2人のヒーローに会いに行く ゴーストタウンのNYで

新型コロナに立ち向かうナース支援のための飴を届けに行った(写真Candy5)

5月24日、2人のヒーローに出会った。マンハッタン中心部を訪れるのは48日ぶり。新型コロナウイルスがニューヨークを押し黙らせたのを目撃した。沈黙のニューヨークと救いのヒーローの対比。この日のことはおそらく一生忘れない。

ヒーローの一人は、日本人看護師キヨコ・キムさん。マウント・サイナイ・ウエスト病院のICUでこの2カ月超、新型コロナウイルスに襲われ、人工呼吸器をつけた患者を12時間、水を飲む暇もなく看護している。

もう一人は、江戸前飴職人Candy5さん。イベントが全てご破算で失業中。しかし、コロナ禍に日々体を張って戦う看護師らを支援するため、ボランティアで何百個もの飴を作り続ける。

2人のような人が世界中に無数にいるから、これから世の中は良くなるのではないか、とロックダウンに入って初めて思った。

この2人を引き合わせ、Candy5さんが作った飴をキヨコさんと病院の同僚に渡すため、朝6時半に病院玄関でキヨコさんを待った。

実は何を渡すかはサプライズだったが、事前に見せてもらったキヨコさんの「似顔」飴は、私にもサプライズ。マスクを付けたキヨコさんの飴にフェイスシールドまで付いていたのだ。シールドは、Candy5さんが、イベントでもらった透明のネームホルダーを切り抜いて作った会心作。

出勤したキヨコさんに目をつぶってもらい、「似顔」飴と、60個あまりに上る直径3センチほどのナース飴と医師飴を贈った。医師飴には聴診器まで手で描き加えてある。

キヨコさんとキヨコ飴(撮影:Candy5)
キヨコさんとキヨコ飴(撮影:Candy5)
ナース飴と聴診器が描かれているドクター飴(筆者撮影)
ナース飴と聴診器が描かれているドクター飴(筆者撮影)

キヨコさんの目が潤み、次々と出勤する同僚の看護師に玄関先で飴を見せると、マスクに覆われていない目だけが皆キラキラした。

キヨコさんには4月下旬、オンラインで現場の様子を取材しただけで、実際に会ったのは初めて。ジャーナリスト、めぐみ佐藤シェリーさんが書いた記事に心を打たれ、私も話を聞きたいと思ったためだ。

彼女はもともと脳外科ICUの看護師。つまり、新型コロナのような感染症とは無縁で14年のキャリアを渡ってきた。しかし、3月21日に病院から脳外科ICUが新型コロナICUになるという連絡が来た。

翌日出勤してから、彼女の職場は一変した。

「最初の頃は初めてで、精神的にいっぱいいっぱいで、どのタイミングで水を飲んでもいいやらわからず、でも自分のことは二の次にして、一番苦しんでいるのは患者さんだと思うと、結局水を飲む暇もなかったです」

ニューヨークのクオモ州知事が連日の記者会見で繰り返していたことがある。新型コロナで「ICUに入る」とは、イコール、人工呼吸器が付けられ自力で呼吸ができない状態、そして2割の患者しか生きてICUから出ない、と強調していた。

その頃、CNNが「スクープ」として流したICUのビデオがある。院内はプライバシー保護のため原則的にビデオはNGだが、ある医師が「現状を訴えたい」とあえてCNNに持ち込んだ。ところが、説明がないと分かりにくいビデオだった。室内で間断なくアラームがプープー鳴っていて、無言の看護師らの上半身が右に左に動いているというものだ。その意味をキヨコさんに聞いた。

「アラームが鳴るモニターは一つではなく、いくつもあるんです。血圧や、心臓酸素も測るし、人工呼吸器のモニター、点滴のモニターもあって、普通ICUではどこかでは鳴るけれど、新型コロナのICUになってからはひっきりなしに・・・」

それで、医師がルールを破ってまでビデオをCNNに渡した意味が分かった。患者の病状の急変を知らせるアラームが鳴りっぱなしということは、「手が何本あっても足りない」(キヨコさん)緊迫した状態が続く。

しかし、キヨコさんが、この困難を克服したのは、プロのスピリットだった。

「自分も感染するかもしれない、と最初は思ったけど、感染している患者さんも他の患者さんと同じ。そう思って接することができる、と自分で思った時に前に進むことができたんです」

飴を渡した5月24日は、このインタビューから約1カ月後。ニューヨーク州内の感染データは大きく改善していた。

4月20日 新規感染者数4178人 死亡者数471人

5月22日 同上1772人、同上87人

病院前でキヨコさんはこう話した。

「新しい患者さんの数は減っています。(中略)でも助かることができる人たちは、もう助かっています。今、(ICUに)いる人たちはもう・・・難しい方が、ずっと命をつないでいる」

そして、彼女の目が心なしか悔しそうに宙をさまよった。日々接する患者さんの8割が助からないという状況で迎える63日目のキヨコさんが、飴を持って病院の奥に消えていくのを、何かが喉につかえたような思いで見送った。

「キヨコ飴」と60個もの看護師・医師飴を作ってくれたCandy5さんと、その後、人影が途絶えたマンハッタンを歩いた。彼女は、他の施設の看護師12人の「似顔」飴、さらに一人一人の飴の「メーキング」ビデオまで作成して渡している。全てボランティアだ。

数百個のナース飴をボランティアで作り続ける(写真:Candy5提供)
数百個のナース飴をボランティアで作り続ける(写真:Candy5提供)

彼女はこう言う。

「私は、これから世の中はもっとよくなると思う」

例えば?

「ある看護師さんが言っていたのは、皮肉ばかり言う同僚がいたけれど、院内感染で亡くなった他の同僚を思うと、お互いに生きているだけでいい、と思い、皮肉も気にならなくなって自分が人間として成長した、と」

「新型コロナがなければ、スーパーのレジの人や配達の人などessential workersがこんなに感謝されて、地位が上がることもなかったし・・・」

Candy5さんは、江戸時代から伝わる飴細工の女性初の職人だ。しかし、彼女は伝統的な動物の飴ばかりを作っているのではない。彼女が得意とする「似顔」飴は、本人の話をじっくり聞いたり、オンラインで調べたりして、「その人の人生物語が降りてくる」のに導かれてデザインする。

例えば、キヨコさんとはこの日初対面だったが、彼女のフェイスシールドをした写真をオンラインで見つけ、さらに、Facebookのプロフィールにしているドレスアップしている写真を見て、タイトル画像の写真の飴になった。素顔ではなく、看護師の凛々しいいで立ちを基本にしたが、ピアスはドレスアップした時のものが加わった。

Candy5さんは、日本で飴職人として引っ張り凧だった人生に区切りをつけ、フロリダ州のディズニー・ワールドでパフォーマンスするために渡米。そこで売れっ子になったにも関わらず、17年の勤務を経て、フリーのパフォーマーになるためにニューヨークに進出した。私はその直後にお会いした。江戸前の飴職人なんて、ニューヨークにはいない。どうやって仕事を見つけたらいいのか、と数人でブレインストーミングをしていた。

その後、口伝えでアレヨアレヨと成功し、お金持ちのお誕生日パーティのほか、特に需要があったのは、ユダヤ系アメリカ人にとって重要な13歳の成人式などにお呼びがかかった。また、ロサンゼルスやラスベガスなど全米各地の日本関連行事や食品ショーなどに呼ばれた。

ところが今は、彼女だけでなく、人が集まるところで仕事をしていたアーティストやパフォーマーは100%、ほぼ年末まで何のお呼びもかからない。

Candy5さんと出会った頃、「明日死んでも後悔しないように」と思って生きている、という話にしびれた。それは、毎日新聞記者で、タバコを1日に3箱吸う昔ながらの「ブン屋」だった父親が高校3年生の時に突然、肺がんでこの世を去ったことが影響している。父、49歳だった。

その言葉通り、彼女は新型コロナの打撃を物ともせず、サバイバルの反撃を繰り出している。ロックダウン後、北米HIS企画でトークショーを2回こなし、日本からも含め数百人が参加した。以前のお誕生日パーティ需要に応じるため、オンラインの「飴による紙芝居」サービスも始めた。例えば、桃太郎の話で、自分がデザインした背景に飴で作った登場人物を動かし、ディズニーのプロの役者に朗読をつけてもらう。これまでに、アメリカ、日本、タイで12件受注した。

Candy5さんがトレーナーに貼り付けた背景に、飴で作った登場人物を動かして紙芝居をするサービス(写真:Candy5提供)
Candy5さんがトレーナーに貼り付けた背景に、飴で作った登場人物を動かして紙芝居をするサービス(写真:Candy5提供)

「お金持ちが、以前は何千ドルもかけていたお誕生日パーティに、今は私に数百ドル払うだけ。例えば世界中の友人がオンラインで集まることで、ホテルではなくリビングルームが豊かな場所になる。ニューヨークにいるお孫さんの誕生日に日本のおばあちゃんが参加できる。それで、お金をかけていたイベントを見直す機会にもなるんじゃないか、と。そういう意味でも、世の中はコロナで少しは良くなるんじゃないかと思うんです」

それにしても、48日ぶりに目撃したマンハッタンは、映画「I Am Legend」(2007年)の世界。主演ウィル・スミスの科学者が、世界60億人のうち54億人が死亡したウイルス猛威の後、サバイブした人類のために血清テストを続けている話だ。ウィルは、ニューヨークでただ一人の生存者だ。

ツーリストでまっすぐ歩けなかった5番街に立つ。(撮影:柏原雅弘)
ツーリストでまっすぐ歩けなかった5番街に立つ。(撮影:柏原雅弘)

映画の中にいるかのように、観光客で以前はまっすぐには歩けなかったニューヨークの「銀座」、5番街はゴーストタウン。車もほとんどなく、車道の真ん中に立って写真が撮れる。人がいた時は分からなかった歩道の広さ、ゴミのなさ、空になったブルガリやシャネルのウィンドウ。新型コロナの攻撃で、人間が一掃された5番街で、生きている自分が歩いている異様さ。

そして、東京・上野駅のような賑わいだったグランド・セントラル駅では、人がいないせいかうっすらとカビ・埃臭さがマスクを通して感じた。

日本でいえば上野駅のようなグランド・セントラルは、人がいなくてカビと埃の匂いがした(筆者撮影)
日本でいえば上野駅のようなグランド・セントラルは、人がいなくてカビと埃の匂いがした(筆者撮影)

人間が引き起こす喧騒とゴミと雑踏が消え、密かにカビと埃が侵食するマンハッタンの街中で、一つのことが明白だった。

ニューヨーク州の死亡者数は5月22日現在、23,000人超。その失われた、つまり過去形の悲劇だけを私たちが背負ったわけではない。これからビジネス再開に向けて、戻らない従業員、戻らない顧客、戻らない売上や利益、それによって人々が感じる不平等感、葛藤、あがき、そして破産などのダメージ。そうした、将来にわたって「失われていく」社会的、精神的喪失感が手に取るように空っぽのマンハッタンにあった。

戻ると思っていたものが戻らない。ゴーストタウン、5番街の通りで、指の隙間から砂が零れ落ちるような、取り返しがつかないという重圧がそこにあった。

(了)

ニューヨーク在住ジャーナリスト。「アエラ」「ビジネスインサイダー・ジャパン」などに、米社会、経済について幅広く執筆。近著は「現代アメリカ政治とメディア」(共著、東洋経済新報 https://amzn.to/2ZtmSe0)、「教育超格差大国アメリカ」(扶桑社 amzn.to/1qpCAWj )、など。2014年より、海外に住んで長崎からの平和のメッセージを伝える長崎平和特派員。元共同通信社記者。

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ニューヨークに2003年から住むジャーナリスト。大統領選挙取材は2008年から今年は4回目。下町クィーンズで、豊かではないが夢いっぱいのミレニアル世代と暮らしながら、トランプのアメリカ社会、政治、テクノロジーをミクロから眺めていく。そこから、アメリカの夢、挫折、フラストレーションが浮かび上がる。

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