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「何が起こるか読めてしまうのが嫌」フワちゃん、ムラムラタムラを“発掘”した「アングラD」が求めるもの

てれびのスキマライター。テレビっ子
『有田ジェネレーション』に「アングラD」として出演する松本D (c)TBS

【シリーズ・令和時代を闘う芸人(番外編)】

松本健人ディレクターインタビュー

個性的で注目の若手芸人を紹介するシリーズ連載。今回は番外編としてそんな若手芸人を“発掘”し続け、『有田ジェネレーション』(TBS系列(一部地域を除く)で毎週月曜深夜 0:58〜放送中)では、「アングラD」の異名をとる松本健人ディレクター。「総合演出でもプロデューサーでもない下っ端ディレクターの僕みたいなもんが何を語っているんだって人が続出だと思います」と謙遜する彼だが、桐野安生、ムラムラタムラ、ゴスケなど一癖も二癖もある芸人たちを世に問うてきた。コンビ時代のフワちゃんをいち早く見出し地上波のテレビに初出演させたのも彼だ。そんな松本Dとはどんな人物なのか。

■引きこもりからテレビディレクターに

松本Dは現在、フリーのディレクターとして『有田ジェネレーション』の他、『有吉の壁』(日本テレビ系)や『有田プレビュールーム』(TBS系)、時折単発で放送される『芸人報道』(日本テレビ系)などを担当している。

『有吉の壁』や『有田プレビュールーム』は、大きいチームの中の末端のディレクターなので、どちらかというとお手伝いとして勉強させてもらっている感じです。

元々テレビっ子で幼稚園の頃にはすでに『ねるとん紅鯨団』から『夢がMORI MORI』(ともにフジテレビ系)の流れに心を踊らすような子供だった。『とんねるずのハンマープライス』、『ダウンタウンのごっつええ感じ』(以上、フジテレビ系)や『電波少年』シリーズ(日本テレビ系)など、その時代の人気バラエティ番組は一通り嗜んだ。そんな中で特に好きだったのが、中学生の頃に放送していたMX TVの『テレバイダー』や、リアルタイムではないが『カノッサの屈辱』(フジテレビ系)だった。

高校を卒業すると、特にやりたいことが見つからず20歳まで2年間、家に引きこもっていた。ある時、中学・高校時代の美術部で一緒だった親友と久しぶりに再会。実はこの人物こそ、お笑い好きとしても知られるミュージシャンの澤部渡(スカート)だ。

その時、一番仲がいい相手なのに全然しゃべれない自分がいたんです。それで、ああ、2年間、人としゃべらないでいると、支障をきたすほどしゃべれなくなるんだと思って、リハビリじゃないですけど、仕事をしなきゃと。テレビが好きだったからテレビの制作会社を探したんですけど、その中で「スクイズ」という会社を見つけました。ロゴマークが野球のスクイズの影絵なんです。その系列会社に「ホームラン製作所」というのがあって、カキーンとホームランを打っているロゴマークなんです。ふざけてるなあと思って(笑)。こういうロゴマークと名前で会社を立ち上げるような人がこの奥にいるなら、ちょっと会ってみたいなと思って急に電話したら、「いいよ」ってそのまますっと入ることができたんです。

実はこの会社を立ち上げたのが田中経一。松本が大好きだった『カノッサの屈辱』を手掛けた人物だ。初めて会社を訪れた際、『カノッサの屈辱』復活特番の「携帯電話の歴史」で使われた孫正義がナポレオン風に描かれた絵が飾ってあり、松本は「ナポレ孫=正パルトだ!」と驚愕した。

運命に引き寄せられるようにテレビ業界に入った彼は、『虎の門』(テレビ朝日系)のADから本格的なキャリアをスタートさせる。その後、『ガキの使いやあらへんで!』(日本テレビ系)や『芸人報道』でADとしてキャリアを積み、『芸人報道』でディレクターデビューを果たした。

『芸人報道』は作家だけでなくディレクターも企画を出すタイプの番組なんです。それでディレクターに混じってADだった僕も企画を出してたんです。それが通って、じゃあディレクターをやってみろという話になりました。それが「すぐ言う芸」という企画。ターニングポイントになりました。

※注 「すぐ言う芸」は「どんな単語でも言われたらすぐ反対語にして返す」や「50音の一文字を言われたら○○らしい言葉で返す」など現在、多くの若手芸人が使用するフォーマット。『芸人報道』ではそうしたことができる芸人を集めて「すぐ言う王座決定戦」などが行われた。

AD1年目の頃、地方新聞を紹介するコーナーで、誕生したばかりの岩手ご当地ヒーローの情報を探すもなかなか見つからず、粘って取材し見つけた情報が芸人の口を通してウケたのが原体験だという。
AD1年目の頃、地方新聞を紹介するコーナーで、誕生したばかりの岩手ご当地ヒーローの情報を探すもなかなか見つからず、粘って取材し見つけた情報が芸人の口を通してウケたのが原体験だという。

■「アングラD」を作った挫折

『有田ジェネレーション』では「客が2~3人のライブにも足を運ぶ」と紹介されていたが、お笑いライブに通い出したのは、『芸人報道』を担当するようになってからだという。

最初は必要にかられて、「仕事」という意識が強かったです。芸人さんの情報を報道する番組なので、本当に細かい情報を毎日集めていったら詳しくなった。仕事をしていたら筋肉がついた感じですね。そこから虹の黄昏さんとかを好きになっていったんです。その頃、DVD制作をしている知人から声をかけられて作ったのが『ぴんく-1ぐらんぷり』でした。そのメンバーが、虹の黄昏さん、紺野ぶるまさん、馬鹿よ貴方はさん、スーパーニュウニュウさん、ランジャタイさん、ヒコロヒーさん、桐野安生さん、レオちゃん(現・ギャバホイ)さんという8組でMCはスルメさんだったんです。それは全部、僕がライブで見て好きになった人たちを集めたんです。

『芸人報道』終了後も『有吉ジャポン』や『有田チルドレン』(ともにTBS系)などを担当し、順調にキャリアを重ねていった松本だが、大きな挫折を経験する。ある憧れのチームがあり、会社に無理を言ってそのチームに入れてもらった。

完全に僕の実力不足で本当に何もできず、ただただご迷惑をおかけしたんです。自分でも信じられないくらい何もできなくて本当に足手まといになってしまいました。クビ同然でそのチームから抜けて、自分の中では一回終わった感じでした。いったん全部ゼロになった。ディレクターになって浮かれて、地盤ができていなかったのに沼地に家を建てようとしていたんだなって思い知らされた。本当に好きなチームだからこそ、大好きな子に振られただけでなく、「大嫌い」と言われた感じでした。そのタイミングで9年間在籍していた会社もやめて、1ヶ月、家でじっとしていました。

そんな中、『家、ついて行ってイイですか?』(テレビ東京系)や、前身番組『有田チルドレン』を担当していた縁で『有田ジェネレーション』から声がかかった。

そういう経緯なので『有ジェネ』にも途中から入っているんです。スタートから1年半くらい経っていたので、オーディションに来る芸人さんたちが1周していました。オーディションって各事務所さんに「面白い芸人さんはいませんか?」って募集するので、まずはピラミッドの頂点の層の人たちが来るんです。そういう人たちが1周した後、つまり自分の役割はピラミッドの上の三角形の部分ではなく台形の部分にいる人たちをライブから引っ張ってくるという役割。そういう芸人に詳しいということで呼んでいただいたんです。だから結果的に「アングラD」と呼んで頂くようになりました。普通にポップな芸風も好きなんですけどね(笑)。

■黒い服を着たフワちゃん

ディレクターとして多忙を極める中でも時間を見つけライブに通う。多いときは週に4~5日行くときもある。「気の利いた」ライブには極力足を運んでいる。

その中で惹かれるのは“発明・発見”のある芸人さん。教科書どおりではないというか、教科書を汲みつつも、ちゃんと自分の工夫を入れている人が魅力的です。誰になんと言われようとも「自分はこれを面白いと思っているんだ」というものをバーン!と突きつけられた時の気概や心意気がたまんない。それをぶつけられたくてライブに行っているみたいなところがあります。

やっぱり、芸人さんは自分が面白いと思うものを見つけちゃったら、それを信じてやるしかない。ただそれと引き換えに、そう簡単には認めてもらえない茨の道でもある。新しいものは排除されがちだし、批判を浴びることもある。だから、それが世に認められたときは本当に良かったなあって思います。

そんな松本Dが“発掘”した芸人は桐野安生、ムラムラタムラ、ゴスケ、ラ・サプリメント・ビバ……といずれも個性しかない芸人たち。「アングラD」と呼ばれる所以だ。中でもサプリメント・ビバは、既存の音源をサンプリングするという芸だけを20数年間やり続けている芸人。権利関係で許諾がおりないためテレビに出ることができない。大きな活躍の場がそもそも1つ断たれているのだ。「大きめのハリセンが必要ですよね」と松本が笑うように存在自体が大ボケだ。そんなビバを番組に出演させるため、『有ジェネ』の音源をすべて渡し、それで新ネタを作ってもらうというウルトラCを使って実現させたりもした。芸人が最大限力を発揮できるようにする舞台を作る彼の情熱は本連載のムラムラタムラのインタビューでも語られている。

“密”を回避するため球体に入ったムラムラタムラ。松本D「ドローンを使ったりしてどうにか小峠さんを引きずり出そうということは2人の共通認識でした」(c)TBS
“密”を回避するため球体に入ったムラムラタムラ。松本D「ドローンを使ったりしてどうにか小峠さんを引きずり出そうということは2人の共通認識でした」(c)TBS

そんな松本Dが“発掘”した人物の中にはフワちゃんもいる。

発掘というか、出会ったのが早かっただけです。誰が見ても人としてウソでしょってくらい面白くて、捕まえない手はないという感じでした。『有吉ジャポン』の「鈴木-1グランプリ」という鈴木編集長に向けてネタをやるという企画のオーディションで、まだ「SF世紀宇宙の子」という男女コンビを組んでいたフワちゃんに出会ったんです。ネタを書いていた芝山(大補)さんが奇才で、ちょっとシュールなネタをやっていました。それを演じているフワちゃんも、もうほぼいまのフワちゃん。“黒い服を着たフワちゃん”という感じ。あんな頭脳の人と表現者が組んでいるからすごい振り幅だった。大好きになったんで、第1回のときに出したくてプレゼンしたんですけど、そのときは採用されなくて、僕は悔しくてTBSの12階で泣きながらコンビニのチャーハンを食べたのを覚えてます(笑)。それで2回目の「鈴木-1」のオーディションは絶対に通したくて3人で作戦を立てて合格して番組に出てもらったんです。

■閉塞感が嫌

「とにかく閉塞感が嫌い」という松本は、これから何が起こるか読めてしまうのが嫌だという。だから、ナレーションでも「このあと、衝撃の展開が」のような定番の文言だけで終わらせたくないというのがディレクターとしてのこだわりのひとつだ。

『有ジェネ』でクビをかけたクイズ対決みたいな企画があったんです。坂本龍馬に関するクイズで2人の解答が割れた。普通なら「果たして正解は?」というナレーションでCMに行くんですけど、当時ナレーションを担当していたシオマリアッチさんのキャラに合わせて「果たして正解は? 先にググるんじゃねえぞ」って書いたんです。視聴率などには一切反映されないですけど、そういう工夫をSNSなどでクスッと笑ってもらっている反応があると励みになります。ザコシショウさんがナレーターのときも「この後はジェラードンがネタ披露」みたいにテロップはちゃんとつけておいて、ナレーションだけ「このあと ハンバランバンダランバー ハンダラー ハンマーカンマー お察しします」にしました(笑)。

松本D「ゴスケさんは天然記念物みたいな人。僕の好きなジャンルの『放っておけないよ枠』。楽しそうにやっているから、それがいい。あの人は天性の明るさがあります」(c)TBS
松本D「ゴスケさんは天然記念物みたいな人。僕の好きなジャンルの『放っておけないよ枠』。楽しそうにやっているから、それがいい。あの人は天性の明るさがあります」(c)TBS

そんな松本Dは11月18日に渋谷LOFT9で開催される「しぶロフ寄席」のキュレーターを務める。通常15組程度が出演するライブだが、松本Dが主催者側へ最初に送ったリストには約50組もの芸人が名を連ねていた。絞り込むのが大変だったと松本は苦笑いを浮かべる。

刺激が足りていない人に見てほしいです。毎日同じことの繰り返しで生きていて、閉塞感を感じている方に。僕が実際に見て圧倒された人たちばかりを集めました。これでいいか、というところで終わらせない人たちです。

僕もただ名前を挙げるだけじゃなくて、自分も汗をかきたいと思ったので、今回都合が合わずに舞台には立てない街裏ぴんくさんにはVTR出演をお願いして、僕がディレクターとして、ネタ以外の魅力を引き出すような映像を撮りたいと思っています。

松本は「僕みたいなもんが」という意識が常にあると繰り返す。その一方で「来た流れには身を任せる」ことを大事にしている。

以前、大好きなチームに実力不足のまま強引に参加して大失敗してから、あまり自分から求めて行かないほうがいいと思って、話が来たものを受けるというスタイルになったのかもしれません。

スタンスとしては、番組にせよ、「しぶロフ寄席」のキュレーターにせよ、今回のインタビューにせよ、頂いた話を、来た流れに身を任せたいという意識でいるんです。流される面白さが好きなんです。なにか知らないことが起きる面白さ

ただ、流されていると言っても、その流れは少なからず自分で呼び込んでいるんですよね。たとえば、自分がメキシコでトウモロコシ畑をやっていたら、こういう話は来ないわけじゃないですか。だから、僕の好きな方を選んでいった結果、この流れが来ている。だったら「僕みたいなもんが」と思っても、流されてみようと思っているんです。

憧れの芸人は藤井隆。松本D「藤井さんの写真を持って行って、この髪型にしてくださいと言って髪を切ってもらったりとかしたこともありました。それぐらいスターです」 (c)TBS
憧れの芸人は藤井隆。松本D「藤井さんの写真を持って行って、この髪型にしてくださいと言って髪を切ってもらったりとかしたこともありました。それぐらいスターです」 (c)TBS

■松本健人

1987年6月26日生まれ。北海道生まれ、東京育ち。フリーのディレクター。『虎の門』『ガキの使いやあらへんで!』『芸人報道』などのADを務めた後、『芸人報道』でディレクターデビュー。現在は『有田ジェネレーション』、『有田プレビュールーム』、『有吉の壁』、『芸人報道 年末SP』などを担当。

画像

しぶロフ寄席 ~キュレーターは松本ディレクター~

2020年11月18日(水)開場 19:30 / 開演 20:00(終演 22:30予定)

配信あり。12月2日(水)23:59まで視聴可能(その間も配信チケット購入可)

https://www.loft-prj.co.jp/schedule/loft9/160102 

【出演】

ムラムラタムラ、ゴスケ、ガロイン、キュウ、ランジャタイ、お天空音頭(元・キングofコント)、元祖いちごちゃん、笑福亭羽光、エスファイブ、小杉まりも、オダウエダ、ドッグ石橋、ママタルト、スルメ、モグライダー、虹の黄昏、べしゃりの達人(ゴスケ×スルメ)、街裏ぴんく『実録・街裏ぴんく』(VTR出演)ほか

(取材・文・撮影)てれびのスキマ 

(編集)大森あキ 

(取材日)2020年11月初旬

ライター。テレビっ子

現在『水道橋博士のメルマ旬報』『日刊サイゾー』『週刊SPA!』『日刊ゲンダイ』などにテレビに関するコラムを連載中。著書に戸部田誠名義で『タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?』(イースト・プレス)、『有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか 絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』、『コントに捧げた内村光良の怒り 続・絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』(コア新書)、『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『笑福亭鶴瓶論』(新潮社)など。共著で『大人のSMAP論』がある。

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