安倍首相の「非正規のときにはなかった責任感」発言を「批判する方がおかしい」とする菅官房長官への反論

菅官房長官(参考写真)(写真:ロイター/アフロ)

 6月24日の神戸「正論」懇談会の設立記念特別講演会で安倍首相が

非正規の時にはなかった責任感や、やる気が正規になって生まれていく

(非正規のときには無かった責任感が、正規になって生まれてくる)

と語った(上は共同通信記事。下は産経新聞の講演詳報)。

 この発言について、共同通信が下記の記事を6月27日にネットに公開し、反響を呼んでいる。

安倍首相は現場知らないと批判 「責任感ない非正規」発言に (共同通信 47NEWS 2017年6月27日)

 これを受けて28日午後に記者会見で、共同通信の記者が菅官房長官に対し、

非正規で働く人ですとか専門家からは、「責任感をもって仕事をしている」という意見ですとか、「現場を知らないのではないか」といった批判の声もあるんですけど

と問うたところ、菅官房長官は

それは批判する方がおかいしんじゃないでしょうか

と答えた。

 筆者は次の「これまでの経緯」に示す通り、ここで言う「専門家」にあたる。「批判する方がおかしいんじゃないでしょうか」との指摘に対し、次の4点にわたり、反論してみたい。

【反論1】:首相みずからがレッテル貼り

【反論2】:女性の話というが、当の女性にも失礼

【反論3】:「同一労働同一賃金」は「正規になる」ことの促進ではない

【反論4】:女性の事例は、有期雇用から無期雇用への転換を含むもの。紹介事例として不適切

 また、これらの反論を踏まえ、最後に次の1つの提案をしたい。

【提案】:非正規労働の問題に取り組む上では、処遇の改善と共に、無期雇用化を促進すべき

これまでの経緯

 反論の前に、これまでの経緯を時系列で整理しておく(読み飛ばしていただいても構わない)。

(1)6月24日:安倍首相が神戸「正論」懇話会の設立記念特別講演会で講演。「働き方改革」について語る中で、「同一労働同一賃金」に言及。

【安倍晋三首相 神戸正論講演詳報(6)】 「働き方改革は企業の人材戦略、成長戦略の中核」(産経WEST 2017年6月24日)

(2) 6月25日:上記(1)の講演詳報より、「非正規のときには無かった責任感が、正規になって生まれてくる」という発言に注目して、筆者が下記の記事を公開

「非正規のときには無かった責任感」:働き方改革「同一労働同一賃金」にみずから冷水を浴びせた安倍首相(上西充子) ( Y!ニュース 2017年6月25日)

(3) 6月27日:共同通信が筆者を含む3名に取材の上で記事を作成し地方紙などに配信。その記事(全体で6段落)のうち、冒頭の2段落がネット記事として公開され、注目される。

安倍首相は現場知らないと批判 「責任感ない非正規」発言に (共同通信 47NEWS 2017年6月27日)

(4)6月28日:地方紙各紙(※1)の朝刊に、コメント付き(さらに、紙面によっては首相発言の要旨付き)の共同通信配信記事が掲載される。

(※1)中日新聞/京都新聞/熊本日日新聞/茨城新聞/伊勢新聞/北陸中日新聞/静岡新聞/信濃毎日新聞/埼玉新聞/中国新聞/愛媛新聞/高知新聞/大分合同新聞/長崎新聞/佐賀新聞/南日本新聞、など

(5)6月28日:民進党・蓮舫代表が記者会見で安倍首相の発言を批判。

蓮舫代表「総理が国民にレッテルを貼った」「あり得ない発言」安倍首相の正規・非正規発言を批判 (Buzz. News.JP 2017年6月28日)

(6) 6月28日:民進党・山井和則国対委員長が「とんでもない暴言だ。今の日本社会を支えている人の多くは非正規だ」と批判した上で、発言の撤回と非正規雇用者への謝罪を要求

非正規雇用者めぐる首相発言「とんでもない暴言」と批判 民進・山井氏(産経新聞 2017年6月28日)

(7)6月28日:午後の菅官房長官記者会見で、共同通信の記者が安倍首相発言について質問、菅官房長官が「それは、批判する方がおかしいんじゃないでしょうか」と切り返し

内閣官房長官記者会見平成29年6月28日(水)午後

(8)6月29日:「しんぶん赤旗」が記事「安倍首相暴言に労働者が批判」を掲載

(9)6月29日:社会民主党・又市征治幹事長が談話を公表

●「安倍首相の非正規労働者に対する蔑視発言の撤回と謝罪を求める(談話)」

***

 なお、他にも下記の記事などがある。

「責任感ややる気ない」安倍首相が非正規労働者を侮辱 (日刊ゲンダイDIGITAL 2017年6月28日)

安倍首相「非正規はやる気ない」にユニオン激怒 「非正規が正規並みの仕事をさせられているのが実態」(キャリコネニュース 2017年6月29日)

【反論1】:首相みずからがレッテル貼り

非正規の時にはなかった責任感や、やる気が正規になって生まれていく

(非正規のときには無かった責任感が、正規になって生まれてくる)

という安倍首相の6月24日の発言は、素直に読めば、「非正規の時には責任感がなかった。やる気もなかった。しかし、それが正規になって生まれていく」と読める。

 そのため、非正規労働者などから、発言への批判が起きた。

 共同通信のネット記事配信(6月27日夕方)を契機として、この発言は多くの人に知られることとなり、さらに批判は強まった。

 6月28日に中日新聞など地方紙各紙に掲載された共同通信配信記事(ネット記事とは異なる6段落のフル・バージョン)には、下記の通り筆者を含む3名のコメントが掲載された。

●全国展開する運輸会社で契約社員として働く東京都の男性(46)

「非正規が責任感を持って正社員と同じ仕事をしているからこそ、全国一律のサービスが実施できている。首相の言葉は間違っている」

●派遣ユニオンの関根秀一郎書記長

「首相は非正規を軽く見ている。正社員と区別なく重い責任の仕事を任されている非正規は多い。契約を更新されないのではないかという不安を抱え、必死に働いている」

●法政大の上西充子教授

「非正規で働く人の気持ちを逆なでする発言だ」

「どうせ非正規は大した仕事をしていないという見方がもともと首相にあるのではないか」

 菅官房長官は28日午後の記者会見の中で、この発言の意味を共同通信の記者に問われ、

前後の文脈をご覧になってから、質問していただきたい

と切り返している(※2)。

(※2) 記者会見における両者のやりとりについては、この記事の末尾に全体を文字起こしして掲載した。

 確かに講演録(上記(1)の講演詳報)を見ると、「先ほど申し上げましたように」とあり、その前の部分で語られた女性の事例を踏まえた発言であることは理解できる。

同一労働同一賃金を実現します。この同一労働同一賃金は先ほど申し上げましたように、非正規のときには無かった責任感が、正規になって生まれてくる。これはまさに経営側にとっても生産性が上がっていく。売り上げが増えていく、利益が増えていく、成長していく、必ずプラスになるはずである。それはもう経営者の手腕にかかっていると思います。

 しかし、ではその女性は非正規で働いていたときに責任感もやる気もなかったかというと、そのような発言はしていない(この点は次の【反論2】で取り上げる)。

 また仮に、非正規で働いていたときには責任感もやる気もなかったと発言する人がいたとしても、それを安倍首相がこの講演の中で紹介することには意味がなく、むしろ逆効果だ。

 なぜならここで語られている「同一労働同一賃金」で首相が目指していたことは、「世の中から『非正規』という言葉を一掃していく」ことだったからだ。そのことは昨年9月26日の臨時国会における安倍首相の所信表明演説でも表明されている。

首相、TPP承認と関連法案成立めざす 所信表明演説(朝日新聞デジタル2016年9月26日)

 「非正規」という「働き方」を一掃するのではない。「非正規」という「言葉」を一掃するのだ。

 「非正規だから賃金は低くて当たり前」「非正規だから賞与はなくて当たり前」等々、「どうせ非正規なんだから」という世間の見方が非正規の働き方を劣悪なものにしている、それを変えていこうというのが「同一労働同一賃金」政策のはずだった。

 言い換えれば、非正規労働者を固定観念で劣位に位置付けることなく、正当な処遇を広げていくことが、「同一労働同一賃金」政策のねらいだったはずだ。

 にもかかわらず、その「同一労働同一賃金」政策の推進を語る中で安倍首相が

非正規の時にはなかった責任感や、やる気が正規になって生まれていく

(非正規のときには無かった責任感が、正規になって生まれてくる)

と語ることは、まさに逆効果であり、首相みずからが非正規の働き方にレッテル貼りをしてしまっている。

 菅官房長官は共同通信記者に対し、

前後の文脈をご覧になってから、質問していただきたい

と切り返していたが、菅官房長官にこそ、

前後の文脈をご覧になってから、ご回答いただきたい

との言葉を返したい。本記事の末尾につけた記者と菅官房長官のやりとりが示すように、質問した記者は最初に

正社員と非正規労働者の待遇差の解消をめざす「同一労働同一賃金」実現の重要性に触れた中で

と語っており、「同一労働同一賃金」政策を語る中で出た発言であることから真意を問うているのだ。記者はちゃんと前後の文脈を踏まえて質問している。

 筆者も前回6月25日の記事で、前後の文脈を踏まえて発言の批判を行った。

 下記の通り、日本共産党の志位委員長も、「同一労働同一賃金」の趣旨を踏まえて安倍首相の発言を批判している。

【反論2】:女性の話というが、当の女性にも失礼

 菅官房長官は記者会見の中で、

あの、ぜひですね、前後の文脈をご覧になってから、質問していただきたいと思います。総理はですね、「ある女性によれば」と「紹介」をしています。で、昨年12月に非正規雇用等で働く方々との車座の座談会の時にですね、パートとして低い処遇で働いていたが、その後、正社員と同じ処遇を受けることになった、その女性から、

「パートとして低い処遇だったときは、自分のやる範囲の業務だけ済ませるだけ、という意識が強かったが、正社員と同じ待遇になってからは、仕事に対しても正社員と同じものを求められている。責任をしっかりと果たしたいと思いました」

という話をご紹介させていただいての文であります。ぜひ、そういうことです。

と答えている。問題発言とされたのは、安倍首相の発言ではなく、その女性の話を紹介しただけだ、と言わんばかりだ。

 しかし、この菅官房長官による紹介の内容と安倍首相の

非正規の時にはなかった責任感や、やる気が正規になって生まれていく

(非正規のときには無かった責任感が、正規になって生まれてくる)

という発言には距離がある。そして、菅官房長官による紹介と、実際の女性の語りとの間にも、さらに距離があるのだ。

 昨年12月6日に行われた座談会の議事録から、その女性の発言を確認してみよう。

画像

 この女性は、従来は「自分のやる範囲の業務」が決まっており、給与は「自分の責任に見合った額」だと認識していたと語っている。決まった範囲の業務を、責任をもって果たしていたという状況がうかがえる。「自分のやる範囲の業務を済ませるだけという意識」という発言もあるが、それは自分の意識としてではなく、「パートタイマーの方(かた)」の意識として語られている。

 また、短時間正社員となった現在については、「正社員と同じ職務を求められている責任も感じています」「時間で決められたシフトの中に自分の仕事を終わらせるということを徹底しています」という語りがある。

 つまりこの女性の発言からは、従来も現在も、「与えられた仕事の範囲と決められた時間の中で、責任をもってみずからの仕事を行う」という意識がうかがえる。従来は責任感がなかったが、今は責任感がある、ということではない。

 また、やる気については、菅官房長官は特に発言内容を紹介していないが、座談会では安倍首相とその女性との間にこのようなやりとりがあった。

●安倍首相

イケアに入ってから、最初はパートで、その後同一労働同一賃金に変わりますね。そうすると、仕事に対するやる気も変わりますか。

●女性

そうですね。私の中では大きく変わりました。

やはり正社員と同じ待遇で働くことは、私の仕事に対しても正社員と同じものを求められているという責任をしっかりと果たしたいと思いましたので、大きく変わりました。

 ここでは「やる気」が「大きく変わりました」と語られている。しかし、従来の働き方では「やる気がなかった」とは語られていない。

 また、ここで言う「正社員と同じ待遇」とは、給与面だけでなく、上記(C)の発言に見られるように、「有期から無期の契約に変わった」という変化を含んでいたことも見過ごすことはできない。

 安倍首相が進めようとしている「同一労働同一賃金」政策では、有期から無期への転換(非正規労働者の正社員化)を進めることはねらいとして掲げられていないが、この女性の場合は、賃金などの処遇の改善と、有期労働契約から無期労働契約への転換が同時に行われた例外的な事例なのだ。この点については、後述の【反論4】で改めて触れる。

 まとめると、この女性の場合、確かに短時間正社員に変わったことにより、責任のとらえ方ややる気に変化は見られたようだが、従来のパートの時に責任感がなかったとか、やる気がなかったとかと語っているわけではない。

 安倍首相の発言への批判をかわすために、この女性があたかもそのように語っており、安倍首相はその発言を紹介しただけだと菅官房長官が強弁しようとしているのなら、この女性に対して失礼だろう。

【反論3】:「同一労働同一賃金」は「正規になる」ことの促進ではない

 安倍首相が「働き方改革」の中で進めようとしている「同一労働同一賃金」政策とは、パートや契約社員、派遣社員のような非正規の働き方と正社員との処遇の格差(賃金・賞与・手当・福利厚生・教育訓練等における差)を「均等・均衡」の観点から埋めていくことによって、非正規労働者の納得感を高め、働く意欲を向上させ、労働生産性を高めていくことをねらいとしたものだ(詳しくは筆者の前回6月25日の記事を参照)。

 その「同一労働同一賃金」は、非正規労働者の正規化(正社員化・無期雇用化)をねらったものではない。

 にもかかわらず、安倍首相は講演の中で「同一労働同一賃金」の意義を語る中で、

非正規の時にはなかった責任感や、やる気が正規になって生まれていく

(非正規のときには無かった責任感が、正規になって生まれてくる)

と発言したのだ。

 これは、非正規労働者に対する侮辱であるという点で問題であるだけでなく、「同一労働同一賃金」政策をみずから適切に理解していない可能性を示すものだ。この点についても筆者は前回の6月25日の記事で批判した。

 6月28日に中日新聞など地方紙各紙に掲載された共同通信配信記事(ネット記事とは異なる6段落のフル・バージョン)には、筆者の次のコメントも掲載されている。

 

上西教授は「同一労働同一賃金は非正規の正社員化を進めるものではない。だが首相は正社員化を目指す政策のように語っており、本当に中身を理解しているのか疑わしい」とも指摘した。

 この部分がネット記事には含まれていなかったため、ネット記事を見た人からは、

正社員になったら責任感が高まるという意味だろう。何が問題なのか?

といった形で安倍首相の発言を擁護しようとする声もあがった。

 しかし、「同一労働同一賃金」政策が正社員化を進めようという政策ではない以上、そのような形で安倍首相の発言を擁護しようとしても、無理がある。

 「同一労働同一賃金」政策を説明するはずが、あたかも「非正規労働者の正規化」をねらいとして含んでいるかのように安倍首相が講演の中で語ったことについて、菅官房長官は記者会見の中で、整合性のある説明を行うことができなかった。

●菅官房長官:

(質問を遮って)それは批判する方がおかいしんじゃないでしょうか。だってその、女性の人の話として紹介したんでしょ。・・・・・・ですから、まさに、・・・ま、政権としてはですね、え・・・・・・・・・その貢献に応じた待遇をすることは、働く方の意義を深めるために、きわめて重要だ、ま、そういうことを実は、・・・その人の話を紹介して、言ってるわけですから。

と、きわめて苦しい説明で終わっている。「実は」というが、全く整合的な説明になっていない。

 「同一労働同一賃金」政策が、あたかも「非正規労働者の正規化」をねらいとして含んでいるかのように講演の中で語ったことの問題点については、6月29日の「しんぶん赤旗」も筆者の記述を引きながら指摘している(上記「これまでの経緯」の(8)参照)。

 また、6月29日に公開された社会民主党の又市幹事長の談話も、次のようにその問題を指摘している。

同一労働同一賃金は、雇用形態に関わりなく、同じ仕事をしている人に同じ給与が支払われるようにするというものであり、正規化とは異なるものである。安倍首相は、正社員と非正規労働者の不合理な待遇差の解消を目指す「同一労働同一賃金」を何のために導入するのかも正しく理解していないのではないか。

【反論4】:女性の事例は、有期雇用から無期雇用への転換を含むもの。紹介事例として不適切

 ではなぜ安倍首相は、みずからが「働き方改革」の中で進めようとしている「同一労働同一賃金」政策と「非正規労働者の正社員化」との違いを理解せず、混乱した発言を行ったのだろう。

 おそらくは、この講演で取り上げた女性の例が、前にもふれたように、基本給などの処遇の改善だけでなく、有期雇用から無期雇用への転換も同時に進めた例外的な事例であるということを、安倍首相も、講演原稿作成担当者も、的確に認識できていなかった、ということなのだろう。

 この女性の勤務先は、議事録でも明記されているようにイケアである。イケアは世界28カ国で340のイケアストアを運営(2016年8月31日現在)しているグローバルな企業だ。

 下記の記事でイケア・ジャパン株式会社の泉川玲香・人事本部長が語っているところによれば、2014年9月に行われた人事制度改革は次のような大胆なものだった。

イケアはなぜ「同一労働・同一賃金」「全員正社員」にできたのか “本気で人を大事にする会社”に学ぶ人事制度改革(後編)(日本の人事部 2015年9月8日)

給与システムや福利厚生、働き方に関して、大きく次の四つの点が変わりました。まず、従来は正社員、非正規のパートタイマーなど雇用形態によって給与体系が異なっていましたが、これを「同一労働・同一賃金」に改めました。以前、パートタイムで働いていた人の賃金は、時給に換算すると、正社員と同水準まで引き上げられます。ボーナスや休暇などの福利厚生も統一し、労働時間などに関係なく、全員が平等に享受できるようにしました。雇用期間については、半年毎に契約更新する有期雇用を廃し、無期雇用化へ。繁忙期に限って雇用する一部の派遣社員を除き、誰でも65歳の定年まで安心して働けるようになりました。社会保険にも全員が入っています。こうした制度改革が、全従業員の“正社員化”を実現したわけですが、一方で、勤務時間の長さなどを会社との合意の上で選択できる点は、これまでと変わりません。短時間正社員という働き方も、もちろんアリです。先に述べた「人の力を信じる」という理念に基づき、「ダイバーシティ&インクルージョン」(多様な人材の受容と活用)「セキュリティー」(長期的な関係構築の保障)「イクオリティー」(平等な機会創出)の三つの施策の柱を具現化した結果が、この新制度だということです。

 座談会で話したイケアの女性は、このような大胆な改革によって、「パート」から「短時間正社員」になり、「目に見えて基本給が上がった」ことと共に、「有期から無期の契約になった」という変化を経験したことがわかる。

 一方で、【反論3】に記したように、安倍政権が進めようとしている「働き方改革」では、「非正規労働者の正社員化」はねらいとされていない。

 そうであるのに安倍首相が「同一労働同一賃金」政策の意義を語る講演の中で

非正規の時にはなかった責任感や、やる気が正規になって生まれていく

(非正規のときには無かった責任感が、正規になって生まれてくる)

と語ってしまったのは、このイケアの事例にイメージが引きずられたためだろう。

 イケアのこの一連の人事制度改革は、端的に「同一労働同一賃金」と呼ばれることもあり、座談会でもそのように紹介されている。座談会で加藤働き方改革担当大臣は

パートで、かつ同一労働同一賃金が適用されておりますイケア

と紹介している。他方で安倍首相は、質問の際に

イケアに入ってから、最初はパートで、その後同一労働同一賃金に変わりますね

と語っており、この時点から既に、安倍首相の認識は怪しい。この女性は座談会当時もパート(短時間勤務)でありながら、同時に(基本給などの処遇面で)同一労働同一賃金であり、かつ無期雇用であるのだが、そのことが果たして安倍首相に適切に認識されていたのかどうか、疑わしい。

 このイケアの事例と自らが進める「同一労働同一賃金」政策との違いを適切に認識せずに安倍首相が講演でイケアの事例に言及したことが、今回の問題発言を引き起こした遠因であったのではないか。

【提案】:非正規労働の問題に取り組む上では、処遇の改善と共に、無期雇用化を促進すべき

 以上が菅官房長官の「それは批判する方がおかいしんじゃないでしょうか」に対する筆者の反論である。

 最後に1つ、提案をしたい。

 安倍首相は座談会の時から、このイケアの事例に強い関心を示している。強い関心を持っていたからこそ、講演でもこの事例を取り上げたのだろう。

 このイケアの事例は、上記【反論4】に記したように、有期労働契約から無期労働契約への変更を含んでいるという点が重要だ。

 なぜなら非正規労働者(その多くは有期労働契約)は、処遇が低いという問題だけでなく、雇用が不安定であるという問題を同時に抱えているからだ。

 また、その2つの問題は絡み合っている。処遇が低いことに不満があっても、「声をあげれば契約の更新がされないかもしれない」という恐れから、声をあげることが難しい状況に、非正規労働者は構造的に置かれている。

 下記のツイートは、その問題を端的に示している。

 有期労働契約から無期労働契約に変われば、「契約の更新が無事に行われるだろうか」と常に不安を抱きながら働くのではなく、安心して働くことができる。また、「声をあげれば契約の更新がされなくなるかもしれない」という恐れを抱くことなく、労働者としての正当な権利を求め、不当な処遇には異議申し立てをすることができる。

 異議申し立てができる条件の整備は、「働き方改革」における「同一労働同一賃金」政策が実効性をもつ上でも重要なことだ。上記の「しんぶん赤旗」の記事で郵政産業労働者ユニオンの日巻直映委員長が指摘しているように、「均等・均衡」を非正規労働者が求めても、使用者側が様々に理屈をつけて「均等・均衡」処遇を行うことから逃れようとすることが予想されるからだ。

 誰もが納得感とやる気をもって働ける条件を整えることが本来の「働き方改革」なのであれば、非正規労働者と正社員との処遇の格差を埋めようとする政策である「同一労働同一賃金」だけでなく、有期労働契約から無期労働契約への転換の促進も安倍政権として強力に推し進めるべきだろう。

非正規の時にはなかった責任感や、やる気が正規になって生まれていく

(非正規のときには無かった責任感が、正規になって生まれてくる)

と安倍首相が語ったときの真意が、もし

非正規から正規に変わることによって、責任感も、やる気も、高まっていく

ということであったのなら、無期雇用化(正社員化)の促進にも、積極的に取り組むべきだろう。

 さしあたり、研究会の設置も法改正も必要とせずにすぐに行えることがある。

 有期労働契約で同一の使用者との間で反復更新されて通算5年を超えた場合、有期契約労働者の申込みにより、期間の定めのない労働契約(無期労働契約)に転換されるという「無期転換ルール」による無期転換権が、改正労働契約法によって2018年4月1日から発生する。

 そのことを安倍首相には、率先してPRしていただきたい。使用者には不当な雇止めをすることがないように、また労働者には積極的に権利行使するように、呼びかけていただきたい。

 賃上げには強いメッセージを出してきた安倍首相なのだから、無期転換にも強いメッセージを出すことはできるはずだ。

 ちょうどタイミングよく、本日6月30日より、「有期労働契約者の無期転換ポータルサイト」が厚生労働省によってリニューアルされ、非正規労働者とその使用者の双方にとってわかりやすい形で情報が提供されるようになった。

「有期契約労働者の無期転換ポータルサイト」

厚生労働省発表「無期転換ルールに関する情報を発信する「有期契約労働者の無期転換ポータルサイト」をリニューアルします」(2017年6月29日)

 その周知にもぜひ、積極的に取り組んでいただきたい。

***

<補足:6月28日の菅官房長官と共同通信・小野塚記者とのやり取り(映像より、文字起こし)>

内閣官房長官記者会見平成29年6月28日(水)午後

◆ 5:15頃より、共同通信記者と菅官房長官のやりとり

●共同通信・小野塚記者:

首相の週末の講演の話でお伺いなんですけれども、週末、神戸市での講演の中で、正社員と非正規労働者の待遇差の解消をめざす「同一労働同一賃金」実現の重要性に触れた中で、

「非正規の時にはなかった責任感や、やる気が正規になって生まれていく」というふうにおっしゃってるんですが、これはどういった意味でおっしゃっているんでしょうか。

●菅官房長官:

あの、ぜひですね、前後の文脈をご覧になってから、質問していただきたいと思います。総理はですね、「ある女性によれば」と「紹介」をしています。で、昨年12月に非正規雇用等で働く方々との車座の座談会の時にですね、パートとして低い処遇で働いていたが、その後、正社員と同じ処遇を受けることになった、その女性から、

「パートとして低い処遇だったときは、自分のやる範囲の業務だけ済ませるだけ、という意識が強かったが、正社員と同じ待遇になってからは、仕事に対しても正社員と同じものを求められている。責任をしっかりと果たしたいと思いました」

という話をご紹介させていただいての文であります。ぜひ、そういうことです。

●共同通信・小野塚記者:

そういう話にはなっているんですけれども、実際、非正規で働く人ですとか専門家からは、「責任感をもって仕事をしている」という意見ですとか、「現場を知らないのではないか」といった批判の声もあるんですけど・・

●菅官房長官:

(質問を遮って)それは批判する方がおかいしんじゃないでしょうか。だってその、女性の人の話として紹介したんでしょ。・・・・・・ですから、まさに、・・・ま、政権としてはですね、え・・・・・・・・・その貢献に応じた待遇をすることは、働く方の意義を深めるために、きわめて重要だ、ま、そういうことを実は、・・・その人の話を紹介して、言ってるわけですから。

***

【7月1日追記】

 改めて講演録を読み直していて気づいたのだが、安倍首相は「ある女性」の話を、伊勢に行った際に伺ったかのように語っている。

そして生産性をあげる最大の切り札が働き方改革です。昨年、伊勢へ行った際にお話を伺う機会がありました。ある女性は最初、印刷会社に正社員として就職しましたが、締め切りに追われる長時間労働の職場だったため、結婚・出産を機に退職する道を選びました。その後、小売り関係の会社でパートを始めます。(以下、略)

 しかし、6月28日午後の記者会見で菅官房長官が語ったところによれば、その女性の話は、昨年12月に非正規雇用等で働く方々との車座の座談会の時に聞いた話だと説明されている(上記文字起こし参照)。

 昨年12月6日の座談会の議事録を見ると、確かに、当該女性らしき方の発言がある。そして、この座談会は、議事録に明記されているように、「官邸4階大会議室」で開催されている。

 では、「昨年、伊勢へ行った際にお話を伺う機会がありました」とは、いったい何について語ろうとしたものなのだろうか?