【見えている日常の違い】

 前回の記事「就活中の学生が気づきにくい、募集要項の落とし穴」(こちら)では、毎月の給与の中に一定額の残業代をあらかじめ組み込んでおく固定残業代の問題を取り上げた。

 ツイッターでは、残業代が適切に支払われていない当事者からと思われる反応も見られた。「自分も引っかかった」「前職がそうだった」「うちの会社のことですね」「残業代はうちの会社ではゼロ」「残業代が出るのは最初の半年ぐらいですよね」等々(表現はあえて若干変更してある)。

 一方で「これはひどい・・・詐欺みたいなものだな」といった反応も見られた。

 つまり、人によって見えている日常は大きく異なっている、ということだ。

 では、(固定残業代という形をとるかどうかは別として)不払い残業はどの程度の広がりをもった問題なのだろうか?

 以下では連合総研が2013年に実施した「第26回勤労者短観」(※1)(こちら)から、不払い残業はどのぐらいの広がりをもった問題なのか、把握してみたい。

【残業は当たり前なのか?】

 不払い残業の広がりを見る前に、残業そのものの広がりを見ておこう。同調査では2013年9月に所定労働時間を超えて働いたかどうかを尋ねている。その結果は、下の円グラフの通り。所定労働時間を超えて働いた者は35.3%であり、所定労働時間を超えては働かなかった者が52.5%を占める。正社員に限ってみると、所定労働時間を超えて働いた者は男性正社員で49.5%、女性正社員で33.4%となっている。

所定外労働の有無(連合総研「第26回勤労者短観」より筆者作成)
所定外労働の有無(連合総研「第26回勤労者短観」より筆者作成)

 つまり、残業(所定外労働)があることは、誰にとっても当たり前、ではないのだ。

【残業は「させてはならない」もの】

 労働基準法(条文はこちら)は第1条において「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。」と定め、第32条において「使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。」「使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。」と定めている。

 残業は本来、「させてはならない」ものなのだ。「させてはならない」残業をさせるには、あらかじめ従業員の過半数代表者または労働組合との間に、「時間外労働・休日労働に関する協定」(36協定・サブロク協定)を締結し、労働基準監督署に届け出ていなければならない。さらに、上記の法定労働時間を超えて残業をさせる場合には、25%増以上の割増賃金を払わなければならない(※2)。

 つまり、労働者の同意を得る手続きと割増賃金によって、残業の抑制が図られているのだ。そして上記の円グラフに見るように、所定労働時間の範囲で働いていたという者が、男性正社員で約4割、女性正社員で約半数は存在するのである。

【不払い残業は当たり前なのか?】

 とはいえ、男性正社員の場合には、残業を行った者の方が、所定労働時間の範囲で働いていた者よりも割合が高くなっている。では残業をしている労働者のうち、不払い残業をしている者はどのくらいの割合なのだろう?

この調査では、残業手当が支給される立場で、2013年9月に所定外労働を行った人に対して、残業手当の申告をしなかった時間があるかどうかを尋ねている。

 結果は下の円グラフの通り。残業手当の未申告(賃金不払い残業)がある者は男性正社員で39.7%、女性正社員で34.1%となっている。他方で、申告しなかった時間はない(=残業手当はすべて申告している)者が男性正社員で55.1%、女性正社員で61.5%となっている。

賃金不払い残業の有無(連合総研「第26回勤労者短観」より筆者作成)
賃金不払い残業の有無(連合総研「第26回勤労者短観」より筆者作成)

 つまり、残業をしている者の場合にも、不払い残業は必ずしも当たり前ではないのだ。(※3)

【「まともな企業」と「まともでない企業」の存在】

 だから大した問題ではない、と言いたいわけではない。何が言いたいかというと、世の中には「まともな企業」と「まともでない企業」があるということだ。

 「まともな企業」は、残業せずに帰宅できる企業か、残業があっても適正に割増賃金を支払う企業である。適正に割増賃金を支払っているならば、長時間労働の抑制効果も一定程度は期待できる。

 他方、「まともでない企業」は、残業があり、しかもその残業代を一部しか支払わない、もしくはまったく支払わない企業である。申告しなかった残業時間があると回答した者にその理由を尋ねた結果では、「働いた時間どおり申告しづらい雰囲気だから」「申告する際、上司から調整するよう言われたから」「残業手当に限度があるから」などの理由が挙げられている。

従業員の残業代を全く支払わなくて済むなら、あるいは、一定の限度内しか支払わなくて済むなら、企業側には長時間労働への抑制は働かず、むしろ、できるだけ長時間労働させようという誘因が働く。企業は、不払い残業をさせればさせるほど、不当に利益を上げることができてしまう。

 そのような企業の存在は、そこで働く労働者を苦しめるだけでなく、まともであり続けようとする企業を不公正な競争に巻き込む。

 不払い残業を「当たり前」「どこにでもあること」ととらえることは、そのような構造を容認することに通じてしまう。

 「まともでない企業」に働く人には、目の前の日常が決して当たり前ではないのだということを知ってほしい。そしてまた、当たり前ではないその日常は、耐えているだけでは変わらないことも。

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(※1)連合総研(連合総合生活開発研究所)「第26回勤労者短観」(「勤労者の仕事と暮らしについてのアンケート」調査報告書)(2013年12月)

首都圏および関西圏に居住する20 代から60 代前半までの民間企業に雇用されている者を対象とし、(株)インテージにモニター登録をしている雇用者にWEB画面上での回答を依頼。2000名の回答を分析(男性正社員923名、男性非正社員201名、女性正社員386名、女性非正社員490名)。調査実施は2013年10月。

(※2)

こういった基本的な労働法については、厚生労働省の「知って役立つ労働法」(こちら)や、東京都産業労働局の「ポケット労働法」(こちら)などのわかりやすい解説冊子がネットでPDF公開されている。

(※3)

ただしこれは、残業手当が支給される立場で、かつ所定外労働を行った者についての結果である。同調査結果によれば、残業手当を「支給される立場ではない」という者が、男性正社員では39.5%、女性正社員では26.2%を占めており、20代の男性(ただし非正社員を含む)でも「支給される立場ではない」者が20.2%に及んでいる。これらの中には、不適切な形で「管理監督者」扱いになっている場合(いわゆる「名ばかり管理職」)や、「裁量労働制」「事業場外労働のみなし制」「年俸制」が不適切な形で運用されている場合も含まれている可能性があることに注意が必要である。

■2014年3月5日追記■

首都圏青年ユニオン事務局長の山田真吾氏より、上記の記事と「併せて読みたい」文献として、柴田英樹「働く人の生活時間の現状と長時間労働への対応」(参議院事務局企画調整室編集・発行『立法と調査』No.335、2012年12月、PDFはこちら)をご紹介いただいた。謝してここに追記する。