裁量労働制の労働者の方が一般の労働者より労働時間が短い「かのような」答弁のデータの問題性(その3)

(ペイレスイメージズ/アフロ)

<要旨>

●安倍首相と加藤大臣が答弁に用いた、裁量労働制のもとで働く労働者と一般労働者の労働時間の比較。この答弁の根拠となったデータへの疑義を玉木雄一郎議員、岡本あき子議員に続き、山井和則議員が指摘した。加藤大臣は説明できず、「精査中」と答弁した。

●山井議員の質疑により、一般労働者の労働時間のデータが、実際より過大な数値であることが明らかになった。

問題の答弁の内容

 今国会の最重要法案と位置付けられている「働き方改革」関連一括法案。その中には、裁量労働制の拡大という労働法制の規制緩和が含み込まれているのだが、その裁量労働制をめぐり、あたかも平均でみれば一般の労働者よりも労働時間が短い「かのような」答弁を、安倍晋三首相と加藤勝信厚生労働大臣が予算委員会で行った。

厚生労働省の調査によれば、裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均な、平均的な方で比べれば、一般労働者よりも短いというデータもあるということは、御紹介させていただきたい。

出典:長妻昭議員に対する安倍首相の答弁、1月29日衆議院予算委員会

確かにいろんな資料を見ていると、裁量労働制の方が一般の働き方に比べて長いという資料もございますし、他方で平均的な、平均で比べれば、短いという統計もございますので、それは、それぞれのファクトによって、見方は異なってくるんだろうと思います

出典:森本真治議員に対する加藤厚生労働大臣の答弁、1月31日参議院予算委員会

議員ご指摘の資料があることも事実でございます。また私どもの平成25年度労働時間等総合実態調査、これ、厚生労働省が調べたものでありますけれども、平均的な一般労働者の時間が9時間・・・、これは1日の実労働時間ですが、9時間37分に対して、企画業務型裁量労働制は9時間16分と、こういう数字もあるということを、先ほど申し上げたところでございます

出典:森本真治議員に対する加藤厚生労働大臣の答弁、1月31日参議院予算委員会

 それに対し、その答弁の根拠となるデータに疑義があることを、希望の党の玉木雄一郎議員、立憲民主党の岡本あき子議員、希望の党の山井和則議員が質疑で取り上げ(2月5日、2月8日、2月9日、いずれも衆議院予算委員会にて)、政府答弁の根拠が大きく揺らいできている。

答弁データの何が問題なのか

 この答弁データは、厚生労働省が行った平成25年度労働時間等総合実態調査によるものなのだが、筆者はこのデータの問題を、下記の2本の記事で指摘してきた。

なぜ首相は裁量労働制の労働者の方が一般の労働者より労働時間が短い「かのような」データに言及したのか(上西充子)- Y!ニュース (2018年2月3日)

裁量労働制の労働者の方が一般の労働者より労働時間が短い「かのような」答弁のデータをめぐって(続編)(上西充子)- Y!ニュース(2018年2月6日)

 その後に行われた2月9日の衆議院予算委員会における山井和則議員と加藤厚生労働大臣のやり取りからは、さらに答弁データの問題点が明らかになった。

 現時点で判明していることをざっくりと整理すれば、答弁データには3つの問題がある。

●問題点(1)

あたかも「平均」の比較であるかのように紹介されたが、「平均」の比較ではなかった

●問題点(2):

裁量労働制の1日の労働時間は、実労働時間として把握されたものではないため、一般労働者の労働時間とそもそも比較できるデータではない

●問題点(3):

一般労働者の1日の実労働時間として紹介された9時間37分という数値は、長すぎるものであり、同じ調査結果の他のデータとも整合せず、数値の分布にも説明のつかない問題がある

 つまり、問題だらけなのだ

 2月9日に山井議員の追及に対し加藤大臣は、こういう調査結果があると紹介したまでのことだ、という趣旨の答弁をしているが、このデータは、裁量労働制を拡大すれば長時間労働が助長され、過労死がさらに増えるという懸念を野党側から示された中で安倍首相と加藤大臣が言及したものであり、データを示して反論したと受け取れるものである。

 その答弁データが問題だらけであったのだから、これは重大な問題だ。山井議員は安倍首相の答弁の撤回を求めたが、それは当然のことと筆者は考える。

裁量労働制めぐり、安倍首相答弁の撤回要求=希望・山井氏:時事ドットコム(2018年2月9日)

平均値でないことは、認めた

 さて、上の3つの問題は国会でどう追及され、答弁されているか。

 安倍首相と加藤大臣が答弁したのは「平均的な者」のデータであることは、2月5日の玉木議員の質疑により明らかになっている。「平均的な者」の値と「平均値」は同じなのか、違うのか、という玉木議員の質疑に対し、2月5日には加藤大臣は手元に細かい調査結果がないとして、

正確にはちょっと申し上げられません

出典:玉木雄一郎議員に対する加藤大臣の答弁、2月5日衆議院予算委員会

と答弁していた。

 2月8日の岡本議員の質疑に対する加藤大臣の答弁では、

「平均・・・平均・・・平均的な者(しゃ)」というのと、平均値とは、明らかに違う、というご指摘は、その通り

出典:岡本あき子議員に対する加藤大臣の答弁、2月8日衆議院予算委員会

と、平均値でないことは、認めるに至った。

 しかし、安倍首相が最初にこの調査に言及したときに、あたかも平均値の比較であるかのように受け取られる答弁をしたことについては、「平均的な者(しゃ)」のデータを紹介していたものだとして、2月9日の時点でも加藤大臣は答弁の訂正の必要性を認めていない。

 だがこの記事の冒頭に実際の発言を紹介しているように、当初は安倍首相も加藤大臣も、「平均的な者(しゃ)」のデータであるという言い方は、していなかった。

 2月5日に玉木議員がこの調査における「平均的な者(もの)」の定義を紹介したあとになって、加藤大臣は、「平均的な者(しゃ)」という専門用語で答弁を行うようになってきており、答弁の仕方は、問題点の指摘を受けて、明らかに変わっている

 さらに2月5日の加藤大臣の答弁では、

先ほども「平均的な者(しゃ)」と申し上げましたけれど

出典:玉木雄一郎議員に対する加藤大臣の答弁、2月5日衆議院予算委員会

と、実際には言っていないことをあたかも言っていたかのように答弁している。

 「先ほど」の答弁では、実際には、この記事の冒頭で紹介しているように、

平均的な働く人の時間でみると

出典:玉木雄一郎議員に対する加藤大臣の答弁、2月5日衆議院予算委員会

という表現である。

 この点に限らず、この答弁データに関する加藤大臣の答弁は、非常に誠実さに欠けるものが多い。ただし、それが誠実さに欠けるものであることも、詳しい事情を知らない者にはわからない形で答弁されており、非常に悪質なものと筆者は考える。

裁量労働制の1日の労働時間は、実労働時間ではない

 裁量労働制の労働者について、加藤大臣は1月31日の時点では、

私どもの平成25年度労働時間等総合実態調査、これ、厚生労働省が調べたものでありますけれども、平均的な一般労働者の時間が9時間・・・、これは1日の実労働時間ですが、9時間37分に対して、企画業務型裁量労働制は9時間16分と、こういう数字もある

出典:森本真治議員に対する加藤厚生労働大臣の答弁、1月31日参議院予算委員会

と、あたかも両方のデータが共に実労働時間をとらえたものであるかのように語っていたが、最初の記事に詳しく書いた通り、これは実労働時間ではない。

この点については、2月8日の岡本議員に対する答弁で、加藤大臣が

裁量労働制においても、「法に規定する労働時間の状況として把握した時間

出典:岡本あき子議員に対する加藤大臣の答弁、2月8日衆議院予算委員会

と発言している。

 これは、裁量労働制についての9時間16分という時間は、実労働時間ではないことを認めている答弁なのだが、そうわかるように答弁していないので、普通に聞いているだけではわからない。そしてその後、加藤大臣は「実労働時間」という言い方をしていない。

 いずれにしても、裁量労働制については、実労働時間を把握したものではないので、実労働時間を把握したものとされている(実際には後述の通り違うのだが)一般労働者の1日の労働時間との比較を行うことは、そもそも適切ではない。

一般労働者の1日の実労働時間9時間37分という時間は、やはり明らかにおかしい

 さて、ここからが新しく判明した問題である。

 一般労働者の1日の労働時間9時間37分という数値は、公表されている調査結果にはないのだが、筆者は2月6日の記事において、この労働時間は明らかに長すぎること、週の法定時間外労働時間のデータから推計しても大きく数値が食い違うことを指摘した。そして、もしかしたら休憩時間を加算しているのではないかとの推測を示した。

 この問題について山井議員の質疑によってわかったことは、休憩時間は加算されておらず、この時間は次の計算式によって算出された数値だということだった。

計算式:法定労働時間(8時間)+1日の法定時間外労働の平均値

 しかし、やはりこの数値はおかしい。問題点は3つある。

●問題点A:

この計算式では、実労働時間は算出できない

●問題点B:

この計算式による労働時間は、週あたりや月あたりのデータから計算した労働時間と大きく乖離しており、おかしい

●問題点C:

計算式に使われたデータに、異常値と思われるものが含まれている

順に説明していこう。

問題点A:この計算式では、実労働時間は算出できない

 この点について、山井議員の指摘は残念ながら今ひとつ的確さを欠いていたため、加藤大臣に計算式の不適切さを認めさせることができていない。しかしこの計算式では実労働時間は算出できず、計算式として問題がある。

 なぜか。8時間を下回る実労働時間の者を8時間とみなしてしまっているからだ。

 まず、労働基準法における時間外労働のとらえ方について確認しておこう。下記は東京都産業労働局「ポケット労働法2017」からの抜粋である(p.60)。

東京都産業労働局「ポケット労働法」p.60より
東京都産業労働局「ポケット労働法」p.60より

 所定労働時間(会社が就業規則で労働時間と定めている時間)が7時間の会社で働く労働者が、9時間の労働を行った場合を考えてみよう。

 法定労働時間は8時間であり、8時間を超える労働時間には25%以上増しの割増賃金の支払いが必要となる。他方で、所定労働時間の7時間を超えるが法定労働時間を超えない1時間分は「法内残業」であって、賃金を支払う必要はあるが、それが25%以上増しの割増賃金である必要はない。

つまりこのような会社の場合、実労働時間は

●所定内労働時間+法内残業+法定時間外労働時間

 の合計となる。この場合は、

●7時間+1時間+1時間=9時間だ。

 では答弁に使われた平成25年度労働時間等総合実態調査で、4つの事業場に調査に入ったところ、「平均的な者」の1日の実労働時間が次のようなものであったと仮定してみよう。

筆者作成による仮想例
筆者作成による仮想例

 するとどうなるか。計算式による平均値と、実労働時間の平均値は、一致しないのだ

 上の仮想事例において、所定労働時間が7時間であるA社の「平均的な者」である鈴木さんは、1日7時間30分働いている。法内残業(法定労働時間の8時間以下の残業時間)は30分で、法定時間外労働(8時間を超える残業時間)は0分だ。このAさんは、先の計算式では、8時間+0時間=8時間と計算されてしまう。実際よりも30分、労働時間が長いものとみなされてしまうのだ。

 同様に、様々な所定労働時間の会社で働く「平均的な者」の実際の労働時間が上記のようであるとすると、法定労働時間の8時間を上回る実労働時間である田中さんと後藤さんは、「8時間+法定外労働時間」の計算式の値と実労働時間が一致するが、実労働時間が8時間を下回る鈴木さんと佐藤さんについては、実労働時間と計算式による労働時間は一致せず、それぞれ1日あたり30分の誤差が生じている。

 そのため、この4名の平均値を取ると、1日の実労働時間の平均値は8時間8分であるのに対し、計算式による労働時間は8時間23分となり、15分も過大に計算されてしまうのだ。つまりこの計算式は、「法内残業」の有無を適切に反映できない計算式なのだ。

 加藤大臣の答弁では、一般労働者について9時間37分、裁量労働制のもとで働く労働者について9時間16分というデータが紹介され、21分の差をもって「短い」という答弁が行われている。安倍首相も「短い」と答弁している。

 不適切な計算式によって、一般労働者について、15分ぐらいは過大に数値が出ていてもおかしくないとなれば、次にあげる異常値の問題がなくても、これは使えないデータだということがわかるだろう。

 なお、1月31日に加藤大臣はこの一般労働者の9時間37分という時間数について、

これは1日の実労働時間ですが

出典:森本真治議員に対する加藤厚生労働大臣の答弁、1月31日参議院予算委員会

と答弁していたが、その後の答弁では「実労働時間」という表現を使っていない。

 おそらく加藤大臣は、これが「実労働時間」のデータではありえないことはわかっている。わかっていて、あえてそれを認めていないのだと思われる。先ほどの「平均的な者(しゃ)」への言い換えと同じで、注意深く見れば以前の答弁とは違う答弁をしているのだが、そのことを自ら認めようとはしない。

問題点B:この計算式による労働時間は、週あたりや月あたりのデータから計算した労働時間と大きく乖離しており、おかしい

 次の問題に移ろう。これは山井議員が指摘しているもので、予算委員会を見ていた多くの人が「これはおかしい」と気づけただろう問題点だ。

 政府が答弁で使った一般労働者の「平均的な者」の1日あたりの法定時間外労働時間の分布や平均値を表すデータは、公表されている調査結果には含まれていない。

 一方で、一般労働者の「平均的な者」の1週の法定時間外労働時間の分布や平均値を表すデータと、1箇月の同種のデータは公表されている。「平成25年度労働時間等総合実態調査結果」の表24と表26だ。

 山井議員が指摘しているように、「1週の法定時間外労働の実績(一般労働者)(平均的な者)」の平均は、下図に示したように、2時間47分である(調査結果の表24に明記されている)。これを5日で割ると、法定時間外労働は1日あたり33分となる。

 また「1箇月の法定時間外労働の実績(一般労働者)(平均的な者)」の平均は、下図に示したように8時間5分である(調査結果の表26に明記されている)。これを21日で割ると、法定時間外労働は1日あたり21分となる。

 にもかかわらず、調査結果には公表されていない「1日の法定時間外労働の実績(一般労働者)(平均的な者)」の平均は、1時間37分だというのだ。

筆者作成
筆者作成

 1日の法定時間外労働の平均値が、同じ「平均的な者」についての調査データであるにもかかわらず、1日のデータから見れば1時間37分で、1週のデータから見れば33分で、1箇月のデータから見れば23分であるならば、「1日のデータがおかしい」ということは、明らかだろう。

 なお、実際の一般労働者の実労働時間は1日どのくらいかというと、ここでの1週のデータや1箇月のデータが表すものに近い。

 例えば、厚生労働省「平成25年版 労働経済の分析」のp.45に示されている一般労働者の総実労働時間は、月間で169.2時間である(資料の出所は厚生労働省「毎月勤労統計調査」)。これを21日で割ると、8時間5分ほどになる。つまり、毎月勤労統計調査によれば、法定時間外労働は平均で1日5分だ。

 一般労働者の実際の労働時間はそのくらいだ、という「相場観」が厚生労働省内にあれば(あって当然だと思うのだが)、1日の労働時間は一般労働者の「平均的な者(しゃ)」で9時間37分というデータが出てきたとしても、「これは何か、おかしい」と、国会答弁前に気づけてしかるべきだ。

 山井議員は、「精査する」という加藤大臣答弁に対して、精査したものが国会に出てきていてしかるべきではないかと抗議したが、まさにその通りだ。

問題点C:計算式に使われたデータに、異常値と思われるものが含まれている

 これも山井議員が指摘した問題点であり、多くの人が「おかしいのではないか」と思える問題点だ。「1日の法定時間外労働の実績(一般労働者)(平均的な者)」の集計表は公表されていないが、その集計表によれば、15時間以上の者が9人いるのだという。

 この15時間とは「法定時間外労働」であるため、法定労働時間である8時間を足すと23時間となる。「平均的な者」の1日の労働時間が23時間という人が、集計データに9人含まれるというのは、いったいどう考えたらよいのか。

 山井議員が指摘しているように、これでは眠る時間さえない。そんな労働時間で週に5日働くということはありえない。そんなデータが含まれる中で平均を取って法定時間外労働が1時間37分だと言われても、データそのものに問題があって間違った平均が出されていると考えるのが、自然ではないだろうか。

 この点についても加藤大臣は、個々にあたって精査する旨を答弁している。しかし、このような異常値の可能性が高いデータが含まれていることについても、加藤大臣は答弁前に確認していたという。確認していながら、「精査中」としか答えない。

 さて、「精査中」はいつまで続くのか。森友問題で「記録がない」という答弁が繰り返されたように、延々と「精査中」という答弁が続くのだろうか。

安倍首相の答弁撤回は

 山井議員は2月9日の質疑で、安倍首相と加藤大臣が答弁に用いた調査は、そもそも調査自体に問題があると指摘した。そして安倍首相に、答弁を撤回させることを求めた。

 それに対し加藤大臣は、

いずれにしても、調査の結果としては、そういうものが出ているわけでありますから、それを総理はお述べになられました

出典:山井和則議員に対する加藤大臣の答弁、2月9日衆議院予算委員会

と、答弁の撤回に応じる姿勢は見せていない。

 しかしここで見てきたように、この調査データは、特に「一般労働者」の9時間37分という数値について、明らかに信ぴょう性を欠くものであると言わざるを得ない。

 となれば「精査」を待たずとも、安倍首相が1月29日の衆議院予算委員会で

厚生労働省の調査によれば、裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均な、平均的な方で比べれば、一般労働者よりも短いというデータもある

出典:長妻昭議員に対する安倍首相の答弁、1月29日衆議院予算委員会

 と答弁したことは、不正確な調査データに基づくものであり誤りであったことを認め、答弁を撤回すべきだろう。

 この問題は週明けに安倍首相入りの衆議院予算委員会における改めての質疑を山井議員が求めている。引き続き注目していきたい。