Yahoo!ニュース

高齢者は原因なしで「うつ病」になる―治療法は確立

上田諭高齢者精神科専門医
(提供:アフロ)

 うつ病は、何かつらい出来事やストレスによって起こる、と思われている。しかし、それは高齢者については間違いだ。高齢者は、何も原因がなくてもうつ病になることが珍しくない。あるいは、原因があるといっても、「こんな小さなことでどうして?」と思うような原因であることが多い。

うつ病は原因不明、予防できない

 なぜか。もともとうつ病とはそういうものだからだ。外の出来事や、周囲からのストレスで起こるうつ状態はもちろんある。しかし、本来のうつ病とは、原因不明の脳の不調による病であり、精神科では従来、そのようなうつ状態のみをうつ病と呼んでいた。その見方が、主に若年・中年層で変わったのは2000年代に新たな副作用の少ない抗うつ薬が現れてからだが、高齢者のうつ病だけは変わっていない。

 降ってわいたようにうつ状態になり、心だけでなく身体にも言いようのないつらさを伴う。原因不明なので、ならないように気をつける方法はない、予防もしようがない。

 作家の森村誠一氏(88)は近著でうつ病を告白し話題になっているが、その本でも、生活に特に変化がないにもかかわらずうつ病に陥る様子が書かれている。(「高齢者の「身体性うつ」克服記を読みとく―森村誠一著『老いる意味 うつ、勇気、夢』」をご覧いただきたい。)

 しかし一方、高齢者うつ病は8割が良くなる病気である。治療法は確立されている。精神科を受診し、まずは抗うつ薬を中心とした薬を服用することである。抗うつ薬中心の治療が順調に進めば、3カ月以内に治る例が多い。抗うつ薬には多くの種類があり、どの種類の薬が効くかは事前にわからない。効く薬がなかなかみつからない、または薬の副作用(吐き気、眠気など)の方が目立つような場合は、治るまでに1年以上かかる場合がある。症状が重く、生活や食事がままならない場合は、数か月の入院治療も必要になる。

 とくに重症で、ほとんど動けなくなったり、妄想的な考えがわいたり、自殺しか考えられなくなったりしたときには、早期の治療のために通電療法(電気けいれん療法)という治療法がある。麻酔をかけて意識のない状態で、頭部に2~8秒間電気を通す治療で、うつを治す効果は確実で早い。痛みも後遺症もない。安全を最優先に、大学病院を中心に全国で行われている。

きっかけなく熱っぽさとだるさが続いた例

 何も原因なくうつ病が起こった例を紹介したい。(個人の特定を避けるため、実際の症例の細部を改変している。)

 70代女性の主婦(元会社員)。大卒後、会社勤務。結婚後、2男をもうけた。旅行が趣味で、63歳で定年退職後も、年数回は国内外を夫と旅行した。持病などはなかった。

 新型コロナウイルスが流行して気になっていたとき、熱っぽい感じがして測ると37.1度で、市販の風邪薬を飲んだ。熱は下がったが、だるさを感じるようになった。熱が心配で何度も体温を測ったが、いつも平熱だった。1カ月たっても、熱っぽさとだるさがとれないため、病院の総合内科を受診した。血液やレントゲン、心電図など一通りの検査をしたが、何も異常がないと言われた。熱っぽさとだるさは徐々にひどくなり、食欲もなくなった。「どこか体が悪いはずだ」と思い、さらに1カ月後、大学病院の総合診療科を受診し、詳しい検査をしたが問題はなかった。

 気分転換に旅行をと夫に誘われたが、外出がおっくうで行く気も起きなかった。熱っぽさを訴えて、横になってばかりいるようになった。夫の強い勧めで、精神科外来を受診した。症状出現から4カ月たち、食事量が減って体重が10キロ近く低下していた。

 「悩みもストレスもないんです」と訴えると、医師は、心の悩みからくるうつと原因不明だが身体的要素からくるうつがあると話し、後者のうつの場合は服薬が一番大切だと説明した。処方された抗うつ薬は1週ごとに用量が増え、3週後には熱っぽさとだるさがなくなり、落ちていた食欲も徐々に回復。2カ月後にはすっかり元の状態になった。再発予防のため、服薬と通院を続けた。

身体症状が主に現れる不定愁訴型

 きっかけなく、熱っぽさと倦怠感が現れて悪化したが、身体的問題はみつからず、精神科での抗うつ薬の服薬で治った例である。この例のように、身体症状が主に現れ、遅れて気分の落ち込みや意欲の低下といった典型的なうつ症状が続く例がある。高齢者うつ病のなかでも、不定愁訴型と呼ばれる。各病院で身体的にどこも悪くないと言われ、困惑と孤独感が募ったに違いない。心の要因としてはコロナ感染への心配があるが、誰もが感じる程度のものであり、うつ病になる原因とはとてもいえない。しかし、症状は重く、本人の苦痛も強かった。

 不定愁訴型のほかに、気分が落ち込みおっくうで動けなくなる制止型、気持ちが落ち着かず身の置き所がないと感じる焦燥型もある。いずれも、原因が何もなくても発症することがある。このような症状が見えた時は、いち早く精神科を受診してもらいたい。

 詳しい解説は『高齢者うつを治す―「身体性」の病に薬は不可欠』(日本評論社)を参照していただきたい。

高齢者精神科専門医

京都府生まれ。1981年関西学院大学社会学部卒。朝日新聞記者を経て、96年北海道大学医学部卒。都老人医療センターなどの精神科で、高齢者うつ、認知症の医療に従事。米Duke大学で電気けいれん療法研修修了。日本医科大学精神神経科、戸田中央総合病院メンタルヘルス科部長ののち、2022年東京さつきホスピタル勤務。北辰病院(越谷市)で高齢者専門外来。精神保健指定医。医学博士。日本老年精神医学会専門医・指導医。著書『高齢者うつを治す―「身体性」の病に薬は不可欠』『治さなくてよい認知症』(日本評論社)、『認知症そのままでいい』(ちくま新書)、訳書『精神病性うつ病―病態の見立てと治療』(星和書店)など。

上田諭の最近の記事