なし崩しに進みかねない労働時間規制緩和

労働時間と報酬のリンクを外した「新たな労働時間制度」の創設が大きな争点となってきた。

同制度の提案は、長谷川閑史:産業競争力会議雇用・人材分科会主査より、4月22日開催の「第4回 経済財政諮問会議・産業競争力会議合同会議」にて行われた。提案文書「個人と企業の成長のための新たな働き方 ~多様で柔軟性ある労働時間制度・透明性ある雇用関係の実現に向けて~」は、同会議HPから入手できる(こちら)。

同会議で安倍首相は提案を受けて、「時間ではなく成果で評価される働き方にふさわしい、新たな労働時間制度の仕組みを検討してほしい」と表明。労働時間規制緩和の動きが再び現実味を帯びてきた。

同提案では、労働時間と報酬のリンクを外した「新たな労働時間制度」として、2つのタイプが提示されている。

Aタイプは「労働時間上限要件型」と呼ばれており、労使の合意と本人の希望選択をもとに適用され、労働時間に応じてではなく、職務内容や成果等を反映して報酬を支払うタイプである。

Bタイプは「高収入・ハイパフォーマー型」と呼ばれており、年収1千万円程度の年収下限要件を定めた上で、本人の希望に基づき、仕事の成果・達成度に応じて報酬を支払うタイプである。

朝日新聞は4月22日の朝刊1面トップ「『残業代ゼロ』一般社員も」(こちら)で、いち早くこの動きに警告を発した。各紙もこの提案への懸念を報じている。

・ 朝日新聞4月23日「『残業代ゼロ』厚労省懸念 『企業の立場強い』 競争力会議」(こちら

・ 毎日新聞4月23日「労働時間:規制緩和案 労使合意で大半適用 際限ない労働時間に不安」(こちら

・ 毎日新聞4月24日社説「労働時間規制緩和 成果主義賃金の危うさ」(こちら

・ 東京新聞4月24日社説「残業代ゼロ案 際限なく働かせるのか」(こちら

各紙に示された主な懸念は

  • 企業が社員を長時間働かせたうえで賃金を抑えたり、歯止めなく労働時間が長くなったりするのではないか
  • 企業のさじ加減で決まりかねない「成果」を求められることによって、労働者が過剰労働や解雇など不利益を被るのではないか
  • 働き手本人の同意が条件だが、経営者の立場が強いため、本人同意が強制されるのではないか

といったものであり、

  • 違法な長時間労働や不払い残業で社員を使い捨てるブラック企業を一掃し、ワーク・ライフ・バランスの実現や非正規社員の待遇改善から取り組むべき
  • 「過労死等防止基本法案」の超党派による国会提出の努力に反する

といった見解が表明されている。

ふだんビジネス寄りの論調が目立つ日本経済新聞も、4月23日の記事「労働時間規制見直し 安倍政権、宿願に再挑戦」(こちら)の中で、

民間議員が新たに提案した仕組みにも課題はある。経営側が能力が未熟な社員に制度を適用すれば、成果が出るまで報酬につながらない残業を迫られ、いわゆる「ブラック企業」を助長するとの批判もある。

と述べており、慎重な議論が必要との認識を示している。

ただし読売新聞4月23日記事「長時間労働見直し指示…諮問会議で首相」(こちら)は、A・Bの2タイプが提案されていることを明記しておらず、「おおむね1000万円以上の年収があることを想定」と、提案の内容を誤認させるような報じ方をしており、特に懸念も表明していない。

今後、各方面から、一層の議論が進められていくだろう。そこで以下では、今後の議論に資することを願って、長谷川氏から会議に提出された「個人と企業の成長のための新たな働き方」(以下、「長谷川提案」と略記)の記述の中から、特に気になる点を列挙しておきたい。

(1)若手社員や営業職もターゲット?

「長谷川提案」のうちAタイプについて、日本経済新聞の上記4/23の記事では「子育て期で出社が難しい女性が念頭にある」と紹介している。読売新聞の上記4/23の記事でも「子育てや介護など労働者の事情に合わせた働き方ができるように」と報じられている。

しかし「長谷川提案」には2つの気になる言葉がある。「営業職」と「若者」だ。

「営業職」は、次の文脈で登場する。

【働き方に対する新たなニーズ】(例)の第4項目

職務等に限定のある「多様な正社員」など、裁量労働制の対象外だが職務内容を明確に定められる者(ex.営業職)について、労働時間ベースではなく、ジョブ・ディスクリプションに基づき、成果ベースでワーク・ライフ・インテグレーションの下で働くニーズ。

(「長谷川提案」p.2)

「働くニーズ」とあるが、働く側のニーズなのだろうか?それとも、働かせる側のニーズなのだろうか?

例えば新規開拓営業を考えてみよう。月々の新規契約件数の目標値が設定されている場合、それを易々とクリアできる社員は、さっさと目標をクリアして自由な時間をたくさん確保したい、というニーズがあるかもしれない。とはいえ、報酬をアップさせるから目標値もアップするよ、というプレッシャーが上司からかかりそうだ。

一方、なかなか新規契約が取れない営業部員の場合、彼に支払う報酬は会社側からは強く「コスト」として認識されるだろう。労働時間ベースではなく成果ベースで報酬を支払うことが可能になれば、会社側の負担は大幅に軽減されそうだ。

そう考えると、「営業職」に「ペイ・フォー・パフォーマンス」の報酬を支払い、何時間働こうが成果につながらない労働時間には報酬を支払わずに済む新制度は、会社側にとっては、実に好都合だろう。

もう1つの気になる言葉「若者」は次の文脈で登場する。

また、成果ベースで、一律の労働時間管理にとらわれない柔軟な働き方が定着することにより、高い専門性等を有するハイパフォーマー人材のみならず、子育て・親介護世代(特に、その主な担い手となることの多い女性)や定年退職後の高齢者、若者等の活躍も期待される。

(「長谷川提案」p.3)

子育て・親介護世代に時間制約があることはわかる。高齢者も長時間労働は敬遠したいかもしれない。しかしここになぜ「若者」が入ってくるのか、理解に苦しむ。「長谷川提案」には、なぜ柔軟な働き方が「若者等の活躍」につながるのか、説明はない。

一方で、年収要件がないAタイプについては、

職務経験が浅いなど、労働時間を自己の能力で管理できない者や、随時の受注に応じて期日までに履行するなど、労働時間を自己の裁量で管理することが困難な業務に従事する者は、対象とすることができないものとする。

(「長谷川提案」p.3)

という記述もある。

「若者」は「職務経験が浅い」者だと思うのだが、それでも「若者」が対象に入っているということは、例えば新入社員は対象とはできないが、入社半年後や1年後の若手社員なら対象とできる、ということだろうか?

もしそうだとすれば、先の「営業職」と合わせて考えると、次のようなことが可能になってしまいそうに思える。例えば月給20万円で新卒を営業職で採用し、半年間は契約が取れなくても20万円と残業代を支払う。半年経過後は最低賃金をかろうじて上回る月15万円程度の基本給を保障した上で、それ以上の給与は契約件数に応じた成果給で稼ぐことを求め、何時間働こうが契約がとれなければ月15万円しか支払わない。そうすれば、契約が取れない若手社員を上司が時間をかけて育成する必要もなく、自分から辞めてくれるだろう。・・・果たしてこのような想定は、杞憂だろうか?

(2)「労働時間上限要件型」も強制されるのは休日日数の設定のみ?

一般社員も対象としたAタイプは「労働時間上限要件型」と呼ばれており、長時間労働への配慮があるように見える。しかし、実際には、一日の労働時間の上限が法的に設定されるわけでもなく、翌日の勤務開始までの休息時間の下限が法的に設定されるわけでもなく、強制的に設定されるのは「強制休日日数」だけのようだ。

対象者の労働条件の総枠決定は、法律に基づき、労使合意によって行う。一定の労働時間上限、年休取得下限等の量的規制を労使合意で選択する。この場合において、強制休日日数を定めることで、年間労働時間の量的条件等については、国が一定の基準を示す。

(「長谷川提案」p.3)

大手企業でも過労死ラインの80時間をはるかに上回る160時間や200時間の月あたり残業時間を三六協定の特別条項で認めてしまっているような現状の中では、労使合意だけで過労を防ぐ労働時間の上限が設定されることは期待しにくい。

(3)高収入・ハイパフォーマー型は労働時間上限規制なし?

一般社員も対象としたAタイプについては、上記(2)の通り、多少とも労働時間への配慮が記されている。しかし、高収入・ハイパフォーマー型のBタイプについては、

使用者は利用者の就労状況を把握し、取得した情報は産業医面談、健康診断受診等の健康管理に活用する。

(「長谷川提案」p.4)

とあるのみで、労働時間に上限を設けて過労を防ぐ、という配慮は見られない。

内閣府の規制改革会議が2013年12月5日に「労働時間規制の見直しに関する意見書」(こちら)を公表した際には、「(1)労働時間の量的上限規制、(2)休日・休暇取得に向けた強制的取り組み、(3)一律の労働時間管理がなじまない労働者に適合した労働時間制度の創設、は相互に連関した課題である」として、「規制改革会議では、上記3つをセットにした改革として、労使双方が納得できるような『労働時間の新たな適用除外制度の創設』を提案したい」とされていた。

それに対し、「長谷川提案」のBタイプでは、労働時間の量的上限規制は提案に含まれておらず、労働者の健康への配慮は規制改革会議の意見書に比べ、より後退したものとなっている。

(4)「働きすぎ防止に真剣に取り組むことが改革の前提」と言うが・・・

「長谷川提案」は、「働き方改革」に取り組むにあたっては、「働き過ぎ防止や法令の趣旨を尊重しない企業の取り締まりなどを徹底」したうえで行うことが重要と冒頭で記している。

「働き方改革」を進めるにあたっては、働き過ぎ防止に真剣に取り組むことが改革の前提となる。

(「長谷川提案」p.1)

まずは、長時間労働を強要するような企業が淘汰されるよう、問題のある企業を峻別して、労働基準監督署による監督指導を徹底する(労働時間の実績に関わる情報開示の促進など)。

(「長谷川提案」p.1)

しかし、「働き過ぎ防止」については、上記(2)に見たように、一日の労働時間の上限の法的な設定や翌日の勤務開始までの休息時間の下限の法的な設定などは想定されておらず、「強制休日日数」の他は、労使の合意による労働時間の量的規制にゆだねるとしているようだ。

また、上記(3)に見たように、ハイパフォーマーの「働き過ぎ防止」の配慮は無きに等しい。

さらに、労働基準監督署による監督指導を徹底するというと、聞こえは良いが、実際に提案されているのは、「情報開示の促進」など、ごく控えめなものにとどまる。従来から労働時間に実質的な意味での絶対的な上限がなく、長時間労働に対して労働基準監督署が監督指導できる範囲が限られていることも、ここでは考慮されていないように見える。

(5)反対があっても「特区」を手掛かりにしてなし崩しの実施へ?

最後に看過できないのは、

新たな労働時間制度については、早期に全国一律での展開が不可能な場合には、国家戦略特区や企業実証特例にて速やかに検討を行うことも一案である。

(「長谷川提案」p.5)

という記述があることだ。

各紙が懸念を示していることからもうかがわれるように、この「長谷川提案」のような「新たな労働時間制度」が国会審議を経てすんなり法制化されるとは考えにくい。しかし、国家戦略特区では「追加の規制の特例措置の検討をスピード感をもって進め」ることとされており(注1)、当該規制にかかわる関係府省庁の長は、不同意をすることが難しい構造となっている。そして既に指定された国家戦略特区には、「東京圏」「関西圏」という主要都市圏も含まれている。さらに、国家戦略特区は「岩盤規制の突破口」として位置づけられている(注2)。そのため、国家戦略特区における労働時間規制緩和を手掛かりとして、なし崩し的に全国的な労働時間規制緩和へと展開していく可能性も危惧される。

筆者もこの間の経緯を熟知しているわけではなく、今後、この「長谷川提案」がどのように検討されていくのか、十分見通せているわけではない。しかし、よくわからないから発言を控えておく、というのはまずい問題だと考えており、あえて投稿することとした。関係者の活発な議論を期待したい。

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(注1)「国家戦略特別区域基本方針」(こちら)2014年2月25日閣議決定

(注2)竹中平蔵の「経済政策ウオッチング」:「『岩盤規制』の突破口となる国家戦略特区、その生命線はスピード感」nikkeiBPnet(2014年1月27日)(こちら

なお、竹中平蔵氏は産業競争力会議の議員であり、国家戦略特別区域諮問会議の議員でもある。両会議の議長は共に、安倍晋三内閣総理大臣。