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自治体ごとの出生力の多様性

筒井淳也立命館大学産業社会学部教授
(ペイレスイメージズ/アフロ)

都道府県ごとの多様性

2005年に最低の1.26を記録し、その後はゆるやかな回復基調にある日本の合計特殊出生率ですが、出生数は相変わらず低下傾向にあります。これは、母体となる出産可能年齢の女性の数が減っていることが原因です。つまり、少子高齢化について考える際には、出生率のみならず出生数にも注目する必要があります。

さらに、最近注目をあつめるようになったポイントとして、地域格差があります。出生率に都道府県ごとの地域格差があることはよく知られています。下の図で示したように、(多少古いのですが)2010年の都道府県別の出生数と出生率の数値をみると、どちらもかなりのばらつきを見せていることがわかります。

図1 都道府県ごとの出生数と出生率
図1 都道府県ごとの出生数と出生率

東京都は、よく知られているように、最大の出生数を誇っていますが、出生率は最低です。逆に沖縄は出生率は高く、安倍政権が当面の目標としている1.8を超えているのですが、残念ながら出生数は少ないです。

少子高齢化は、とりあえずは日本全体の問題です。というのも、少子高齢化の大きな問題のひとつに社会保障の維持可能性がありますが、その財源は年金を始めとして基本的に国レベルの再分配であるからです。

ただ、地域の福祉・行政・公共サービスの維持を考える場合、どうしても地域に一定の生産年齢人口を確保することもまた大きな課題となります。そこでこの記事では、都道府県より細かい自治体ごとの出生数・出生率のより細かなデータをいくつか紹介し、いくつか知見を引き出したいと思います(データはいずれも2010年の国勢調査のものです)。

自治体の出生数と出生率

下の図2(左)は、市町村(規模の大きな都市については区)を単位とした出生数と出生率のデータです。ほとんどの自治体はそもそも人口規模が小さいので、出生率が高い自治体も低い自治体も、出生数が0付近に固まっています。そこで、見やすくするために出生数を対数変換したものが右の図です。ただし、出生率が2.81と突出している鹿児島県伊仙町(徳之島の一つの町)は除いています。

図2 市町村ごとの出生率と出生数
図2 市町村ごとの出生率と出生数

では、各都道府県の自治体はこの中にどのように散らばっているのでしょうか。たとえば東京はどうでしょう。

図3 東京都と静岡県の自治体の分布
図3 東京都と静岡県の自治体の分布

左側の図、赤い◯が東京都の自治体です。左上(出生数は多いが出生率は低い)に固まっていることがわかります。次に、なにかと全国の縮図として認識されることが多い静岡(右側)はどうでしょうか。今度は、比較的バランスよく散らばっていることがわかります。実は、ほとんどの県では、東京都のように数値が偏っておらず、どちらかといえば静岡と同じようにまんべんなく散らばっている傾向があります。

都道府県と市町村、どちらのちらばりが目立つ?

ここでひとつ疑問が湧いてきます。都道府県のレベルと、都道府県内の市町村のレベルでは、どちらのばらつきの方が大きいのでしょうか?

ここで、心理学や計量社会学でしばしば用いられる「級内相関係数」という指標を使って、ばらつきを数値化してみました(表1)。たとえば出生率の0.48という数値は、全国の自治体1,893個の自治体における出生率のばらつき(分散)のうち、都道府県水準の分散で説明できる割合が48%だ、ということを示しています。

表1 関連数値の級内相関係数
表1 関連数値の級内相関係数

48%という数値はそれほど小さくありませんが、他方で出生率の違いの半分以上は都道府県<間>ではなく都道府県<内>の自治体の違いなのです。この数値は、出生数その他の関連数値においてはより小さくなります。ということは、都道府県レベルの違いで説明できることがそれほど多くないということです。

少子高齢化対策との関連性

社会保障制度は、国と市町村、そのあいだにある都道県などの広域単位といった、異なった水準で財源調達と運営がなされています。ただ、制度としては(自治体ごとの一定の多様性はあるにせよ)全国一律のものが柱になっています(たとえば児童手当や育児休業制度など)。

ただ、留意すべきは、都道府県、さらにその下の自治体ごとに社会・経済・人口の面でかなりの異質性がある、ということです。異質な環境に対して一律の制度介入を行うことは、公平ではあっても効率は良くない可能性があります。

たとえば、出生力の観点から見れば出産可能年齢(通常は便宜的に15-49歳だと定義されます)女性の数と比率が強い関連指標になりますが、この比率が低くて人口も少ない自治体、比率が高くても人口が少ない自治体、どちらも高い自治体、こういった自治体の特徴ごとに考えられる対策は全く異なってきます(参考までに、人口が多いのに出産可能年齢女性比率が低い自治体は存在しません)。

参考までに、生産年齢女性比率が0.4より大きいか小さいか、同人口が5万人より多いか少ないかの2つの基準で、自治体を3つのタイプに分けてみました(比率が0.4より低くて同人口が5万人より多い自治体は30個しかなかったので、ここでは考慮していません)。これらのカテゴリーごとにいくつかの数値の平均値を出してみました(表2)。

表2 生産年齢人口女性カテゴリーごとのいくつかの平均値(産業従業者比率のみパーセンテージ)
表2 生産年齢人口女性カテゴリーごとのいくつかの平均値(産業従業者比率のみパーセンテージ)

2番目のカテゴリーの自治体は、若い女性を含めた人口規模はそれほど大きくないが、若い女性の人口割合も高いという場合です。たいていは大都市近郊にあるベッドタウンです。この場合、それほど悩む必要はないかもしれません。人口に見合った福祉・公共サービスを維持できる見込みが相対的に高いからです。課題は、若い女性の流出をいかに「食い留める」ことができるかにあるでしょう。

より深刻なのはその他の2つのパターンです。表の一番上のカテゴリーは、若い女性が絶対数も比率も少ない自治体ですが、これらの自治体は三世代世帯比率も高く、また農林水産業が中心です。課題は、若い女性の流出を留めることに加えて、「呼びこむ」ことにあるでしょう。

東京都の自治体に典型的ですが、若い女性がたくさんいて、人口比も大きい自治体(三番目)の場合、若い女性を吸収する力はあるので、いかに出生率を上げていくのかが課題でしょう。

さらに、こういった全国都道府県水準における多様性と同等以上に、都道府県<内>の自治体の多様性がある、ということを再確認しておく必要があります。「うちの県は総じて◯◯といった課題がある」ということ以上に、都道府県内の各自治体の課題が異なってくる、ということです。

■三世代世帯比率

次に、この多様性は必ずしも地域の都市度といった一律の基準によって説明できるとは限らないという点にも注意が必要です。つまり、同じ都市度の自治体でも、地域に応じた特色がある、ということです。

たとえば三世代同居と出生率の関係を示した下の図4をみてください。

図4 三世代世帯の比率と出生率
図4 三世代世帯の比率と出生率

全体的な傾向としては、同じ三世代世帯の比率の自治体でも出生力は多様であることがわかります。都道府県の個体特性と自治体人口規模を統制した回帰分析(固定効果推定)をすると、三世代世帯比率は出生力に有意な効果を与えません(ただ、これはマクロデータの分析なのでかなり大きな留保が必要ですが)。

三世代同居同居比率が低くても出生力が高い自治体はいくつもあります。実は、これらの自治体には人口規模が比較的大きなものも含まれています。

自治体単位で少子高齢化を考えるときは、一定の人口規模以上でしかも出生率が高い自治体に注目する必要があります。人口規模が多くても出生率の低い東京都の自治体はもちろんのこと、出生力が高くても人口規模が小さい自治体もあまり参考になりません。

この点で、どういった自治体が「優れた」モデルになりうるのかについて、次の記事で明らかにしていこうと思います。

立命館大学産業社会学部教授

家族社会学、計量社会学、女性労働研究。1970年福岡県生まれ。一橋大学社会学部、同大学院社会学研究科、博士(社会学)。著書に『仕事と家族』(中公新書、2015年)、『結婚と家族のこれから』(光文社新書、2016年)、『数字のセンスを磨く』(光文社新書、2023)など。共著・編著に『社会学入門』(前田泰樹と共著、有斐閣、2017年)、『社会学はどこから来てどこへいくのか』(岸政彦、北田暁大、稲葉振一郎と共著、有斐閣、2018年)、『Stataで計量経済学入門』(ミネルヴァ書房、2011年)など。

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