誌『世界』5月号(岩波書店)の筆者の論文「裁量労働制を問い直せ」でも、この自由記述結果を満足度との関係で取り上げた。

(※4)

 この設問の回答数は「N=1303」となっている。この結果と同じ調査結果は、JILPT調査の調査報告書には収録されていない。調査報告書は「厚労省抽出分」と「事業場DB抽出分」という2つの調査対象の結果が別々に掲載されており、厚労省抽出分についてのQ31の結果はp.38-39およびp.152-153にあり、事業場DB抽出分についてのQ31の結果はp.264-265にある。厚労省抽出分のN=1167と事業場DB抽出分のN=136の結果を合わせて表示したものが、この労働条件分科会で示された結果と思われる。

(※5)

 なお、上に示した調査結果には、出典情報がない。同じ「資料2」の他の調査結果には出典情報が明記されている。裁量労働制が「今のままでよい」か「変えたほうがよいか」を示す調査結果には、出典情報のかわりに、「平成26年4月3日労働政策審議会労働条件分科会提出資料」という記載だけがある。

 そして、その2014年4月3日の提出資料を見ると、「資料4 裁量労働制等に関するアンケート調査(主な結果)」として、同じ調査結果が紹介されているが、JILPTに依頼して実施した調査であることは記されているものの、「裁量労働制の労働時間制度に関する調査」という調査名が明記されていない。

 この4月3日はまだ調査結果が公表される前の時点であったことから、調査名が明記されていないことはやむを得なかったとも考えられるが、9月10日には調査結果が既に公表されているのだから、「平成26年4月3日労働政策審議会労働条件分科会提出資料」などと書かずに、出典は「労働政策研究・研修機構『裁量労働制等の労働時間制度に関する調査結果 労働者結果』」と明記すべきだった。

 それを明記しなかったことには、意図があると考えられる。このJILPTの調査結果全体を労働政策審議会に提示したくない、という意図だ。裁量労働制の労働者の方が通常の労働時間制の労働者よりも労働時間が長い傾向があるという結果も含め、法改正に不都合な調査結果を含むこの調査結果報告書の存在を、労働政策審議会に対して伏せておきたかったという意図を感じざるを得ない。

 さらに言えば、この「裁量労働制等の労働時間制度に関する調査結果 労働者結果」は、冊子が2014年5月30日にできあがっているにもかかわらず、記者発表資料は6月30日付であり、1か月も後である。また、調査報告書のページにある「主な事実発見」(5月30日付)と、6月30日の記者発表資料の中身も随分と違う。実労働時間に関する結果は、5月30日付の「主な事実発見」にはないが、6月30日付の記者発表資料にはある。

 なぜ記者発表が1か月も遅れたのか。その間に何があったかと言えば、2014年6月24日に閣議決定された「『日本再興戦略』改訂2014」があるのだ。その閣議決定によって裁量労働制の拡大と高プロの導入という方針がゆるぎないものとなってから、報告書の記者発表がなされ、そして、なおも労働政策審議会では不都合な調査結果は隠され続けた、そういう経緯があったと考えられる。

 つまり、第二次安倍内閣(2012年12月26日~2014年12 月24日)の時から既に、労働法制の制定プロセスは、大きくゆがんでいたと言えるだろう。