「久保田アナは、なぜあんなにものを知らないのか?」『ブラタモリ』ができるまで

「タモリさんに昭和を揺るがした3億円事件の現場を歩いてもらう」

それが『ブラタモリ』(NHK総合)の一番最初の企画案だった、と同番組のプロデューサーである尾関憲一は自身の著書『時代をつかむ!ブラブラ仕事術』で明かしている。

『ブラタモリ』は2008年12月13日に放送されたパイロット版を経て2009年10月からレギュラー化。以降2013年現在で第3シリーズまで放送されているNHK総合テレビの人気番組だ。タモリと久保田祐佳アナウンサー、そして各回ごとの専門家が都内を中心とした街をブラブラと歩き、古地図や地形などを通して「普段見ているはずなのに、気づいていない街の隠れた姿を紹介することで、日常のモノの見方を変えていく」番組である。

『ブラブラ仕事術』は『ブラタモリ』のプロデューサーである尾関が手がけた『BSマンガ夜話』『東京カワイイ★TV』『天才てれびくん』『熱中時間~忙中趣味あり~』などの経験を通して得た発想術や仕事術を綴ったものであり、『ブラタモリ』ができるまでの秘話も随所に書かれている。

前述の当初出された企画案に対して部内で検討していくうちに「もう少し広く街をとらえて歩く番組ができないか?」と再考。『タモリの時空ウォーカー』という仮題の番組企画がまとめられ、最終的に『ブラタモリ』として番組制作が始められた。

パイロット版の『ブラタモリ』は24時台という時間帯では高視聴率を収めた。賛否両論の意見が寄せられる中、シリーズ化するべきという声はすぐに出たが、「深夜枠で短い尺にした方が、自由に演出できて面白いのでは?」という意見が主流だったようだ。

しかし、尾関は10時台の放送枠にこだわった。それはある「手応え」を感じたからだ。

一見「コア」とか「マニアック」とか、狭い世界に思われていた日本の文化が、気づかないうちにワールドワイドな支持を集めている傾向を感じていました。(略)もはやマニアックと排除されるより、「なになに?」と、多くのみなさんがついてきてくれるのではないか?

出典:ブラブラ仕事術

それは尾関が『熱中時代』『東京カワイイTV』などを通じて体感していたことだった。

知ってる人は「自分だけわかっている」と感じてくれて、知らない人は「なになに?」と興味を持つ、ちょうどこのラインを狙えば、みんなが、「ちょっと特別なものを見ている」という気分でテレビを観てくれる

出典:ブラブラ仕事術

それを尾関は「ミラクルライン」と呼んでいるというが、『ブラタモリ』はまさにそのライン上をブラブラと歩いているのだ。

『ブラタモリ』への賛否両論の否の中に少なからず含まれていたのはタモリのパートナーとなった久保田アナへの苦言だったという。

「あの女性アナウンサーは、なぜあんなにものを知らないのか?」「あんなに何も知らないのはタモリさんに失礼だ」というものだ。

番組開始前もタモリ以外の出演者については尾関も頭を悩ませていたという。

基本的に共演者を立て「省エネ司会」をする傾向が強いタモリ。タモリ本人にたくさん喋ってもらうには共演者にタレントを起用しないほうがいいと考えた。

では、どんなパートナーが最適かと考えた時、「女性アナウンサーで、場を仕切る感じのしない人」という案が浮上した。

タモリさんが得意な坂道や歴史など、マニアックな話が出てきそうな番組です。テレビを観ている人が置き去りにならないよう、なるべくシロウト目線で、視聴者の気持ちを代弁して「それはなんですか?」と質問できる立場のアナウンサーがいいと思ったのです。

出典:ブラブラ仕事術

尾関はアナウンス室に「なるべく不慣れでシロウトっぽい感じがするフレッシュな女性アナウンサー」という希望を伝えた。そこで白羽の矢が立ったのが久保田祐佳だった。

尾関は久保田アナに「タモリさんや専門の先生が話す内容について、わからないことがあったらどんどん質問してほしい」と指示した。

そしてもうひとつ、彼女に指示したことがある。

「勉強しないでくれ」

NHKのアナウンサーといえば最も番組の内容を把握し、進行をし、タイムキープまでしていくのが通常の役割。

それを一切「やらないでくれ」と指示したのだ。

いくら「勉強するな」と言われても、してしまいがちなのがNHKアナウンサー。バラエティ番組慣れしていない中で、事前に予習もできないとなると「妙な頑張り感」が出てしまう可能性も高かった。

しかし、久保田アナは「勇気を持って」「本当に(事前に)何もしなかった」のだ。

わからないことがあると、あいまいにうなずきながら質問し、面白い時は笑い、びっくりすると普通に驚き、まさにその年齢のひとりの女性としての「素」のリアクションをしてくれたのです。

出典:ブラブラ仕事術

その結果、番組に寄せられた意見が前述の「あの女性アナウンサーは、なぜあんなにものを知らないのか?」だった。

それは尾関の思惑どおりだった。

彼女がわからないことをわかっている視聴者にとっては「自分だけわかっている」感を感じさせてくれ、彼女と同じように分からない人とには「なになに?」という疑問を具体的に言葉にして聞いてくれ疑問を解消させてくれる。

まさに久保田アナの立っている位置こそが『ブラタモリ』にとっての「ミラクルライン」なのだ。