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試合前に”巨人仕様”で25分間の打撃練習も。高校野球初の東京ドーム開催で感じたこと

上原伸一ノンフィクションライター
今年の東・西東京大会の準決勝、決勝の計6試合は東京ドームで行われた(筆者撮影)

東京ドーム開催になった背景に東京の球場事情も

「高校野球もドーム球場でやればいいのに」

「いやいや、灼熱の太陽のもと、汗と泥にまみれてやるのが高校野球なんだよ」

地球温暖化が進み、明らかに昔とは夏の暑さが変わっている中、毎年頻繁に交わされているのがこんな会話だ。

意外かもしれないが、高校野球とドーム球場は無縁ではない。例えば、2005年夏にはナゴヤドームで愛知大会の準決勝と決勝が行われている。ただ、その試合をテレビで見た個人的な印象は、どこか高校野球という感じがしない、というものだった。

果たしてドームでやると高校野球は違うものに映るのか?

筆者は野球専門誌の記者として、東京ドーム初開催となった、東・西東京大会の準決勝と決勝、合わせて6試合を取材した。そこで感じたことをお伝えしたい。

試合会場に東京ドームを使用することになったのは、アマチュア野球の聖地・神宮球場が、東京オリンピックの期間中、資材置き場になったからだ。神聖なるグラウンドに何を置くのか、重たい資材が置かれたら、グラウンドは大丈夫か…と懸念していた野球関係者も少なくなかったが、開会式で神宮球場がドローンの待機所であったことが判明した。

高校野球初の東京ドーム開催は本来、昨年実現するはずだった。だが東京オリンピックの1年延期に伴い、1年遅れになった。

東京ドームを使うことになった背景には、東京に3万人程度収容できる球場が他にないという事情もある。例年、西東京大会のメーン球場になる八王子市民球場は約1万1千人であり、昨年東東京の独自大会(代替大会)決勝が行われた大田スタジアムは約3千人だ。

東、西ともに人気校同士の決勝ともなれば、神宮球場は外野席まで埋まる。ちなみに2019年夏の決勝の観衆は、2万5千人以上だったと記憶している。神宮が使えなければ、東京ドームで、となるのは、決定されたのが(観客の上限がなかった)コロナ禍前の2019年でもあり、自然な流れだったのだろう。

東京のメーン会場の1つである八王子市民球場(今年の東東京大会準々決勝、修徳対小山台。筆者撮影)
東京のメーン会場の1つである八王子市民球場(今年の東東京大会準々決勝、修徳対小山台。筆者撮影)

東京の全ての学校にとって未知の場所

東京ドームは中学硬式の統一王者を決める「ジャイアンツカップ」の試合会場にもなっている。その時にプレーしたことがある、という強豪校の選手も少なくないが、東京ドームは東京の全ての学校にとって未知の場所であった。

大会前の取材の際、ある強豪の監督に「東京ドームに進出したらどう戦うか?」と尋ねた時も「経験がないので…」という返事が返ってきた。ただし「想定できることはあります」と言うと、こう続けてくれた。

「心配なのはやはりフライですね。昼間は天井の色とボールの色がかぶって、ボールを見失いやすい、と聞きますから。でも、同じ条件での練習はできないので、準備のしようがありません(苦笑)。とりあえず、社会人やプロでプレー経験があるOBに情報を教えてもらいます。あとは涼しいので、好投手がいるところが有利かなと。神宮だと、真夏の日中は人工芝の照り返しもあって、グラウンドレベルの気温が相当高くなります。1日投げただけでかなり体力を消耗しますが、東京ドームなら、準決勝、決勝と連投も可能だと思います。硬く傾斜がきついと言われているマウンドに合うか、というのも1つの条件になりますが」

準決勝に進出した東西合わせて計8校の監督は、これに近い想定をしていたようだ。試合前のノックではどの学校もフライを多く打ち上げ、打球がどんな感じになるか、入念にチェックしていた。

それでもいざ試合となれば、ノックのそれとは違うのだろう。ノックの打球は飛んでくると予想できるが、試合の打球はとっさの対応になる。打球を見失ってポテンヒットにしてしまったり、フライの伸びが予測通りでなく、処理できずに長打にされたシーンもあった。これは致し方ない。苦労している様子も見受けられたが、各校の選手はほとんどのフライをしっかり捕球していた。

チケットは高額も上限に近い観衆が詰めかける

今回の東京ドーム開催で特筆すべきは準決勝、決勝と、試合前に25分間の打撃練習の時間が設けられたことだ。地方大会では極めて異例である。東京都高等学校野球連盟の粋な図らいと言っていいだろう。(都高野連はコロナで夏の甲子園に紐づいた大会が中止になった昨年、1試合でも多く試合をしてほしい思いから、東と西の優勝校が対戦する「東西決戦」を実施した)。

しかも打撃ゲージは2つである。実はプロでは試合前の打撃練習で、ゲージを2つ使えるのは、東京ドームをホームとする巨人だけ。ビジター(アウエー)のチームは1箇所でしかできない。これは打撃練習が開始される時間はすでに観客が入場しており、2方向から打球が飛ぶと危険だからだ。「気持ち良かったです」。打撃練習の感想を求められた選手は一様にそう口にした。

準決勝、決勝とも試合前は「ジャイアンツ仕様」で25分間の打撃練習の時間が設けられた(筆者撮影)
準決勝、決勝とも試合前は「ジャイアンツ仕様」で25分間の打撃練習の時間が設けられた(筆者撮影)

入場料はネット裏のSS席が4000円、内野のA席が3000円(全て指定席。感染予防のため、同伴者も1席空ける)など、球場使用料の関係上、高校野球としては設定が高額になったが(通常は一般1000円)、3日間とも試合前には完売したようだ。決勝は平日の月曜だったが、観衆は上限の5000人に迫る4900人。準決勝の2日間も土日だったのに加え、帝京高や日大三高など伝統校が登場するとあって、これに近い数の観衆が詰めかけた。

もしかしたら「緊急事態宣言下の東京で、なぜ高校野球でこれだけ観客を入れるのか?」「オリンピックは無観客なのにどうして?」という意見もあったかもしれない。だがあらためて実感したのが高校野球人気の高さだった。チケットが高額でもこれだけ試合を見たい人がいる…そうした人たちの視線を感じながらプレーできた選手たちは幸せである。

球場使用料の関係でチケットは通常よりも高額だったが、スタンドは3日間とも上限に近い観衆で埋まった(筆者撮影)
球場使用料の関係でチケットは通常よりも高額だったが、スタンドは3日間とも上限に近い観衆で埋まった(筆者撮影)

2年ぶりに登場した「ブラバン」と「チア」

生徒や保護者ら、学校関係者は外野席に陣取った。その中には「ブラバン」や「チア」の姿も。2年ぶりに夏の大会にふさわしい光景が戻ってきた。修徳高と関東一高との準決勝ではトロンボーンやチューバの音も鳴り響き、高校野球ってこうだったな…と思い返させてくれた。

昨年、夏の甲子園大会が中止になった時、高校球児には多数の同情の声が寄せられたが、彼らには独自大会(代替大会)が用意された。しかし感染対策上、「ブラバン」や「チア」の入場は認められず、野球応援がしたくて入部した彼ら、彼女たちは涙にくれたと聞く。

もちろん、外野席であってもマスク着用で、声を出しての応援はできない。ダイヤモンドからは遠いところでの応援になったが、選手たちは力強い手拍子に勇気をもらったに違いない。

外野席には「チア」や「ブラバン」が陣取り、お馴染みの高校野球の風景が戻ってきた(筆者撮影)
外野席には「チア」や「ブラバン」が陣取り、お馴染みの高校野球の風景が戻ってきた(筆者撮影)

さて、ドーム球場での高校野球はどうだったか?

私的にはグラウンドの選手たちは、球場がプロ野球のメッカになっても、全く変わりなく映った。彼らは確かに高校球児であった。

涼しさに助けられたところもあるのだろう。脱水症状を起こし、足がつった選手もいなかったようだ。

もしかしたら、一番涼しさの恩恵を受けたのは観客だったかもしれない。神宮であればたびたびアナウンスされる「熱中症にご注意ください」という喚起もなかった。

選手にも観客にも好評だった東京ドーム開催。「令和の新しい高校野球の形」を感じた人もいたようだ。経費面を考えると、今後も…というのは現実的には難しいかもしれない。それでも何年かに1度でいいから開催してくれたらと思う。

東京ドームは夢舞台「甲子園」の前に現れた、もう1つの夢舞台だった。

ノンフィクションライター

Shinichi Uehara/1962年東京生まれ。外資系スポーツメーカーに8年間在籍後、PR代理店を経て、2001年からフリーランスのライターになる。これまで活動のメインとする野球では、アマチュア野球のカテゴリーを幅広く取材。現在はベースボール・マガジン社の「週刊ベースボール」、「大学野球」、「高校野球マガジン」などの専門誌の他、Webメディアでは朝日新聞「4years.」、「NumberWeb」、「スポーツナビ」、「現代ビジネス」などに寄稿している。

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