「縁は努力」笑福亭鶴瓶が古典落語に取り組む理由

12月22日深夜に放送された『リシリな夜』(TBS)では笑福亭鶴瓶がゲストとして登場し、ホストの石橋貴明との貴重な対談が1時間にわたり放送された。

「野球拳企画で全裸」「泥酔脱糞未遂」「泥酔尻丸出し」など鶴瓶がテレビで起こした“事件”の真相を語るなど非常に興味深い話が連発だった。

中でも、鶴瓶が50歳になってから落語を始め古典に本気で取り組むようになる経緯は鶴瓶の芸人としての矜持が詰まったものだった。

元々のきっかけは春風亭小朝だったという。鶴瓶は小朝から「今、落語界が衰退している。とにかく手を貸してほしい」と声をかけられた。「国立(劇場)でやってる落語会(2002年9月9日「小朝・鶴瓶の『芸の女神が微笑んだ』の回」)出てくれはりますか?」と。先輩のたっての願いに「よろしいよ、行きますわ」と快諾した鶴瓶。それまで落語をやって来なかった鶴瓶は当然、フリーの漫談のようなものをやるつもりだった。だが、小朝は落語を演ってほしいという。覚悟を決めた鶴瓶は一から落語の勉強をはじめようと決心する。

しかし当時、鶴瓶の師匠である笑福亭松鶴は既に亡くなっていた。だから誰に師事するか困っていた鶴瓶はある噂を耳にする。テレビばかりに出ている鶴瓶を煙たがっている師匠がいるというのだ。

故・桂文紅である。

鶴瓶はあえて、自分を嫌っている師匠に稽古をつけてもらいに出向いた。文紅も快く受け入れずっと鶴瓶に稽古をつけた。

その人はテレビのこと聞きたいのよね(笑)。ホントはテレビのことが好きなん、やっぱり。稽古終わったら「あれはどうやねん?」とか。俺はそんなことどうでもええんやけど。

出典:『リシリな夜』(2013/12/22)

ずーっと稽古をつけ、鶴瓶が「子別れ」を演るときには必ず傍でメモを取り親身になってアドバイスをしてくれた文紅。9月の落語界ではその出来に「OK」を貰えなかったが、翌年2月の冬の回では「すっごい良かった」と合格点をもらえた。

自分が一番超えにくい人にOKをもらったという自信が、自分の中についてたという鶴瓶はその後、落語界の東西の壁を無くしたいという思いから、立川志の輔、春風亭昇太、春風亭小朝、柳家花緑、林家こぶ平(当時)と「6人の会」を発足。

そこから、本格的に落語に取り組み始めたのだ。「その代わり、そっからほんま恥かいたわ。落語知らんねんから」と鶴瓶は述懐する。

50歳にもなって「恥をかく」のが分かっていながら、新たな分野に踏み出す原動力は一体何だったのだろうか。それを鶴瓶は「それだけじゃないよ」と前置きした上でこう語った。

テレビを舐められるのが嫌だったんよ。「テレビに出てるからあかん」とかようあるやんか。バラエティってスゴいよ。バラエティに出てる瞬発力って。今やから言えるけど、落語家きっちりやられてスゴい方たくさんいられますけど、しかし、何よりもテレビに出てるお笑いの瞬発力っていうのはもうハンパじゃない。だから、俺が落語に出るときに、俺を見て「おもろない」って思わはったら「ああ、テレビに出てるバラエティもたいしたことないな」って思われるのが嫌やからがんばるんであって。テレビに出てるお笑いの瞬発力を違うものに活かしたら(スゴい)。やっぱライブって大事やわ。

出典:『リシリな夜』(2013/12/22)

鶴瓶は貴明にコントライブを勧める。もしやったら「段違いだと思う」と胸を張る貴明だが「でも本番前は(緊張で)えづくでしょうね」と笑う。

いや、えづかなあかんって。たけし兄さんも言ってたもん。「あがらない人間はダメだよ」って。「あがる」ことがすごい大事。

出典:『リシリな夜』(2013/12/22)

鶴瓶の師匠である笑福亭松鶴の十八番は古典落語「らくだ」である。鶴瓶は2004年から、「らくだ」に挑戦し始めた。

その時、故・中村勘三郎 (18代目)が観客として見に来ていた。

鶴瓶はフリートークの後、「らくだ」を含む三席を披露。しかし、どうもフィットしなかった。客は笑っているが、自分の中で空振りしているような感覚が拭えなかった。失敗だ。自分ではよく解っていた。

公演後、勘三郎は鶴瓶に「良かったよ!」と声をかけるが自信を失いかけた鶴瓶は「嘘つけ」と返した。

その後、勘三郎から呼ばれ出向いた鶴瓶に勘三郎は言う。

「僕ね、あんたに古典なんかしないでフリーのほうが面白いからそっちをしろって言ったけど、あんた古典をするべきだ」と。

「なんでやねん?」と聞き返す鶴瓶に勘三郎は言った。「あんた、あがってたでしょ?」

あの時の鶴瓶があがっていたことに気づいたのは昔から鶴瓶に付いているマネージャーと、嫁、そして勘三郎だけだった。

勘三郎: あなたは古典に謙虚だ。絶対にやるべきだ。あなたは古典、いいよ!

出典:『リシリな夜』(2013/12/22)

この勘三郎の一言で鶴瓶は古典落語にのめり込んでいったのだ。

かつて志の輔は「鶴瓶師匠と話していると、『あれ、この師匠は世界中の人と繋がってるんじゃないかな? 地球の中心は、この人なんじゃないかな』」(『SWITCH(Vol.27)』)と錯覚してしまうと評した。

マクドナルドのCMに起用された時のコピーは「出会いの天才」だ。

たとえば、鶴瓶の携帯電話には『鶴瓶の家族に乾杯』(NHK総合)のロケで出会った素人からも電話がかかってくる。30年前トイレを借りただけの関係だった人との交流がいまだに続いているという。ロケで出会った中学生が成長し結婚したときにも花と電報を送る。そして、彼らと交流することによって、時に信じられないような偶然や面白い場面に遭遇し、それが笑いのネタにつながっていく。

「運がいいといろんな人と出会える。その人との関わりを大切にすれば縁ができ、その縁を大切にすることでツキまで回ってくる」のだ。

縁は努力

出典:『リシリな夜』(2013/12/22)

と鶴瓶は言う。

「出会っただけでは流れてしまう。だからこの縁をつなぐためには嫌なこともあるけどずーっとその人とつないでいることが凄く大事」なのだと。

鶴瓶は50歳の時に再び落語と出会った。その落語と恥をかきながら向かい合ったことで「縁」が生まれる。それがすべてにつながっていくのだ。