募集段階から固定残業代の有無を明示することにより、「労働条件の明示」の実質化を

第66回労働政策審議会職業安定分科会雇用対策基本問題部会 参考1(部分)

筆者らブラック企業対策プロジェクトは、「募集段階からの固定残業代の明示」と「職場情報の積極的な公開」に関し、2月9日に厚生労働省に申入書を提出し、記者会見を開いた。あわせて、日本経済団体連合会(経団連)と全国求人情報協会(全求協)にも、要望書を郵送で提出した(申入書および要望書とプレスリリース文書はこちら)。

求人票 固定残業代の明記要望- Yahoo!ニュース(2016年2月9日)

「見せかけ高給」求人で厚労省に対策申し入れ- NHKニュース(2016年2月9日)

この記事ではこのうち、「募集段階からの固定残業代の明示」について、その意義と、さらに求められる対策を述べていきたい。

厚生労働省、指針で募集段階からの固定残業代の明示を求める

2015年9月18日の若者雇用促進法(青少年の雇用の促進等に関する法律)の公布を受け、厚生労働省は同年9月30日に「青少年の雇用機会の確保及び職場への定着に関して事業主、職業紹介事業者等その他の関係者が適切に対処するための指針」を告示している(平成27年厚生労働省告示第406号)(こちらにリンクあり)。

2015年10月1日より適用されることとなったこの新たな指針では、下記のとおり、固定残業代に係る労働時間数および金額や、固定残業代を除外した基本給の額などを募集の段階で明示することを、事業主に対し求めている。

第二 事業主等が青少年の募集及び採用に当たって講ずべき措置

一 労働関係法令等の遵守

(一) 募集に当たって遵守すべき事項

へ  青少年が応募する可能性のある募集又は求人について、一定時間分の時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する割増賃金を定額で支払うこととする労働契約を締結する仕組みを採用する場合は、名称のいかんにかかわらず、一定時間分の時間外労働、休日労働及び深夜労働に対して定額で支払われる割増賃金(以下このヘにおいて「固定残業代」という。)に係る計算方法(固定残業代の算定の基礎として設定する労働時間数(以下このヘにおいて「固定残業時間」という。)及び金額を明らかにするものに限る。)、固定残業代を除外した基本給の額、固定残業時間を超える時間外労働、休日労働及び深夜労働分についての割増賃金を追加で支払うこと等を明示すること。

固定残業代が隠されている場合の問題

給与として提示されている金額の中に一定の残業代を含みこむ固定残業代は、見かけ上の給与を高く見せて求職者の目を引き、好条件の求人であると誤認させるという問題がある。

例えば下記のように、A社の初任給が20万円であるのに対し、B社の初任給が24万円であるとすると、B社は実は残業代で水増ししているだけなのに、そのことが隠されているならば、A社よりもB社の求人が好条件であると見えてしまう。

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また、上記の例では、A社に比べて基本給が低いC社は、基本給だけを提示するとA社に比べて見劣りするために、残業代で水増ししてA社と同じ給与水準であるかのように見せている。この場合も、残業代が隠されていれば、A社とC社の給与水準は同じと求職者は誤認してしまう。

このように、固定残業代が隠されていることは、求職者が適切に各社の労働条件を把握することを妨げる。

また、固定残業代が隠されていることは、採用をめぐる企業間の公正な競争を阻害する。残業実態に即して残業代を別途支払おうとしているA社が、本来はB社やC社に比べてより高い基本給を支払う企業であるにもかかわらず、労働市場において正当に優位なポジションを占めることができないのだ。

現状においては一定時間分の固定残業代を給与に含みこませることは、残念ながら違法ではないことになっている。しかし、上記のような問題があるため、少なくとも固定残業代が含まれているならば、何時間分の残業時間に対し何円の固定残業代を含んでいるのか、その固定残業代を除外した基本給はいくらであるのかは、明示されるべきだろう。

事業主に固定残業代の明示を求めたことの意義

求人と実態の乖離に対する批判を受けて、これまで厚生労働省は、ハローワーク求人については(実態としてどこまで徹底しているかは別として)固定残業代を明示させる方針を打ち出してきた。今回の指針は、ハローワーク求人に限らず、事業主が青少年を募集する場合には、固定残業代をその詳細を含めて明示することを求めているものであり、固定残業代の問題に厚生労働省がより一層、踏み込んだものとして評価できる。

さらに、その固定残業代を「募集に当たって」明示することとしている点にも意義がある。現在の大学生の就職活動を考えると、3年生の3月に学生から企業が始まり、正式内定が4年生の10月以降、入社は翌年の4月となっている。もし企業が募集段階で固定残業代を隠した水増しされた給与額を提示していて、4月の入社の段階になって初めて本当の労働条件を明かして労働契約の締結を求めるならば、卒業したばかりの若者は入社を断って就職活動をやり直すことには大きな困難を抱えることになる。入社時ではなく、正式内定時でもなく、募集の段階で適正に労働条件が明示されることが大切なのだ。

なお、この指針は「青少年」の募集にあたっての固定残業代の明示を事業主に求めたものであり、新規学卒採用には限定されない。中途採用を含め、若者の募集・採用にあたっては固定残業代を募集段階から明示せよ、と求めているものだ。本来、若者対象の求人に限定せず、求人全般に固定残業代の明示は求められるべきと考えるが、まず対策の第一歩を踏み出したものとしては一定の評価はできる。

固定残業代を明示する動きは進むのか、それとも、隠す方向が進むのか

この指針は10月1日から適用となっている。つまり、現在の求人では、少なくとも青少年を対象とした求人については、固定残業代はその詳細を含め、本来は既に明示されていなければならない。

しかし、上記のB社やC社のような企業は、見かけ上の給与水準を高く見せるために固定残業代を利用していると考えるならば、固定残業代にかかる残業時間と金額、固定残業代を除外した基本給の額などを正直に明示することにメリットはない。

となると、B社やC社のような企業は、ますます固定残業代の存在を隠すことになりかねない。

たとえば、B社やC社が募集要項で従来は固定残業代の利用を示唆する記載を行っていた場合、次のように募集要項の記載を変える可能性がある。

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これらはいずれも、固定残業代の明示を求める指針の趣旨に反する変更だが、固定残業代を明示しなかった場合の罰則がはっきりしていないこともあり、中途半端に記載するよりは一切記載しないでおこう、という方向に固定残業代を利用している企業が方針転換する可能性がある。

厚生労働省は指針に従って固定残業代の明示を行わない場合、行政指導を行う方針のようだが、果たしてその実効性はどうなるだろうか。

固定残業代を悪用する企業に対して取りうる対策(その1)―固定残業代の有無のチェック欄を―

そこで筆者らブラック企業対策プロジェクトは、昨日の厚生労働省への申し入れにおいて、下記のようなモデル求人票を作成して普及させることを厚生労働省に求めた。

・基本給      (       )円

・(   )手当  (       )円

※基本給もしくは手当に固定残業代を(含む・含まない)

含む場合:

(   )時間分の時間外労働に対し、(    )円の固定残業代を

(基本給・(    )手当)に含む

このモデル求人票では、基本給もしくは手当に固定残業代を含むか含まないかを明示することとなっている。そして、含む場合にはその詳細を記載することになっている。

このようなフォーマットであれば、固定残業代を給与額に含んでいる企業が、固定残業代の存在を隠すことはできない。隠すために「含まない」にマルをつければ、明らかに「虚偽の条件表示」に該当してしまう。

また、実態を偽って「含まない」にマルをつけていれば、企業説明会や採用選考の中で固定残業代の存在を明かされた場合に、学生が気づきやすくなり、トラブルの防止にも役に立つだろう。

現状では、固定残業代を含む場合にはそれを明示すること、という指針があるのみで、それに従わない企業が出てきた場合、求職者は、固定残業代が明示されていない募集要項を見て、本当に固定残業代を含んでいないのか、それとも隠されているだけなのか、判別がつかない。その判別がつけられるモデル求人票を普及させよ、というのが、私たちが求めたことだ。

固定残業代を悪用する企業に対して取りうる対策(その2)―固定残業代を含まない求人については、含んでいないことの明示を―

もう1つ、これは主として経団連に対して求めたことなのだが、固定残業代を給与に含んでいない企業は、含んでいないことをぜひ、募集要項や求人票で明示してほしい。

現状では、固定残業代を給与に含んでいない企業が、含んでいないことをわざわざ記載することは、ほとんどないだろう。

しかし、固定残業代を含んでいない企業が、含んでいないことを明示するだけで、求職者はその企業における固定残業代の有無を疑わずに済む。そのとは、労働市場の適正化に寄与していくだろう。

モデル求人票が普及していなくてもよい。給与の欄に「基本給20万円(残業代含まず)」などと記載するだけでもよい。それだけで、上記のA社のように、残業代は実態に即して別途支払う「まともな企業」であることを求職者は認知できる。

本当は、固定残業代制度が違法になって使えなくなるのが一番

長くなったが、ややこしい話なのだ。厚生労働省の今回の指針は、改善の一歩にもなりうるが、固定残業代の存在がより水面下に隠れるという懸念もぬぐいきれない。そうならないためには、求職者や学校関係者などの支援者が、固定残業代の存在と起こりうるトラブルに注意を払うこと、そして、募集を行う企業が固定残業代の有無を、ない場合も含めて明示していくことが、少しでも問題の改善の方向への流れをつくることになると考える。

ただし本当は、固定残業代という制度がそもそも違法になり、企業が固定残業代の制度を利用できなくなるのが一番だと思う。そうすれば、問題はシンプルに解決する。

現在、厚生労働省職業安定局に設けられている有識者会議「雇用仲介事業等の在り方に関する検討会」では、「虚偽求人を防ぐための取組」も論点に上がっていると聞く。しかし、この有識者会議は「雇用仲介事業等の在り方」を検討する場であり、事業主による求人の在り方を検討する場ではないようだ。また、「虚偽求人を防ぐための取組」は論点の「その他」に上がっているだけで、主要なテーマではない。

まだ、固定残業代をめぐるトラブルには、抜本的な解決は遠いようだ。ブラック企業対策プロジェクトとしても、粘り強くこの問題に取り組んでいきたい。