「是正勧告してあげても」との東京労働局長の発言は、野村不動産に対する特別指導をめぐる真相追及への圧力

野村不動産に対する特別指導に関する厚生労働省から加藤大臣への報告文書

<要旨>

●3月30日の定例記者会見で、厚生労働省東京労働局の勝田(かつだ)智明局長は記者団に対し、「なんなら、皆さんのところ(に)行って是正勧告してあげてもいいんだけど」と発言。

●このような恫喝(どうかつ)の背景には、昨年12月に東京労働局が野村不動産に対して行った特別指導をめぐる不透明な経緯に、野党とメディアの追及が強まっている事情がある。

●特別指導は裁量労働制の違法適用をめぐって行われたが、根拠規定なく行われ、その背後には過労死の労災認定があったことが、3月の朝日新聞の報道で明らかになっている。

●野村不動産への特別指導は、裁量労働制の拡大をねらっていた安倍政権にとっての不都合な事実である過労死の労災認定を隠すために、権力を濫用したものであった可能性が高い。記者団への恫喝は、その権力の濫用を、記者に対しても行ったものであり、黙らせて追及を封じることをねらったものと見ることができる。

東京労働局長の恫喝

 厚生労働省東京労働局の勝田智明局長が3月30日の定例記者会見で、出席した新聞・テレビ各社の記者団に対し、「なんなら、皆さんのところ(に)行って是正勧告してあげてもいいんだけど」と述べた。

東京労働局長が撤回 報道各社に「是正勧告してもいい」:朝日新聞デジタル(2018年3月30日)

 この発言は、東京労働局が昨年12月25日に野村不動産に対して行った特別指導をめぐって記者団の質問が集中する中で、出てきたものだ。

 この発言が出てきた文脈は、朝日新聞の澤路毅彦記者が、下記からの連続ツイートで紹介している。

恫喝の背後にある野村不動産への特別指導

 下記の記事に整理したように、野村不動産へのこの特別指導の経緯は、非常に不透明だ。

野村不動産における裁量労働制の違法適用に対する特別指導―隠されていた労災認定と、特別指導の不透明さ(上西充子)- Y!ニュース(2018年3月22日)

 東京労働局が野村不動産に対し特別指導を行ったのは、昨年12月25日。その特別指導の実施を、翌日の12月26日の定例記者会見で発表した。裁量労働制の違法適用が全社的に認められたことが、その特別指導の理由とされた。

 しかしその後、3月4日の朝日新聞の報道により、野村不動産においては裁量労働制の違法適用者の過労死(過労自殺)(2016年9月)と労災認定があったことが判明。労災認定の日付は、特別指導を公表したのと同じ12月26日だった。

裁量労働制を違法適用、社員が過労死 野村不動産:朝日新聞デジタル(2018年3月4日)

 そのため、下記のような論点をめぐって、国会質疑や野党合同ヒアリングの場において、野党の追及が続いている。

●野村不動産への特別指導は、裁量労働制の濫用に対して厳しく指導ができている実績のように国会答弁で言及されていたが、過労死の労災申請があったから違法適用が明らかになったのではないか。過労死という取り返しがつかない事件が起きなければ、違法適用の実態は、埋もれたままであったのではないか。

●安倍晋三首相や加藤勝信厚生労働大臣は、過労死の労災認定を知っていながら、それを隠して国会で答弁していたのではないか。

●特別指導は根拠規定なく行われており、前例がない異例中の異例の対応である。是正指導を行った企業をホームページで公表するルールに該当しないにもかかわらず、企業名も記者会見で公表された。裁量労働制の違法適用を厳しく取り締まって広く世に周知徹底するために行ったというが、ホームページへの掲載は行われていない。この特別指導は、権力の濫用ではないか。

●野村不動産で裁量労働制の違法適用者に過労死があったことが遺族の記者会見などで明らかになれば、裁量労働制を拡大する法案を通したい安倍政権にとって、大きな逆風となる。そのため、先手を打って異例の特別指導を行ったのではないか。

特別指導をめぐる経緯の説明を拒む厚生労働省と加藤大臣

 このような追及に対し、厚生労働省と加藤大臣は、過労死や労災認定については個人情報の保護を理由に、その事実があったかどうかについても確認を拒んでおり、特別指導をめぐっても、個別の事案についての詳細の回答は控えたいとしてきた。

裁量労働で自殺、加藤氏に報告は?厚労省「回答控える」:朝日新聞デジタル(2018年3月8日)

 しかし野党がさらに追及する中で、厚生労働省から加藤大臣に対しては、特別指導の12月25日より前に、11月17日、11月22日、12月22日の3回にわたって報告が行われていたことが、明らかになっている(安倍首相への報告は、特別指導の翌日の12月26日)。

 その報告の文書も3月28日の衆議院厚生労働委員会の理事会に提出されたが、下記の画像の通り、ほとんどが黒塗りの形での開示であった。

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出所:下記の記事からのリンク

大臣への報告資料、ほぼ黒塗り開示 野村不動産特別指導:朝日新聞デジタル(2018年3月28日)

東京労働局長の恫喝は、なぜ許されないか

 そのような経緯を経て、3月30日の東京労働局長への記者会見で、冒頭の恫喝が行われたのだ。

 この恫喝がいかに問題のあるものであるかは、嶋崎量弁護士が下記の記事で詳しく論じている。

監督行政の中立公正さを歪めた東京労働局長発言の重大さ~直ちに職を辞して謝罪すべき~(嶋崎量)- Y!ニュース(2018年4月1日)

 一部を抜粋すれば下記の通りだ。

 労働基準監督署は、臨検監督(監督指導)にとどまらず、重大・悪質な事案については、取調べなどの任意捜査はもちろん、捜索・差し押さえ、逮捕などの強制捜査の実施主体になり、犯罪捜査に係わる強力な権限がある。

 要するに、労働基準法に関する警察官の役割を担う組織なのだ。

 この強力な権限をもつ組織の大幹部が、取り締まられる可能性のある対象者(報道機関)に対して、取り締まられたくなかったら黙っていろと、脅しをかけた発言としか捉えられないのが、今回の発言だ。

 勝田局長の発言は、裁量労働制に関する野村不動産への特別指導に関して、安倍政権に有利な行政運営が行われたのではと、行政の中立性について疑問が呈されている問題だ。(中略)

 要するに、行政の中立性に疑問を呈する報道機関の取材に対して、司法警察権力をも利用し報道機関に対して脅しをかけたのが今回の勝田局長発言だ。本来あるべき行政の中立性・公正さもかなぐり捨てており、完全に常軌を逸している。

 この3月30日の東京労働局の定例記者会見は、野村不動産における過労死が報じられて以降、初めて行われた定例記者会見であったという。そのため、この間の疑問点が記者団から次々と投げかけられ、それを封じるような形で問題の恫喝発言があったのだ。

 下記の記事にあるように、東京労働局は同日の20時半過ぎに、勝田労働局長の発言が「報道機関を牽制したととられかねない発言で不適切だった」として撤回する旨を、会見に出席した記者にメールで伝えたという。

東京労働局長が撤回 報道各社に「是正勧告してもいい」:朝日新聞デジタル(2018年3月30日)

 しかし勝田局長の発言は文脈からして明らかに恫喝的な牽制であり、メール1本で撤回すればよいという話ではない。上記の記事で嶋崎弁護士は勝田局長に対し、公の場で発言を撤回し、謝罪することを求めている。また嶋崎弁護士は、勝田局長には組織からしかるべき処分を下すべきであり、加藤厚労大臣にも誠意ある対応が求められると述べている。

是正指導をめぐっても不透明な経緯?

 また、勝田局長が謝罪し処分を受けたとしても、この問題は収束しない。記者を恫喝してまで封じたかった特別指導をめぐる不透明な経緯は、何ら明らかになっていないからだ。

 3月30日に新たにクローズアップされてきた問題は、この野村不動産への是正勧告だ。

 昨年12月27日の報道各紙は、12月26日の東京労働局の定例記者会見における説明を踏まえて、野村不動産に対し12月25日に特別指導が行われたこと、また同日に東京本社および関西・名古屋・仙台・福岡の4支社の全国5事業所に対し、労働基準法違反で是正勧告が行われたことを、報じていた。

 是正勧告については、たとえば日本経済新聞が下記の通り報じていた。

裁量労働制社員に営業、残業代未払い 野村不に勧告

(日本経済新聞2017年12月26日)

 東京労働局は26日、残業代の未払いなどがあったとして、野村不動産の本社(東京・新宿)や関西支社など全国5事業所に対し労働基準法違反で是正勧告したと発表した。同労働局によると、社員の営業活動に対し、一定の労働時間を働いたとみなす裁量労働制を不当に適用していた。

 勧告は25日付。宮嶋誠一社長に対し是正勧告書を渡すとともに、口頭で指導した。

 しかし30日の衆議院厚生労働委員会の質疑では、山井和則議員が加藤大臣に対し、この是正勧告について確認を行ったところ、加藤大臣は次のような不可解な答弁を行ったのだ。

●山井議員

12月26日の記者会見で、(東京労働局の)勝田労働局長は、野村不動産に対して是正指導を行ったことを、発言されております。これは事実でよろしいですか、加藤大臣。

●加藤大臣

(返答に時間がかかり、速記をいったん止めたあとで)

いまのご質問、確認させていただきますが、12月26日の記者会見で労働局長が野村不動産へ是正勧告があったことについて触れているか、という質問(でよろしいですね?)。あの、こっ、会見、私がもっているペーパーでは、会見において、是正指導という言葉は触れていない、というふうに、認識しています。

●山井議員

今朝(30日)の(東京労働局の)記者会見でも、是正勧告ということについて、認めたというふうに、私、聞いておりますよ。質問通告もしていますから、答えてください。

●加藤大臣

あの、記者会見でも、こうした発言をされていない、というふうに聞いております。

●山井議員

是正勧告について、今朝の記者会見でも発言があったと私は聞いていますが。では、東京労働局長が野村不動産への是正勧告について、認めたということはない、ということですね?これ、本当に、大事なことですから、「ない」なら「ない」で、本当に責任もって、答弁してください。

●加藤大臣

あの、「責任もて」と言ってもですね、記者会見を私、同席しておりませんので、手元にあるこのコピーをベースにしか、ものは言えないわけですから、その範囲であることをお断りさせていただきたいと思います。

 その後、山井議員は、事前に質問通告しているのだから、電話一本して確認してくれればいいではないかと主張するのだが、加藤大臣は答弁しようとせず、委員長席に与野党の理事が集まって、速記が12分ほども止まる異様な事態となる。

 その後結局、山井議員は、「また後刻、質問させていただきたい」といったんは引き下がる形となった。

 しかしなぜ、是正指導を行ったと勝田労働局長が記者会見で発言したことを、加藤大臣は認めたがらないのだろう。不可解だ。30日の記者会見でも東京労働局は、是正指導について認める発言をしていたようだ。その様子は先述の朝日新聞の澤路毅彦記者が、こうツイートしている。

 勝田東京労働局長は是正勧告の実施を認めているが、加藤大臣は認めようとしない。野党合同ヒアリングで野党が是正指導について確認を求めた際にも、土屋喜久・大臣官房審議官(労働条件政策担当)は、報道べースのことについては回答を差し控えさせていただきたいと、是正勧告に関する事実関係の回答を拒否する姿勢を示していた(3月14日の野党合同ヒアリング時)。

 異例の特別指導を行って企業名の公表を行うのなら、その前提として是正指導を行ったことは公表できるはずであり、むしろ、特別指導の正当性を支えるためにも是正指導の実施は積極的に公表されてしかるべき、と思える。

 しかし、上記の黒塗りの文書には、「特別指導」の文字はあるが、「是正」「指導」「勧告」などの文字がない。「過労死」や「労災」の文字が黒塗りにされるのはまだわかるとして、なぜ是正指導の事実まで黒塗りにされなければならないのか、不可解である。

 このあたりは週明けの国会質疑で改めて取り上げられるだろう。

 いずれにしても、不都合な事実を隠蔽したり、不都合な追及を封じたりする目的で権力を濫用することは許されない。裁量労働制の拡大が法案から削除されたからといって、終わった話にできる問題ではない。

 この問題をうやむやにしたまま、働き方改革関連法案の閣議決定を行い、法案を提出することなどは、とうてい認められない。

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【訂正】(2018年4月1日23:00)

下記の通り、記載を訂正した。

(訂正前)30日の記者会見でも勝田労働局長は、是正指導について認める発言をしていたようだ。

(訂正後)30日の記者会見でも東京労働局は、是正指導について認める発言をしていたようだ。