「残業代ゼロ」案、「全労働者の1割」と「ホワイトカラーの1割」は違うよ?

新しい労働時間制度、対象者は「限定的」と赤字で強調

産業競争力会議の雇用・人材分科会主査である長谷川閑史・経済同友会代表幹事が提案する「新しい労働時間制度」が「残業代ゼロ案」として大きく話題になっている。

この「新しい労働時間制度」については、以前にも紹介したが(こちら)、その後5月28日に開催された「第4回 産業競争力会議 課題別会合」(こちら)で、長谷川主査は「個人と企業の持続的成長のための働き方改革」(資料5)を提出し、「新しい労働時間制度の考え方」を改めて示した(*)。

そこでは、「新しい労働時間制度」の対象者は「限定的」であることが、下記の通り赤字かつ下線付きで、強調されている。

長谷川主査提出資料(資料5)より
長谷川主査提出資料(資料5)より

対象者は本当に限定的?

しかし、この図にも示されているように、対象者には「将来の経営・上級管理職候補等の人材」なども含まれていることから、実際の対象者は限定しにくいのではないか、という懸念が広がっている。

ツイッター@sawaji1965より
ツイッター@sawaji1965より

実際、澤路毅彦・朝日新聞編集委員が問うたところ、甘利経済再生相は「新入社員は対象外」と返答したそうだ。

ツイッター@sawaji1965より
ツイッター@sawaji1965より

「新入社員は対象外」という返答からは、「じゃあ、2年目の社員は対象となりうるということか」と考えざるを得ない。「若手・中堅社員は対象外」といった返答ではなかったのだから。

さらに長谷川主査は「対象は全体の1割にも満たない」と発言したと伝えられている。

ツイッター@sawaji1965より
ツイッター@sawaji1965より

全体というのが就業者全体なのか、雇用者全体なのか、判然としないが、「1割にも満たない」という発言からは、対象者は「限定的」と強調したい意図が感じられる。

一方で、日本経済新聞は「対象者限定なら骨抜きも」と報道

しかし、この会議の結果を伝える日本経済新聞5月29日朝刊1面トップには、「対象者限定なら骨抜きも」という見出しがある。

日本経済新聞2014年5月29日朝刊
日本経済新聞2014年5月29日朝刊

経済界の本音では、対象者はできるだけ広げたいようだ。

同日の日経新聞には「編集委員 瀬能繁」の署名入りで「労働時間規制を緩和 改革 形だけでは困る」(こちら)という関連記事があり、次の意見が表明されている。

これまで手付かずだった「岩盤規制」にひとまず風穴をあけるのはまずは前進だ。日本人一人ひとりが今よりも生産性を高められるような柔軟で多様な働き方は欠かせない。

(中略)

甘利経済財政・再生相が「ちょっと限定しすぎではないか」と語ったのはもっともだ。新制度をうまく使えば、企業の中核人材がもっと効率的に働きやすくなる。具体的な制度設計を担う労働政策審議会には規制緩和を形だけに終わらせないように注文したい。

対象者はできるだけ広げたい、当初の対象者は限定的でも、それを端緒として「岩盤規制」に穴をあけていきたい、という経済界の意向がここに伺える。

さらにNHKの5月28日20時40分のニュース「新「労働時間制度」創設へ検討指示」(こちら)によれば、次の経団連会長に就任する榊原定征・東レ会長も「将来的には労使の合意のうえで一般の労働者にも適用を広げることも検討してほしい」と述べたという。「限定」は経済界が望むところではないのだ。

「将来は一般労働者も適用を」

産業競争力会議の民間の有識者議員で、次の経団連会長に就任する東レ会長の榊原定征氏は記者団に対して「時間でなく成果で給与を決める制度について議論した。民間側としては労働時間に縛られない働き方を選択肢の一つとして加えてほしいと提案した」と述べました。

そのうえで「産業界としては国際競争力を強化するためにも労働時間に縛られない成果で働くという制度の導入を強く求めており、その範囲も研究者や技術者などに広げてほしい。また、将来的には労使の合意のうえで一般の労働者にも適用を広げることも検討してほしい」と述べました。

「多くの労働者にとっては関係のない話」なのか?

経済界が「新しい労働時間制度」の対象を「限定的」と(表向きは)強調するのは、「業務量が多すぎるために残業を余儀なくされる自分達が、その長時間労働の現状が変わらないまま残業代ゼロになるのは、納得できない」と考える多くの労働者の批判をかわしたいからだろう。「全労働者の1割に満たない」という長谷川主査の発言(と伝えられているもの)も、「あなたたちは関係ないよ」と関心をそらそうとする発言と考えられる。

5月23日の産経ニュースのインタビュー(残業代ゼロの働き方 安永貴夫氏「過労死や自殺を助長」、城繁幸氏「むしろ長時間労働減る」こちら)で、城繁幸氏も、「新制度の導入で、対象者は労働者の何割くらいになると考えられるか」と問われ、

年収1千万円超のBタイプでせいぜい全体の1~2%程度で、年収に制限のないAタイプの人を含めても全労働者の1割に満たないのではないか。多くの労働者にとっては関係のない話だろう

と答えている。ここでも「全労働者の1割に満たない」という表現が使われ、「多くの労働者にとっては関係のない話だろう」と評されている。

しかし、本当に「関係のない話」なのだろうか?

「全労働者の1割」は「ホワイトカラーの1割」ではない!

「1割に満たない」と言われれば、周りを見渡して「じゃあ、自分は関係ないか」と思ってしまいがちだ。しかし、ここで言われているのは「全労働者の1割」である。「ホワイトカラーの1割」や、「自分の会社の社員の1割」ではないことに注意しよう。

では「全労働者の1割」とは、ホワイトカラーの何割に相当するのだろうか?

平成22年国勢調査抽出詳細集計(総務省統計局)から雇用者の内訳を円グラフにして示すと次の通りとなる。労働基準法に言う「労働者」とは、「事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者」を指す(第9条)ため、国勢調査のデータでも「雇用者」だけを対象とし、役員や自営業主、家族従業者などはあらかじめ除いてある。

雇用者の内訳(平成22年国勢調査)
雇用者の内訳(平成22年国勢調査)

※1:ここで言う「販売」とは、職業大分類「販売従事者」から、職業中分類「営業職業従事者」を除外したもの

※2:「その他の正規の職員・従業員」とは、職業大分類「サービス職業従事者」「保安職業従事者」「農林漁業従事者」「生産工程従事者」「輸送・機械運転従事者」「建設・採掘従事者」「運搬・清掃・包装等従事者」「分類不能の職業」の合計

これによると、「管理的職業」「専門的・技術的職業」「営業」「事務」に従事している雇用労働者は、雇用労働者全体の35%を占める。この中には、比較的定型的な業務を担当する一般職の事務職員も含まれる。

であるならば、「労働者全体の1割に満たない」とは言っても、ホワイトカラーの正社員にとっては実は身近な問題だということがわかる。ざっと考えて、ホワイトカラーの正社員3、4人に1人が「新しい労働時間制度」の対象者である可能性が高いのだ。

世論操作に気をつけよう

生活保護費の抑制に向けた制度改正では、「生活保護の不正受給」といった内容の報道が積極的に行われ、生活保護受給者や潜在的な受給資格者とその他の国民の分断が画策された。

「新しい労働時間制度」についても、「現行制度では、ダラダラと長時間働く社員ほど残業代を多くもらえる」といった言説によって分断が画策されている。しかし、「自分は残業代を目当てにダラダラと仕事をしているわけじゃない!仕事が終わらないから、やりたくない残業をやむなくやっているのだ!」という人が多ければ、そのような分断工作は効を奏しない。

そのため関心をそらそうと、「全労働者の1割に満たない」という表現が使われているように思われる。しかし、「全労働者の1割」であってもホワイトカラーの正社員にとっては身近な問題であり、「風穴」と言われているように、これは一般労働者全体にも大きくかかわる可能性が高い話だ。

「新しい労働時間制度」の検討は今後も続く。関心を持ち続けたい。

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* この5月28日の長谷川主査の提案の問題点については、下記が非常にわかりやすい。

「残業代ゼロ」を考える~ブラック企業撲滅どころか、ブラック企業に栄養を与える世紀の愚策(佐々木亮)- Y!ニュース(こちら)