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「10分だけ時間をくれ!」ムラムラタムラのフリー芸人としての戦い方

てれびのスキマライター。テレビっ子
フリーのムラムラタムラ

【シリーズ・令和時代を闘う芸人(6)】

「ムラムラタムラ」インタビュー(後編)

個性的で注目の若手芸人を紹介するシリーズ連載。今回は今年1月、『有田ジェネレーション』(TBS)に「アングラ芸人」として突如出現し、大旋風を巻き起こしたムラムラタムラ。「もっこりからのりーこもちゃん」という意味不明なフレーズを奇天烈な動きとともにハイテンションに繰り返す一度見たら忘れられない存在だ。

その後も出演する度にスタジオをパニックに陥れ、そのインパクトゆえ、アンガールズ田中は『有ジェネ』が現在は「ムラムラ期」だと評するほど。最近は『有ジェネ』以外にも活躍の場を広げている。

前編では「りーもこちゃん」が生まれる大阪時代までの話を聞いたが、後編では上京しフリーとして活動する現在と未来への展望について語ってもらった。

※前編はこちら

■吉本からフリーへ

上京した当初、ムラムラタムラは東京吉本に所属していたが程なく吉本を辞めフリーとなった。

やっぱり吉本の若手が出る劇場は観客のほとんどが若い女性なんですよ。そうすると僕みたいな芸風はまったくウケない。それと当時は吉本以外の外のライブには出るなっていう風潮があったんです。それってつまり吉本の芸人以外とはかかわれないってことじゃないですか。僕の中で東京の強みのひとつって芸人の多さだと思うんです。本当はもっと知れる世界があるはずなのに、吉本内だけでやってると、それを得ることができない。吉本にいればオーディションとかはたくさん出られるかもしれないけど、自分の良さは、芸人に好かれることだと思うんです。だから入り口は芸人からだろうと思ってて。じゃあ、いろんなところに出られるほうがいいと吉本を辞めました。

いくつか事務所のオーディションも受けたんですけど、なかなかうまく行かず、そのうちに『有田ジェネレーション』の話が来たんです。そしたら、この流れでどこかの事務所に所属するのはカッコよくないなと思って、フリーで行けるところまで行ってみようと。どこまで行けるか挑戦してみようと思って、今はフリー。だから、ホリプロコムさんから声かけられたんですけれども、それも断りました。やっぱり見返してやりたいという気持ちも強いですね。

大阪ではたむらけんじにお世話になったというタムラだが、東京では天津・向によくしてもらったのだという。

東京に来た当初は「りーもこちゃん」より声優のモノマネの仕事のほうが多かったんです。向さんがやられているオタク系のイベントで『ジョジョの奇妙な冒険』のディオ役の子安武人さんや『弱虫ペダル』の森久保祥太郎さんのモノマネで出ていました。

そして『有田ジェネレーション』に“見つかった”。きっかけはタムラの思惑通り「芸人のつながり」と「様々なライブに出ていた」ことだった。

最初は、2年前くらいに「ディレクター推し芸人」枠のオーディションで受けさせてもらいました。同期で同居をしていたピン芸人の「ちびシャトル」が最初にオーディションを受けたんですけど、その時に「ムラムラタムラと一緒に住んでます」って言ってくれたらしいんです。そしたら「ネタ見たいから呼べないですかね?」って言われてつないでくれたんです。どうやら「K-PRO」のライブに出ていたのを見て知っていてくれたそうなんですよ。それで4日後くらいにネタ見せに行ったら「もしかしたら呼ぶかもしれないですし、何もなかったら呼ばないかもしれないです」って言われて、結局1年間呼ばれなかったんです。

それから1年後に電話がかかってきて「お久しぶりです。衣装も変わられましたよね?」って。ちゃんとチェックしてくれていたんです。「今の感じをもう一回見せてください」と。フリーなんでなかなかオーディションを受ける機会がないから、僕も必死で、やれるネタは全部やりました。そしたら、1週間後ぐらいに、「この間はありがとうございました、ぜひ来月の収録に来てください」となったんです。そのディレクターさんは松本(健人)さんという方なんですけど、最初は「松本D激推し芸人」みたいな枠で、という話だったんですけど、「アングラ芸人」という切り口でやろうということになりました。

現在はちぇく田、ソロデビュー's・あきやま、ちぐはぐ・あこうテック、あはは・荒川の5人で3LDKに同居中。「全部許しちゃうほうなんでケンカはあまりしないです。こういうやつだから仕方がないって」
現在はちぇく田、ソロデビュー's・あきやま、ちぐはぐ・あこうテック、あはは・荒川の5人で3LDKに同居中。「全部許しちゃうほうなんでケンカはあまりしないです。こういうやつだから仕方がないって」

■お笑い界の救世主

そうしてムラムラタムラはガロイン、街裏ぴんくとともに『有ジェネ』の「アングラ芸人2020下剋上バトル!」に出演する。

1回目の出演は「吐くくらい」の緊張感があったという。

それこそ街裏ぴんくさんは、面白さでいえば今のピン芸人の中でトップの存在。なのでそのプレッシャーもありました。とりあえず、めちゃくちゃにやるしかない、と。松本Dも、「マジで好きにやってください」「何も気にしないでください」って言ってくれたんです。「有田さんもそういうの受け入れてくれるから大丈夫です」って。「なんだったら最後は僕がやれと言ったことにするんで、本当にやりたいようにやってください」と。だから松本Dには本当に頭が上がらないです。あの人のおかげであそこまでやれたんです。

暴走するムラムラタムラを激しいツッコミで止める小峠英二。それにも引かず、暴れ続けるムラムラタムラ。この攻防は破壊的な爆笑を生み出した。

小峠さんが出てきてくれるとは思ってましたけど、ちんちんをめっちゃ蹴られるとは思わなかったです(笑)。本当に血が出てるんじゃないかと思って楽屋ですぐ確認しましたから! 家帰った後はちゃんと機能するかも。勃った、勃った!って(笑)。あのときはアドレナリンも出てたんで痛くても、痛がったりはしなかったんですけど、2回目に出るときは怖かったですね。でも、もう売れるんだったらちんちんダメになってもいいやって(笑)。

反響は絶大だった。Twitterのフォロワーの急増。芸人仲間からも絶賛の声が相次いだ。

同業者である芸人に「カッコよかった」って言われるのが一番嬉しいですね。Twitterで、ですよ。さんが「神回」と言ってくれたり、野田クリスタルさんが「ムラムラタムラさんこそがお笑い界の救世主なのか」とつぶやいてくれたり。人づてに聞いたんですが森三中の黒沢さんも、僕を見て「改めて芸人とは何なのかを感じた」と言ってくれていると。尊敬している人たちにそんなことを思われるなんて夢がありますよね。

今みたいに、ちょっと売れ出した、ちょっとテレビに出だすという状況が来るのが、僕はたぶん43歳くらいだと思ってたんです。「43にもなってこんなことしているんか、こいつ」と言われてテレビに出られるんじゃないかと。ずっと芸人仲間からも言われていたんですよ。「おまえがやるのって、おっさんがやるヤツやで」と。『R-1』でも、スギちゃんさんとかが活躍しだしてから、おっさん芸人が脚光を浴びるみたいな流れがあったんで、たぶん僕もそういうタイプなんだろうなみたいなのを思っていたんで、43までは全然やろうと。43になってテレビに出ていなかったら田舎へ帰って、実家の米農家を継ごうかなぐらいの気持ちだったんで、だいぶ気楽に芸人をやれていたというのもありましたね。だから、20代でこんなことになるとはマジで思わなかったです。

彼の活躍は間違いなくフリーの芸人たちにとって「希望」だといえるだろう。

フリーの芸人はみんな苦しいんですよ。もちろん、自分が好きでそっちの道を選んでいるんで苦労してるとかは思わないですけど。僕がよく出ているライブは、大体みんなフリーでテレビもほとんど出ることができてない地下芸人ばかり。その中から『有ジェネ』に出て、芸人の中でちょっと噂になりだした。フリーでも可能性があるよというのを一緒に出ているみんなだったり、他の芸人さんたちに思ってもらえたのなら嬉しいなって思いますね。これで僕らが出ているライブのみんなの士気が上がって、それで僕を知ってくれて僕が普段出ているライブのお客さんの足が増えたらいいなという。やっぱり結局は生のお笑いが僕は絶対面白いと思っているので、なんとかこれで生のライブを見に来てくれるお客さんが増えたらなという。その矢先のコロナなんですけど……。

ディレクターさんに相談とかするんですけど、「今はもう所属とか全然関係ないですよ」と言われます。逆にフリーのほうがすぐスケジュールを作れるから良いと。以前も『オンリーワンヒーロー!』(テレビ朝日)という番組で来週ロケをしなきゃいけないって言って呼ばれたのが、僕となかよしビクトリーズさん。どちらもフリーなんです。こういう仕事は絶対あるのでフリーの利点もあると思います。

現在衣装は1着しかないが、似た素材で同じ柄の衣装の作成を知人に依頼しているところだという。
現在衣装は1着しかないが、似た素材で同じ柄の衣装の作成を知人に依頼しているところだという。

■次の時代の江頭2:50

最近は『ネタパレ』、『全力!脱力タイムズ』(以上フジテレビ)などに出演し、活躍の場を広げている。短い時間ながら『アメトーーク!』(テレビ朝日)、『水曜日のダウンタウン』(TBS)、『ウチのガヤがすみません』(日本テレビ)などにも登場した。芸人仲間や一度仕事をしたスタッフが仕事をつないでくれている。

『脱力タイムズ』は、たぶん、有田さんが呼んでくれたんじゃないかと思います。ゲストも小峠さんだったんですけど、最初はスーツ姿だったから僕だと気づかなくて。で、気づいても小峠さん、最初、僕の名前が咄嗟に出なかったんですから! だから「おい、『りーもこ』じゃねえか!」って(笑)。

『脱力タイムズ』はめちゃくちゃスタッフさんの器が大きいと感じました。ソーシャルディスタンスを取らないといけない中で、どうやったら僕の芸風を表現できるかを考えてくれてマネキンを用意してくれたり、カットはされたんですけど、結局20分くらい撮ってたんです。もう小峠さんしかツッコんでない。「スタッフさんとかもみんな笑ってねえだろうがよ、笑ってる人もいるけど」「でも、小峠さん。このウケは気を使ってのウケですよ」「わかってるならやめろよ!」みたいなやり取りをした上で、でもやめないっていう(笑)。それでもずっと撮っていてくれる。

最後に今後出てみたい番組と将来の野望について聞いてみた。

やっぱり『さんまのお笑い向上委員会』(フジテレビ)は出てみたいですね。あんなすごい人らの目の前で、どこまでやったら怒られないか。ソーシャルディスタンスさえなくなれば、さんまさんにキスしたいですもんね。めちゃくちゃ舐め回したい(笑)。ジュニアさんとかに「やめろ!」とツッコまれたい。僕自身がちょっと見てみたいです。あと、これはダウンタウンの松本さんに認められたらというのがあるんですけど、『ドキュメンタル』(AmazonPrimeVideo)は挑戦したいなというのはありますね。どこまで通用するのか。

次の時代の江頭さん”みたいな存在になりたいんです。たぶんずっと(スタジオに)いるのは、見る側も疲れるし、僕も疲れるんで、10分だけでいいから何か時間をくれという。

最終目標は、アメリカ。『アメリカズ・ゴット・タレント』に出て、そのままの言葉で「りーもこちゃん」が伝わるか試してみたいですね。ジム・キャリーがめっちゃ好きで、彼もスタンダップコメディ出身なので、やっぱり好きな人が挑戦したことは自分も挑戦してみたい。アメリカのコメディに最終的には行けたらと思ってます。そこからジム・キャリーぐらい有名な世界的コメディアンになれたらなという感じではありますね。

■ムラムラタムラ(@muramocochan

NSC大阪34期生。「ゆーひび」というコンビでデビュー後、解散し、ピン芸人「ムラムラタムラ」に。現在はフリー。1992年6月21日生まれ。島根県出身。

(取材・文)てれびのスキマ 

(編集・撮影)大森あキ 

(取材日)2020年8月末

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ライター。テレビっ子

現在『水道橋博士のメルマ旬報』『日刊サイゾー』『週刊SPA!』『日刊ゲンダイ』などにテレビに関するコラムを連載中。著書に戸部田誠名義で『タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?』(イースト・プレス)、『有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか 絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』、『コントに捧げた内村光良の怒り 続・絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』(コア新書)、『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『笑福亭鶴瓶論』(新潮社)など。共著で『大人のSMAP論』がある。

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