残業代ゼロ法案と時間外労働の上限規制、“混乱が生じないよう”一本化するとの言い訳は私達を愚弄するもの

制作:つしまようへい(フリー写真素材ぱくたそ利用)

加藤厚生労働大臣、残業代ゼロ法案と時間外労働の上限規制案を一本化した労働基準法改正案の国会提出を語る

 8月3日の内閣改造により、加藤勝信・前働き方改革担当大臣が厚生労働大臣に就任した(働き方改革担当大臣を兼務)。

 翌日8月4日のNHKニュースによると、加藤大臣は「高度プロフェッショナル制度」を盛り込んだ労働基準法の改正案と、時間外労働に上限を設ける労働基準法の改正案の2つの労働基準法の改正案を、一本化して国会に提出したい考えを示したという。

労働時間規制外しと時間外労働上限 一本化し法案提出 厚労相(NHKニュース2017年8月4日)

 4日のインタビューでその理由を加藤大臣は、次のように語ったという。

労働基準法の改正案で2つの法案が出ることは混乱を招くおそれがあり、1つにして提出することによって混乱が生じないようにすべきだ。労働政策審議会で法律要綱に関して議論いただくことになる

 この発言を読んで、さすがに「ふざけるな」という気持ちになり、ツイッターにそう記した。

 なぜなら、「高度プロフェッショナル制度」を盛り込んだ労働基準法の改正案(いわゆる「残業代ゼロ法案」)をこれまで国会審議にかけずに、一本化できる時期まで待っていたのは、反対の強い同法案を通すための政権側の意図的な戦略であることが明らかだからだ。

「働き方改革一括法案」の中に、こっそり盛り込まれそうな「残業代ゼロ法案」の中身

 「高度プロフェッショナル制度」の創設と裁量労働制の拡大を盛り込んだ労働基準法改正案(残業代ゼロ法案)は、既に2015年4月3日に国会に提出されており、その後2年以上、一切審議されずに棚ざらしになっていたものである。審議できる機会は、いくらでもあった。にもかかわらず審議しなかったのは、労働組合や野党、メディアが強く反対してきたからだ。

 なぜ反対してきたか。「高度プロフェッショナル制度」も裁量労働制も、長時間労働を助長する恐れが強いからだ。

(※それぞれの内容をご存じの方は、この部分を読み飛ばしてください)

【高度プロフェッショナル制度とは】

 「高度プロフェッショナル制度」は労働時間の規制を一切適用除外とするものであり、労働基準法が定める法定労働時間、休憩、法定休日、時間外割増賃金、深夜割増賃金、休日割増賃金の規定がすべて適用除外となる。つまり、それらの規定を守る必要がなくなる。

 そうなれば、タダで残業させることができるようになる。タダで残業させることができるようになれば、できるだけ長く残業させたい、と経営者が思うようになっても当然だろう。そのため、日本労働弁護団はこれを「定額¥働かせ放題」として批判してきた。

日本労働弁護団:”働き方改革”解説リーフレットを作りました(2017年7月25日)

 「高度プロフェッショナル制度」には健康確保措置も一応設けられているが、きわめて不十分なものだ。効率よく集中して仕事をすれば早く帰れるようなPRもされているが、仕事量のコントロールができなければ、次の仕事が降ってくるだけだ。

 「高度プロフェッショナル制度」は年収要件の設定や業務の限定が行われるとされているが、経済界はかねてより年収要件の緩和や対象範囲の拡大を求めており(※1)、いったん制度が導入されると条件が緩和されていく恐れが強い。

【裁量労働制とは】

 裁量労働制も長時間労働につながりやすい制度だ。実際の労働時間に関わらず、一定の時間働いたものとみなして、その分の賃金を支払う「みなし労働時間制」の一種であるため、実労働時間が長くなりがちであることは調査データからも明らかとなっている(※2)。

 そのため裁量労働制は現在、専門業務型裁量労働制(労基法38条の3)と企画業務型裁量労働制(労基法38条の4)に限定されており、その要件を満たさない労働者に裁量労働制を適用することはできない(※3)。

労働政策研究・研修機構 労働問題Q&A 「Q6:裁量労働制とは何ですか。」

 しかし実際には本来の対象範囲を超えて拡大適用されがちである。国会で取り上げられ、適用を撤回することになった損保ジャパンの事例は、一例に過ぎない。

損保ジャパン日本興亜 裁量労働の拡大撤回 労働者告発 小池書記局長が追及(しんぶん赤旗2017年8月1日)

 国会提出中の労働基準法改正案(残業代ゼロ法案)では、その裁量労働制を営業職にも拡大しようとしている。対象は絞り込むというが、その範囲は明確に区切りにくく、法人を相手にした営業職に広く拡大する恐れが強い。「高度プロフェッショナル制度」と異なり年収要件もなく、多くの労働者にとって他人事では済まされない問題だ。

 なお、裁量労働制は本来、業務の遂行方法が大幅に労働者の裁量に委ねられる一定の業務に従事する労働者を対象としたものであるが、「業務の遂行方法」に裁量があるとしても、「業務量」をコントロールする権利は保証されていないため、効率よく仕事をこなしても早く帰れる保証はないという点は、「高度プロフェッショナル制度」と同じだ。

反対が強く、世論操作も通用せず

 このように「高度プロフェッショナル制度」も裁量労働制も、長時間労働を助長する恐れが強いものであるため、政権側はなんとかその内容をごまかし、労働者にとってもメリットがあるものであるかのような世論操作を行ってきた。

 現在の「高度プロフェッショナル制度」に相当する「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション制度」について、2007年には舛添要一厚生労働大臣(当時)が「家庭だんらん法」と言い換えを指示。あまりにも制度の内容と外れるネーミングであるため、大きな批判を浴びた。

 2015年4月3日の法案の閣議決定当日のNHKニュースでは、残業代めあてに「だらだら残業」しても残業代が払われなくなり、他方で効率よく仕事をこなせば早く帰宅できる、というイメージもふりまかれたが(下記の記事を参照)、仕事量をコントロールする権限を労働者がもてない以上、これは幻想にすぎない。

労基法改正をめぐるNHKの論点隠しで隠されているもの(上西充子) - Y!ニュース(2015年4月6日)

 また、現在NHKなどでは「高度プロフェッショナル制度」について「時間ではなく成果で評価する」と報じられているが、成果型賃金体系は現在でも可能であり、また、この法律の条文は成果型賃金とは一切関係ない。

「成果型労働」「成果で評価する」という誤報が止まらない(佐々木亮) - Y!ニュース (2017年7月22日)

 「高度プロフェッショナル制度」の対象者は年収1075万円以上であるとか、雇用者の3%未満であるとか、「あなたには関係ありませんよ」と言わんばかりのメッセージも繰り返されているが、経済界が年収400万円までの拡大を念頭においていることは先にみた通りであり、塩崎厚生労働大臣(当時)もかつて、「小さく生んで大きく育てる」ことを念頭に、「とりあえず通す」ねらいを公言していた。

塩崎厚生労働大臣、「残業代ゼロ」法案は「ぐっと我慢して頂いてですね、まあとりあえず通す」と発言(佐々木亮) - Y!ニュース(2015年4月28日)

 たとえ今後「丁寧な説明」が行われたとしても、残業代ゼロ法案が世論の支持を得ることは、きわめて難しくなっている。

一括法案としての働き方改革関連法案に混ぜ込むことにより、成立をねらう

 そこでねらわれたのが、「働き方改革」の関連法案の中に残業代ゼロ法案をこっそり混ぜ込んで通してしまおう、という戦略だ。

 まず3月28日の「働き方改革実行計画」の中に、まともに議論もされないまま、残業代ゼロ法案の早期成立を図る旨が書き込まれ、「スピードと実行が重要である」と強調された(詳しくは下記の記事を参照)。

「働かせ方改革」ならぬ「働き方改革」のためには、「残業代ゼロ法案」の撤廃と「休息時間確保権」の保障を(上西充子) - Y!ニュース (2017年4月2日)

 「働き方改革」の重点施策は、「時間外労働の上限規制」と「同一労働同一賃金」であったにもかかわらず、残業代ゼロ法案の早期成立も含めて「スピードと実行が重要である」と位置付けられてしまったのだ。

 次に、一括審議を警戒する野党の追及に対しては、のらりくらりとした答弁でかわし続けた。6月2日の衆議院厚生労働委員会では民進党の長妻昭議員が一括審議を行わないことの明言を求めたが、塩崎厚生労働大臣(当時)は

今後出てくるものについてどうするかは、まだ、何も決まっていない

として、頑なに明言を拒んだ(詳しくは下記の記事を参照)。

「働き方改革」関連法案、「残業代ゼロ法案」との一括法案に? 別々の審議を求めるも塩崎大臣は答弁を拒否(上西充子) - Y!ニュース (2017年6月5日)

 さらに、国会が閉じた後には、連合に修正要請を出させ、その要請内容を「政労使合意」にもちこみ、さらに要請を反映した法案修正を行うことによって、連合の反対を封じ、連合と民進党などの野党勢力との分断を図ることも画策した。

「残業代ゼロ」政府案修正へ 連合の要請を反映:朝日新聞デジタル (2017年7月12日) 

 しかし独自の判断で修正要請に動いた連合執行部の動きには傘下の産別や地方連合会から強い異論が出たほか、主要メディアも社説などで批判。連合執行部は臨時の中央執行委員会を開いて「政労使合意」を見送る決定を行い、「高度プロフェッショナル制度」の創設などに改めて反対を表明することとなった。

「残業代ゼロ」容認、連合が撤回を決定:朝日新聞デジタル (2017年7月27日)

 このような経緯の末の、政府による一括法案化の意思表明なのだ。「2つの法案が出ることは混乱を招くおそれがあり」という言い訳が、いかに私達を愚弄した言い訳であるかは、改めて説明するまでもないだろう。

政府の策略に「NO」を。そして、残業代ゼロ法案に「NO」を。

 「高度プロフェッショナル制度」や「裁量労働制の拡大」を盛り込んだ労働基準法の改正案(残業代ゼロ法案)と、時間外労働に上限を設ける労働基準法の改正案の2つの労働基準法の改正案を一本化するということは、

「時間外労働の上限規制は通してあげるから、そのかわり、残業代ゼロも認めなさい」

という取り引きを政権側が持ち掛けるということだ(※4)。「残業代ゼロ法案」に反対が多いことは重々わかっていて、その反対を封じるために一本化して法案を提出しようとする。論点が多岐にわたるのに、慎重な審議を不可能にする。それは、国会審議を、そして私達主権者を、愚弄する行為だ。そのような政府の策略には強く「NO」と言うべきだ。

 連合をめぐる騒動で、私達は高度プロフェッショナル制度の内容と危険性を既に知っている。「2つの法案が出ることは混乱を招くおそれがあり」などと、心配されるには及ばない。

 また、「残業代ゼロ法案」の成立がねらわれていることを隠すために、今後、「労働基準法の改正案」や「働き方改革関連法案」などの形で、法改正に向けた動きが語られることにも注意が必要だ。「残業代ゼロ法案」という「毒」が混じっていることに気づかれないように、「働き方改革」という「糖衣」で厚く包んでしまおうとする、そういう動きにも、常に「NO」をつきつけていく必要があろう。

 わかりにくい動きを見せた連合も、「高度プロフェッショナル制度」の創設などに反対する姿勢に戻った。8月19日(土)には、日本労働弁護団主催で、「定額¥働かせ放題法案」(=残業代ゼロ法案)と「解雇の金銭解決制度」導入に反対する国会前行動も計画されている。

日本労働弁護団「8.19国会前行動のお知らせ」

 いろいろな形で「NO」の声はあげられる。冒頭に示した画像は、つしまようへいさんがフリーの写真素材を用いてメッセージを書き込んだものだ。

 最後にもう一つ、夏の暑さを忘れさせるような、つしまさんの作品を紹介しておきたい。

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(※1)国会提出中の法案では、年収は法案では「基準年間平均給与額の三倍の額を相当上回る水準として厚生労働省令で定める額以上であること」となっているが、日本経済団体連合会「ホワイトカラーエグゼンプションに関する提言」(2005年6月21日)では、「400万円(又は全労働者の平均給与所得)以上」という賃金要件が記されており、ほとんどのホワイトカラーをいずれ対象としていきたいという意図は明らかだ。

(※2)労働政策研究・研修機構の「裁量労働制等の労働時間制度に関する調査結果 労働者調査結果」(2014年6月30日)によれば、1か月の実労働時間は、通常の労働者に比べて、裁量労働制の適用対象である労働者の方が長い。

(※3)8月2日に「トヨタ 裁量労働の対象拡大」(NHK)などと大手メディアが一斉に報じたが、法の対象範囲を超えて各社が労使合意だけで勝手に裁量労働制を拡大することはできない。トヨタの新制度は、裁量労働制の拡大ではなく、下記の記事にあるように、フレックスタイム制や固定残業代制などを組み合わせたもののようだ。どのような発表がトヨタ側からなされたのかは不明だが、メディアには正確な報道を求めたい。

トヨタ検討中の新制度は「裁量労働ではなく固定残業代」、佐々木弁護士が報道に疑問|弁護士ドットコムニュース(2017年8月3日)

(※4)この2つの労働基準法の改正案を一本化するだけでなく、働き方改革実行計画のもう一つの柱である「同一労働同一賃金」に関わる法改正(パートタイム労働法、労働契約法、労働者派遣法の改正)も一括法案化して「働き方改革関連法案」という1本の法案にまとめて賛否を問うこともねらわれているようだ。勤務間インターバル制度の努力義務化に関わる「労働時間等の設定の改善に関する特別措置法」の改正も、一括法案に入れ込むことがねらわれているかもしれない。まともな審議を阻害する一括法案化には、野党はこれまでも強く反対してきた。働き方改革をめぐる一括法案化についても、強く牽制していただきたい。