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NYの失われた夏 ニューノーマルは不安と衝突だらけ

津山恵子ジャーナリスト、フォトグラファー
Black Lives MatterのTシャツとマスクの売店(筆者撮影)

ニューヨークは、まだ病んでいる。そしてかくいう自分も。

7月22日、何カ月も食べていないチーズバーガーをレストランの屋外席で注文した。が、ケチャップの瓶をつかんでは手を消毒、ナイフとフォークを握ってはまた消毒。単なるチーズバーガーの写真をスマホで撮る自分にふと気がつき、情けなくなった。外食の恐怖感は、おそらく当分払拭できない。

ニューヨークは、新型コロナウイルスの感染拡大で、多くを失った。41万4千人が感染し、32,200人が死亡(7月25日現在)。お葬式はオンラインだ。学校の対面授業や卒業式もなく、子供らが楽しみにするバースデーパーティもオンライン。数百万人が職を失い、今まで普通と思われたものは、消え去った。

この夏、さらに失うものが多くある。思い出に残る家族旅行、サマー教室、野外コンサート、スポーツ観戦、冷房が効いたビアホール。このままでは、企業やスモールビジネスの破産も膨れ上がるだろう。

3月からゴーストタウンだったニューヨークは、目覚め始めてはいる。3カ月に及ぶ自宅待機・出勤禁止令の後、6月22日にようやく経済が一部再開となった。人工呼吸器が外され、一般病棟に移ったような感じだ。

地下鉄広告。左が9月の番組広告で、右は2月の番宣が貼られたまま。テレビ制作は現在、屋外でのみ許可されている(筆者撮影)
地下鉄広告。左が9月の番組広告で、右は2月の番宣が貼られたまま。テレビ制作は現在、屋外でのみ許可されている(筆者撮影)

レストランの屋外飲食が解禁され、やっと外食ができるようになった。屋外に席を設けるには、車道との仕切りとなる柵や植木が必要だ。7月はレストランのオーナーらが、木材を買い、柵を造る電動ドリルの音が通りを満たした。救急車のサイレンは減り、アイスクリーム車のテーマソングに代わった。

路上の駐車スペースに日曜大工でできたレストランの屋外席。すぐ真横を車が通る。(筆者撮影)
路上の駐車スペースに日曜大工でできたレストランの屋外席。すぐ真横を車が通る。(筆者撮影)

しかし、屋内での飲食は7月下旬に再開予定だったが、アンドリュー・クオモ州知事があっさり延期した。万が一新型コロナの粒子が空気中にあった場合、エアコンがそれを回遊させるため、という。

若いミレニアルの友人らは、「100%安全ではない」として、外食にも一切行かず、自宅待機を続けている。企業も従業員の安全を確保するため、出勤を勧めてはいないので、テレビ局や新聞社社員でさえ、多くが自宅勤務している。

実は、マスクをしたがらない市民が怖い。ほとんどの飲食店やスーパーが、マスク着用を要請しているため、抵抗する市民がいざこざを起こし、従業員が恐怖心から辞めるところさえある。

グリーンマーケットでは、お客が商品を手に取れないようになっているのもニューノーマルだが、息苦しさを感じる(筆者撮影)
グリーンマーケットでは、お客が商品を手に取れないようになっているのもニューノーマルだが、息苦しさを感じる(筆者撮影)

なぜそんなにマスクが嫌なのか、保守派の牙城テキサス州出身の友人アーティスト、ニック・チョーバンが説明してくれた。

「南部や西部の保守派は、小さな政府を好む。政府が何かを細かく命令するのは、立ち入り過ぎで、個人の権利や選択の自由を侵害すると思いがちだ

つまり、「マスク派=大きな政府・民主党支持」で、「反マスク派=小さな政府・共和党・トランプ大統領支持」という対立だ。

Black Lives Matterのデモ参加者はほぼ100%マスクを着用している(7月4日、筆者撮影)
Black Lives Matterのデモ参加者はほぼ100%マスクを着用している(7月4日、筆者撮影)

小売最大手ウォルマートほか、スターバックスなどは7月下旬、来店者にマスクを着用するよう要請した。ところが7月25日、中西部ミネソタ州のウォルマートに、ナチスの鉤十字をプリントしたマスクを着けた男女が現れた。

「(民主党大統領候補・前副大統領の)バイデンが大統領に当選したら、アメリカは(自由がなくなる)ナチス・ドイツになるんだ」(64歳女性)というのが彼らの言い分だ。反マスクの主張にとどまらず、自分たちが否定する思想や人物を攻撃する「武器」に使っている。こういうケースは増え続けるだろう。

彼らの様子をビデオ撮影しTwitterにアップした女性は、ホロコーストの生き残りの子孫で「吐き気がして、泣きたかった」と語った。

中西部ミシガン州の格安スーパー、ファミリー・ダラーでは5月、マスク着用を要請した警備員が3人の家族連れに銃殺される事件が起きており、従業員や来店客の「命」にもかかわる。

地下鉄車内の消毒もニューノーマル(筆者撮影)
地下鉄車内の消毒もニューノーマル(筆者撮影)

マスクは新型コロナ予防には必要なのに、市民生活の中に、不安と恐怖をもたらした。

また、街全体が順調に再開に向かっているのではない。日曜大工で屋外に席を出せたレストランは恵まれたほうだ。資金が底をつき、再開できないところも無数にある。

創業10年でダウンタウンにあるスペイン料理屋ナイ(Nai)は、ロックダウン前に160席だったが、屋外は30席。従業員は、以前80人いたが、18人で再開した。中には「大勢の人と接するのが不安」という理由で戻ってこない者もいる。

オーナー兼シェフ、ルーベン・ロドリゲスは、こう言う。

「幸いなことに月25,000ドルの賃貸料を払い、今回の再開で人件費、食材、プランターなどを購入する貯金があった。でも再開したくても資金がない店も多い。市内のレストランの2〜3割が消えるんじゃないか」

失われた夏、マスクをめぐって続く住民の緊張関係。その中でBlack Lives Matter(黒人の命は大切だ)のデモも続く。

トランプ大統領は、デモは弱腰の「リベラル民主党」の自治体が仕切る大都市で起きていると主張。西部オレゴン州ポートランドなどに鎮圧のために武装した連邦捜査官を送り込んだ。「捜査官」とはいうが、ポートランドからの報道を見てびっくりした。迷彩戦闘服にガスマスク姿で、マシンガンを丸腰の市民に向け、催涙ガスや棍棒で攻撃している。これは「武力制圧」ではないか。

遺言検認裁判所前の像が黒く塗りつぶされた。こうした建物の損壊も「制圧」の対象となる(筆者撮影)
遺言検認裁判所前の像が黒く塗りつぶされた。こうした建物の損壊も「制圧」の対象となる(筆者撮影)

リベラルのメッカであるニューヨーク市に、迷彩服がやってきて、若いデモ参加者らが生まれて初めての催涙ガスの苦しみを経験するのか。しかし、ニューヨーク市民なら最後まで抵抗するだろう。

病み上がりのニューヨークが、催涙ガスが渦巻く修羅場となれば、また仮死状態に後戻りしてしまう。心が平穏な日常はもうない。これがニューノーマルだ。

(了)

ジャーナリスト、フォトグラファー

ニューヨーク在住ジャーナリスト。「アエラ」「ビジネスインサイダー・ジャパン」などに、米社会、経済について幅広く執筆。近著は「現代アメリカ政治とメディア」(共著、東洋経済新報 https://amzn.to/2ZtmSe0)、「教育超格差大国アメリカ」(扶桑社 amzn.to/1qpCAWj )、など。2014年より、海外に住んで長崎からの平和のメッセージを伝える長崎平和特派員。元共同通信社記者。

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